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終章 モブのエンディング

⑥見えた希望、作戦は慎重に。

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「なんか難しすぎるってものねぇ、そんなもんで話題呼んでも、喜んでやり込むのは一部の層だけでしょう。ヒットさせなきゃ、商売なんだから」

 これは前世で聞いた言葉だ……。
 猟奇的な内容で話題を呼ぼうとしたゲーム。
 その企画会議で上層部からダメ出しされた時の言葉。

「それなら、どうでしょう。どうしても上手くいかなかった時、とっておきのお助けアイテムを用意するというのは……」

 空気を読むので定評のある先輩が突然そんなことを言い出した。
 そんな安直なと思ったが、その場でどんどん話が盛り上がってしまった。
 設定が練られてとんでもないものが、誕生しそうになった。
 が、結局チートすぎるだろうと各所からツッコミが入って話は流れた。
 こんなことがあったな、なんて苦労話で終わったはずだった。

 それがどんなものだったか、ぼんやりしていて思い出せない。
 もしかしたらヒントがあるのではないかと、俺は皇宮に足を運んだ。





「ほら、これで最後だ。次の見張りが来るまで時間は限られているからな」

 机の上にドカンと本の山が置かれた。
 全て禁書であり、皇族しか閲覧できないもの。
 俺の最大のコネである人に頼み込んで持ち出してもらった。夜番の交代が来るまでの約束なので、急いで探さないといけない。

「ルナリス殿下、ありがとうございます。何とお礼を言っていいか……」

「そんな、青い顔して頼み込まれて断れるか! 大丈夫かテラ、今にも倒れそうだ……」

「時間が…時間がないんです。早くしないと……」

 ファビアン先生に聞いたかつて盗まれた禁書は一冊ではなかった。一斉に一つの書棚からまとめて本が消えたそうだ。
 そして、その翌日には全て元に戻った。

「おそらく特別な魔法が使われたのだと思うが、当時は貴族派の派閥との問題で内部が荒れていた。誰が盗んだのかは分からなかったそうだ」

 俺は本を壊さないように気をつけながら、必死にページをめくった。自分の記憶と照らし合わせて何か繋がるものがないかとにかく必死だった。

「テラっ! しっかりしろ! どうしたんだ、いったい……とにかく落ち着けっ」

 震えながら荒い呼吸をして背中が揺れていた俺の腕をルナリス殿下が掴んだ。

「このままだと…イグニスまで危ないんです。早く…、何が起きているのか掴まないと……」

「話してみろ。闇雲に探しても時間が過ぎるだけだ」

 ルナリス殿下の言葉に俺は力なく頷いた。





 俺の話をひと通り聞いたルナリス殿下は、腕を組んでしばらく何か考えていた。
 アピスの名前を出したらすぐに状況を理解できたようだ。
 頻繁に自分に接触してこようとする名前だったので、個人的に調べていたらしい。

「アピスがペアであることの報告は来ている。彼が使えるかどうか、こちらとしては調べているところだった」

「使える?」

「ペアが自身の衰えを止める力があるのは有名だが、他にも傷を負った者を再生させる力があるんだ。過去のペア達は戦場で体が欠損した者の再生に力を使った。過酷な仕事だというが、アピスにもそこまでの能力があるなら皇家としても力になって欲しいと考えていた」

 今までもゲーム内の設定に多少の変化があった。俺の知らない付け加えられた能力もその一つのようだ。

「フローラル家が再興を狙っているのは把握している。アピスが邪魔なラギアゾフ家を消したいと考えているなら、三兄弟を狙うのは流れとして理解できる。それで次に狙われるのはイグニスなんだろう?」

「それです。まるで三人の心を手玉に取るようにしてきっと……」

 そこまで考えて俺の頭の中で線が繋がった。ディセルだけでなく、ノーベンまで様子が変わっていた。
 てっきりディセルのルートを選んだように思えたが、二人ともアピスに心を囚われたように思えた。
 いや、三人だ。
 アピスが次にイグニスを狙うなら、これはバッドエンドのハーレムルートに違いない。

 全員の好感度マックスの状態で発生する高難度のルートだ。
 三人から同時に愛されて、主人公はハーレム状態になることを受け入れる。
 一つの愛されエンドとも思えるが、やはり兄弟達はアピスを巡って争いになり、殺し合いになる。
 力を持つ者達はほぼ不死身の肉体を持っているが、ブラッドソードで首を切ることにより肉体を消滅させることはできる。
 その殺し合いの中で、残った一人は気が狂ってしまい、アピスと共に死ぬと言ってアピスを殺した後、自らも自身のブラッドソードで首を切って消滅する。

 しかし一つだけ例外があった。
 それは……。

「テラ! この本、一つだけ表紙に何も書かれていない。中は……ここだ、見ろ古代文字だ。力を持つ者を操る道具と書かれている」

「ううっ…古代文字はちょっと授業を取っていなくて……」

 苦手な分野の登場に、現役学院生の俺だがここは十歳のルナリス殿下を頼りにするしかない。ルナリス殿下は仕方ないという顔で古代文字を読み始めた。

「力を持つ者の血より作りし道具……、ペアの者が付けることにより、力を持つ者を魅了することができる。どんなに嫌われていても、全て好意に傾いてしまう。心が落ちた後は、虜となり意のままに操ることができる、それは……」

「深紅のネックレス」

 俺が先に口にしたので、ルナリス殿下は驚いたように声を止めて顔を上げた。

 そうだ。
 なぜ忘れてしまったのか。
 お蔵入りになったチートアイテム。

 かつてフローラル家は皇宮内の混乱を利用して禁書を盗み、古代に研究された攻撃に使えるような魔法具を生み出そうとした。
 その過程で、力を持つ者の血を利用したネックレスを作り出す方法を見つけた。
 当時フローラル家には力を持つ者がいたので、後の一族にペアが生まれた時に利用できるとして、ネックレスを作っておいたのだ。

 と、まあこれはあの製作会議で先輩が意気揚々と話し始めた設定。
 重課金者に向けた超救済アイテムだったのだ。



 好感度上げに失敗しちゃった、何を選んでもバッドエンドばかりのそこの貴方! でも大丈夫!
 このアイテムを使用したら好感度マイナスからでも一気にプラスにしかもマックスに!
 使用方法は簡単、主人公に装着して、会話画面でネックレスを見せるを選択するだけ。
 それで相手は完全に虜になります。
 特にハーレムルートで使用するのがおすすめ。
 バッドエンド? 
 実はこのアイテムを付ければ、三人を思い通りに操れるので無理に争わせなくてもオッケー!
 ラギアゾフ家の権力を自分のものにして、しかも念願の皇族にもアタックできちゃう!? 
 おまけで皇子様をメロメロにしちゃおうルートが出現するかも。
 ※ただしアイテムが壊れた場合、好感度は対象者と周囲の人間全てから反動でマイナスマックスになります。
 その場合、全員から命を狙われて即死エンドとなりますので、取り扱いにはご注意を。
 自分で破壊する以外に、この世界の一般的な人間には触れることができませんのでご安心ください。



 頭に流れ込んできたのは、あの会議で次々と出てきたバカげた意見達。
 後日、書類にまでまとめさせられたが結局流れたもの。
 もしかしたら、いや、これはもう確実にアピスはアイテムを使っている。

「テラ、なぜ名前を知っているのだ?」

「え!? それは…ゆっ夢のお告げで…」

「なんだって?」

 こんな状態で俺の前世を説明している暇はないので、夢の話という苦しすぎる言い訳で押し通すしかない。

「あああの、他に書かれているものはありませんか?」

「他? あっ…ああ、後はモフ…モフ? の育て方? よく分からない記述ばかりだ。きっと古代に流行ったものだろう。今は廃れて消えたのだと……」

「ありがとうございます! とにかくアピスの狙いと魔法具についてが分かりました」

 ガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、ルナリス殿下に頭を下げて散らかした本や書類をまとめた。

「力になれたならよかったが、イグニスは大丈夫なのか? 狙われているのだろう?」

「今日は公爵様と皇宮に来ているはずです。夜までかかる会議だとかで、それが終わってからでもこの件を伝えて……」

「それならここはいいから行け。お前のことだから無茶しそうで心配だ。禁具とされたものは、周囲にも使う者自身にも影響が大きい。アピスが禁具をもっているなら、アピス自身も力に囚われているはずだ」

「分かりました。本当にありがとうございます」

「礼はいい、借りは後で返してもらうから早く行け」

 安心させようとしているのか、穏やかな顔で冗談を言いながら、ルナリス殿下は送り出してくれた。




 中央の会議場に着くと、ちょうどイグニスが出てきたところで、すぐにつかまえてノーベンの事と魔法具について話をした。

「くそっ…ノーベンもか…。これは本格的にやばいな。そんな危険な魔法具があるなんて……」

「うん……。とにかくイグニスが魅了されないように防がないと」

「それがアピスが付けているネックレスを見るなってことか……。ずっと目をつぶれってのもな」

 どこからアピスが出てくるか分からない状態で、何も見ないようにして生活するのは困難だ。
 そもそもアピスはネックレスを装着しているなら、見えるように付けてさっさと三人ともまとめて魅了してしまえばいい話だ。
 まさか本当に俺が気に入らなくて、見せつけるために一人ずつのんびりと攻略していたのだろうか……。

「あっ!!」

「なんだよテラっ、大きな声を出して……」

「そうしなかった、じゃない! そうできなかったんだ」

 イグニスの顔が何を言っているんだという眉を寄せた状態で固まっていた。

 次々と俺の世界を塗りつぶしていったアピス。
 後一歩まで迫ったかに思えたが、どうやらこちらにも光が見えてきた。

 それが俺達を正しく照らしてくれる光なのか今はまだ分からない。俺は気持ちを落ち着かせながら、イグニスの目を見て強く頷いた。






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