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第四章 仲良し大作戦編
⑨君を守りたい。
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ルナリス殿下の生誕記念パーティーは、殿下が立派に最後の挨拶をして拍手の中幕を閉じた。
次に大々的に誕生を祝うパーティーを行うのは二十歳になってからになる。
殿下は自分には今至らないところばかりだが、必ず国のため国民のため力を注ぎ、皇族として恥じることのないような人間になりたいと強く言葉を述べた。
欠点なんてない人の方が少ない。
時には落ち込んで立ち上がれないような気持ちになったり、傷ついて悔しくて眠れない夜もある。
みんな平然として生きているように見えるけれど、それぞれが苦悩して生きている。
ルナリス殿下は立場上背負うものが大きくて、真面目な性格もあり、抱え込んでしまったのだろう。
俺が示した可能性で殿下の心が少しでも軽くなって、明日に向かって生きる力になってくれたらいい。
そう思いながら俺も会場で拍手をしてお祝いの気持ちを送った。
ルナリス殿下と皇族の方々は、皇族専用の宮でまだお祝いの儀式があるらしい。
ぞろぞろと会場を後にした。
招待されていた子供達も帰り、すっかり外は暗くなった。これからは大人のパーティーの時間だ。
ムードのある音楽に切り替わり、会場にはお酒が用意された。
会場の中央はテーブルが片付けられて、ダンスホールへと変わった。
「皇宮の選定が終わり、新しい侍従がやっと決まったようです。殿下からはテラがいいと言われて説得するのに苦労しました。学院が始まるからとなんとか納得していただきましたが、卒業後は補佐官になって欲しいそうですよ。テラなら試験も免除だそうです」
優美な音楽を聞きながら、俺は会場の隅でディセルとイグニスとしっぽりシャンパンでお疲れさま会をしていた。
この国の人間はお酒を飲むのに何歳からという決まりはない。
普通に手渡されたのでドキドキしてしまったが、味はサイダーみたいで甘くて美味しかった。
色々調整に動いてくれたディセルから報告を受けた。次の侍従にはあの本を渡して、引き継ぎをする必要がありそうだ。
「皇子の専属補佐官なんて俺にはそんな大役は無理だよ」
側にいたのはひと月ほどだったのに、そこまで人間的に気に入ってくれたのは嬉しかったが、俺にそんな能力はないと思った。
「そうですか…、補佐官の試験は難関と言われていて、給与面の待遇も国の役職では最高峰なのですが……、では私の方で残念ですがと……」
「ちょっ! ちょっと待って! それは、いいお話だね。まだ将来の事だし、じっくり考えてみるよ」
給与の話が出たら別問題だ。最高峰と聞いて、父親の遺伝子がすっかり反応してディセルの腕を掴んで止めてしまった。
「……テラ、お前、あの皇子の下で働く気か!? まっ…まさか、あのガキのことが……」
ちょっと金の話にグラついたら、何か勘違いしたらしいイグニスが俺の腕を掴んできた。
「は!? 子供相手にそんなわけないだろう! 魅力的な給与と素晴らしい待遇、就職を考えたらこれに勝るものはない!」
「だからって、アイツの下はダメだ。嫌な予感がする……、ものすごくする!」
「何言って……、バカだな。俺のことなんて、いいって言ってくれるのはイグニスだけだから……」
「テラ…、そんな事はない。俺はいつも心配で……」
揉めていたくせに、いつの間にかイグニスと向かい合って近くで見つめ合っていたら、ゴホンと咳払いの音が聞こえてきた。
「お二人とも、会場の注目を集めていますよ」
ディセルの声にハッとして周りを見渡したら、大勢の招待客が遠巻きに囲んでこちらを眺めていた。ちょうどダンスが終わったタイミングで、騒いでいる俺達を何を揉めているのかと見ているようだ。
こんなに視線を浴びるなんて、一気に恥ずかしくなって真っ赤になった。
それに、二人は滅多にパーティーに出ないラギアゾフ家の息子達だ。
最初から嫌でも注目を集めていた。
いつダンスをお願いしようかという、同じ歳くらいの令嬢や令息がもじもじしているのが先ほどから目に入っていた。
「さて、私は少し体を動かしたくなりましたので、ダンスに参加しようかと思います。お二人はバルコニーにでも出てみたらいかがですか? 美しい薔薇園が見えますよ。あっ、鍵は外から掛けられるようになっていますので、お忘れなく」
口元に手を当てて、小声でディセルが話しかけてきた。しかもウィンクして颯爽と人々の輪の中に入って行ったので、ディセル目当ての者達が一斉に群がっていくのが見えた。
気の使い方が絵になりすぎて思わずうっとりとしてしまいそうになった。
ディセル、カッコ良すぎだろう……。
「テラ、行くぞ」
ディセルの鮮やかな所作が気に入らなかったのか、イグニスはムッとした顔で俺を引っ張って歩き出した。どうやらお勧めいただいたバルコニーに向かうようだ。
久しぶりに会えて、やっと二人きりになれる。話したいことは山ほどあった。
少し緊張しながら、俺はイグニスに掴まれている腕を見つめながら歩いていった。
「わぁ…、本当だ。見事な薔薇園だね。月明かりだからあまりよく見えないけどそれでも美しい……。ルナリス殿下とよくお散歩したけど、こっちまでは来なかったからなぁ…。皇后陛下の薔薇園だから入れないのか」
バルコニーに出たら早速眼下には大きな薔薇園が広がっていた。興奮した俺は、パタパタと走って手すりにしがみついた。
音楽と花、そして愛する人と二人きり、なんて贅沢な時間だろう。
イグニスは花なんてどうでもいいと言わんばかりに、後ろから俺を抱きしめてきた。
ぴったり密着して心臓の音まで聞こえてくる。俺と同じくらいイグニスの心臓もドキドキとしていた。
「こうしているとテラに初めて会った時を思い出すな。なんて小さくて弱そうな生き物なんだろうって思った。魔物にも怯えていたが、俺やディセル達に囲まれている時も、小刻みに震えていて、それを見ているだけで、俺の心臓も壊れそうなくらい揺れていた」
「それは…庇護欲ってやつ…?」
「最初は、そうだったのかもしれない。……だが、テラが専属学友になって屋敷に来るようになって……、今まで暗く沈んでいた屋敷の中が窓を開け放ったみたいに明るくなった。始めはそれが不快だと思っていたが、いつもテラのことを、自分でもよく分からないくらい、目で追っていた。テラと笑いながら話しているディセルやノーベンが羨ましくなって、俺もあの中に入りたいと思うようになった……」
あの頃はイグニスからの視線をよく感じていたが、やはりそうだったのかと思って俺は微笑んだ。
「剣の稽古をしながらまともに話すようになって、小さくて弱々しいけど、テラには俺達にはない光を持っているんだって気がついた。それは心強さでもあり優しさでもあり、人の心を温める力だ。不快だったのではない、俺は不安だった。知ってしまったら、自分が変わってしまうような気がしたから…。でも一緒に過ごすうちに……、もうテラがいないと、寒くて寂しくなっていった。自分が変わることで世界が広がる、それは素晴らしいものだと気がついた」
「…イグニス……」
イグニスの真剣な言葉は、俺を抱きしめる手が震えているところかろも伝わってきた。
こんなに強い思いを向けられて、嬉しくないはずがない。
俺はイグニスの手を自分の手をそっと重ねた。
「うちの家族はずっとバラバラだった。お互いを思う心はあったが、どうしても距離があってそれを縮める努力もしなかった。ディセルは何でも上手くやってしまうし、ノーベンは好き勝手やっても怒られない。俺は、父親の言う通り、真面目にやってきたけれど、本当は…、二人が羨ましかったし、自分の思う通りに生きてみたかった」
夕暮れの訓練場でイグニスが一人剣を振るっている姿はカッコよくもあったが、寂しそうに見えた。イグニスは満たされない心と格闘するように、剣術に力を注いでいたのかもしれない。
「テラが俺達を家族を繋いでくれた」
「ええっ、そ…そんな、大げさだよ」
「俺はそう思っている。テラ、お前は俺にとっての光だ。眩しくて温かい。俺はお前を守るために生きていきたい」
「イグニス……、それは、俺もだよ。イグニスに会えて、本当に良かった。俺だって、俺は力はほとんどないけど、それでも俺だってイグニスを守りたい」
そうだ。
主人公が登場しても、もうイグニスと俺とは固い絆で結ばれている。
怯えていても仕方がないと、俺は強く自分に言い聞かせた。
何があってもイグニスの側にいて、俺が守る。主人公がもし兄弟で争わせようとしてきても、絶対守ってみせる。
広々としたバルコニーで月明かりが二人を照らしていた。
この世界には初めから二人しかいないみたいに思えてくる。
音楽と人々の笑い声がどこか遠くから聞こえていた。
「そういえば、あの本は結局何だったんだ?」
イグニスは俺を後ろから抱きしめていたが、それを解いて、横に並んできた。
斜め上の位置にイグニスの顔が見えると安心する。
俺はイグニスのくっ付いて肩に頭を寄せた。
「あー…あれね。イグニスはパジャマパーティーで貰わなかった?」
「パジャマパーティー? ああ、女がよく騒いでやっているやつか…」
「ゔっ…、女子会みたいなものなの? そっ…その、秘め事とかを家族で話すとか……」
「ばっ…家族でそんな話するか!」
「そうですよねー、それ一般的な反応」
イグニスによれば、男は訓練校でそういったことを知識として勉強する時間があるらしい。女子は女友達で集まってパジャマパーティーをして、そういった話をして盛り上がる、という事らしい。
まあ、俺は訓練校に行かなかったし、付き合い出したと聞いて、両親が気を回したのだろう。
またしてもとんでも両親にしてやられた。
「……それで、テラはその秘め事の本で何を学んだんだ?」
「そっ…それは、キスの仕方とか……愛を交わす方法を……」
「へぇ…、だからテラはあんなにアレが慣れていたのか……」
アレ、と言われて何のことかと思いを巡らせたが、イグニスがちょっと頬を赤らめているのが見えて、あの口でした時のことだと悟った。
「たっ、確かに…参考にはしたけど……」
「そうか、俺はてっきり…テラには経験があるのかと思って、悩んでいたんだ」
「ないないない! 俺モテないの知ってるだろう。女の子とだってそんな経験……、って俺、上手かったの?」
言われてみたら恥ずかしかったが、ちょっと嬉しくなってしまった。
だからイグニスは続けて三回も……。
「一応言っておくが、俺は剣ばかりだったから、そっちの方はさっぱりだ。変に近づいて来るやつは全員睨んでいたからな。う…上手いかどうかと言うより、テラにされたら……俺はそれだけで……すぐに……」
よく考えたら初めて同士で何を話しているのだろうと、お互い真っ赤になってしまった。
誰も来られないとはいえ、ここは天下の皇宮でしかもパーティー会場、熱くなった顔を誰かに見られたら大変だと頬に手を当てようとしたら、目に入ったモノに驚いて息を吸い込んでしまった。
イグニスのモノがすっかり起立してズボンを押し上げていたからだ。
「なっ…なっ…こんなところで…」
「っっ…テラがあんまり可愛いからいけない」
俺のせいにされたのはどうかと思ったが、久々に会って二人きりであんな話をして、確かに興奮してしまったのは俺も同じだった。
「……皇宮で使わせてもらっている部屋、今日はまだ泊まるつもりだったんだけど……来る?」
イグニスをこんな状態で帰せないし帰したくない。思わず部屋にお誘いしてしまったら、イグニスは目をギラギラとさせながら大きく頷いた。
□□□
次に大々的に誕生を祝うパーティーを行うのは二十歳になってからになる。
殿下は自分には今至らないところばかりだが、必ず国のため国民のため力を注ぎ、皇族として恥じることのないような人間になりたいと強く言葉を述べた。
欠点なんてない人の方が少ない。
時には落ち込んで立ち上がれないような気持ちになったり、傷ついて悔しくて眠れない夜もある。
みんな平然として生きているように見えるけれど、それぞれが苦悩して生きている。
ルナリス殿下は立場上背負うものが大きくて、真面目な性格もあり、抱え込んでしまったのだろう。
俺が示した可能性で殿下の心が少しでも軽くなって、明日に向かって生きる力になってくれたらいい。
そう思いながら俺も会場で拍手をしてお祝いの気持ちを送った。
ルナリス殿下と皇族の方々は、皇族専用の宮でまだお祝いの儀式があるらしい。
ぞろぞろと会場を後にした。
招待されていた子供達も帰り、すっかり外は暗くなった。これからは大人のパーティーの時間だ。
ムードのある音楽に切り替わり、会場にはお酒が用意された。
会場の中央はテーブルが片付けられて、ダンスホールへと変わった。
「皇宮の選定が終わり、新しい侍従がやっと決まったようです。殿下からはテラがいいと言われて説得するのに苦労しました。学院が始まるからとなんとか納得していただきましたが、卒業後は補佐官になって欲しいそうですよ。テラなら試験も免除だそうです」
優美な音楽を聞きながら、俺は会場の隅でディセルとイグニスとしっぽりシャンパンでお疲れさま会をしていた。
この国の人間はお酒を飲むのに何歳からという決まりはない。
普通に手渡されたのでドキドキしてしまったが、味はサイダーみたいで甘くて美味しかった。
色々調整に動いてくれたディセルから報告を受けた。次の侍従にはあの本を渡して、引き継ぎをする必要がありそうだ。
「皇子の専属補佐官なんて俺にはそんな大役は無理だよ」
側にいたのはひと月ほどだったのに、そこまで人間的に気に入ってくれたのは嬉しかったが、俺にそんな能力はないと思った。
「そうですか…、補佐官の試験は難関と言われていて、給与面の待遇も国の役職では最高峰なのですが……、では私の方で残念ですがと……」
「ちょっ! ちょっと待って! それは、いいお話だね。まだ将来の事だし、じっくり考えてみるよ」
給与の話が出たら別問題だ。最高峰と聞いて、父親の遺伝子がすっかり反応してディセルの腕を掴んで止めてしまった。
「……テラ、お前、あの皇子の下で働く気か!? まっ…まさか、あのガキのことが……」
ちょっと金の話にグラついたら、何か勘違いしたらしいイグニスが俺の腕を掴んできた。
「は!? 子供相手にそんなわけないだろう! 魅力的な給与と素晴らしい待遇、就職を考えたらこれに勝るものはない!」
「だからって、アイツの下はダメだ。嫌な予感がする……、ものすごくする!」
「何言って……、バカだな。俺のことなんて、いいって言ってくれるのはイグニスだけだから……」
「テラ…、そんな事はない。俺はいつも心配で……」
揉めていたくせに、いつの間にかイグニスと向かい合って近くで見つめ合っていたら、ゴホンと咳払いの音が聞こえてきた。
「お二人とも、会場の注目を集めていますよ」
ディセルの声にハッとして周りを見渡したら、大勢の招待客が遠巻きに囲んでこちらを眺めていた。ちょうどダンスが終わったタイミングで、騒いでいる俺達を何を揉めているのかと見ているようだ。
こんなに視線を浴びるなんて、一気に恥ずかしくなって真っ赤になった。
それに、二人は滅多にパーティーに出ないラギアゾフ家の息子達だ。
最初から嫌でも注目を集めていた。
いつダンスをお願いしようかという、同じ歳くらいの令嬢や令息がもじもじしているのが先ほどから目に入っていた。
「さて、私は少し体を動かしたくなりましたので、ダンスに参加しようかと思います。お二人はバルコニーにでも出てみたらいかがですか? 美しい薔薇園が見えますよ。あっ、鍵は外から掛けられるようになっていますので、お忘れなく」
口元に手を当てて、小声でディセルが話しかけてきた。しかもウィンクして颯爽と人々の輪の中に入って行ったので、ディセル目当ての者達が一斉に群がっていくのが見えた。
気の使い方が絵になりすぎて思わずうっとりとしてしまいそうになった。
ディセル、カッコ良すぎだろう……。
「テラ、行くぞ」
ディセルの鮮やかな所作が気に入らなかったのか、イグニスはムッとした顔で俺を引っ張って歩き出した。どうやらお勧めいただいたバルコニーに向かうようだ。
久しぶりに会えて、やっと二人きりになれる。話したいことは山ほどあった。
少し緊張しながら、俺はイグニスに掴まれている腕を見つめながら歩いていった。
「わぁ…、本当だ。見事な薔薇園だね。月明かりだからあまりよく見えないけどそれでも美しい……。ルナリス殿下とよくお散歩したけど、こっちまでは来なかったからなぁ…。皇后陛下の薔薇園だから入れないのか」
バルコニーに出たら早速眼下には大きな薔薇園が広がっていた。興奮した俺は、パタパタと走って手すりにしがみついた。
音楽と花、そして愛する人と二人きり、なんて贅沢な時間だろう。
イグニスは花なんてどうでもいいと言わんばかりに、後ろから俺を抱きしめてきた。
ぴったり密着して心臓の音まで聞こえてくる。俺と同じくらいイグニスの心臓もドキドキとしていた。
「こうしているとテラに初めて会った時を思い出すな。なんて小さくて弱そうな生き物なんだろうって思った。魔物にも怯えていたが、俺やディセル達に囲まれている時も、小刻みに震えていて、それを見ているだけで、俺の心臓も壊れそうなくらい揺れていた」
「それは…庇護欲ってやつ…?」
「最初は、そうだったのかもしれない。……だが、テラが専属学友になって屋敷に来るようになって……、今まで暗く沈んでいた屋敷の中が窓を開け放ったみたいに明るくなった。始めはそれが不快だと思っていたが、いつもテラのことを、自分でもよく分からないくらい、目で追っていた。テラと笑いながら話しているディセルやノーベンが羨ましくなって、俺もあの中に入りたいと思うようになった……」
あの頃はイグニスからの視線をよく感じていたが、やはりそうだったのかと思って俺は微笑んだ。
「剣の稽古をしながらまともに話すようになって、小さくて弱々しいけど、テラには俺達にはない光を持っているんだって気がついた。それは心強さでもあり優しさでもあり、人の心を温める力だ。不快だったのではない、俺は不安だった。知ってしまったら、自分が変わってしまうような気がしたから…。でも一緒に過ごすうちに……、もうテラがいないと、寒くて寂しくなっていった。自分が変わることで世界が広がる、それは素晴らしいものだと気がついた」
「…イグニス……」
イグニスの真剣な言葉は、俺を抱きしめる手が震えているところかろも伝わってきた。
こんなに強い思いを向けられて、嬉しくないはずがない。
俺はイグニスの手を自分の手をそっと重ねた。
「うちの家族はずっとバラバラだった。お互いを思う心はあったが、どうしても距離があってそれを縮める努力もしなかった。ディセルは何でも上手くやってしまうし、ノーベンは好き勝手やっても怒られない。俺は、父親の言う通り、真面目にやってきたけれど、本当は…、二人が羨ましかったし、自分の思う通りに生きてみたかった」
夕暮れの訓練場でイグニスが一人剣を振るっている姿はカッコよくもあったが、寂しそうに見えた。イグニスは満たされない心と格闘するように、剣術に力を注いでいたのかもしれない。
「テラが俺達を家族を繋いでくれた」
「ええっ、そ…そんな、大げさだよ」
「俺はそう思っている。テラ、お前は俺にとっての光だ。眩しくて温かい。俺はお前を守るために生きていきたい」
「イグニス……、それは、俺もだよ。イグニスに会えて、本当に良かった。俺だって、俺は力はほとんどないけど、それでも俺だってイグニスを守りたい」
そうだ。
主人公が登場しても、もうイグニスと俺とは固い絆で結ばれている。
怯えていても仕方がないと、俺は強く自分に言い聞かせた。
何があってもイグニスの側にいて、俺が守る。主人公がもし兄弟で争わせようとしてきても、絶対守ってみせる。
広々としたバルコニーで月明かりが二人を照らしていた。
この世界には初めから二人しかいないみたいに思えてくる。
音楽と人々の笑い声がどこか遠くから聞こえていた。
「そういえば、あの本は結局何だったんだ?」
イグニスは俺を後ろから抱きしめていたが、それを解いて、横に並んできた。
斜め上の位置にイグニスの顔が見えると安心する。
俺はイグニスのくっ付いて肩に頭を寄せた。
「あー…あれね。イグニスはパジャマパーティーで貰わなかった?」
「パジャマパーティー? ああ、女がよく騒いでやっているやつか…」
「ゔっ…、女子会みたいなものなの? そっ…その、秘め事とかを家族で話すとか……」
「ばっ…家族でそんな話するか!」
「そうですよねー、それ一般的な反応」
イグニスによれば、男は訓練校でそういったことを知識として勉強する時間があるらしい。女子は女友達で集まってパジャマパーティーをして、そういった話をして盛り上がる、という事らしい。
まあ、俺は訓練校に行かなかったし、付き合い出したと聞いて、両親が気を回したのだろう。
またしてもとんでも両親にしてやられた。
「……それで、テラはその秘め事の本で何を学んだんだ?」
「そっ…それは、キスの仕方とか……愛を交わす方法を……」
「へぇ…、だからテラはあんなにアレが慣れていたのか……」
アレ、と言われて何のことかと思いを巡らせたが、イグニスがちょっと頬を赤らめているのが見えて、あの口でした時のことだと悟った。
「たっ、確かに…参考にはしたけど……」
「そうか、俺はてっきり…テラには経験があるのかと思って、悩んでいたんだ」
「ないないない! 俺モテないの知ってるだろう。女の子とだってそんな経験……、って俺、上手かったの?」
言われてみたら恥ずかしかったが、ちょっと嬉しくなってしまった。
だからイグニスは続けて三回も……。
「一応言っておくが、俺は剣ばかりだったから、そっちの方はさっぱりだ。変に近づいて来るやつは全員睨んでいたからな。う…上手いかどうかと言うより、テラにされたら……俺はそれだけで……すぐに……」
よく考えたら初めて同士で何を話しているのだろうと、お互い真っ赤になってしまった。
誰も来られないとはいえ、ここは天下の皇宮でしかもパーティー会場、熱くなった顔を誰かに見られたら大変だと頬に手を当てようとしたら、目に入ったモノに驚いて息を吸い込んでしまった。
イグニスのモノがすっかり起立してズボンを押し上げていたからだ。
「なっ…なっ…こんなところで…」
「っっ…テラがあんまり可愛いからいけない」
俺のせいにされたのはどうかと思ったが、久々に会って二人きりであんな話をして、確かに興奮してしまったのは俺も同じだった。
「……皇宮で使わせてもらっている部屋、今日はまだ泊まるつもりだったんだけど……来る?」
イグニスをこんな状態で帰せないし帰したくない。思わず部屋にお誘いしてしまったら、イグニスは目をギラギラとさせながら大きく頷いた。
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