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第三章 どきどきイベント編

⑨お疲れさま会。

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 「あの頑固で融通の利かないイグニス兄さんが、分かったって言ったんだよ。僕にとっては大ニュース、ほんと北の国でもないのに雪でも降りそう」

 スタート地点の本部に向かって並んで歩いていたが、何度も同じ話をするノーベンにイラついたイグニスはカッと睨みつけた。

「おい、ノーベン、この背中の荷物を投げつけてやろうか?」

「やや、やめなよ。荷物じゃなくてブランソンだよ。人間だから人間!」

 それはやめろと俺が止めると、口を閉じたイグニスはブランソンをおんぶしながら無言でのしのしと歩く足を早めた。

「ふーん、格好つけちゃって、最初は一人で行くって聞かなかったんだよ。僕を連れてきて正解だったでしょう。誰かさんは遅すぎるし、自力で見つけられないし、最初にテラを見つけて助け出したのは僕だからね」

「くっ……ノーベン」

 珍しくしつこくイグニスに絡むノーベンを不思議に思って眺めていたら、ノーベンは俺の肩を抱いて、うさ耳に顔をすりすりしてきた。

「テラがイグニスを好きなら仕方ないけどさぁ。テラが僕のお気に入りは変わらないんだからね。言っておくけど、テラ泣かしたら僕暴れるよ。テラは可愛い弟なんだから」

「……弟ってテラの方が年上だろう」

「テラと同じこと言わないでよ。本当ムカつくー。あーそういえば、テラの弟はそのブランソンだったよね、さっきハモンの前で言い放った時、カッコ良かったよーテラ」

「いっ…、いや…あれは……」

「なんだそれは? コイツがなんでテラの弟分なんだ?」

 イグニスが本当にブランソンを投げ捨てそうな勢いで振り回しているので、俺はヒヤヒヤしながら、大したことじゃないとごまかそうとしたがダメだった。

「テーラー、詳しく話を聞かせてもらおうか?」

「ええ、本当に。今回の事について、詳しい話が聞きたいですね」

 気がつくとすでにスタート地点まで戻ってきていたが、目の前にはお怒り顔のディセルが仁王立ちしていた。

「さて、負傷者多数というか参加者全員気絶して倒れてしまったそうで、ハントは続行不可能で中止になりました。何が起こったのか、そこの三人はよーく知っていそうですね。さぁ、じっくり話を聞かせていただきましょう」

 さすが長男らしく、ゴタゴタの事態を華麗に収めるために召喚されたのではないか、と思うくらいのタイミングでディセルが現れた。

 俺とイグニスもノーベンで顔を見合わせて苦笑いした。
 完全なお怒り顔だったが、ディゼルを見たらやっと現実世界に戻ってきたという安心した気持ちになった。

 すでに前世は前世。
 ここはゲームの世界であっても、俺にとってはもうこの世界が現実で、生きて行く世界なのだと、ようやく本当の意味で実感した気がした。







 参加者が全員が倒れてしまったハントはその場で終了して、負傷者はディセルの指示で迅速に救護所に運ばれた。
 国の治療士が治療にあたった。全員しばらく眠ったまま起きなかったが、翌々日には次々と意識が戻り元の状態に回復した。

 俺も国の調査官に話を聞かれたりして慌ただしたかったが、一週間経って一応解決したということで改めてラギアゾフ家に集合した。

「最近のハントについては危険すぎると問題になっていました。一度委託したものを元に戻すとなると、複雑な手続きが必要なので皇宮の方から、実はラギアゾフ家に調査依頼が来ていたのです。秘密裏に潜入して誰が何を行なっているか調査して欲しいと……」

 ティールームの大きな机にはディセルが用意してくれたお菓子と、お茶が並べられている。
 カップに入ったお茶を一口飲んでから、ディセルは少し疲れた顔で話し出した。

 ディセルの話に、久々にゲームの設定で俺が覚えている通りのものが出てきた。
 ラギアゾフ家は古くから皇家のために、隠密で問題を解決するために動くことがあった。
 特に貴族間の揉め事は国の一大事になりかねない。早急に手を打つかどうか詳しい情報を得るための優秀な駒として暗躍してきたのだ。

「その調査の過程で今回のハントでテラの名前を見つけたのです。まずは状況を確認しようと私が動こうとした瞬間に、二人が光の矢の如く飛び出して行ってしまい、私は皇宮に入って今までの資料を並べて役人を説得して、やっと中止にすると結論が出たところであの事態ですよ」

 ディセルはこの件を父親から頼まれていて、時間をかけて調査を進め、被害者や証人を集めていたらしい。
 ようやく中止に持ち込んで、悪事を働いていた者達を一網打尽にしようとしていた矢先で全員ぶっ倒れてしまったのだ。

 全員イグニスが到着した辺りから記憶を無くしていて、結局原因不明の現象が起きて、全員気を失ったことで話は落ち着いた。

 怒りが孕んだ力の影響は凄まじく、悪の心を持ったものは毒が抜けたように空っぽになってしまった。
 そいつらはアッサリと今までやってきたことを認めて、罰を受けますと次々と言い始めた。
 もちろんその中には、ブランソンの兄、ハモンも含まれていて、また人が変わったように大人しくなり反省しているらしい。
 これから賠償金や社会奉仕活動、もしくは僻地での強制労働など何らかの罰が与えられるという話だった。

 ハントはしばらく中止されるが、次に開催される時は皇宮が管理するかたちに戻ることになった。

 つまりディゼルがこつこつと進めていた計画は一瞬で終わり、ディセルは後処理に追われてここ一週間走り回っていた。

「……ハントのことはもういいです。テラがご両親の関係で巻き込まれてしまったのは仕方ないですから……、問題は貴方です、イグニス」

 ディセルは眉間に皺を寄せてイグニスを指差した。
 差されたイグニスは腕を組んだまま、わずかにこめかみがピクッと動いた。

「なんだよ」

「なんだよ、ではありません。テラのことが心配だったのは分かりますが、ソードを出していないのに暴走状態になるなんて、前代未聞です! 日頃の訓練は見せかけですか? 危うく皇宮の方まで被害が及ぶところでしたよ!」

 彼らの力は常にコップの水が溢れそうな状態らしい。それを上手く使いこなすために、幼い頃から訓練される。ブラッドソードを出した時は例外的に時間の制約が出てくるが、それ以外の時に暴走状態になることはほとんどない。よほど強い精神的な動揺でもない限り、ということらしい。

「まあまあ、良かったじゃない。無事に? 上手いこと落ち着いたわけだし」

 ピリピリとする空気が流れて、ノーベンが間に入ったが、ディセルはため息をつきながら頭に手を当てた。

「私が言っているのは、テラとの関係が強すぎる、ということです。少しの怪我で毎回あんな状態では困るのですよ」

「……それは大丈夫だ。次はコントロールできる」

 ムッとした顔のイグニスがそう言い放ったが、ディセルはまだ納得できない様子でカップのお茶を飲み干した。

「はぁ…まさか、あれだけ鉄壁で不動の心を持っていると思っていた貴方がこうなるとは……。恋をすると人は変わるものですね」

「がっ! ごっ、ぐほっっ」

 俺はお茶を飲んでいたが、ディセルの言葉にお茶が変なところに入ってゲホゲホとむせた。
 すぐにイグニスが俺の背中を撫でて、ハンカチを取り出して渡してきた。それを見ていたノーベンは笑いを堪える顔になり、ディセルは見ていられないと手で顔を覆ってしまった。

「あのーー、私は本当にここにいていいのでしょうか……」

 一人、この状況に耐えきれなくなったように、声を震わせながら緑のもくもくした頭の男がやっと声を出した。
 一斉にみんなの視線が集まり、ブランソンはびくびくと震えて今にも帰りたいという顔になった。

「ええ、もちろん。招待したのですから当然です。ぜひ全種類食べていってくださいね」

 ディセルが自分の作ったお菓子をこれでもかとブランソンの前に置いたので、ブランソンは青くなりながら頷いた。

「そんなに硬くなるなよ。ディセルの作ったお菓子は美味しいぞ。はい、あーん…」

 さすがに本人を前にして手を付けにくいのだろうと思った俺は、クッキーを一つ摘んでブランソンの口元に持って行った。
 ブランソンは覚悟したように口を開いてパクッと食べた。

「あ…ああ、確かに美味い…」

「だろう、甘いもの好きの俺が言うんだから間違いない」

 俺の笑顔を見てブランソンも安心したように笑ってくれたが、次の瞬間顔が凍りついたように固まった。

「ど…どうした? 急に……」

「ひっ…な…なんでもない」

 ブランソンはイグニスの方を見て怯えているように見えたが、俺が振り返って見てもイグニスは普通の顔をしていた。
 やはり、ハントでの印象が強すぎてまだ怖いのかもしれないと思った。
 緊張をほぐしてあげようと兄の話題を振ることにした。

「あれからハモンはどうしている? ずいぶん大人しくなったと聞いたけど…?」

「あ…ああ、まるで昔の兄に戻ったみたいに、穏やかになったよ。嘘みたいで…、まだ信じられないけど、国の判断に従うって、悪い連中とも縁を切って大人しく過ごしている」

「そうか…」

「俺にも、謝ってくれた。今までごめんって……。ありがとう、テラのおかげだよ」

 目尻に光るものを溜めて、ブランソンが俺に感謝をしてきたので目をぱちぱちと瞬かせた。

「えっ…、改心したのは、イグニスの力を浴びたからで……」

「他のやつはそうだけど、テラがあんな風に兄に俺のこと言ってくれたから……それで変わってくれたんだと、俺は信じている」

「ブランソン……」

「テラのこと、初めはなんでこんな地味でつまらなそうなヤツが専属の学友になれたんだと納得できなかったけど、今なら分かる。テラって真っ直ぐで、いいヤツだな」

 こちらこそ、いいヤツなんて、そんなに直球で褒められたことがなかったので、照れ臭くて顔が熱くなった。

「はい、そこまでー!」

 俺とブランソンの間に友情が芽生えたように思えて、二人でヘラヘラ笑っていたら、イグニスが手で遮りながら話を切ってきた。

「なっ、なんだよ、イグニス」

「あ? なんかムカつくんだよ」

「なんかって……」

 俺の手を掴んだイグニスは、もう話はいいだろうと言って立ち上がって、俺を引っ張ってティールームから出てきてしまった。

 ディセルもノーベンも何も言っていなかったので、今急ぎで話すことはなさそうだが、話の途中で出て行くなんてどうしたのかと不思議に思ってしまった。
 イグニスは俺の手を引いたまま、無言でズンズンと歩いて行くので、どこへ行くのかと思いながら俺も足を進めた。

「イグニスー、いいのか? 途中で出て行くなんて……何かあった?」

 イグニスが足を止めたのは自分の部屋の前だった。
 そういえばディセルの部屋ではよく読書をしていたし、ノーベンの部屋でも遊んでいたが、イグニスの部屋には入ったことがなかった。
 中はどうなっているのか気になって、イグニスがわずかに開いたドアから中を覗き込んでいたら、背中にかけられた言葉にドキッと心臓が揺れた。

「……テラと、早く二人きりになりたかったんだ」

「えっ……」

 不意打ちみたいなタイミングだ。
 お互い告白し合って、両思いであることは確認したが、そこからがバタバタで二人きりになる時間がなかった。

「俺達、付き合っているんだろう?」

 いつも強さを感じるイグニスの言葉がやけに自信なさそうに揺れて聞こえてきた。

 付き合っている。

 言われてみたら、それを実感して一気に恥ずかしくなって真っ赤になった。
 そうだ、俺とイグニスは付き合い始めたばかり。
 自分でも信じられなくて、考えるとその度に茹で上がってしまうので、考えないようにしていた。

「う…うん」

「テラ、可愛いな。赤くなって…」

「だって改めて確認すると……」

「テラ、俺……したい」

 イグニスの直球の言葉が心臓に突き刺さって、爆発しそうになった。
 したい、というのは恋人同士のするような行為ということだろうか。
 考えなかったわけではない、むしろ想像しすぎて鼻血を垂らしていたくらいだ。

 付き合い出して、すぐではあるが、このタイミングが一般的な正解なのか分からない。
 ガツガツと、いいぜやろうと言うよりも、ここは少し焦らしたり、恥じらってみるのがいいのか。
 もう、そういうことがさっぱり分からない。

「あ…あ…あああの、おおお俺……」

 心の準備だ。
 そもそもBLゲームのラブの方の18禁的展開は詳しくない。
 いや、ゲームどうこうより、男女の知識だって乏しいのに、男同士はどういう手順でどういう心構えが必要なのか、分からない、何も分からない。
 そしてこの男が詳しいとも思えない。

 ここは少しは知ってますという顔で微笑んだらいいのか。それとも全てお任せした方がいいのか。

「テラ」

「ふっはっ…はいいー」

「テラが恥ずかしがることをもっとしたい」

「は……っ?」

 いや、誘い方もっとあるだろう……。
 そんないじめっこの延長みたいな文句じゃ、ムードも何もない。

 頭の中では冷静にツッコんでいる俺だが、自分で思っている以上にパニックになっていた。
 イグニスは目元が赤くなり、興奮しているかのように息が荒くなっている。
 そして、俺を見ながら返事を待っている。

 何か……何か言わないと……

 前世時代に見たドラマで、男に迫られたヒロインは……

「めっ…滅茶苦茶にして」

 口に出してから、あれ、俺何言ったんだと思考が止まった。

 イグニスの目は驚きと興奮の色に染まって、カッと大きく開かれていた。





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