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第三章 どきどきイベント編

⑥君の幸せ、ぼくの幸せ。

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 助けに来てくれたノーベンと、他を探してくれているというイグニスの元へ向かった。
 周囲を警戒しながら木の根が張った起伏の多い道を進んだので、俺は途中で息が続かなくなり足が動かなくなってしまった。

「テラ、大丈夫? 少しここで休もう」

 身が隠れそうな木の下に連れてきてもらい、ノーベンとそこで腰を下ろした。
 緊張しながら走ったので、肩が揺れるほど息が苦しくてたまらなかった。
 横に座ったノーベンが俺の息が楽になるまで背中をさすってくれた。

「このイベントは、元々は国が主催して行っていた、ちょっと変わった集団お見合いだったみたい。戦争が終わってから民間に委託されて、それでやりたい放題になったらしい。今じゃお見合いというより、狩の方がメインになりつつあるみたいだね」

「そ…う…なんだ。ごめん、本当……こんな所まで助けにきてくれて……俺なんかのために……」

「テラ、なんて言わないで」

 いつもの調子でつい弱音を吐いてしまったら、ノーベンの強い言葉に背筋がピンと伸びた。

「僕さ、ディセル兄さんほどじゃないけど、結構なんでも上手くやってきたんだ。いつも自分の言いたいこと言って、押し通してきた。誰も文句は言わなかったし、もちろん言われないように完璧にやってきたつもり。文句あるなら僕みたいに出来てから言えよって……。天才なんて言われるのは嫌だったけど、実はそれで安心していたのかもしれない」

 兄弟の中でも一番複雑な思考を持っているのがノーベンだと思っていた。
 言いたいこと言って、相手を威嚇するのも厭わないし、黙らせるだけのスキルを持っている。それはすごいと思うけどノーベンの本心はよく分からなかった。
 もてはやしてくる周囲を冷たい目で見ていたからだ。
 それで本当に満たされているのかと……。

「怖かったんだ……。否定されるのが……。誰も何も言わないけど、僕が生まれた時に母さまが死んでしまったから、いつかお前のせいでって……責められるかもしれないって怖かった。だから完璧な城を築いて、いつ誰に攻撃されても傷一つ負わないように……、それでも怖い時は、逆に相手を攻撃すれば自分は傷つかない、そうやって生きてきた」

「ノーベン…、誰もノーベンを責めてなんかないだろう」

「……うん。でも、俺の前では誰も母のことを口にしないんだ…。だからきっと、心の中では俺を恨んでいて母の名前すら口にしないのだと……」

「それは……」

 深いところは分からない。
 ディセルやイグニスだって、母を失ったのは同じだ。
 母が恋しくて、もしもあの時と頭によぎったことがあるかもしれない。
 それを責めることなどできないし、誰も悪くない。
 公爵だって愛する人を失った。
 みんな悲しみを乗り越えるために、あえて話題に触れないようにしていたのだろう。

 でもそれはノーベンを責めていたわけではない。それをどうやってノーベンに伝えようかと顔を上げたら、ノーベンは全て理解しているという目をして微笑んでいた。

「イグニス兄さんは、僕の人形の名前を当てたでしょう。一度も見たことなんてないはずだから、本当は人形なんて知らなかったと思う。でも分かってくれた。それに名前……イザベラは母さまの名前なんだ。肖像画の中でしか姿が分からないけど、いつも一人で見ていたから……。兄さん達は全部なかったことのようにしていると思っていたけど、イグニス兄さんも僕と同じように見ていたんだって……、あの時、初めて分かった」

 一つ違いの兄弟だから、イグニスだって母親の姿は記憶にないだろう。
 母の絵を眺めるノーベン、そしてイグニスもきっとその後ろからそっと母の絵を眺めていたに違いない。
 口にしないことで悲しみを思い出さないようにしてきた。いつか語ることで悲しみを癒し、兄弟達の絆がもっと強くなる、そんな日はきっとくるはず……遠くない将来にきっと……。

「僕だけが辛くて悲しいわけじゃない。イグニス兄さんとまた話せるようになって、ようやく分かったよ。僕を責めていたのは…僕自身だった。僕ら兄弟を繋いでくれたのはテラだよ」

「えっ…」

「小ちゃくて弱々しいのに、テラは生命力に溢れている。おかしいよね、僕らは力があり過ぎて、テラは力がないのが問題がなのに、本当は逆じゃないかと思うんだ。テラといるとね、なんでもないことが、最高に幸せに思える。それを教えてくれたんだよ」

「お…俺はそんな……」

「僕はテラが大好きだよ、それで兄さん達のことも好き。好きな人達が一緒に幸せになってくれたら、僕はもっともっと嬉しい。テラはイグニス兄さんのこと、好きでしょう? ラブの方で」

 肩をくっ付けながら、間近でノーベンはニヤニヤしながらウィンクしてきた。
 ここでもだだ漏れなのに、こうなると本人に伝わっていないというのが不思議に思えてくる。

「う…うん」

「あぁ赤くなっちゃって可愛い。テラとは出会ってからそんなに経っていないけど、まるでずっと一緒に育ったみたいに思えるんだ。僕にとっては可愛い弟みたいな存在って感じ。テラは大切なんだからね、俺なんか、なんて言わないでよ白いウサギさん」

 調子に乗ったノーベンが俺のふわふわ耳を撫でてきた。確かに兄弟達が争わないように、仲良くさせようと思っていたが、結局のところ俺ができた事なんてほとんどない。ただの賑やかしみたいなものだった。
 ディセルもノーベンもイグニスも、みんなそれぞれの力で兄弟の絆を取り戻したのだ。

 ノーベンの透き通った目で見られると、まるで俺がみんなの仲を取り持ったみたいで照れてしまうが、若干気になるところもあった。

「あー…ええと、一点気になるんだけど、俺、ノーベンの弟? いちおう…年上なんだけど……」

「細かいことは気にしない! いいじゃない! 好きは好きで一緒でしょう」

「い…っ…まぁ、そうだけど。弟か…俺」

 結局この世界でも弟役になるのかと胸の辺りがモヤついたが、ノーベンの顔つきが前よりずっと明るくて優しくなったので、俺はそれでいいかと思うようにした。
 兄より弟の方が慣れているんだし、遠慮なく甘えさせてもらおう。この兄達なら、ちょっとくらいいじられても悪くないな、そう思った。

「だいぶ暗くなってきたな。でもノーベンがいるから安心だよ。イグニスと合流したらすぐに森から出よう」

「テラ、実は状況はあまり良いわけじゃない。さっきみたいな小物相手なら、余裕なんだけど、このハントには剣闘大会の常連がたくさん来ているんだよね。僕の双剣は一対一の戦いだと負けないけど、テラを守りながら複数と戦うとどうしても時間がかかるからさ。それにブラッドソードは長時間使えないんだ」

 ノーベンがこぼした言葉に、また前世の記憶がパチンとヒットした。
 そうだった。
 体内の血を使って作り出されるブラッドソードは、威力が強すぎるがゆえ、使用する本人の自我が保てない。
 だからイグニスも普段は普通の剣を使っている。
 短期決戦で勝負を決めなければ、正常な精神が保てなくなり、狂ったように血を求めて敵味方見境なく攻撃をする、まるで獣になってしまう。
 ゲームの中では主人公だけがその暴走状態を止めることができた。
 彼がいないとなると、こんなところでそんな状態になったら惨劇ではすまされない大事件になってしまう。
 とにかくそんな事態だけは避けなくてはいけない。

「分かった。なるべく見つからないように静かに行こう。どちらにせよ早くイグニスに会わないといけない」

 俺がそう言うとノーベンも頷いてきた。
 しかし、やはり中央広場に近づいたことで、他の参加者と会う確率も高くなる。
 俺とノーベンが隠れている近くで人の声が聞こえてきた。
 動き出そうとしていた俺の腕を、いち早く気がついたノーベンが掴んで止めてきた。



「い…いいって、もう十分だろう」

 地面を踏みしめて歩く音と、気弱そうな声が聞こえてきた。この声にどうも聞き覚えがある気がした。

「なんで止めるんだ。ジェイムス家の人間をカモにしようなどと考えるなんて、バカにされたんだぞ。だいたいお前が気を抜いているから俺が尻拭いをさせらるんだ」

「そ…それはあの男が持っていた宝石が俺が探していたヤツが受け取っていた宝石だったから話を聞こうと思って……」

「それで狙われるなんてアホくさくて話にならないな。俺がヤルって言ったのに、自分で停学に追い込んだ男に復讐するって言ったからには、ちゃんとヤってこいよ。さっきの男は居場所を吐いたのか?」

「……それが、開始すぐに奪って別れたから、もう向こうも移動しているだろうって……」

「使えねーな、殴っただけじゃだめか。五人くらいで輪姦してやろう。そしたら思い出すんじゃねーのか」

「や…やめろよ。もう…自分でなんとかするから……」

 ここまで聞いてノーベンと目が合ってお互い頷いた。
 この鼻にかかった声と情けない感じの喋り方は、ブランソンで間違いない。
 会話の雲行きが怪しいし、張り詰めた空気がピリピリとしてこちらにも伝わってきた。

 ブランソンに対して高圧的に言い放つ強い口調の男は誰なのだろう。言っている事がおかしいし、仲間にしてはずいぶんと力関係があるように思えた。

「もう…やめてくれ、俺が悪かったよ…ハモン…兄さん…」

 その名前を聞いて、ビクリと体が揺れて胃の辺りが一気に冷えた。
 ハモンというのは、盗み聞いた話に出ていた完全に頭がおかしいという……。

「兄と呼ぶなと言っているだろう! お前はジェイムス家の出来損ないだ! やはり痛い目に合わないと理解できないのだな!」

 スッと剣を抜く音がして、次の瞬間森に悲痛な叫び声が響いた。





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