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第三章 どきどきイベント編
⑤ウサギは捕まらない。
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身を小さくして震える俺の耳に、ガサゴソと草をかき分ける音と、笑い声が聞こえてきた。
高くて可愛らしい、どうやら女性の笑い声のようだ。
「ふふふっ…、積極的な方は好きよ」
「君が美しいから…、独り占めしたくなったんだ。あそこにいるとうるさいからさ」
恐る恐る顔を上げて木の根本から頭を覗かせたら、俺のいる位置から少し離れた茂みの中で、おそらく男女が抱き合っているのが見えた。
どうやら開始早々カップルになった二人らしいが、お互いまだ楽しむつもりなのか退場せずに、わざわざイチャイチャしに来たらしい。
危険はなさそうだが、これはこれで気まずい。
こんな近くでなんてやめてくれーと思いながら俺は頭を抱えた。
「あっ…あん……」
「もうこんなになっているぞ…」
耳を塞いでいるのに、喘ぐ声が聞こえてきた。このゲームは暴力の方でR指定だった気がするが、そっちの方も盛んじゃないかと、どこかにツッコんでみるが誰にも届かない。
ダンゴムシみたいに丸くなっていると、俺の近くを通る他の足音が聞こえてきた。
「誰だ!?」
どうやらカップルもその足音に気がついたらしい。甘々な雰囲気が一気に緊張したものに変わった。
「よぉ、お二人さん。こんなところで盛ってるなんて、襲われても文句は言えねーな」
ついに例のハモン登場かと震えた。
ガサガサと他にも何人かの足音が聞こえた。
「大人しく宝石を置いていけよ。そしたら手荒な真似はしねーぜ」
辺りは暗くなり始めて隠れ場所からは視界も悪いし、もう誰が誰でどこにいるのかもよく分からない。
ただ、ピンチになっているはずのカップルの方から、吹き出して笑う声が聞こえてきた。
「フッ、バカな奴らだ。エサに引っかかったのはそっちの方だ」
「私達は待っていたのよ。こうやって弱そうだと思って近づいて来るアンタ達みたいなのを……。さぁ、そっちこそ、置いていきなさい」
どうやらお互い相手を狙うハンターだったようだ。剣を抜く音がして、場が一気に緊張と興奮の色に変わった。
……そして悲しいことに、俺は今、その争いのど真ん中に隠れている。
なぜここで始めるんだ!?
本当にやめてくれ!
せめてもっと向こうでやってくれ!
地面を蹴って走り出す音がしたらすぐに剣がぶつかり合う音が聞こえた。
耳に響く嫌な音だ。
ガチャガチャと激しい音の連続に、荒い息遣いと、殴り合うような肉弾戦を思わせる音も聞こえてきた。
「ぐっ…ぐほっ…」
どちらかの苦しそうな声と地面に人が崩れるような音が聞こえてきて、決着がついたのかもしれないと思った。
どちらが倒されたのか気になった俺は隠れていた木の根元から顔を覗かせた。
しかし緊張で、俺の耳は目立つ白のふわふわウサギさんだということをすっかり忘れていた。
「……おい、あんなところに白ウサギがいるな」
「おいおい、あれも囮か? それとも広場にたどり着けなかったアホか?」
最悪だ……。
耳が見つかってしまった。
なぜ黒じゃダメだったんだ…親父…お袋!
相手の数が何人か分からないから、慣れない暗い森で逃げる事は難しい。
それに俺は宝石を持っていない。彼らがそれが目的なら抵抗せずに話してしまった方がいいのではと思い始めていた。
仕方なく俺は木の根元から体を出して姿を見せた。
相手は目に入っただけで三人。
男女のカップルと他に男が一人、少し離れたところに地面に倒れている男が二人いた。
全員大きく縦に長い耳、数としては一番多いキツネの格好をしていた。
最初に騒いでいたカップルと、近くにその仲間がもう一人潜んでいて、襲いに来た奴らを返り討ちにした、というように見えた。
「かーわいい! やだぁ、美味しそうなんだけど。私、食べてもいい?」
真っ赤なドレスを着た女が赤い唇の端を吊り上げて笑いながら近づいてきた。
「おいお前、仲間は?」
「……いないです。宝石も持っていないので、なんの役にも立ちませんから、このまま見逃していただけませんか?」
「あっ、お前、リオンといたウサギか」
「ああ、あの新人狙いのナイフ使いね。可哀想に取られちゃったのね」
三人の男女はどうすると言って顔を見合わせた。宝石を持っていない俺は、彼らからしたら役に立たないはずだと思ったが、男の一人がニヤリと笑って俺に近づいてきた。
「俺らはハモン達みたいな頭がおかしい連中とは違うが、もし会ったら向こうも腕が立つからヤバいにはヤバいんだ。ロープでぐるぐる巻きにして連れて行こう。何かあった時にコイツを囮にして逃げられるから」
「ああ、確かに。いかにもハモンが好きそうな小動物って感じ」
「いやぁ…それはどうかと……たぶん違うと思いますけどね」
「おら、ごちゃごちゃうるさい! 黙って縛られてろ!」
つい反論したら怒られてしまった。男が腰に巻いていたロープを手に取って、俺の腕を強引に掴んできた。
経験したことがない乱暴な力に、俺の心臓は一瞬で冷えて、ひっと小さく悲鳴が溢れた。
その時、空を切り裂くような一声が響き渡った。
「……その手を離せ。クズ共が」
暗闇の中に緑色に光る炎が見えて、それが瞬きする間もない早さで俺の前に隕石のように落ちてきた。
燃え盛る石の塊みたいなものが、ぬぼっと動き出したら人の形に変わった。
「う…嘘……の……の……」
「お待たせテラ。ずいぶん奥に入り込んだね。まったく…かなり探したよ、僕のウサギちゃん」
「なっ…なんで、ここにいるの? の…の…ノーベン」
俺の目の前にはここにいるはずのない人、毛の長い大きな耳に長い尻尾のオオカミの格好をしたノーベンの姿があった。
幻かと思って目を擦ってみたが、姿は消えることなくそこにあった。
「おい、誰だお前!? 仲間はいないって言っていたのに! 騙したな!!」
「手を離せって言ったのに聞こえなかったみたいだね。それとも僕とヤルつもり? 手加減できないから殺しちゃうかもしれないけどいいかな?」
ノーベンは自分の手の甲を噛んだ。そこから流れ出た血が二本の剣に代わりノーベンの手の中に収まった。あれがノーベンのブラッドソード、ギザギザとした鋭い双剣の形をしていた。
「やば…コイツ……桁違いだ……」
目を光らせて笑いながら近づいてきたノーベンを見て力量を悟ったのだろう。
俺を掴んでいた男は慌てて俺のことを離して、他の二人に目配せした。
次の瞬間には一斉に四方八方に分かれて走って逃げて行ってしまった。
「あらら、逃げ足の速いキツネ達だなぁ。久々に暴れようかと思ったのに」
「ノーベン!」
幻ではないのだと確かめたくて俺はノーベンに飛びついた。
剣を手にしたままだったノーベンだったが、それをシュルシュルと手の中にしまって、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「世話の焼けるウサギを持つと大変だよ。いきなりテラがハントに参加するって情報が入った時は心臓が止まるかと思った。イグニスと急いで向かったんだよ」
「イグニスも来てくれたの?」
「うん。イグニスは中央広場に向かったよ。森は広いから二手に分かれたんだ。それにしても、なんでこんな危ない会に参加してんの? こんなのスリルと金を求めるやつの集まりだよ」
「……昔、ただのお見合いだった頃に両親がこれで出会ったんだ。俺の行く末を心配した両親が、昔の印象のまま変わってないと思い込んで申し込んじゃったんだ」
「テラの両親って……」
「分かってる。慌てん坊な人達なんだ……」
ノーベンからの同情の視線を浴びながら、俺はやっと生きた心地がした。
最強の三兄弟のひとりであるノーベンが来たのならもう怖いものなしだ。
ええ、頼りに頼ってます。
男として情けないとかそんな話はどうでもいい。とにかく生きて無事にここから脱出するのが先だ。
「イグニスと合流しよう。ここを真っ直ぐ行けば中央に出るはずだよ。テラ走れる?」
今のところピンチはあったが無傷なので何も問題ない。力強く頷いた俺はノーベンの後に続いて走り出した。
二人が来てくれたらもう怖いものはない。やっとゴールが見えてきた気がした。
イグニスも、きっと心配してくれているだろう。
早く早くイグニスの元へ。
会いたくてたまらなかった。
□□□
高くて可愛らしい、どうやら女性の笑い声のようだ。
「ふふふっ…、積極的な方は好きよ」
「君が美しいから…、独り占めしたくなったんだ。あそこにいるとうるさいからさ」
恐る恐る顔を上げて木の根本から頭を覗かせたら、俺のいる位置から少し離れた茂みの中で、おそらく男女が抱き合っているのが見えた。
どうやら開始早々カップルになった二人らしいが、お互いまだ楽しむつもりなのか退場せずに、わざわざイチャイチャしに来たらしい。
危険はなさそうだが、これはこれで気まずい。
こんな近くでなんてやめてくれーと思いながら俺は頭を抱えた。
「あっ…あん……」
「もうこんなになっているぞ…」
耳を塞いでいるのに、喘ぐ声が聞こえてきた。このゲームは暴力の方でR指定だった気がするが、そっちの方も盛んじゃないかと、どこかにツッコんでみるが誰にも届かない。
ダンゴムシみたいに丸くなっていると、俺の近くを通る他の足音が聞こえてきた。
「誰だ!?」
どうやらカップルもその足音に気がついたらしい。甘々な雰囲気が一気に緊張したものに変わった。
「よぉ、お二人さん。こんなところで盛ってるなんて、襲われても文句は言えねーな」
ついに例のハモン登場かと震えた。
ガサガサと他にも何人かの足音が聞こえた。
「大人しく宝石を置いていけよ。そしたら手荒な真似はしねーぜ」
辺りは暗くなり始めて隠れ場所からは視界も悪いし、もう誰が誰でどこにいるのかもよく分からない。
ただ、ピンチになっているはずのカップルの方から、吹き出して笑う声が聞こえてきた。
「フッ、バカな奴らだ。エサに引っかかったのはそっちの方だ」
「私達は待っていたのよ。こうやって弱そうだと思って近づいて来るアンタ達みたいなのを……。さぁ、そっちこそ、置いていきなさい」
どうやらお互い相手を狙うハンターだったようだ。剣を抜く音がして、場が一気に緊張と興奮の色に変わった。
……そして悲しいことに、俺は今、その争いのど真ん中に隠れている。
なぜここで始めるんだ!?
本当にやめてくれ!
せめてもっと向こうでやってくれ!
地面を蹴って走り出す音がしたらすぐに剣がぶつかり合う音が聞こえた。
耳に響く嫌な音だ。
ガチャガチャと激しい音の連続に、荒い息遣いと、殴り合うような肉弾戦を思わせる音も聞こえてきた。
「ぐっ…ぐほっ…」
どちらかの苦しそうな声と地面に人が崩れるような音が聞こえてきて、決着がついたのかもしれないと思った。
どちらが倒されたのか気になった俺は隠れていた木の根元から顔を覗かせた。
しかし緊張で、俺の耳は目立つ白のふわふわウサギさんだということをすっかり忘れていた。
「……おい、あんなところに白ウサギがいるな」
「おいおい、あれも囮か? それとも広場にたどり着けなかったアホか?」
最悪だ……。
耳が見つかってしまった。
なぜ黒じゃダメだったんだ…親父…お袋!
相手の数が何人か分からないから、慣れない暗い森で逃げる事は難しい。
それに俺は宝石を持っていない。彼らがそれが目的なら抵抗せずに話してしまった方がいいのではと思い始めていた。
仕方なく俺は木の根元から体を出して姿を見せた。
相手は目に入っただけで三人。
男女のカップルと他に男が一人、少し離れたところに地面に倒れている男が二人いた。
全員大きく縦に長い耳、数としては一番多いキツネの格好をしていた。
最初に騒いでいたカップルと、近くにその仲間がもう一人潜んでいて、襲いに来た奴らを返り討ちにした、というように見えた。
「かーわいい! やだぁ、美味しそうなんだけど。私、食べてもいい?」
真っ赤なドレスを着た女が赤い唇の端を吊り上げて笑いながら近づいてきた。
「おいお前、仲間は?」
「……いないです。宝石も持っていないので、なんの役にも立ちませんから、このまま見逃していただけませんか?」
「あっ、お前、リオンといたウサギか」
「ああ、あの新人狙いのナイフ使いね。可哀想に取られちゃったのね」
三人の男女はどうすると言って顔を見合わせた。宝石を持っていない俺は、彼らからしたら役に立たないはずだと思ったが、男の一人がニヤリと笑って俺に近づいてきた。
「俺らはハモン達みたいな頭がおかしい連中とは違うが、もし会ったら向こうも腕が立つからヤバいにはヤバいんだ。ロープでぐるぐる巻きにして連れて行こう。何かあった時にコイツを囮にして逃げられるから」
「ああ、確かに。いかにもハモンが好きそうな小動物って感じ」
「いやぁ…それはどうかと……たぶん違うと思いますけどね」
「おら、ごちゃごちゃうるさい! 黙って縛られてろ!」
つい反論したら怒られてしまった。男が腰に巻いていたロープを手に取って、俺の腕を強引に掴んできた。
経験したことがない乱暴な力に、俺の心臓は一瞬で冷えて、ひっと小さく悲鳴が溢れた。
その時、空を切り裂くような一声が響き渡った。
「……その手を離せ。クズ共が」
暗闇の中に緑色に光る炎が見えて、それが瞬きする間もない早さで俺の前に隕石のように落ちてきた。
燃え盛る石の塊みたいなものが、ぬぼっと動き出したら人の形に変わった。
「う…嘘……の……の……」
「お待たせテラ。ずいぶん奥に入り込んだね。まったく…かなり探したよ、僕のウサギちゃん」
「なっ…なんで、ここにいるの? の…の…ノーベン」
俺の目の前にはここにいるはずのない人、毛の長い大きな耳に長い尻尾のオオカミの格好をしたノーベンの姿があった。
幻かと思って目を擦ってみたが、姿は消えることなくそこにあった。
「おい、誰だお前!? 仲間はいないって言っていたのに! 騙したな!!」
「手を離せって言ったのに聞こえなかったみたいだね。それとも僕とヤルつもり? 手加減できないから殺しちゃうかもしれないけどいいかな?」
ノーベンは自分の手の甲を噛んだ。そこから流れ出た血が二本の剣に代わりノーベンの手の中に収まった。あれがノーベンのブラッドソード、ギザギザとした鋭い双剣の形をしていた。
「やば…コイツ……桁違いだ……」
目を光らせて笑いながら近づいてきたノーベンを見て力量を悟ったのだろう。
俺を掴んでいた男は慌てて俺のことを離して、他の二人に目配せした。
次の瞬間には一斉に四方八方に分かれて走って逃げて行ってしまった。
「あらら、逃げ足の速いキツネ達だなぁ。久々に暴れようかと思ったのに」
「ノーベン!」
幻ではないのだと確かめたくて俺はノーベンに飛びついた。
剣を手にしたままだったノーベンだったが、それをシュルシュルと手の中にしまって、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「世話の焼けるウサギを持つと大変だよ。いきなりテラがハントに参加するって情報が入った時は心臓が止まるかと思った。イグニスと急いで向かったんだよ」
「イグニスも来てくれたの?」
「うん。イグニスは中央広場に向かったよ。森は広いから二手に分かれたんだ。それにしても、なんでこんな危ない会に参加してんの? こんなのスリルと金を求めるやつの集まりだよ」
「……昔、ただのお見合いだった頃に両親がこれで出会ったんだ。俺の行く末を心配した両親が、昔の印象のまま変わってないと思い込んで申し込んじゃったんだ」
「テラの両親って……」
「分かってる。慌てん坊な人達なんだ……」
ノーベンからの同情の視線を浴びながら、俺はやっと生きた心地がした。
最強の三兄弟のひとりであるノーベンが来たのならもう怖いものなしだ。
ええ、頼りに頼ってます。
男として情けないとかそんな話はどうでもいい。とにかく生きて無事にここから脱出するのが先だ。
「イグニスと合流しよう。ここを真っ直ぐ行けば中央に出るはずだよ。テラ走れる?」
今のところピンチはあったが無傷なので何も問題ない。力強く頷いた俺はノーベンの後に続いて走り出した。
二人が来てくれたらもう怖いものはない。やっとゴールが見えてきた気がした。
イグニスも、きっと心配してくれているだろう。
早く早くイグニスの元へ。
会いたくてたまらなかった。
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