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第二章 学院入学編

⑩もどかしい熱。

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「あっ、ホクロ発見」

「本当ですね。こんなところも可愛らしいなんて……、あっ、こら、テラ隠したらダメですよ」

「うううぅ…、お願いだから…解説しないで……」

 なぜこんな恥辱に耐えなければいけないのか…。
 俺は今、男達にお尻を見せている。
 もちろん露出癖があって自分から披露しているわけではない。
 そうせざるを得ない状況に追い込まれて、仕方なくズボンを脱ぐことになった。
 なぜこんなことになったのか、俺は恥ずかしさに震えながら何とか立っていた。



 力を受けない体質の話をしたら、慌てたイグニスに保健室に担ぎ込まれた。
 そしてノーベンの知らせを受けて、授業中だったディセルまで飛んできてしまい、大騒ぎになってしまった。

 一人冷静だったのはファビアン先生で、三兄弟から鬼の形相で迫られても、まぁまぁ落ち着けってと言って平然とした顔をしていた。
 この人は何者なのだろうと改めて思ってしまうほど肝が据わっている。

「とりあえず、すぐにどうこうってわけはなさそうだ。匂いに反応しないのは特徴だが、症状としては動けなくなるらしいから、まず元気そうだし大丈夫だろう」

「信憑性に欠けますね。ファビアン先生は元皇宮専属侍医でしたが、クビになったと聞きました。研究からは長く離れているとも……」

「ああ、後輩に研究結果を盗まれたんだ。向こうは高位の貴族の息子で、子爵家の三男坊だった俺の言うことなんて誰も聞かなかった。学院は主席で卒業したし、腕は確かだから、ここで拾ってもらった。信用してもらえないなら仕方がないが、前の研究でオーディンの力について調べていたのはこの俺だ。他に俺より詳しい者はいないだろうな」

 ノーベンは学院の研究棟へ行ってくれたが、オーディン研究は、あまり研究者のいないジャンルらしい。
 思いついた何人か当たってくれたが、いい返事がもらえなかったそうだ。

 頼みの綱はファビアン先生しかいない。
 今の状態では先生を頼るしかなかった。

「オーディンの力自体が珍しいからな、長年原因不明の病とされていた。テラ、お前は運が良かったんだぞ。聞けば治療ができたそうだな。今はその直接力を入れる方法が一番有効だと考えている。さあ、初口を確認したい。どこを治療したんだ?」

「えっ……その……おっ…おし……」

「尻だ」

 言いづらいところをイグニスがサラリと答えてしまった。
 予想外の場所だったのか、みんな一瞬無言になってしまったので慌てて尻餅をついたからだと説明を加えた。

「なるほど……、今から変えることはできないから仕方がない。治療だと思って、さっ、早く脱いで見せてくれ」

「えっ…ちょっ、ここでか?」

 俺が一番動揺していると思っていたのに、なぜか俺より先にイグニスが慌てたような声を上げて、ファビアン先生と俺の間に入ってきた。

「当たり前だろう。確認しないと状況が分からない」

「何で止めるんだよ、イグニス兄さん。早く診てもらわないと」

「そうです。そんなところに立たないで、邪魔ですよ」

「いっ…待てよ、なんでみんなで見るんだ」

「三人ともにおいが違うように、力の種類が違うからな。テラに合ったものが必要になる。全員いてもらわないと困る」

 ファビアン先生に言いくるめられ、ディセルとノーベンに押されてイグニスは端に追いやられた。

 外野がバタついているが、俺の心はこんな短時間で受け入れられる境地まで行かなかった。
 しかし、ファビアン先生に早く早くと促されて仕方なくズボンに手をかけた。
 前回イグニスに見せた時のように、下着をズラして、尻だけ見えるようにそっと下げた。

「かっ…可愛い! テラのお尻って…、小さいと思っていたけど、ぷりっとして柔らかそうで、まるで赤ちゃんのお尻みたい!」

「ごっ…ゲホッ…や…やめてくれ、ノーベン」

「これは……私の作るパンよりももちもちしていそうですね。あぁ…触りたい……」

「だーもう、いやだーー」

 二人の食いつきがすごくて、ズボンを上げたくてたまらない。
 とりあえずファビアン先生が、ちょっとうるさいと止めてくれたけれど、二人に齧られそうな勢いだった。

「おい…、あんまり見るなって…」

「イグニス兄さん、なんでそんなにイラついてるの?」

「う…っ…俺は別に……。おい、先生、どうなんだ? 早く診てやれよ」

 またまた外野がうるさくて顔を覆いたい気分だったが、ズボンを持ったままなので外すこともできない。
 そのうちにファビアン先生が近づいてきた。少ししか出していなかったからか、ぐっとズボンを下げられてしまった。

「ん、これだな。見つけたぞ。痣のようにも見えるが、これは所有印だ」

「しょ…ゆ…いん?」

「ああ、力を持った者に帰属したという印……、お友達の印みたいなものだな、はははっ…」

「……先生、ちょっと表現を軽くしましたね」

「まあまあ、とりあえずこれが大事なんだ。この印があるうちは、テラの中にオーディンの力があるということだ。この世界の人間なら、誰もがわずかだが持っている生命力みたいなものだがな。つまり、俺の考えだと印があるうちはテラが死ぬことはない」

 ファビアン理論がどこまで信用できるのか謎だが、確かに力が全くないからこの世界に馴染めずに命が削られるわけで、少しでもあるなら他の人と同じ状態になるという考え方は合っているように思える。

「この印は消えるんですか?」

「もともと、あったものではないから、徐々に消失していく。印が消えないうちに、また新たに力を直接入れてやれば問題ないだろう。週に一度、ここに来て治療することにしよう。いいな、イグニス」

「ああ、分かった」

「え?」

 さっきは誰の力が合っているか分からないという話だったはずだ。
 すぐに担当がイグニスに決まったのがどうしてなのか疑問になってしまった。

「印ができたということは、イグニスの力が合っているということだ。テラに付いた印の形が、イグニスの力を表す炎の印だからな」

「ちなみにディセル兄さんは水、僕が風の印で、それぞれ自分たちの体に同じのが付いているんだよ」

 そうなのかとぼんやり納得してしまったが、そんな設定をした記憶がないので、オリジナルで派生したものなのだろうか。
 自分の尻の印なんて見えないし、せっかくだからどんなデザインなのか見たくなった。

「印か…、炎とか水とかって、いかにもって感じでカッコいいな。それぞれどんなのか見せてくれよ」

 とりあえず最悪の事態は避けれて、何とかなりそうなので、気が抜けた俺は明るく三人に向かって声をかけた。

 しかし三人とも顔を引き攣らせて固まった後、それぞれ俺を無視して別の方向を見て帰り支度を始めてしまった。

「それでは、いったんこの話は持ち帰るということで。自宅の書庫も調べてみます」

「僕も引き続き詳しい人がいないか調べてみる」

「こっちは先人の書物の症例をまた掘り返してみる。イグニス、では、先程言ったことは……」

「ああ、必ず守る」

 俺を蚊帳の外にして、全員がてきぱきとこの場をまとめてしまった。

「えっ…、ちょっと、俺なんか変なこと言った?」

「……ノーベンが、余計なことを言うからですよ」

「だって、見たいなんて言われるなんてさー」

 ディセルとノーベンは軽く揉めながら、俺の質問から逃れるようにそそくさと先に保健室を出て行ってしまった。

「なっ…なんだよ、二人して……」

 そんなに無茶なお願いをしたのかとムッとしていたら、イグニスに肩をポンと叩かれた。

「イグニス……」

「……とりあえず、俺達も行くぞ」

 どうやらイグニスも喋らないつもりらしい。
 ぷんぷんしている、俺の手を引いて保健室から出た。

「……色々事情があるんだ、…すぐには見えないし」

「?? そっか…なら無理は言わないよ」

 もしかしたら、俺と同じ尻にあるのかもしれない。確かに喜んで見せれる場所じゃない。それは他ならぬ俺が一番、痛いほど理解していた。

「……そんなに見たいなら…そのうち…俺が見せるから……」

「うん、……分かった」

 上手くはぐらかされてしまったような気がするが、とりあえずせっかく転生したのに、儚いバッドエンドを迎えることは回避できそうだ。
 ゲームのエンディングでは、のほほんと登場していたが、あのままいったら彼は、というか俺なのだが、その後すぐに亡くなる運命だったのかと震えてしまった。

 対処法としてイグニスに協力してもらうことになった。これからあの事を頻繁にしないといけないのはどうにも気まずい思いがある。

 俺は自分の気持ちを抱えたまま、イグニスに触れてもらい続けなければいけない。
 かと言って、こうなった状態で告白をして、もしフラれでもしたらこの先それが地獄の時間になってしまう。

 せっかく伝えたいと高まっていたが、俺は喉元まで出てきた気持ちを飲み込むことにした。

 とにかくこの先の方向が見えるまで、勢いで気持ちを伝えることなんてできない。

 イグニスと繋いだ手がやけに熱くて、胸元まで熱が込み上げてきた。
 切ない想いはずっと心臓を揺らしていたが、それに気づかないフリをして俺はイグニスの足元を見ながら歩き続けた。







 □第二章 おわり□
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