眼鏡モブですが、ラスボス三兄弟に愛されています。

朝顔

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第二章 学院入学編

⑦今すぐ言いたくて。

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 イグニスへの想いを自覚した俺は、休み中頭に羽が生えたみたいに、ふわふわした気持ちで過ごした。
 いつもなら突然部屋に入ってくる父親にイライラするところが、昨日なんて笑顔で迎え入れてしまった。

 恋をすると人は変わるというのは都市伝説だと思っていたが、本当だったようだ。
 何か特別に楽しいことが起きたわけでもないがとってもハッピーな気分だ。

 週明けの日、元気に登校した俺は、気持ちはルンルンで、スキップしながら校内を移動していた。
 きっとイグニスも同じ気持ちで……。

 ここまで考えて俺は足を止めた。
 イグニスは、なぜ俺にキスをしてくれたのだろう。
 俺は口に手を当てて立ち尽くした。

 すっかり両思いになったみたいに浮かれていたが、よく考えたらあの場で明確になったのは、俺のムラついてます宣言だけだ。

 イグニスは自分の気持ちについては何も言わなかった。よくよく考えたら、アイツは実は優しいヤツだ。
 もしかしたらムラついた俺を気の毒に思って、合わせてくれただけなのかもしれない。

 いや、いくらなんでもそんなバカなことはしないだろう……。
 え? 分からない。
 全然、分からない。
 絶対ないとは言い切れない…。
 そもそも男同士のラブゲームの舞台だ。それほど抵抗がなく、受け入れてくれた?

 いや、それを言うなら、俺は何で攻略対象の男を好きになっているんだ!!
 主人公が出てきたら、何もかも掻っ攫われる運命の相手だ。

 兄弟の争いは阻止できても、恋に落ちるのはお約束みたいな力が働くはずだ。
 もし、主人公がイグニスを選んだら、俺みたいなモブなんて……虚しく散るように完敗してしまう。

 だって、主人公には特別な力が……。


「テラ? おはようございます。朝から一人で百面相ですか?」

 校舎の入口で、一人で天を仰ぎながら唸り声を上げていたら、後ろから声をかけられた。朝日を浴びてキラキラと輝く笑顔を浮かべているのはディセルだった。
 同じ制服でも彼が着ていると、まるでモデルのように似合っていて美しい……。
 って、そんなことじゃなくて、今はそんな場合じゃない。

「ディセル、おはよう、どうしよう……」

「どうしました? 忘れ物ですか? 必要なものがあれば用意しますので言ってください。それともお腹が空きましたか? 少しでしたら焼き菓子を持ってきましたので、授業が始まる前にでも食べられますか?」

 キングオブ面倒見のいい男が、至れり尽くせりの提案をしてくれた。ついお菓子がほしくて口がもぐもぐしてしまったが、今はそこではない。

「え…と、違くて…。俺、なんか一人で勘違いしていて浮かれてて…でも、本当は全然望みのないことで諦めないといけないのに……どうしたらいいか……」

 自分で言っていて支離滅裂過ぎておいおいと思ってしまった。ディセルは朝からわけの分からないことを言っている俺を変な目で見ることなく、考えるようにうーんと言って少し頭を傾けた。

「テラは何か嬉しいことがあったけど、それが自分の思った通りではないと気がついた」

「うん」

「よく考えたら、それは望んではいけないことだったと……」

「うんうん、そう……」

 さすが人間翻訳機。上手いこと俺の言いたいことを訳してくれた。
 綺麗に整理されるとやはり進もうとしていた道が断たれたように、先が真っ暗に思えた。
 俺みたいなモブはその先に進んではいけない。モブ禁止と書かれた看板が目の前に浮かんでくるようだった。

「それは、犯罪に関わったり、倫理的に問題のあることですか?」

「えっ……、それは……大丈夫だと」

「まあ、私の場合それでも構いませんけど。テラは気にしそうですからね、一応確認です。その辺りが、問題ないならいいじゃないですか」

 ディセルは何を恐れているのだという顔をしていた。

 ゲームの世界の設定を壊すのだとしたら、兄弟達に関わっていることですでにその領域に入っている。
 俺は怖いのだ。
 主人公という、絶対的存在に全て奪われてしまうことが。

「私には不思議です。テラは私に勇気をくれたのに、それは自分には使うことができないのですか?」

「……え?」

「人を照らすだけではなく、もっと自分を照らしてください。悩んで後悔するくらいなら、テラだったらどうしますか? 暗闇の中へ帰りますか? それとも……」

 ディセルの言葉にゆっくり顔を上げた。
 前の世界の俺は、いつも諦めていた。
 姉達が全て持っていて、自分には何もないし望んでも何も叶わないと。
 そうだ。
 この世界に生まれ変わり、キャラに徹することで、今度こそ傷つくことのない人生を送ろうと思っていたけれど、それではダメなのだ。
 自分が望むものも欲しいものも、それでは手に入らない。
 諦めてしまうことと一緒だ。

「戻らない……。俺は、諦めたくない」

「さすがテラ。やっぱり貴方は私の光です」

 ディセルは眩しそうに目を細めて微笑んだ。
 二人の間にふわりと風が吹いてきて、ディセルの水色の髪が空に舞い上がった。
 たくさんのものが俺の背中を押してくれたような気がした。


 俺はディセルにありがとうと言って走り出した。
 ゲームの主人公と戦うことになっても、俺は諦めない。
 みんなが争ったり、イグニスが主人公と結ばれる未来も嫌だ。
 イグニスが主人公を見て、本能的に惹かれてしまってもそれでも、いつか来るかもしれない未来に怯えて後悔なんてしたくない。

 とにかくイグニスに俺の気持ちを伝えよう。
 まずはただの友人でもいい。
 俺のことを気持ちを知ってもらって、いつか好きになってもらえるように、頑張るしかない。

 そう決心しながら走っていると、廊下の向こうからノーベンが歩いてくるのが見えた。

「おはよう、テラ」

「ノーベン! おはよう。あのさ、イグニスは……」

「ああ、今日は午前休みだよ」

 足踏みしながら、喉元まで気持ちが出ていたのに、ノーベンの言葉で一気に気が抜けて倒れそうになった。

「お父様のお使いで朝から出てるけど、何かあった?」

「い…いや、ちょっと、話がね……大丈夫大丈夫…はははっ……」

 またかあの親父! と思いながら力が抜けてその場に座りこんだ。
 何もそんなに急がなくてもいいが、勢いって大事だなと思いながらガックリと項垂れた。

「テラ、汗だくだけど、本当に大丈夫? 僕最初の時間はいないからさ。みんな移動教室でもういなくなっているよ」

「おおう…、マジか……そうだった」

 確か最初の授業は外での走り込みの訓練だと思い出して、床に顔が付きそうになった。
 世の中上手くいかないものだ。



 ずっと廊下と戯れていられないので、心配してくれるノーベンに大丈夫だと言って別れ、俺は小走りで教室へ向かった。
 荷物を置いて外の授業に向かわないといけない。

 すでにほとんどの生徒が向かった後なのだろう。一年の教室の近くまで来たが誰とも会わなかった。
 こうなって来ると、やばい遅刻だと思い始めて、そっちの方で焦り始めた。
 やっと教室に着いてドアに手をかけると、何やら話し声が聞こえてきた。

「………い、……早くしろ!」

「……るって、………しだ」

 同じく授業に遅れそうな生徒かと思ったが、どうも不穏な気配を感じて手を止めた。

「これで……、………しまいだな」

「ははっ…。まさかこ……、笑えるぜ」

 バンっとドアが開けられて何人か生徒が出てきた。
 俺は反射的に廊下の柱の後ろに移動して、見つからないように身を隠した。

「イグニス様はまだ来られていないな」

「ああ、アイツが戻ってきたら目立つところへ置いて騒ぐぞ」

 話し合う声が聞こえた後、パタパタと足音が小さくなっていくまで俺は息を殺してずっと隠れていた。
 こういう時、小さな体は非常に役に立つ。
 どうやら近頃やけにじろじろと嫌な視線を送ってきていた、イグニスの派閥グループがなにかやろうとしているようだ。



「いったい何をしていたんだ……」

 誰もいなくなった教室に入って確認してみたが、いつもと変わりないように見えた。

 誰もいない教室に残る不穏な空気。
 何かが始まろうとしている予感。

 自分のことで浮かれていて、周りが見えなくなっていた。
 何気ない日常の光景が不安な色に染まっていった。







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