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第二章 学院入学編

⑤クンクンしたらきっと。

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「相談? そういうの無理、帰って帰って」

「えーーーーーっっ! そんなぁーせんせーーー!」

 あまりにアッサリと断られてしまい、驚いて思わず大きな声を上げてしまった。
 保健室の先生は心と体のケアの専門家みたいなものだと思っていたのに、話を聞いて欲しいと言ったら即行で断られてしまった。

 白衣の下はてかてか光る黒皮の上下、顔中のピアスに両手の全指には指輪はまっているという、謎の趣味のファビアン先生。
 ある意味このゲームのダークな世界観に一番似合っているのはこの人かもしれない。
 肌は白くて目の周りが真っ暗で、常に寝不足みたいな顔はちょっと怖いが、先日的確にアドバイスしてくれたので、この人だと思って会いに来たのだ。

「つーか、君、二重人格?」

「え?」

「入ってきた時とえらい違うからさ」

「あー、あれはキャラです」

「キャラ?」

 先ほど保健室に入った時、ちょうどクラスのやつが診察を受けていた。
 ちょっと待ってろと言われたので、俺はいつものクセで眼鏡を持ち上げながら冷静に、ええ構いませんと言って、微笑を浮かべた。

「教室では一応、秀才眼鏡ってイメージを保っているんです。さっきのクラスのヤツだったし」

「なぜ?」

「なぜってそりゃ…、俺気を抜いたら、すぐアホっぽくなっちゃうし、兄弟達のおかげでいじられはしないと思うけど、なんとなく習慣? そうせずにはいられない? みたいな」

 ヘラヘラ笑いながら頭をかいているの俺を、ファビアン先生は珍獣を見るような目で見てきた。

「……だめだ、最近の若いヤツの流行りは分からん。って俺もこんな台詞言うようになったのか……この俺も終わったな」

「終わったなんてそんな。先生、若そうに見える、あっ…まだまだ若いですよね? あれ? 違う? すみません」

「……ああ、気持ちだけもらっとくよ。んで? もう、面倒だから話せ、んでさっさと帰れ」

 よく分からないが興味を持ってくれたのか、単にうるさいからなのか、相談を受けてくれるみたいなので俺はぐっと背筋を伸ばして椅子に座り直した。

「そ…その、ある人のこと、なんですけど。よく分からないんですけど、頭に浮かんできて……。だめだと思うのに、色々想像しちゃって……、胸が苦しくなるというか……熱くなって……。近くて話すだけで心臓がうるさくて……。これ、何なんですかね? 病気? 俺、どうかしちゃったんですか?」

「もう帰ってくれ」

「そんなーーー! ここまで聞いてひどいーーー!」

「お前いくつだ? そんなことも分からないのか!?」

「……分からなくて、困ってます……」

 また俺を珍獣を見る目で見た後、ファビアン先生は盛大なため息をついて頭を下に向けた。

「そいつのことを考えて、ムラムラするんだろう?」

「ゔえ!? えっ…なぜ…知って……すご! さすが先生……」

 まさか本当にマジカルお助け役なのかもしれない。人の心を読めるスキルを持っているのかと驚いた。

「アホ、健全な男子の健全な思考だ」

「な…なるほど……。これが普通、ですか……」

「変に押し込めずに、そのまま受け入れりゃいい。どうせなら、その相手に素直に話してみろ」

「え!? いいんですか?」

「それが一番手っ取り早い解決方法だ」

 ずいぶんと手荒なアドバイスに聞こえたが、しっかりとした大人のファビアンが言うのだからそうなのだろう。俺は噛み砕きながら納得した。

「ほら、理解したならさっさと行け。お前は臭くてたまらん」

「くっ…!? 臭いって…!? 俺ちゃんと体洗ってますよ! ひどいー先生ー」

「その臭いじゃなくて、オーディン臭いんだ」

「は? オーデ…コロン?」

「オーディンだって。あの兄弟達と一緒にいるからお前まで臭ってくるんだよ」

「……なんだ、俺のせいじゃなかったのか……よかった。…………って! ええ!? どういうことですか?」

 どうもファビアン先生との会話が噛み合わない。先生も俺のことを不思議そうな目で見てきた。

「なんだ? お前、感じないのか? オーディンの力が放つ独特な臭いだよ」

「全然…、気になりませんけど……。俺、鼻が悪いのかな……」

「鼻とかそういう問題じゃなくて………」

「え? その臭いってどんな感じですか? 不快な臭さなんですか?」

「……不快? いや…、感覚を刺激する臭いだ。普通は畏怖や恐怖を感じて近寄り難い気持ちになる。しかしそれは紙一重で、欲を持った者にはそれが魅力的にも感じる。それを全く感じないか……」

 突然ファビアン先生が難しいことを言い出して、俺の頭はハテナで埋め尽くされた。

「あのぅ、全然意味が……」

「あー分からんでもいい。とりあえず、気になるからちょっと調べさせてくれ。で、お前は邪魔だから今日はもう帰れ」

「いや、あの、まだ…せっ…せんせー!」

 まだまだ話し足りないと思っていたのだが、前回と同じく背中を押されて保健室から追い出されてしまった。

 とりあえず、あの悩みは何となく胸に落ちたが、新たな疑問が出てきてしまった。








「テラー、こっちおいで」

 教室に戻ると、俺の横の席にはノーベンが座っていた。
 ノーベンは研究棟にも出入りしているので、常に一緒に授業を受けるわけではない。
 たまにフラッとこちらに戻ってきて、一緒に授業を受けてまた行ってという、行ったり来たりだ。
 そういう約束で特別生という枠を作ってもらい、臨機応変に対応しているらしい。

「次の帝国史受けるのか?」

「うん、そのつもりだったけど、自習みたいだよ。先生お休みなんだって」

 自習だと聞くと、みんなダラダラとし始めて友人達と騒いでいた。
 学校というところは、異世界でも似たようなものだ。
 しかし、この世界特有の問題もある。
 俺は突き刺さるような視線を感じて、それが誰に向けられたものなのか分かると胸がムカムカとするのを感じていた。

 この世界の人間達は、常に兄弟を争わせようとする。
 ゲームでもその流れになるので、みんなして遺伝子に組み込まれているのではないかと思うくらい、それ通りの行動をとるのだ。

 三兄弟にはそれぞれを支持するグループができている。
 いわゆる派閥だ。
 もちろんそれは、支持した者が権力を得たら、おこぼれに与ろうというヤツらのかたまりだ。
 本人達は許可していないしそのつもりがないのに、周りからジワジワと固めていくのだ。

 誰がこう言っていましたよと、告げ口をし合って、兄弟達が互いに嫌悪していく様を作り上げていくための要員。
 もちろんそんなことで簡単に踊らされる兄弟達ではないが、その最たるものが登場したら話が別なのだ。

 ゲームの主人公の登場。
 彼こそが拗れた糸を鋏で切っていくように、兄弟達の仲を完全に断つ役割をする。

 そして、今はその前段階。
 派閥が生まれていき、それぞれの支持者が集まっているところ。
 学園内では特にディセルを支持するグループが多い。次にイグニスだ。
 まだ入学して間もないが、クラスのほとんどがイグニスを支持している。

 兄弟達の中でも、天才と呼ばれているが、勝手な行動が多く、自分の好きにルールを変えてしまうノーベンには反発する者が多い。
 一年早い入学が余計に反発する感情に油を注いでしまった。
 もちろん表向きはノーベンに逆らったり、酷い態度をとる者などいない。
 しかし、裏ではイグニスを賛美して、ノーベンを悪く言う者達が増えてきている。

 ノーベンがクラスにいると、その者達からの遠慮のない視線が飛んできて、胸が痛くなった。

 派閥ができることを兄弟達はよく思っていないが、今のところ様子を見ている。
 それぞれの親がバックに付いていて、無理矢理壊そうとすると、自分達だけの問題ではなくなってしまうからだ。

 本人はそれでいいと言って、早く入学できるように手を回した。
 その理由が俺と一緒に勉強をしたいから。
 懐かれたとかそんな単純な言葉で整理できない。複雑な事情をより複雑にしてしまった気がして、申し訳ない気持ちがあった。
 ノーベンは気にしていない顔で楽しそうに授業を受けている。
 自分で撒いた種とはいえ、周りから冷たい目で見られるのは可哀想に思えて仕方がなかった。

 せめて少しでもその視線を散らしたい。
 俺は思い切って、机をズラしてノーベンの机とくっ付けた。
 ノーベンの様子を見ていたヤツらが驚いて息を吸い込む音が聞こえてきた。
 机を付けるなんて、なんでもない行為に思えるが、学院内では友人同士でも一定の距離を保っている。
 ノーベンも家ではくっ付いてくるが、学院ではベタベタしてくることは一切ない。
 周囲の友人同士でも、机を付けるなんて行為を見かけることはなかった。
 より親密な関係ですと言っているようなものだ。
 ノーベンも俺の方を見て、驚いた顔をしていた。

「自習だろ。一緒に勉強しよう」

 ノーベンの紫の瞳がキラキラと輝いたように見えた。

「うん!」

 ノーベンが嬉しそうに笑った。
 それを見た俺は心を決めた。

 三人が争うこと。
 それがこのゲームの世界のことわり、正しい筋道だとしても、それは兄弟達が本当に望むことではない。
 俺はそれを変えよう、そう決心した。

「イグニスは?」

「日直だから、職員室に呼ばれてる」

 チラチラと視線を浴びながら、俺とノーベンはいつものように自然に勉強を始めた。
 教科書とノートを見せ合い、意味がわからないところをノーベンに教えてもらいながら、こんなことも分からないのとツッコまれて二人で笑って……。
 ギスギスとしていた空気がおかしなことになって、みんな呆然としながら俺達の様子を眺めていた。

 いい感触だ。
 まずは雰囲気から変えていこう。
 そう思いながら、ふと肩が触れ合うほど近くにいるノーベンを見て、あのことが気になり始めた。

「さっき保健医から聞いたんだけど、オーディンの力って匂いがするの?」

「え? うん。それぞれ違う匂いがするけど、あれ? テラは気がつかなかったの?」

 この世界の人の中では当たり前のことだったのだろう。わざわざ俺がそんなことを聞いたのが理解できないという顔でノーベンは首を傾げた。

「それが、よく分からないんだよね。保健医からは俺が臭いって言われて……」

「まあ、ずっと一緒にいるからね。多少移っているのかも。でも、感じないか……。そういうこともあるんだね。ほら、この辺から出ているはずだよ」

 ノーベンが自分の首の後ろをトントンと指で叩いたので、俺はその辺りに鼻を寄せてスンスンを匂いを嗅いでみた。

「何もしない。無臭」

「本当に? もっと嗅いでみてよ。ここ、下の方」

 ノーベンがグッと襟を後ろに引っ張ったので、俺はその中に鼻を突っ込んでまたスンスンと匂いを嗅いでみたが、やはりなんの匂いもしなかった。

「おい、何やってんだ」

 横からイグニスの声が聞こえてきた。
 ノーベンの首元から顔を上げて見ると、ちょうどイグニスが席まで戻ってきたところだった。
 ちなみにイグニスの席も俺の隣で、俺はノーベンとの真ん中に挟まれている。

「おかえりー」

「なんだよテラ、ノーベンにそんなに引っ付いて……」

 心なしかイグニスは機嫌が悪そうな顔をしていた。職員室で先生に怒られでもしたのだろうか。

「テラね、僕達の力の匂いを感じないんだって。保健医に聞いて初めて知ったらしいよ。それで今試しに嗅いでもらってたの」

 ノーベンの話を聞いたイグニスはやはり不思議そうな顔になった。この分だとディセルも同じ反応をしそうだ。

「本当か? じゃあ、俺のも嗅いでみろよ」

 イグニスがノーベンと同じように襟を後ろに引いて頸を見せてきた。
 イグニスのほんのり日焼けした頸を見たら、心臓がドキリと揺れてバクバクと騒ぎ出してしまった。

 ……無理だ。
 むせそうなくらい色気を感じてクラクラする。匂いとか以前の話で、イグニスのあんなところに鼻を付けたら、興奮して鼻血が出てしまいそうだ。

「い……だ……め、イグニスのは……いい」

「あ!? なんでだ!?」

 俺が真っ赤になりながら拒否をすると、イグニスは当然ながらなんで自分だけと怒りだした。

「力の匂いの前に、イグニスは汗臭いんだよねー」

「だっ…!! フザけんな! 体は洗ってる!!」

「あ…あのさ、もう…いから、ここ終わらせちゃおう」

 イグニスは納得するわけがなく、俺は臭くないと文句を言っていたが、俺は勉強に集中するフリをしてなんとかこの話題から逃れた。
 これ以上追及されたら、ここで変なことを口走ってしまいそうだった。

 内容は揉めていたが、三人に流れる雰囲気が想像していたものとは違ったのだろう。
 クラスの連中から、探るような視線が注がれた。
 その中には明らかにこの雰囲気を歓迎しないというものもあったが、俺はまだそのことに気がついていなかった。








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