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第二章 学院入学編
②ドキドキするのはどうして。
しおりを挟む「アイタタタ……」
「ほら、動くなって。これを塗っておけば、痕にも残らず綺麗に治るから」
大ホールでは今頃入学式が行われているが、俺は保健室にいた。
結論から言うと俺は勝負に勝った。
序盤から詰まってしまい、答えられなくなった令息二人を相手に、一字一句間違うことなく、延々と読み上げ続けた。プライドがズタズタになったのだろう。真っ赤になった片方の男が、俺が調子良く刑法の辺りを読み上げていたら手を出してきた。
当然、俺は避けることなどできなかった。
顔面を殴られて、眼鏡だけは阻止したが、ぶっ飛んで床にお尻を打って転がった。
ということで、入学式には不参加、初日から保健室のお世話になることになった。
ひどい目にあったが、これはこれである意味成功した。
勝負に関してはかなりシビアな世界だ。負けた相手がイラついて手を出すなんてことは許されない。
俺は保健室直行だったが、俺を殴った男も職員室に連れて行かれた。
貴族の社会では、あんな風に公然と丸腰の相手に手を上げる男など、どこへ行っても歓迎されない。
どういう処分になるか知らないが、甘いものではなさそうだ。
俺の方はとりあえず騒ぎを起こしたとして、厳重注意で収まりそうだった。
「せんせー、痛いって。もう無理、勘弁!」
「君はテラだっけ? 子供か! 口の端が切れてんだからじっとしてろ」
「うううっ…痛いー」
良家の子息が通う学校にしては、ずいぶんとファンキーというか、見た目不良みたいな、顔中ピアスだらけの紫髪の保健医、ファビアン先生に薬を塗られているが、これがかなり沁みて痛かった。
殴られた時には泣かなかったのに、この塗り薬のせいで涙が出てきてしまった。
そこにドタドタと大きな靴音が響いてきて、轟音かと思うくらいのドデカい音を立てて、懐かしの横に開くタイプのドアが開けられた。衝撃で部屋全体が揺れたかと思うくらいだった。
「テラ!! 大丈夫か!?」
飛び込んできたのはイグニスだった。まだ式の途中だというのに、ここに来るなんて大丈夫なのだろうか。
額から汗を流しながら、必死の形相で飛び込んできた。
「貴様……、いい度胸だな……テラを泣かすとは……」
イグニスは完全にブチギレた目をしていて、身体中から赤いオーラが出ていた。その状態で腰に下げた剣に手を当てたので、ハッとした俺は慌てて立ち上がってイグニスに近寄った。
さすがに何をしているところかは分かるだろうと思ったが、どうやら頭に血が上っているらしい。
「ままっ…待って、待って! よく見てくれ! 俺は大丈夫だし、これは治療だ。イグニスは知らないかもしれないけど、怪我をしたらこうやって薬を塗ってもらって……」
「知ってる。でも、……壊れやすいのも知ってる」
イグニスはガバッと俺を胸の中に捕まえるように抱きしめてきた。
体の大きなイグニスにすっぽり包まれた俺は、一瞬何が起きたのか分からなかったが、状況が理解できたらどくどくと心臓の音が鳴り出して止まらなくなった。
「このバカ、クラスの連中に絡まれたって……、俺にすぐ知らせればいいだろう。何で一人で解決しようとするんだ!」
「そ…それは……」
だってそうだ。
こうやって温かく包んでくれるのも、ゲームが始まるまでの限定で、主人公が登場したら俺なんて見向きもされなくなる。
いつか、一人で歩いて行かなければいけないなら、今のうちから自分の力で何とかしなければいけない……そう思ったのだ。
「そんなに頼りないか? それとも俺のこと信用していないのか?」
「ちっ…ちがっ…、そんなつもりじゃ…」
「じゃあ何だ? ディセルなら? ノーベンになら助けを求めたのか? どうして俺はダメなんだ?」
「あー……ちょっといいか?」
抱き合ったまま、今度は揉め出した二人の間に全く違う調子の声が割り込んできた。
二人でバッと視線を向けると、保健医のファビアン先生が片手を上げてすぐ近くに立っていた。
「まだ、治療が終わってないんだ。痴話喧嘩は後にしてくれ」
「ちっ…ちわ…!?」
二人して真っ赤になって、俺は慌ててイグニスの懐から離れた。
ファビアン先生にほらほらと促されて、俺は診察用の丸椅子に戻った。
「君、ラギアゾフ家の次男くんでしょう。式出てきちゃっていいの?」
「………問題ないです。代表の挨拶は終わりましたから。会場にテラがいなくて、話を聞いてそのままここへ……」
ふーんと言いながら、ファビアン先生は俺の口の端に薬を塗り込んだ。
俺がまたひっと声を上げると、イグニスも一緒に青くなって体がビクッと動いていた。
「迷惑をかけたくなかったんだろう」
「え?」
ファビアン先生が突然変なことを言い出したので、俺とイグニスは声を揃えて聞き返してしまった。
「彼、ちまっとしているからイグニスくんが心配する気持ちも分かるけど、小さくても男だからね。戦いたい気持ちはあるし、なにより自分のせいで迷惑をかけたくない、そういうことじゃないの?」
保健医がいきなり俺の気持ちを推測してきた。こんなマジカルお助け役いたのかと俺は記憶の中を探してみたが、どうも浮かんで来なかった。
しかしどこかで見たことがあるのは気のせいだろうか……。
「………テラ、そうなのか? 迷惑をかけたくなかったのか……?」
厳密に言うと方向が違うのだが、その気持ちも確かに含まれていたので、俺はこくりと頷いた。
「………テラ。俺はお前のことで迷惑だなんて、少しも思わない。むしろ、知らないところでテラが傷つくなんて……耐えられない」
いつの間にイグニスは俺のことをそんなに思っていてくれたのだろうかと驚いた。
まともに話すようになってひと月、確かに毎日のように一緒に過ごしていたが、どちらかと言うとクールなイグニスは、俺のことなど友人とすら思っていないかもと想像していたくらいだ。
言葉にしなくてもちゃんと、思っていてくれたみたいで嬉しかった。
「……ごめん」
イグニスの手が伸びてきて、俺の頭をふわりと撫でた。
心臓がトクンと小さく揺れた。
「さっ、終わり終わり! 今日は授業ないんだから、さっさと帰んな」
どう考えてもこの貴族の世界には風変わりな保健医、ファビアン先生に背中を押されて保健室から追い出された。
「歩けるか?」
「それは…大丈夫」
歩けないと言ったら、担ぎ上げられそうな勢いだ。イグニスは本気で持ち上げてくるだろう。俺は飛び跳ねて元気だとアピールした。
そんな俺を見てイグニスはクスリと笑った後、さりげなく俺の鞄を取って先に歩き出した。
鞄を持ってくれた時、わずかに手が触れたが、それだけで俺の心臓は波打つように揺れてしまった。
さっきもそうだ。
抱きしめられた時、心臓が壊れそうなくらい揺れていた。
これは一体なんだ……。
ノーベンには頻繁に抱きつかれているし、ディセルに抱きしめられた時もあったのに、その時には感じなかった熱のようなものが、じわじわと俺の胸に生まれていた。
「風邪……? 調子悪いのかな?」
腕を組みながら一人でボソボソと喋って考えていると、振り返ったイグニスに早くしろと声をかけられた。
俺は顔を上げて慌ててイグニスの背中を追って走った。
明日になれば治るだろう、そんな風に考えていた。
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