眼鏡モブですが、ラスボス三兄弟に愛されています。

朝顔

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第一章 出会い編

⑨少しだけ仲良くなれました。

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 イグニスがいると言われて連れて来られたのは、やはり屋敷裏の森を抜けた場所にある剣術の訓練場だった。
 きっと少し話をして今日は帰れと言われるだろう。そう思いながら、訓練場の中に足を踏み入れた。

「ああチビ、お前か」

 イグニスは椅子に座って道具を磨いていたが、入ってきた俺の姿をチラリと見た後、またすぐに目線を元に戻してしまった。
 俺が来たことなど、ずいぶん前から察知していたような雰囲気だった。

 何と言えばいいのか、ここまで来る間に考えていた。公爵邸へ来て、姿を見かけることはあっても挨拶すらできなかった。
 まずは挨拶だろうと、気持ちを引き締めた。

「……ちゃんとお話しするのは初めてですよね。私はテラ・エイプリルです。いつもご挨拶できずに…」

「イグニスだ。その喋り方、ずっと続けるのか? 年上のディセルとだって普通に話しているだろう。俺だけ堅苦しくするのはやめてくれ」

 いつも遠くにいたように思えたが、どうやらどこかで俺がディセルと話すところを見ていたようだ。
 父親から公爵家の兄弟達相手なので、喋り方は気をつけろと言われていたが、ディセルもノーベンも嫌がるので、くだけた口調がすっかり定着していた。
 だが、イグニスに関してはどこまで踏み込んでいいか分からない。同じ歳ではあるが立場も違うし、イグニスは他の二人と違ってトゲトゲしているというか、近寄りがたい雰囲気があった。

「おい、少しは使えるか?」

 イグニスの方は、俺との今までの距離感なんて気にしていないように、スッと立ち上がったと思ったら普通に話しかけてきた。

「え? つ、使える?」

「おいおい、ここがどこだと思ってんだ」

 イグニスはニヤッと悪そうな顔で笑った。他の二人と比べても、こういう表情が抜群に似合うのはイグニスだ。

 イグニスは左手に持っていた剣をいきなり俺に向かって投げてきた。
 反射神経がいいやつなら、当たり前に手で受け取ることができるだろう。実際にそれほど速く投げられたわけではなく、ふわっとしていた。
 しかし、運動音痴を絵に描いたような俺がそれをまともに受け取れるはずもなく……。
 見事ガシャンと顔に当たって、ぐおっと叫び声を上げた。

「おっ…おい! 大丈夫か? 顔で受け取るやつがいるか!!」

「だっ…いじょぶ…、体がっ…動かなくて……」

 カッコ悪いことこの上ない。
 それなりに顔に痛みを感じて、目を閉じて唸っていたら、近づいてくる足音がして、顔にペタッと何かが当てられた。

「ううっ…冷たい」

「少し冷やしておけ。赤くなっている」

 濡らした布を持ってきてくれたらしい。ぶっきらぼうに見えて、こういう時の行動力は早いなと思った。

「悪かった。……どうもお前の扱い方が分からない」

 きっと訓練校にいた同年代の男達と同じような感じで接してくれたのだろう。
 この国の男なら物心ついたら剣を持つのが普通なので、イグニスが戸惑う気持ちも分かった。

「ありがとう、もう大丈夫。俺さ、すぐ疲れちゃうし筋肉なくて、まともに剣を持ったこともないんだ」

 きっとこれはイグニスが心を開いてくれる貴重な機会のように思えた。
 このまま痛いので帰りますと言ったら、もっと距離が空いてしまうような気がした。

 俺は冷やしてくれたイグニスにお礼を言って、床に落ちていた剣を拾った。
 練習用の剣なのか、体の小さい俺にも小ぶりで持ちやすくそんなに重さもなかった。

 もしかして俺のためにこれを選んでくれたのか。そんな風に思ってしまったが、さすがにそこまでは考え過ぎか……。

「俺、全然使いものにならないんだけど、教えてくれる?」

 これは明らかに秀才眼鏡くんのキャラじゃないなと思いながら、今更兄弟達の前でキャラを押し通すのも無理がある。
 今は変に飾るより、自分と何もかも違うタイプのイグニスと仲良くなれるのか、そちらの方に興味が湧いてしまった。

 イグニスは眉を下げて困ったような表情をしていたが、すぐに気持ちを切り替えたのだろう。口の端をぐっと上げて笑顔に変わった。
 目つきが鋭くて怖い印象だったが、こうやって笑うと男らしいし、妙な色気を感じでドキッとしてしまった。

「いいぜ。分かった」

 今まで二人の間には、見えない壁のようなものがあったが、それが音もなくスッと消えていくような気がした。










 夕暮れに染まった訓練場、赤茶けた土の上に俺はバタンと頭をつけて倒れ込んだ。

 ………教えてくれなんて、気軽に言ったことを、夕日を見つめながら後悔していた。

「お疲れさん、とりあえず今日はここまでにするか」

 ……ここまで。
 その言葉に愕然として震えが起きそうだった。もう指一本動かすこともできない。

 教えてと頼んだ時は、気軽なチャンバラごっこを想像していたが、イグニスの第一声はまずは体力をつけようだった。
 ひたすら訓練場の中を走らされて、いわゆる腕立て伏せや、腹筋といった筋トレをやらされた。基礎的な体力作りに一日を費やした。
 ちなみに剣は最初に触れただけで、すぐに取り上げられてしまった。

 違う……。
 こんなスポ根的な展開じゃない!
 俺はもっと、男同士のラフな友情を想像していた。
 ゼェゼェ言いながら地面に転がっていると、近づいてきたイグニスは、ヒョイっと簡単に俺を持ち上げて担いでしまった。

「なかなか頑張ったな。見た目と違って、テラは根性がある」

 ううう……、こんなの違うーー! と、否定したいのに、頑張ったなと褒められたら、ちょっと嬉しくなってしまう。
 ……まずい、脳みそまで染まってしまった。

 確かに以前参加した、平民の体力作りの合宿は、鬼のような指導と訓練で休憩もなくひたすら尻を叩かれて鍛えられるものだった。だから終わった後に寝込んでしまった。
 それと比べると、適度に休憩して話しながらだったので、今日は寝込むことはなさそうだ。ただ日頃ほとんど動かないので、疲労はハンパない。

「いつも午後に来るだろう。明日からは午前中には来てくれ」

「え!?」

「テラがまともに剣を持てるようになるまで面倒を見よう。言っておくが、俺が訓練校でやっていた後輩への指導よりずっと甘いからな」

「ううっ…毎日はちょっと…」

「ディセルが作った菓子ばかり食べて動かなかったら豚になるぞ。学院に入るとメインではないが剣術も必須科目だ。今のうちに鍛えておかないと後が大変だからな」

 確かにディセルの作るスィーツは美味しすぎて、最近下腹に肉がついてきたのは実感していた。
 学院での剣術科目は必須らしく、考えないようにしていたが、このままではマズイというのは頭にあった。

 ここは選択の余地はない。
 イグニスの提案に反発する心はあるが、どう考えたって従う方が今後のためになる。

「……よろしく、お願い……します」

 イグニスはクスリと笑って俺の頭を撫でてきた。
 どこで間違えたのか。
 こんな展開を想像もしていなかったので、どうしていいのか全然頭が回らない。



 屋敷までの道のりは、イグニスにおんぶされて帰ることになってしまった。
 もう動きたくないし、全身何か付いているみたいに思い。
 瞼まで重くなってきて、このままだと寝そうなので、俺はイグニスに話しかけることにした。

「イグニスは専属の学友なんて……迷惑だったんじゃないのか?」

「ああ? そこ、気にしていたのか? 別に何とも思っていない。親父が強引なのは昔からだったし」

「ふーん……」

「なっ…なんだよ、不満そうだな」

 一日一緒にいたからか、イグニスとはずいぶんと距離が近くなった。今なら少し突っ込んだ話もできそうだと思った。

「イグニスは、ディセルやノーベンとはあまり話さないんだね」

「……まぁな。アイツらは気が合うから仲がいい。俺がいない方が楽しくやっているだろう」

 突き放すような言葉に聞こえるが、その中に含まれたものを何となく理解してしまった。
 素直じゃないところは、俺の前世の姉だった次女によく似ている。
 あちらも長女と三女が仲が良くて、次女は私はどうでもいいと言いながら二人をじっと見ていたのを思い出した。

 そうだ。
 イグニスとは離れていたはずだが、なぜかその存在は至る所で感じていた。
 時々視線を感じて目を向けると、その方向にはいつもイグニスがいた。
 さりげなく他の場所を見て、こちらには顔を背けていたが、あれはおそらく………。

「二人はもっとイグニスと話したいって言っていたよ。明日は訓練が終わったら一緒にお茶しようよ」

「はあ!? 何で俺が……」

「いいだろう。付き合ってよ」

「………仕方ないな。お前の面倒を見るついでだ」

 ありがとうと言いながら笑いが溢れそうになるのを我慢した。
 後ろからしか見えないが、イグニスの耳は真っ赤に染まっていた。

 私は行きたくないという次女の背中を押すのは、いつも俺の役目だった。
 本当は行きたいって顔に書いてあるのに、素直じゃない天邪鬼。
 そんな面倒な次女のことが、実は一番好きだったりした。

「ディセルのお菓子は美味しいよ……、ついつい食べ過ぎちゃうくらい……。食べないなんてもったい…ないって」

「甘いのは苦手だ。………少し甘いくらいなら食べてやれないこともないが……」

「ふふっ…、うれ…し……。やく…そ…」

 みっちり筋トレした後で、イグニスの広くて温かな背中に揺られて、眠気を我慢することなどできなかった。

 重くなった瞼と、沈んでいく意識に身を任せながら、俺は約束だと言ったと思う。
 その後は寝てしまってよく覚えていない。

 ふわふわとした夢の中で、分かったという声を聞いた気がした。








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