眼鏡モブですが、ラスボス三兄弟に愛されています。

朝顔

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第一章 出会い編

⑧お父様困ります。

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「テラーーー!」

 バカでかい屋敷のはずなのに、玄関ホールで俺を呼ぶノーベンの声が聞こえてきて、俺は読んでいた本から目線を上げた。

「あれ? ノーベンの帰りって次は来月のはずじゃ……」

「そうですね。来月の卒隊式まで休みはないはずです」

 あまりの騒がしい声に書き物をしていたディセルも手を止めた。ため息をつきながら、何となくこうなる事は予想していましたと言った。

 ドタドタという足音が遠くから聞こえてきた。もうすぐディセルの部屋に何をするか分からない爆弾三男が飛び込んでいる。
 俺はソファーから立ち上がって、ドアが勢いよく開けられるのを待った。






 俺が専属の学友という親しいお友達として、ラギアゾフ公爵家に通うことになりはや数ヶ月。
 最初こそ死を覚悟したり、いつ実験台にされるのか、魔物の餌にされるのかと想像ばかりしていたが、実際は驚くほど平和な日々だった。

 訓練校に通うノーベンは月に一度しか帰ってくる機会がないので、顔を合わせたのは数回。後はほとんどディセルと一緒に行動している。
 主に学院から帰宅したディセルの話し相手になったり、趣味のお菓子作りに付き合って味見係りになったり、ディセルが勉強している間は、部屋で蔵書を読ませてもらっている。

 なぜこんなにひっ付いているかと言えば、この屋敷ではなるべく一人で行動しない方がいいと言われている。
 もちろん招かれざる客が来るからだ。
 使用人も移動は数人体制で、全員武器を携帯していると聞いたから驚いた。
 そのため、ここに来るとディセルを頼りに動くしかないのだ。
 実際に三日に一度は魔物がこんにちはーと現れるので、ディセルはそれこそ血を吸いにきた蚊を叩くように、一瞬で倒してくれる。
 自分で設定しておいてあれだが、こんな生活俺なら耐えられないと思う。だが本人達はもう慣れてしまったので、何も思わないと言われてしまった。

 そして、俺は一応三兄弟の学友に抜擢されたはずだが、イグニスとはノーベンよりも顔を合わせていない。
 姿を見かけることはあるがいつも遠くにいて、挨拶すらできない。
 それに剣術訓練場にいることが多いので、屋敷に戻るのはいつも夜に近い時間だそうだ。
 その頃には、俺はとっくに帰宅している。

 イグニスは専属の学友という制度を、もともと必要ないと思っていたのかもしれない。数ヶ月経った今も、部外者なのに屋敷をウロウロする俺は、イグニスから苦々しい目で見られている気がする。
 それは仕方ないと思うのだが、彼とはもうすぐ通う貴族学院で同じ学年になるので、せめて気まずい雰囲気だけは避けたいと思っていた。



 ノーベンはどうもノックの習慣がないらしい。
 ドカンと音を立てて、ドアが弾け飛びそうな勢いで開いたと思ったら、予想通りノーベンが飛び込んできた。

「テラテラテラ! 会いたかったぁぁ!!」

 飛び込んできた勢いそのままに抱きついてきたので、俺は後ろに倒れてソファーに転がった。
 どうやら彼には特に気に入られているらしい。とにかく一番感情の表現が激しいのがノーベンだ。
 喜怒哀楽がハッキリしていて、くるくると表情が変わりとても忙しい。
 そんな愛らしい彼でも、俺より背が高くガタイはいいので抱きつかれても当然受け止めることなどできない。

「お…重……死ぬ、圧死する…ノーベンっ」

 頭をぐりぐりしながら俺の胸に押し付けてくるノーベンに困っていたら、ツカツカと近づいてきたディセルが、持っていた本でノーベンの頭をパコンと叩いた。とても良い音が鳴った。

「いっ…! 痛ぁ…。容赦ないよね、ディセル兄さん」

「ずいぶんとお早い帰宅ですね。あなたのことですから、無理を言ったのでしょう」

「だってさー、あそこにいる誰よりも強いのに、これ以上訓練する必要ある? イグニス兄さんみたいに修行の旅までしちゃう剣術バカしゃないし。せっかくの権力、今使わないでいつ使うんだよ。という事で、早期卒隊してきたから、テラ、これからずっと遊べるよー」

「訓練は精神的な意味もあるのです。権力はそんなところで使うものではありません! 使うべきところはもっと重大なことで……って、聞いていますか? ノーベン!!」

 はいはーいと言いながら、ノーベンは俺の手を引いてディセルの部屋から走って逃げ出した。
 あの冷静沈着なディセルも、ノーベンのこととなると声を荒げたり頭に手を当てたりしている。
 これは兄としてちゃんと心配している、という態度に見える。

 それにディセルはノーベンがいない時に俺に話してくれた。
 ノーベンは社交的で世渡り上手に見えるが、実は一番人見知りで臆病なのだという。
 それはノーベンを出産した時に母親が死んでしまったことが原因らしい。
 口には出さずとも自分のせいだと思っていて、いつか責められるのではないかと他人との距離を上手くとることができない。
 ディセルは兄の顔をしてそう話してくれた。

 兄弟と過ごすうちに俺のゲームに対する思いはどんどん違うものになっていった。
 確かに基本的な設定は覚えていた通りだが、兄弟達はただ殺伐とした関係ではなく、距離はあるがちゃんとお互いを思い合う絆を感じる。
 この後主人公を巡って血生臭い殺し合いが始まる予定だが、とてもそんな風には思えなかった。
 いや……、そうは思えなくても、主人公は考え尽くされた超絶美少年。
 きっと一目見ればその魅力に引き込まれるように全員虜になってしまうのだろう。
 そして誰もが手に入れたいと、熾烈な争いが始まるということか……。


「テラ、聞いている?」

 つい考え込んでいたら、ノーベンの薄紫の瞳が目の前にあって、驚いてドキッと心臓が揺れてしまった。

「あ…ごめっ、ボケっとしちゃった」

「ディセル兄さんに変なことされてない? あの人常識人のフリして変態だから」

「はははっ、大丈夫。俺の前ではただの優しい人だよ」

 本当に言葉通りなのだ。
 初めて会った時のインパクトがありすぎて、なかなか心を開かなかったが、本当にその通りで、まるでもう一人の弟のように優しく接してくれる。
 俺はどうすればいいのだろう。
 この頃ますます自分の立ち位置が分からなくなってしまった。

「はい、じゃあ次はテラの番ね」

 ニカっと白い歯を見せてノーベンが笑った。俺はもうだいぶ慣れたはずだが、複雑な心境でスカートを指で持ち上げた。

 そう花柄のスカートを……。

 いや、俺じゃなくて、人形のね。人形のって言うのもあれだけど。

「ぴ……ピンクのパンティーを……」

「あっ、やっぱり! そのスカートにはピンクの下着が合うと思ったんだよね。はい、コレね」

 俺は手渡された指でつまめるサイズのパンティーを女の子の人形に履かせた。
 もう、心の中で数えきれないくらいため息をついた。
 何が楽しくてこの俺が人形の着せ替え遊びをしているのか……。

「あー、楽しい。テラと着せ替え遊びしている時間が本当に楽しくて、時間を忘れちゃうよ」

 追加シナリオで変更された箇所については、前世でちゃんと資料を見ることができなかったので、ハッキリとは分からない。

 だが、確実に会社の制作スタッフが暴走したはずで、その最たるものがそれぞれの趣味だ。
 長男ディセルはお菓子作り。イグニスは分からないが、三男ノーベンはお人形の着せ替え遊び、しかも洋服も小物も人形も全て手作りという器用なスキルまで備わっていた。

 俺は専属の学友として、この遊びに付き合わされている。
 だいぶ慣れたが、時々自分は何をしているかと疑問に思う瞬間がある。
 モヤモヤしながらも、今日の俺のおすすめコーデ、花柄ワンピースを着て街デートが完成した。

「はははっ、テラの選ぶものって斬新だよね。ある意味センスあるのかも。ねぇ、こっちも見てよ。これも可愛いでしょう!」

 色々と言いたいことはあるが俺はそれを全部飲み込むことにする。
 ノーベンが本当に楽しそうに笑うからだ。小っ恥ずかしいのは確かだが、ノーベンの笑顔は俺も嬉しかった。

「着せ替えって楽しいよね。……子供にお洋服を着せるお母さんもこんな気持ちなのかな」

 ふと俺に背中を向けたノーベンがボソリと呟いたのが聞こえてしまった。
 いつも明るい男が寂しそうにこぼした一言はズシンと重く響いてきた。

 俺は聞こえなかったフリをして着せ替えを続けた。
 何と声をかけていいのか、分からなかった。






 季節はあっという間に過ぎていき、いよいよ貴族学院入学の日が近づいてきた。
 そんなある日、いつものように公爵邸に行くと出迎えてくれたのは、一瞬壁かと思うくらい縦にも横にも大きい公爵家の現当主、兄弟の父親であるラギアゾフ公爵だった。

 髪の毛には白いものが混じっているが、まだまだ若々しく、まるで歴戦の猛者、筋骨隆々で逞しい戦士という風貌の人だった。
 精悍な顔つきと、赤毛に緑の瞳はイグニスによく似ていると思った。

 ドシドシと歩いてきて俺の手をガッと掴んでブンブンと振ってきた。
 押しの強い感じはノーベンに似ている。

「君が息子達の親しい友人になってくれたテラくんか! ちゃんと挨拶するのは初めてだな。いつも留守にしていてすまない」

「いっ…いえ、そんなっ……」

「我が家では家訓として一生の友を若いうちに作るように決めているんだ。巻き込んでしまってすまないな。引き受けてくれて感謝している」

「あっ…そんなっ…」

「それでだ、今日なんだが、ディセルとノーベンは領地の視察に先に行かせてしまったんだ」

「そっ…それなら今日は……」

「イグニスは一日予定がないらしくてな。しっかり相手をするように伝えてあるから、心配しないでくれ」

「えっ………それはっ……ちょっ…」

「ちょうど良かった。寂しがり屋だから、テラくんが相手をしてくれると助かる」

「でっ…でも…あの…」

「さすが、優しい子だと聞いていたが、その通りだな。安心したよ。では、よろしく頼むな!」

 俺の肩をポンポンと叩いた後、マントを翻しながらラギアゾフ公爵は、颯爽と俺の前を離れて止めていた馬車に乗り込んで行ってしまった。

 不在がちだった公爵とやっと会うことができた。向こうは満足そうだったが、少なくとも俺はまともに会話ができずに終わった。ディセルから話を聞かない人だと聞いていたが、全くその通りの御仁だった。

 しかし公爵の心遣いでイグニスと一緒に過ごすことになってしまった。
 イグニスとは入学近くなってもまともに話もしていない。

 こちらへどうぞと使用人達に促されてイグニスの元へ連れて行かれることになってしまった。

 あの父親の勢いだ。面倒を見ろと言われて、イグニスは断りたくても断りきれずに了承するしかなかった、そんな光景が目に浮かんできた。

 気まずい時間をどう過ごせばいいのか。
 俺は頭を悩ませながら、イグニスの元へ向かった。







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