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第一章 出会い編

⑥早速、遊びに行きました。

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 ¨殺戮と鮮血のオーディン¨

 俺の記憶では発売近くのところまで漕ぎ着けたが、そこまでに一悶着あった。
 シナリオが全部終らないうちに、ライターさんが飛んでしまったのだ。
 方向性の違いとかいう、どこへ向かわれるのですかという悲しい理由だった。
 社内でもメインで担当してくれていた人が、産休で交代してしまい、また一から練り直す状態になってしまった。

 ほぼ完成に近く、こんな中途半端な状態で新しい人に頼めなくて、急遽シナリオを頼んだのが、もともと会社にいた制作メンバーだった。
 とにかく今までの線に沿って作って欲しいと頭を下げた。
 みんな困惑していた。
 それはそうだろう。
 もともと、もふもふが出てきて、みんなで料理したり、ゆるっとほのぼの生活みたいな話を日々作っているのだ。
 グロ系なんて困ると逃げられそうになるところを、そこをなんとかとねじ込んだ。

 そんな経緯があって、完成まで無理矢理に持っていった作品なので、後から急遽加えたシナリオがどうもおかしなことになっている感は否めなかった。
 あの日、俺は資料を抱えて駅を走っていた。
 最終的なシナリオをチェックするため、学校が終わってから会社に向かおうとしていた、
 早く早く……、ここまできて失敗は許されないと。






「はぁぁぁ、やだなぁ……。何話すんだよ。あの兄弟達と……天気の話? 秒で終わるぞ」

 二度と足を踏み入れないと思っていた公爵邸の門の前に立って、俺はため息をついていた。
 正直帰りたい。
 ここでやっぱり間違えでしたと言われる方が助かる。

 しかし、名前を言ったら門番はすんなりと、どうぞーと言いながら門を開けてしまった。
 おいおい不審者だったらどうするんだというくらいのゆるい警備体制だ。

 いや、逆に言うと彼らにとって侵入者など取るに足らない存在。
 運動になるからいいのかもしれない。
 そんな事を思ったらゾッとして、両腕を抱えながら公爵邸へと続く長い道を歩いた。

 彼らから見たら俺なんて、簡単に踏み潰せる蟻のレベルだろう。
 いったい何が目的だろう。
 これだけ豪華な屋敷に住んでいるのに、雀の涙ほどのエイプリル家の財産を狙うはずがない。
 もしかして俺を何かの実験台にして……。

 森の中で車が故障して、近くにあった朽ち果てた屋敷に助けを求めて入るくらいのお決まりのホラーな展開が待っていそうだ。

「テラ・エイプリル」

「ひぃ!!」

 突然名前を呼ばれてビクッとしてマヌケな声を上げてしまった。
 油が切れた機械人形みたいに、ガクガクとしながら振り向くと、そこにはスラリとした長身の男が立っていた。
 今日は水色の髪を下ろしていて、風にふわりと揺れて流れている。
 まるで何かのイベントのように、三兄弟の長男が登場した。
 何度見てもため息が出そうな美しさだ。

「遅いので迎えに来ました」

「すっ…すみません! とても広いので道に……」

「真っ直ぐなので道には迷うはずがないですよね……。長い距離なので疲れてしまったのですか? その小さな足では歩くのが大変そうですね」

 時間通りに来たはずだが、門からが長すぎて予想以上に時間がかかってしまった。
 小さい足と言われたのは、バカにされたのだろうか。怒るというよりどう反応していいか分からなかった。

「誤解しないでください。とても可愛らしいと思っているのです。私には理解できないものですから」

 そりゃ高身長で長い足をお持ちの貴方にはお分かりにならないでしょう、歩幅が違いすぎますからね、と頭の中では毒づいていたが、反抗するだけ無駄なので曖昧に笑っておいた。

 こちらですと促されて、ディセルの後を付いて歩いた。
 道の両端には色とりどりの花々が咲き誇り、どこからか鳥の囀りが聞こえて来る。
 悪の巣窟を想像してしまうが、どうもここは平和な雰囲気しかしなくて、肩の力が抜けてしまう。

「先日の茶会には来ていただきありがとうございました。名乗っていただけなかったので、こちらで調べさせていただきました。突然、このようなお話を通してしまい申し訳ございません」

「いえ…いえ…そんなそんな」

 さすが長男らしく、こんな俺にもしっかりと礼を言って丁寧に話してくれる。そういう点では一番話が通じそうだ。

 しかし忘れてはいけない。
 この男が涼しい顔をして外で何をしていたか。一瞬騙されそうになったが、決して常識人ではないということだ。


「専属学友などと硬い言葉を使っていますが、意味は親しい友人ということです。作るように言われていましたが、やっと心を通わせることができそうな方にお会いできたので、こちらから一方的ですがお願いさせていただいたのです」

「はあ……そうですか」

 お願いじゃなくて命令ねと思いながら、俺はディセルの言葉の真意を探ろうとした。
 どう考えても会ったばかりで、ろくに言葉も交わしていない俺のことを親友にしたいと思うなんておかしい。
 絶対に何か裏があるはずだ。

「私達兄弟は同じ環境で育ったので、それぞれ性格的な違いはありますが、根本的なものはよく似ているのです。例えば気にいる玩具はいつも一緒だったり………」

 背中に悪寒が走って冷たい汗が背中を流れた。これは真意なんて探らなくてもその言葉の通りなのかもしれない。

「あまり緊張しないでください。私達は特別のように思われますが、気持ちは周りとそれほど違うとは思っていないのです。むしろもっと……」

 話の続きをぼけっとしながら待っていたが、それ以上語られることはなく、ディセルの足が止まった。

「こちらです。喜んでくれると嬉しいのですが」

 ディセルは玄関には入らずに建物の外側を歩いて、庭に面している主屋から少し出っ張った小部屋のドアの前に立った。
 ドアは鉄のような硬い素材で作られていて頑丈そうだが、獣が引っ掻いたような痕が所々付いている。

「こ…これは……あの……」

「少々汚いドアで申し訳ございません。手荒な訪問者が多いので、すぐに壊されてしまいまして……」

 恐ろしくてディセルの顔が見られない。
 ここは魔物の実験でもしている施設かもしれない。そして俺も研究対象として……何らかの実験に使われて……。

 心臓がバクバクと鳴って、息が荒くなってしまった。
 デッドエンドでこんなパターンを見た気がする。確か三男ルートだったと思うが、魔物を捕まえて研究していて、その魔物のエサにされるという……。

「テラ?」

「ふぁあい!!」

 考え込んでいたら耳元で名前を呼ばれたので、思い切り気の抜けた返事になってしまった。

「はははっ…、その反応、いいですね。さぁ、どうぞお入りください」

 鋼鉄のドアがギギギっといかにもな音を立てて開かれた。
 大人しくしておけば初日から殺されないだろうと思っていたが、俺の考えは浅かったかもしれない。
 着いて早々、サイコ野郎の餌食になる最初のバッドエンドが来てしまったのかと足が震えた。
 部屋の中は暗くて、これはもう地獄の入り口にしか見えなかった。
 しかし、なぜかいい匂いがしてそれが余計に恐ろしくなった。

「失礼しました。日当たりが良すぎるので、カーテンを閉めたままでした」

 ガクガクと揺れて腰を抜かす寸前の俺は、ドアにしがみついて入ったら終わりだと心の中で繰り返していた。

 シャーっと音がしてカーテンが開けられると、そこに驚きの光景を見て俺は絶句した。

 部屋の真ん中にある大きなテーブルの上には様々なスィーツが並んでいた。プディングやケーキや、クッキーなどの焼き菓子、鼻の中は甘い匂いでいっぱいになった。

「奥にデザート専用のキッチンがあって、ここは庭園に面しているのでティールームとして使っているのです。どうぞ、お座りください。今お茶を用意させますので」

「わっ…は…はい」

 危険とは正反対の世界に戸惑っていたが、ずっと入り口に掴まってはいられない。
 キョロキョロしながら中に入り、引かれた椅子に恐る恐る座った。
 間もなくして使用人がワゴンでお茶を運んできて、俺の前にコトンと置かれた。

「あ…あの、これは……ケーキとかお菓子とか……」

「せっかく来ていただけたのですから、精一杯おもてなしさせていただこうと思いまして、朝から準備しました」

「そうですかぁ……………、って…!? ええ!? 手作りなの? これ全部!?」

「ええ、趣味なんです」

 衝撃で椅子がガタンと音を鳴らすほど驚いて、後ろに倒れそうになった。
 あのディセルが顔を赤らめながら、恥ずかしそうにして趣味ですと口にした。
 悪い夢でも見ているのではないか。
 その時俺は、また頭の中でぐるぐると前世の記憶を思い出した。

 前世のゲーム制作で、急遽辞めてしまったライターさん。
 残りの細々としたシナリオを担当してもらうためにお願いしたのは、元からいた会社の制作スタッフ達。
 確か引き受けてもいいけど、このままだとつまらないから、自分達の好きな設定を入れたいと言い出した。
 変に改変しないでくれとお願いしたら、キャラクターに趣味を持たせたいと言われてしまった。
 趣味なんて考えてもなかったので、それくらいならいいですよと答えた。

 そうだ……。
 変更点が記された原稿をあの日俺はチェックしようと封筒に入れて持っていたのだ。

 会社のスタッフ達は普段もふもふと戯れるようなゲームを作っている人達だった。
 よく考えれば、あの人達の事だから、絶対自分達の好きな趣味をねじ込んできたに違いない。

 そう……。
 目の前の冷血漢、サイコ野郎の趣味が、お菓子作りになってしまったように……。

 俺は口に手を当ててのけぞって天井を見た。何と言っていいのか、理解できない事態に目眩がしそうだった。

 あの人達……、世界観ぶっ壊すような趣味をねじ込んできた。あの時であったら絶対ダメですと言ったのに……。

「どうかされましたか? もしかして……お気に召さないとか……」

「いえ! そ…そんな…、召します召します!」

「ではどうぞ、こちらの胡桃のタルトから」

 俺はごくりと唾を飲み込んで喉を鳴らした。
 趣味、と言ってもただの趣味だとは限らない。
 もしかしたらこの中に遅効性の毒が仕込まれていて、俺が少しずつ弱っていく姿を楽しもうとしているかもしれない……。

 想像ばかりが膨らんで、背中に冷たい汗がだらだらと流れていく。
 ディセルの顔を見たら、捨てられた子犬のような目をしていた。

 そんな顔やめて欲しいし、その背中からは公爵家の圧力という文字が浮かんできて、俺に向かって容赦なく飛んできた。

「い…いたらきま…す…ぅ…」

 舌が上手く回らない変な喋りをしながら、俺はフォークを手に持ってタルトに刺した。

 この圧死しそうなタイマンの状態で、腹痛の三文芝居はできなかった。
 タルトの刺さったフォークを震わせながら、思い切ってパクッと口に放り込んだ。






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