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第一章 出会い編

⑤お友達になりましょう。

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「お…おい、お前……」

 目の前で魔物とご対面して危うくご飯になるところだった俺は、イグニスに命を助けられた。
 無事生き延びることができたが、安堵した瞬間、俺はぼろぼろに泣いてしまい、涙が止められなくなってしまった。

 最悪だ。
 イグニスもどうやら呆れているようだ。
 元祖ひねくれ者キャラのイグニスに、きっと弱虫とかコテンパンに言われて、ザックリ傷ついて俺は不登校への道を歩むだろう。

 両手で顔を塞いでもう消えたいと思った時、肩にトンと手が乗せられた感触がした。

「おい……そんなに泣くなよ。魔物は倒したし、ここは浄化したから、しばらく何も出てこない」

 アレ…もしかして…慰められてる?
 実はいい人設定があったのだろうか。

「あ……の……あっ…ありがとう…。ごめ……何も…できなくて……」

 メソメソしながらも、とにかくお礼を言わなければと口を開いた。
 今まで平和に暮らしてきて、訓練を逃れたことをラッキーだと思って軽く考えていた。
 魔物に襲われることなんて、自分には関係のない世界だと信じて疑わなかった。
 まさかこんなことに巻き込まれるなんて、いざとなったら何もできなかった。
 ショックと悔しさと恥ずかしさで、頭が真っ白になっていた。

 眼鏡も外れかけて、鼻水も垂らしてひどい顔だったので、汚い顔を見せるなくらいに言われるかと思っていたら、なぜかイグニスは無言で、代わりにごくりと喉を鳴らすような音が聞こえてきた。
 まるで美味しそうなものを目の前にした時のような……。

「なんの騒ぎ? うわっ…。イグニス兄さん、剣出してるし…。もしかしてまた紛れ込んでいたの?」

 混沌と静寂に包まれていた空間に、やけに明るい声が入ってきた。
 話の内容からして、建物内にいたノーベンが外へ出てきたのだろう。

「……給仕に姿を変えて紛れ込んでいた。すでに処理済みだ」

「ふーん、最近やたら来るね。先週は三体侵入しようとしていたらしいじゃん」

 あんなのが三体もなんて、恐ろし過ぎる。
 想像しただけでゾワっとして震えてしまった。
 兄弟達の元には日常のように魔物が襲いに来るという設定だが、これでは気の休まる時間もないだろう。

「いい運動になったのではないですか? どうせ、退屈していたのでしょう」

 甘い花の香りを漂わせながら、長身の男が一人近づいてきた。
 彼の言う運動と俺の考える運動とはジャンルが根本的に違うと思う。

「まあな、そろそろ終わりにしようと思っていたところだ。最後の余興にはちょうどよかったな」

 よくない!
 全然よくない!
 こっちは死にかけたんだと、いまだメソメソしながら膝を抱えていたら、足音が近づいてきた。

「あれ? そこにいるのは、僕のファンの子じゃないか!」

「ファン? ですか? この方は覗きがご趣味の変態さんですよ」

 違う!
 両方とも違う!
 声を大にして言いたい。

「ああ? このメソメソ泣いてるヤツがか? なんだ、お前二人と知り合いだったのか?」

 だからそれも違うーーー!

「…………る」

「あ?」

「帰る……も…やだ…怖いし……。なんで俺がこんな目に…ぃ…」

 ぐちゃぐちゃの汚い顔を晒して、俺は帰りたいと子供のようにこぼしてしまった。
 失敗だ。
 今日は完全に失敗してしまった。
 キャラは完全崩壊。
 一度頭をリセットしないと何も考えられない。
 ……大丈夫だ。
 能天気なポジティブさだけは誰にも負けない。

 またごくりと何か飲み込むような音がした。
 今度は三つ同時に……。

「……よければ、私が送っていきましょう。年長者ですし、責任がありますから」

「ちょっ…、ディセル兄さん! 彼は僕のファンだから、ここは僕が……」

「年長者って、一歳上なだけだろう。おい、お前。ほら、これは俺の茶会なんだから、俺が送る」

 なぜか三兄弟が急にモメ出して、座り込んでいる俺に向かって、三つの手が伸びてきた。

 目の前に広がる雲ひとつない青空。
 それを背にして三つの顔が並んでいる。
 面白そうな物を見つけた時のような、好奇心の目と悪そうに緩んだ口元。

「そうだ、君……名前は?」

 知っている。
 姉達が俺を玩具にして遊ぼうとする時、揃いも揃って同じ顔をしていた。

 夢だと思いたくて俺は目をつぶった。

 しかし、俺はもっと絶望的な状況に気がついてしまった。
 その感触は決してこれが夢だなんて思わせてくれなくて、ヒヤリと冷たく、切ないくらい俺を追い詰めてきた。

 一生の恥。
 こんなところでその言葉を使うとは……。

「あの……すみません、ズ……ズボンを貸してください」

 恥ずかしくて死ぬ。
 そんなことがあれば、俺はここでデッドエンドを迎えていただろう。






 ※※※





 夜も深い時間。
 安っぽい油の臭い。

 ランプの薄暗い灯に照らされた父親の執務室。

 夜中に帰って来た父親に急に呼び起こされた。俺はパジャマ姿で、机に座って頭を抱えている父親の前に立たされていた。

「テラ………」

 名前を呼ばれるだけでも重みがあって、腹にズシンと響いてきた。
 枕でも持って来たらぎゅっとしたい気分だった。

「なんだよぉ…、俺、頑張っ……」

「よくやった」

「へ?」

 てっきり怒られるかと思っていたのに、顔を上げた父親は、機嫌が良さそうにニンマリと笑っていた。

「ふぁふぁはははははっっ! よくやった! 公爵家から連絡があったぞ。お前には期待していなかったが、その方が上手くいくこともあるのだな」

 熟睡しているところを叩き起こされたので、頭が付いてこない。
 父親に何と連絡がきたのだろう。
 だってあの茶会で俺はとんでもない失態を……。

「うへぇ…だって、俺……粗相を……」

「あん? なんだ?」

「なな…なんでもない。…あはは…」

 今まで生きてきてあんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。
 怖かったのだから仕方ない、生理現象だと自分に言い聞かせるが、穴に引きこもってしばらく出てこない予定だった。

「何が気に入ったのか知らないが、お前を専属の学友に指定していただいた。これで俺も貴族院の参事に名を連ねることができるかもしれない」

「へぇーそりゃ良かったね。ところで専属の学友って何? そんな称号あったっけ?」

「………テラ。彼らのような高位の貴族は敵が多い。普段から行動を共にして、心を通わせて、身の回りの世話をし、時に相談に良きアドバイスをし、時に盾になって庇うような友人が必要なのだ」

「へぇー………………。ん? って……それが俺!?」

 親友みたいなものを特別な名称で括っただけだろう。いちいち大そうな紛らわしい言い方をするものだ。

 で、それを俺が務める……。
 新たな嫌がらせか……。

「ままっ…待って、無理だって! 俺、骨と皮だよ。そういうのは腕っ節の強い生まれながらの騎士みたいなヤツじゃないのか!?」

「専属の護衛はすでにいらっしゃるし、ご本人達はあの強さだ。正直、護衛も必要ないくらいだから、求められているのは精神的な方だろう。何か心が動くような話でもしたんじゃないのか?」

「はなし?」

 俺は頭を限界まで傾けて記憶を探ったが、何一つ浮かんでこなかった。
 思い出すのは魔物が怖かったのと、一生の恥だけ。

「連絡が来たのは、い…イグニス様の友人にどうかってこと?」

「どうか、ではなく決定だ。ウチに拒否権はない。それにイグニス様だけではなく、お三方全員、三兄弟全員の専属学友に選ばれたんだ!」

 名誉なことだぞと、父親はクラッカーでも鳴らしそうなくらい嬉しそうに手を叩いてきた。
 テンションだだ上がりの父親とは正反対に俺のテンションはだだ下がりだった。

「い…いやだよっ。あんな魔物が日参してくるようなヤツらの近くにいるなんて、絶対すぐ殺される! 俺剣も握れないんだぜ、親父ぃ、頼むよぉ…死にたくないーー!」

「バカモン! 俺の顔を潰す気か! 公爵家に睨まれたらこの生活は破綻するぞ!」

「そ…そんなぁ…マジかよぉ……」

 ガクンと身体中の力が抜けて、倒れそうになった。いや、もうむしろこのまま悪い夢として終わらせて欲しい。

「明日から、毎日通うように! 頼んだぞ!」

 こんなことなら、茶会などに行かなければよかった。
 いったい俺の何を気に入られたのか。
 わけも分からず船に乗せられるような気分だ。去っていく港を見ながら涙する。
 俺は果たして帰ってこられるのだろうか。

 ¨どうせなら、バッドエンドを増やしましょう! その方がインパクトないですか? ¨

 前世であんな事をノリで言った俺を殴りに行きたい。
 何が問題作を目指そうだ……。

 実はこのゲーム、発売までに一度頓挫しそうになった。
 今の絶望的状況とその時の混乱を重ね合わせた。

 もしかしたら呪いなのではと思い始めた。

 船は暗い海の中を進む。
 眠れない夜になりそうだった。





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