上 下
5 / 52
第一章 出会い編

⑤お友達になりましょう。

しおりを挟む
「お…おい、お前……」

 目の前で魔物とご対面して危うくご飯になるところだった俺は、イグニスに命を助けられた。
 無事生き延びることができたが、安堵した瞬間、俺はぼろぼろに泣いてしまい、涙が止められなくなってしまった。

 最悪だ。
 イグニスもどうやら呆れているようだ。
 元祖ひねくれ者キャラのイグニスに、きっと弱虫とかコテンパンに言われて、ザックリ傷ついて俺は不登校への道を歩むだろう。

 両手で顔を塞いでもう消えたいと思った時、肩にトンと手が乗せられた感触がした。

「おい……そんなに泣くなよ。魔物は倒したし、ここは浄化したから、しばらく何も出てこない」

 アレ…もしかして…慰められてる?
 実はいい人設定があったのだろうか。

「あ……の……あっ…ありがとう…。ごめ……何も…できなくて……」

 メソメソしながらも、とにかくお礼を言わなければと口を開いた。
 今まで平和に暮らしてきて、訓練を逃れたことをラッキーだと思って軽く考えていた。
 魔物に襲われることなんて、自分には関係のない世界だと信じて疑わなかった。
 まさかこんなことに巻き込まれるなんて、いざとなったら何もできなかった。
 ショックと悔しさと恥ずかしさで、頭が真っ白になっていた。

 眼鏡も外れかけて、鼻水も垂らしてひどい顔だったので、汚い顔を見せるなくらいに言われるかと思っていたら、なぜかイグニスは無言で、代わりにごくりと喉を鳴らすような音が聞こえてきた。
 まるで美味しそうなものを目の前にした時のような……。

「なんの騒ぎ? うわっ…。イグニス兄さん、剣出してるし…。もしかしてまた紛れ込んでいたの?」

 混沌と静寂に包まれていた空間に、やけに明るい声が入ってきた。
 話の内容からして、建物内にいたノーベンが外へ出てきたのだろう。

「……給仕に姿を変えて紛れ込んでいた。すでに処理済みだ」

「ふーん、最近やたら来るね。先週は三体侵入しようとしていたらしいじゃん」

 あんなのが三体もなんて、恐ろし過ぎる。
 想像しただけでゾワっとして震えてしまった。
 兄弟達の元には日常のように魔物が襲いに来るという設定だが、これでは気の休まる時間もないだろう。

「いい運動になったのではないですか? どうせ、退屈していたのでしょう」

 甘い花の香りを漂わせながら、長身の男が一人近づいてきた。
 彼の言う運動と俺の考える運動とはジャンルが根本的に違うと思う。

「まあな、そろそろ終わりにしようと思っていたところだ。最後の余興にはちょうどよかったな」

 よくない!
 全然よくない!
 こっちは死にかけたんだと、いまだメソメソしながら膝を抱えていたら、足音が近づいてきた。

「あれ? そこにいるのは、僕のファンの子じゃないか!」

「ファン? ですか? この方は覗きがご趣味の変態さんですよ」

 違う!
 両方とも違う!
 声を大にして言いたい。

「ああ? このメソメソ泣いてるヤツがか? なんだ、お前二人と知り合いだったのか?」

 だからそれも違うーーー!

「…………る」

「あ?」

「帰る……も…やだ…怖いし……。なんで俺がこんな目に…ぃ…」

 ぐちゃぐちゃの汚い顔を晒して、俺は帰りたいと子供のようにこぼしてしまった。
 失敗だ。
 今日は完全に失敗してしまった。
 キャラは完全崩壊。
 一度頭をリセットしないと何も考えられない。
 ……大丈夫だ。
 能天気なポジティブさだけは誰にも負けない。

 またごくりと何か飲み込むような音がした。
 今度は三つ同時に……。

「……よければ、私が送っていきましょう。年長者ですし、責任がありますから」

「ちょっ…、ディセル兄さん! 彼は僕のファンだから、ここは僕が……」

「年長者って、一歳上なだけだろう。おい、お前。ほら、これは俺の茶会なんだから、俺が送る」

 なぜか三兄弟が急にモメ出して、座り込んでいる俺に向かって、三つの手が伸びてきた。

 目の前に広がる雲ひとつない青空。
 それを背にして三つの顔が並んでいる。
 面白そうな物を見つけた時のような、好奇心の目と悪そうに緩んだ口元。

「そうだ、君……名前は?」

 知っている。
 姉達が俺を玩具にして遊ぼうとする時、揃いも揃って同じ顔をしていた。

 夢だと思いたくて俺は目をつぶった。

 しかし、俺はもっと絶望的な状況に気がついてしまった。
 その感触は決してこれが夢だなんて思わせてくれなくて、ヒヤリと冷たく、切ないくらい俺を追い詰めてきた。

 一生の恥。
 こんなところでその言葉を使うとは……。

「あの……すみません、ズ……ズボンを貸してください」

 恥ずかしくて死ぬ。
 そんなことがあれば、俺はここでデッドエンドを迎えていただろう。






 ※※※





 夜も深い時間。
 安っぽい油の臭い。

 ランプの薄暗い灯に照らされた父親の執務室。

 夜中に帰って来た父親に急に呼び起こされた。俺はパジャマ姿で、机に座って頭を抱えている父親の前に立たされていた。

「テラ………」

 名前を呼ばれるだけでも重みがあって、腹にズシンと響いてきた。
 枕でも持って来たらぎゅっとしたい気分だった。

「なんだよぉ…、俺、頑張っ……」

「よくやった」

「へ?」

 てっきり怒られるかと思っていたのに、顔を上げた父親は、機嫌が良さそうにニンマリと笑っていた。

「ふぁふぁはははははっっ! よくやった! 公爵家から連絡があったぞ。お前には期待していなかったが、その方が上手くいくこともあるのだな」

 熟睡しているところを叩き起こされたので、頭が付いてこない。
 父親に何と連絡がきたのだろう。
 だってあの茶会で俺はとんでもない失態を……。

「うへぇ…だって、俺……粗相を……」

「あん? なんだ?」

「なな…なんでもない。…あはは…」

 今まで生きてきてあんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。
 怖かったのだから仕方ない、生理現象だと自分に言い聞かせるが、穴に引きこもってしばらく出てこない予定だった。

「何が気に入ったのか知らないが、お前を専属の学友に指定していただいた。これで俺も貴族院の参事に名を連ねることができるかもしれない」

「へぇーそりゃ良かったね。ところで専属の学友って何? そんな称号あったっけ?」

「………テラ。彼らのような高位の貴族は敵が多い。普段から行動を共にして、心を通わせて、身の回りの世話をし、時に相談に良きアドバイスをし、時に盾になって庇うような友人が必要なのだ」

「へぇー………………。ん? って……それが俺!?」

 親友みたいなものを特別な名称で括っただけだろう。いちいち大そうな紛らわしい言い方をするものだ。

 で、それを俺が務める……。
 新たな嫌がらせか……。

「ままっ…待って、無理だって! 俺、骨と皮だよ。そういうのは腕っ節の強い生まれながらの騎士みたいなヤツじゃないのか!?」

「専属の護衛はすでにいらっしゃるし、ご本人達はあの強さだ。正直、護衛も必要ないくらいだから、求められているのは精神的な方だろう。何か心が動くような話でもしたんじゃないのか?」

「はなし?」

 俺は頭を限界まで傾けて記憶を探ったが、何一つ浮かんでこなかった。
 思い出すのは魔物が怖かったのと、一生の恥だけ。

「連絡が来たのは、い…イグニス様の友人にどうかってこと?」

「どうか、ではなく決定だ。ウチに拒否権はない。それにイグニス様だけではなく、お三方全員、三兄弟全員の専属学友に選ばれたんだ!」

 名誉なことだぞと、父親はクラッカーでも鳴らしそうなくらい嬉しそうに手を叩いてきた。
 テンションだだ上がりの父親とは正反対に俺のテンションはだだ下がりだった。

「い…いやだよっ。あんな魔物が日参してくるようなヤツらの近くにいるなんて、絶対すぐ殺される! 俺剣も握れないんだぜ、親父ぃ、頼むよぉ…死にたくないーー!」

「バカモン! 俺の顔を潰す気か! 公爵家に睨まれたらこの生活は破綻するぞ!」

「そ…そんなぁ…マジかよぉ……」

 ガクンと身体中の力が抜けて、倒れそうになった。いや、もうむしろこのまま悪い夢として終わらせて欲しい。

「明日から、毎日通うように! 頼んだぞ!」

 こんなことなら、茶会などに行かなければよかった。
 いったい俺の何を気に入られたのか。
 わけも分からず船に乗せられるような気分だ。去っていく港を見ながら涙する。
 俺は果たして帰ってこられるのだろうか。

 ¨どうせなら、バッドエンドを増やしましょう! その方がインパクトないですか? ¨

 前世であんな事をノリで言った俺を殴りに行きたい。
 何が問題作を目指そうだ……。

 実はこのゲーム、発売までに一度頓挫しそうになった。
 今の絶望的状況とその時の混乱を重ね合わせた。

 もしかしたら呪いなのではと思い始めた。

 船は暗い海の中を進む。
 眠れない夜になりそうだった。





 □□□
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...