眼鏡モブですが、ラスボス三兄弟に愛されています。

朝顔

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第一章 出会い編

③お茶会で会いましょう。

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 ラギアゾフの三兄弟が争う理由。

 ラギアゾフ家の人間は、国と同じくとにかく武が第一で、当主の父親は幼い頃から三人を戦わせて誰が一番かを常に争わせてきた。
 全員揃いも揃って強いので、誰一人隙を見せる事なく、お互いを牽制し合いながら生きてきた。
 そこに颯爽と現れたのが、主人公。オーディンに愛された美の化身。
 三兄弟をあっという間に虜にするのだ。
 そういう面では攻略自体は苦労なくすんなりできる。
 話が進むとカップルになった二人が協力しながら、ラギアゾフ家の次期当主の座を巡っての争いになる。
 他の兄弟達は、主人公を奪い、当主の座を手に入れようと襲いかかってくるのだ。



 と、まあこれはゲームの主要な登場人物の方達のお話で、俺はただの観客のひとり。
 それも最後まで生き残って、優雅に戦いを眺めるだけの存在なので、俺の人生今のところ何も問題はない。

 それより早くこの退屈な時間が終わって欲しいと思いながら、俺はカップに入った冷めたお茶をごくりと飲み干した。

 バカでかい屋敷にどこまでも続くバカでかい庭園。
 ラギアゾフ公爵邸の庭園で開催されている、学友の交流のための茶会は、晴天の青空の下、たくさんの貴族の御令息が集まって、一見すると和やかな雰囲気で開かれていた。

 長いテーブルにはたくさんの軽食やお菓子が載せられていて、それを囲んでいくつもの話の輪ができている。
 よく考えたら彼らはほとんどが貴族訓練校出身のすでに学友だ。
 衣食住を共にして、厳しい訓練に耐えた仲であるので、特別な繋がりができていて、この時点で家族のように仲良く楽しそうに話をしている。
 俺のような平民上がりの貴族なんてこの中には存在しない。主人公も含めてレアケースだ。
 当然あいつ誰だという目でチラチラ見られるが、それに関しては俺は全然気にしない。
 金貸しの息子だよなんて、嘲るような言葉も聞こえてきたし、冷たい視線をバシバシ感じるのだが、それも全く気にならない。

 逆に今世はなんて良いポディションにいるのかと、また自分の運の強さを感じて顔がニヤけてしまうくらいだ。

 俺みたいな途中参加のもともと貴族でもない異分子が、すでに出来上がった輪の中に入っていきなり馴染むことなんて不可能だ。
 しかも父親の仕事を背中に書いて歩くような世界。金貸しの息子なんて、いい印象を持たれないのは百も承知。

 これでいいのだ。
 遠巻きにして距離を置かれているくらいが丁度いい。
 なぜなら、今世の俺は絶対に成し遂げなければいけない目標がある。
 それは、脱いじられキャラだ!
 今日この地に参戦した目的はそれにある。

 俺、テラ・エイプリルに与えられた属性。
 眼鏡秀才キャラ。
 これに徹することによって人を寄せ付けず、いじられるどころか、あいつデキるやつだよなと一目置かれる存在になる。
 まさにいじられキャラとは真逆に近い属性。
 俺はこれを目指しているのだ。
 前世のように、みんなから揶揄われるピエロみたいなキャラはもう嫌だ。
 孤高の天才、ここまで持っていけたら本望だ。

 そのために今日の茶会には、分厚い本を持参した。
 誰とも話さず、ひたすら茶を飲みながら本を読んでいる。
 今日の本は、兵法における論理と正攻法を取り入れた観察とその考察、というタイトルで、さすがの俺もこれはお手上げの本をチョイスした。
 確か父親が債務者から巻き上げた金品の保管庫に入っていたものだ。
 いかにも頭がいい人が読んでいそうな本で、それを今のうちから見せつけて、自然と嗜んで優雅にページをめくる姿を周囲に印象付けておく。
 あいつヤバいと思わせたらこっちのものだ。

 俺の作戦は当たり、俺をバカにしようと近づいてきたヤツも、このタイトルを見たら面倒そうなヤツだと気が付いて、さっと避けるようにしていなくなった。

 ガリ勉眼鏡くんですと看板を下げられたはいいが、さすがにずっとこのわけの分からない辞書を適当に開くのも疲れてしまった。仕方なく俺はこの茶会を観察することにした。

 俺の位置からは随分遠い、長テーブルのはるか先にラギアゾフ家の次男、イグニス・ラギアゾフが座っていた。
 足を組んで偉そうな格好をしている。
 そして、主役のくせに俺よりつまらなそうな顔をして大あくびをしていた。
 燃えるような赤い髪が印象的、薄い緑の瞳はキツめに細められていて、目つきが悪い。
 全体的な顔つきは男らしく太い眉もキリッと整っていた。

 やはりそうだとため息が出そうだった。
 実物を見て再認識したが、イグニスは俺が担当していたゲームのキャラで間違いない。
 三兄弟の中では一番力が強く暴れがち、ひねくれた性格で、周囲と仲良くやるようなタイプではなかったはずだ。
 やはり思った通り、机に足を乗せる勢いで椅子にダラっと座って、面倒くさそうな態度が全身から滲み出ている。
 そのイグニスの周りには、学友になる予定の御令息達が集まっていて、話しかけたりお茶を交換したり、お菓子を持ってきたりと世話を焼いている。
 ああ、あれが父が俺に求めていたやつかと、遠くから眺めながらうんざりした気持ちになった。

 金の亡者である父親にとって、息子が高位の貴族と知り合えるという環境は千載一遇のチャンスだ。
 金貸し業は人脈が第一、高位の貴族が後ろ盾になってくれたのなら、とんでもない収益が見込まれる。
 金で頭が狂っている父親は、俺にとんでもないことを提案してきた。



「顔見知り…いや、友人……でもいいが…、できればお付き合いまで発展してくれると助かる」

「はっ…はあ!? 次男と!? 男同士だぜ?」

「それの何が問題だ……?」

 俺の疑問は疑問で返されてしまった。驚き過ぎてこの世界の設定をすっかり忘れていた。

「い…っ…それは、いいのかもしれないけど……。無理でしょー……俺だよ、自分で言うのもナンだけど特に秀でたところもないし……」

 それを言うと、父親は難しい顔になって何も言い返せなくなり、ついには腕を組んで唸ってしまった。
 俺が主人公並みのルックスでもあれば話は別だが、たかがモブが主要人物に絡もうなんて、思い上がりもいいところだ。
 大人しく傍観者であるのが相応しい位置なのだ。

 俺は唸っている父親を部屋から押し出した。
 とにかく言われた通りに行ってくるけど、期待しないでくれと付け加えた。

 モブはモブらしく、群衆に紛れているのが一番居心地が良いのだ。イグニスから本に視線を戻して眺めていたら、隣に誰か座る気配がした。

「それ、ずっと読んでるけど…面白い?」

 おいおい来ちまったよと思わず苦笑いしてしまった。
 こういう空気の読めないバカは少数だが存在する。
 どう見たってヤバいやつの、しかも病的なタイトルの本を話題に話しかけてきた。
 どう対処するか考えて俺は、本に目を向けたまま、別に…と答えた。
 いかにも頭が良さそうなやつが口にしそうな言葉だ。
 本当は声変わりが途中で止まったような、高めの声なのだが、目一杯低い声を出してみた。

「ふー…ん、でもこの本の理論ってウォルターの出した分析で覆されたよね」

 きたきたきた、ちょっとかじっただけの、にわか知識披露ですか。
 ウォル…ナントカとか知らないけど、適当にマウントを取りにきたな…。

 しかし俺は知識でマウントを取り返すようなことはできない。秀才っぽく眼鏡を指で押し上げて、態度でキメることにした。

「それがなんだ……」

「え?」

「悪いか? 俺はこの本が好きだから読んでいるんだ。ウェルさんとかはどうでもいい」

 キマった!
 好きだから読んでる、これに勝る言葉があるだろうか。
 こうやって言っておけば、理論がどうかなんて知るかって話だ。
 これでさっさと去ってくれるだろうと思っていたのに、なぜか隣のやつはグイッと体を寄せてきた。

「……嬉しい。酷評された一冊だったけど、苦労して書いたから結構気に入っていたんだよね。あっ、ウェルさんじゃなくて、ウォルターね」

 ん?
 久々の外だし空気が澄んでいて、耳がおかしくなったのかもしれない。
 さりげなく俺の間違いを修正されたような気がするけど、これも聞き間違いだろう。
 それとも揶揄われているのか、この…見た目完璧な秀才眼鏡のこの俺が……。

 イケイケだったのに急に心細くなって、そうだったらどうしようかと俺は恐る恐る顔を上げた。
 目の前には、白に近いプラチナゴールドの金髪と、スミレ色の大きな瞳をした可愛らしい顔があった。
 色白で桃色の頬をしていて、一瞬女の子なのかと思ったが、上品な白いタキシードはどう見ても男の格好だった。
 その別の次元の生き物が、陽の光を浴びて、キラキラとした笑顔で俺のことを見ていた。

 ナニコノ、テンシミタイナコ……。

「愛読してくれてありがとう。それ、僕が書いた本なんだ」

 嫌な予感がして背中に悪寒が走った。
 この超絶可愛く見える見た目、主人公とかぶるので、その分背を高くして細いが筋肉質というデザインにした、あの男に似ている。

 全く気にしていなかったが、手で隠れていた本の著者の部分からスッと手を離すと、ノーベン・Rという名前が見えた。

「うおおおおおっ!! 嘘だろ!?」

 俺は手で口を押さえて、ガタンと派手な音を鳴らして椅子から立ち上がった。
 さすがに床に落とせないので、本はきちんと机に載せた。

「はははっ、まだ16だし、だいたい信じてもらえないんだけど。そんなに驚いてくれたってことは、信じてくれたみたいだね」

 頭の中を急ピッチで働かせて、記憶を漁って設定を思い出した。
 確か天真爛漫、何をするか分からない爆弾息子。しかし天才肌の兄達に負けない非凡な才能があり、幼い頃から様々な実験を繰り返し功績を挙げて本を多数出版……。
 難解過ぎて、誰もついて来られない…とか。

 いや、そんな細かい設定、ぱっと思い出せねーよ。

「初めまして、僕、ノーベン・ラギア……」

「おおお腹がぁぁ!! ちょっと失礼! トイレに行かせていただきます!!」

 花でも咲かせそうな勢いで輝きを放っているノーベンの話をぶった斬って、俺は腹を押さえながら脱兎のごとく逃げ出した。

 やめてくれー!
 何が楽しくて三男と知り合わなければいけないのか。
 しかもあんなことを口走って、完全にファンだと思われた。
 サインでも書いてやると言われたらどうすればいいんだ……。

 ……サイン。
 高く売れるかも……。

 いやいやいや、関わり合いにならないのが一番だ。
 向こうが名乗ろうとしていたところを逃げてきたから、俺の名前は知られなかった。
 どうせ調べれば分かることだが、とにかく君子危うきに近寄らずだ。

 この世界を舞台としたゲームは、暴力以外に18禁的な展開はない。
 あの男は、もしムフフ展開があるなら、ああいう可愛い系がガンガン攻めるのがたまらないんですという、ライターさんの謎の趣向が詰まった男、ラギアゾフ家三男のノーベンだ。

 今は訓練校の生徒のはずだが、長期休みかなにかで戻ってきているのだろう……。
 というか……そんなことはどうでもいい!

 とにかく、この家の人間とは関わってはいけない。軽い敵情視察のつもりで参加したが、変な本を持ってきたおかげで危うくお知り合いになるところだった。

「あ……って、あれ? ここどこ?」

 トイレに逃げ込もうとしていたが、聞いていた場所に入ったはずなのに、いつの間にかよく分からない建物が入り組んだ場所に出てしまった。
 周りに使用人も歩いていないので、尋ねることもできない。
 仕方ないので来た道を戻ろうとしたら、どこからか人が苦しむような声が聞こえてきた。
 カタカタと何か動いているような音も聞こえた。

「……っっ……んっ………」

 呼吸困難でもがいているのだろうかと想像が膨らんでいく。
 無視して帰ろうと思ったが、もし病気で倒れている人がいて、痙攣でもしていたらと考えたら、心臓が重くなって足が止まった。

 少しだけ…。
 覗いて大丈夫そうならそれで……。

 音の方向から多分あの向こうだろうという目星がついて、俺は壁に手をついてそっと奥を覗き込んだ。





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