男だって愛されたい!

朝顔

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第一章 学園

⑯恋敵

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 ¨レオン

 学園では上手くやっているようだな。
 実はちょっとした問題が起きて、返事が遅れてしまった。
 まったくアデルのやつは、誰に似たのか頑固で頭は固いし、勝手すぎて手を焼いている。

 まともな言葉遣いをさせようと教えていたが、喧嘩になって会話すらできなくなった。とにかく、言い聞かせるから協力者にしばらく待ってくれるように伝えてくれ。
 引き続きよろしく。

 あと、店の方は適当にやってるので、手がつけられない状態だ。お前が帰ったら任せるので覚悟しておいてくれ。

 父より¨


 手紙を読んだレオンは気が遠くなって床に倒れそうになったが、なんとか机に掴まってこらえた。
 二人が喧嘩するのは考えられないことではなかった。しかし、自分がこれだけ頑張っているのだからと思っていたが、やはり二人は変わらなかった。
 しかも、店の中がひどい有り様になっているところが想像できて胃痛までしてきた。もともと父が一人でやっていた頃は店内はゴミだらけで、帳簿は適当、商品の管理もずさんだった。
 これではせっかく付いてくれたお客さんが離れていってしまうだろう。

 見えてきたゴールが遠くへ行ってしまった。せっかく声をかけてくれたシドヴィスにも迷惑をかけることになるので、ため息をつきながら一言話しておこうとレオンは部屋を出た。

 倉庫の騒動があってシドヴィスの部屋で熱烈な告白を受けた後、熱烈すぎる抱擁でレオンは気を失ってしまった。
 気づいたら自分の部屋で、どうやら部屋まで運んでくれたらしかった。起きたらすぐにミレニアの質問責めに合って、ミレニアがお風呂へ行く時間になったのでやっと解放されたのだ。

 そして、一人になってようやく落ち着いて手紙を読んだら、ひどい内容で泣きたくなった。すっかり気分は落ちた状態でシドヴィスの部屋のドアをノックしたが返事はなかった。

 目まぐるしい一日だった。先程はシドヴィスの愛の告白を受けて、レオンはそれを受け入れた。
 戸惑う気持ちはあったが、真剣な告白を聞いて気持ちが伝わったからだ。何より助けに来てくれたシドヴィスを見て嬉しく感じた。シドヴィスならば、本当の自分を受け入れてくれるかもしれない。
 そう、思い始めていたのだ。

 父が言ったしばらくというのが、いつまでなのか分からない。気落ちはするが、もうしばらくシドヴィスの側にいられるというのが、ほのかに嬉しくもある。ただ、女装に関して言えば早くやめたいと、レオンは開かないドアを見つめながら立ち尽くして考えていた。

「やあ、アデル。初めまして」

 突然名前を呼ばれて、ビクリと肩を震わせて振り向くとそこには、見たことがない男が立っていた。
 赤い髪は肩までかかり、長身で細身の男だ。顔は綺麗な作りをしていて、貴族の男子を絵に描いたような優美な男だった。

「ええっ…と、あなたは……?」

「僕は、イゴール・デェリオン。名前くらいは知っているかな。シドヴィスとは同じクラスで、幼い頃からの友人、ってところかな」

 これで旧三国のデェリオン家の子息とも会ってしまった。そして、この男こそアデルにひどいことをしようと画策していた張本人である。
 ジョアンは簡単に名前を出したが、名前を出されたところでびくともしない強力な家の力を持っているのだろう。揺るぎない自信が溢れるような顔をしていた。

「お名前は知っています。私に何の用ですか?」

「元気そうだね。ということは、今日は何事もなく、無事すごせたというわけだ」

 何か含みのある言い方をしてきた。こちらが分かっていることを前提にからかっているのだろうかと、レオンは探るように見つめた。

「………おかげさまで」

 レオンのことを上から下まで眺めたイゴールは、クスリとバカにしたように笑った。

「……なんだ、シドが夢中だって聞いたからどんな娘かと思ったけど、たいして可愛くも綺麗でもないね。市井なら目立つかもしれないけど、貴族の世界には君程度の令嬢はごろごろしているよ。……だから、余計に腹が立つ…よね」

「……イゴール様はシドヴィス様のことが……」

「ああ、好きだよ、昔からずっと。それを他所から来た、しかも毛並みの悪いドブネズミに食いつかれたんだ。駆除するのが当然だろう」

 レオンを見下ろして、声高くイゴールは言い放った。好きだという気持ちに一切のためらいもなく、自信に満ち溢れた瞳がレオンには恐ろしく感じた。

「これだから女は嫌いだよ。いつだって、何でも手に入ると思いこんでいる。平民でも、どうせ甘やかされて我が儘に育てられて来たんだろう。そんなお情けで代表生に選ばれて、シドの側で偉そうにして本当にイライラする!消えてしまえばいいのに!」

 卑劣なことをやる人間だが、イゴールがシドを思う気持ちは痛いほど胸に伝わってきた。人を好きになって思いが届かなければ、辛いだろう。誰もがイゴールのように手が出てしまうわけではないが、その燃えるような瞳の中に悲しみの色を見つけてしまい、レオンは言葉が出てこなかった。

「なんで黙っているんだよ。所詮、お前の気持ちなんてその程度なんだな。強く言われて黙ってしまうようなものだ」

「………確かに、イゴール様の強い愛に比べれば、私の気持ちなど芽生えたばかりの小さなもので、長年想われた苦悩は私などに分かるはずもないです」

「ふんっ、平民ごときが…思い上がるなよ!」

「……でも、シドヴィス様は……言ってくれた……」

 弱気になったレオンに興味を無くしたように立ち去ろうとしていたイゴールは、レオンがボソリとこぼした言葉に足を止めた。

「ずっと…ずっと、自分のことが嫌いでした。いつも緊張すると汗ばかりかいて、ぬるぬるして気持ち悪くて……。人にもこの体質を知られると汚いと言われて来たんです。だから……、恋人はおろか友達すらいなくて……、ずっとこのまま一人だと思ってきました。でも、シドは、気にしないって言ってくれたんです。お…私、その時、本当に……嬉しかった……。初めて、初めて人として認められたような気がして……」

 イゴールに思いをぶつけながら頭が興奮してきたレオンはぽろぽろと玉のような汗をこぼしていた。
 ぐっと握った手のひらからもまた、滴り落ちてきそうだった。

「想いは……想いはイゴール様に敵わないかもしれないけど、私も……シドが、好きです!」

 レオンは興奮した頭でそのまま叫ぶように大きな声を出してしまった。
 一度背を向けたイゴールだったが、その声に反応したようにこちらを振り返った。
 そして、その目は大きく開かれた。自分の汗だく具合に驚いたのかと思ったが、視線はレオンの後ろに注がれていた。

「………その言葉、大変嬉しいのですが。いじわるな人ですね。なぜ本人に直接言わずに、イゴールに言ってしまうのでしょうね。私をジラして楽しんでおられるのでしょうか」

「しっ…シド!いつからそこに!?」

 レオンの背後にはいつの間にいたのか、ピタリと背中が付きそうなくらいの距離にシドヴィスが立っていた。

「あーあ、また、こんなに汗をかいて……。だめですよこんな姿……、イゴールなんかに見せたりしたら」

 ふわりとレオンを包み込んだシドヴィスは、持っていたハンカチでレオンの額をぽんぽんと優しく拭った。

「あっ…あの、お…私、熱くなってしまって…楽しんでなんか……」

「知ってますよ。アデルは純粋な気持ちを伝えてくれたのでしょう。つい羨ましくて、こちらこそいじわるな言い方をしてしまいました」

 次は私に言ってくださいと言って、シドヴィスはレオンの頭に何度もキスをした。

「ちょっと!なっ…なんだよ。二人とも僕の前で…イチャついてるんだよ!お前…シド?…本当にシドなの…?」

 いつもより鼻の下でも伸ばしているのだろうか、イゴールは本当にシドヴィスなのかと疑うようなことを言って顔を歪ませていた。

「ああ、イゴール。今回は大変なことをやってくれましたね。先ほど学園側と協議して、アデルに対しての暴行や監禁を行った生徒はそれぞれ、一定期間自宅で謹慎処分となりました。細かく言うと、今後用具の片付けば完全当番制、貴族の女子生徒であってもそれを破れは退学にします。ジョアンとイゴールは学園及び貴族としての公式の活動は一年間参加禁止です」

「……くっ……、シド……、なんでそんな女のために……」

「あなたの気持ちには答えられないと何度も申し上げました。私のことは何を言っても構いませんが、アデルに対しては暴言も暴行も絶対に許しません!」

「…お……、お前なんて……お前なんてシドじゃない!クソ!!もういい!!」

 真っ赤になって怒った様子のイゴールは、大声で叫んだ後、逃げるようにこの場から走って行ってしまった。

「……ふぅ。さて、アデルは私の部屋の前でなにをされていたのですか?この時間の男子寮に一人で入ってくるなんて……。怖い思いをしたいわけではないですよね?」

「だっ…そんな、そんな…つもりは……、手紙が……父から手紙が来たんだ…それを…伝えたくて……」

「急を要する内容なのですか?」

「そっ…そういう、わけでは……」

 確かにシドヴィスが言うことはもっともだった。今はアデルの姿なので、一人でフラフラとやって来たので、イゴールに見つかってしまったのだ。

「アデル……、気持ちの面で入ってくるのに抵抗はないのかもしれませんが、こちらには色々な生徒がいて……」

「………たったんだ」

「え?」

 手紙の内容に気分が落ち込んだのもあったが、本当はそれだけではなかった。不覚にも気を失ってしまったが、ちゃとシドヴィスの告白を受けてまともに顔を見ていなかった。それが、レオンには………。

「顔が見たくて……。シドに……会いたかったんだ」

 こんなことを言ってもいいのかと思ったが、レオンは何かに突き動かされるように、思いが口から出てしまった。
 ここに来るまでの間、歩きながら頭を占めていたのはシドヴィスのことだけだった。
 アデルとしての使命も、店のことも全部押しやられていた。

「……レオン、そんな目をして……、はぁ……もう知りませんよ」

 レオンの耳元で囁いて、何かを堪えるように目を閉じたシドヴィスだったが、それは一瞬だった。すぐに目を開けると、レオンを抱き上げて自分の部屋のドアをバンと音を立てて開けた。

「え?シド……?」

「あまり荒っぽいことは好みませんが、レオンは私をどんどん変えてしまいますね。さぁ私の愛の深さを教えてあげましょう」

 シドヴィスに運ばれてベッドに下ろされたレオンは、真上に浮かんだ青い瞳を見つめた。自分の藍色の瞳よりも海の色に近い。
 その青の奥に燃えるような熱を感じて、恐る恐るそこに手を伸ばしたのだった。




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