男だって愛されたい!

朝顔

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第一章 学園

⑫お願い

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「お付き合いって…具体的にどういうことなのかな……」

 自分の部屋のベッドに転がりながら、レオンが小さくこぼすと、二段ベッドの上からミレニアのニヤニヤとした顔が反対向きでぬっと下りてきた。

「アーデールー!ついに好きな人が出来たのね!っていうか、もう告白した?されたの?お付き合いが始まった?どういうことよー!誰なの?早く言ってよー、もう!」

「あっ…いや…べつに…そういうわけでは…、興味が出てきて……何も知らなすぎるのも……あれだし」

 顔だけでなく、体ごとバタバタと梯子を下りてきたミレニアはレオンの布団の隣にゴソリと入ってきた。

「ちょ…ミレニア!」

「やっと興味を持ったのね!結婚相手探しする前に、そっちじゃないかなと思っていたのよー。家から言われたからってアデルは気負いすぎよ。もっと純粋に恋をしないと」

 間近にくりくりとしたミレニアの可愛らしい顔があって、色んな意味でドキドキとしてしまう。女の子同士というのはこんなに距離が近いものなのだろうか。

「恋人同士の付き合いは、今までの関係から大きく一歩進んだものと考えるといいわ」

「今までって…友達同士からってこと?」

「そうね。一緒にいる時間の中で、特別な時間が生まれるのよ。つまり、精神的な繋がりと体の繋がりね。まっ、私もキスくらいしか経験がないからアデルに教えられるほどではないけど」

 レオンはシドヴィスの部屋で、抱き締められて顔が近づいてきたことを思い出した。
 あれはつまり、シドヴィスが体の繋がりを求めてきたということだろう。

「そうか…キスをしないといけないのか…」

「あらやだ!アデル、恋する相手なのよ。義務感でするものじゃないわ。したいと思うからするのよ!」

「したい…と思うから、する?」

「そうよ、恋をすると、好きな人のことを考えたり、見たりするだけで、心臓がどきどきして胸が苦しくなるのよ。愛しい気持ちを気持ちを分かち合いたいと思うの、単純な欲でもあるけど、愛し合えばこそとても気持ちいいものなのよ」

 よく考えれば年下のミレニアに何を教わっているのかと恥ずかしくなるが、家や仕事のことに追われてきたレオンにとって、未知の世界の話だったのだ。

「例えば……、それで自分が好きになってしまって、でも相手は遊び程度にしか考えていなくて……、体の繋がりを求められたら……どうすればいいと思う?」

「……アデル、なんてハードな恋愛パターンを想像しているのよ……。報われない恋愛なんて辛いだけよ。私ならそんな相手なら、付き合わないわ……。でも、確かに難しいわね。好きな人から求められたら、例え捨てられると分かっていても、応じてしまうかもしれない」

 アデルには上級者向け過ぎるわよと、ミレニアに肩を叩かれた。
 自分なんて弄ばれてもいいと思っていたが、実際の世界ではそう簡単な感情で終わるような話ではなさそうだった。

 その夜はミレニアと話しながらそのまま寝てしまった。
 恋や愛とはなんと深い世界なのが、まだ波打ち際で躊躇っているレオンにとって、その世界に飛び込むことは、足がつかない恐怖に似ていた。
 翌朝、隣で寝ているミレニアを見て、ぎょっと驚いて飛び起きたレオンは、上段ベッドに頭をぶつけて痛みに苦しむ声を上げることになるのだった。


 □□


 父とアデルに宛てた手紙を送った。
 学園で協力者になってくれる貴族の人を見つけたこと。
 すでに自分のことも話していて、その上で、アデルに相手を紹介してくれると約束してくれたこと。
 声をかければすぐにでもという人がいるらしく、アデルと引き合わせたいので連絡して欲しいと記した。

 代表生のことなど、ビクビクしていたが、よく考えればアデルは結婚が決まれば学園なんて行かないと言っていた。
 このまま首尾よくアデルの結婚が決まれば、レオンがここにいる必要はない。むしろ、アデルも貴族の世界に入るのだから、アデルが二人いるとなってしまうので、レオンは元に戻る必要がある。
 ぼんやりとだが、アデルとしての生活に終わりが見えてきた気がした。
 それがどのくらいの期間かは分からないが、シドヴィスとのお付き合いも一緒に終了することになるのだろうとレオンは考えていた。

「アデル、聞いていますか?」

「え!?あっ…はい。すみません」

 放課後、代表生は話し合うことがあると集まって、会議を行うことになっている。
 今日は次のイベントについての、予算や各クラスへの割り振りについて話し合われていた。

 ディオももちろん参加なので、シドヴィスはアデルと呼んでいる。
 アデルの結婚を目指しているので、当然二人の関係も秘密だ。

「では、決まったことを各クラスに伝えて話し合ってください。次回は意見をまとめて持ってくること、いいですね」

 はいと言ったレオンに対して、ディオは大きな口を開けてあくびをした。

「……ディオ」

「あー、わりーわりー。この間の不審者の騒動で報告書書かされて、寝不足なんだよ。ったく、肝心なときにシドは消えるし、アデルは来ないし、俺ばっかり……」

「それは、申し訳ございませんでした。でも不審者でないと分かって良かったでしたね」

 結局あのレオンが発端でシドヴィスが大きくした浴場の不審者騒動は、シドヴィスが手を回して、清掃の担当者が入っていたということで決着させた。

「いやー、でもあの担当者、また来てくれないかなぁ……」

「へ!?なっ…なんでですか?」

 自分のことを言われているので、レオンは何を言われるのかとビクリとした。

「アデルに言っても分からないと思うけどさ、すげぇそそる体してたんだわ。腰のラインとか、小ぶりなケツとか美味そうだったなぁ。アソコも可愛らしくて……」

「みっ…見たの!?」

「そりゃ風呂なんだから見るさ。あのケツをめちゃくちゃに……」

「ディオ、こんなところで、アデル相手に下品なことを言わないでください」

 不機嫌そうなシドヴィスにピシャリと言われて、ディオはへいへいと言って手を上げた。
 寒気がしたレオンは顔を上げれなくて下を向いてしまった。

「ディオは余裕そうなので、職員室への連絡を頼みますね。という事で、今日はこれで解散です」

 ディオは不服そうに、うわぁ最悪と言いながら資料を持たされて、代表生の会議室から出ていった。

「……さて、ここからは、アデルの話です。こちら、紹介できそうな方のリストができましたので、レオンに渡しておきます。爵位や手掛けている事業や財産についてもまとめてあるので、中から気に入った方を選んでいただければ、日程を調整しましょう」

「うわぁ…こんなに…」

 さすが旧三国のジェラルダン家の人間だ。シドヴィスが声をかけたら、人が集まってくることは想像できたが、それでもかなり分厚いリストにレオンは驚いた。
 そして、さすがの優秀さだ。リストは項目ごとに整理されて、見やすくまとめられていた。

「ありがとうございます。あの…なんとお礼を言ったらいいか……」

「当然です。レオンのためですから、いくらでも力になりますよ」

 そう言って微笑んだシドヴィスは自分の隣の席に椅子を置いてポンポンと軽く叩いた。

「では、レオン。私の隣に来てください」

 レオンは呼ばれて座っていた席を離れて、シドヴィスの隣に座った。

「今日のレッスンを始めましょう。私とお付き合いについて学ぶ約束をしていましたよね」

「……はい」

「まずは呼び方です。恋人同士ですからもっと親しげに呼んで欲しいです。シドと読んでください」

「はっ…はい。分かりました。……シド」

「……………」

 平民の身でありかながら、高位の貴族を親しげに呼ぶというのがもう恐ろしくて、下を向きながら小声で口に出してみたが、そこからのシドヴィスの沈黙の意味がもっと分からなくて、レオンはおずおずと顔を上げた。

 なぜかシドヴィスは口元を大きな手で覆いながら天を仰いでいた。

「え……?どうかされたのですか…?」

「いっ…いえ、自分で仕向けておきながら、あまりに可愛すぎてキてしまって……、ディオが浴場でのレオンの話なんてするので……それも思い出して……」

 心なしか顔も赤くなっているシドヴィスが、急に体調でも悪くなったのかとレオンは心配になった。

「大丈夫ですか?…どこかつらいところでも?」

「つらいと言えばつらくなってきました………できたら、また名前を呼んでいただけますか?」

「いいですけど…、シド……」

「…………」

 目を閉じて苦しそうにしたシドヴィスは体を折って机にがばっと伏せた。

「本当に…大丈夫ですか?苦しそうですけど…」

「レオン…頼みます…どうか私の言った台詞を何も考えずにそのまま同じように言ってください」

 そう言って手招きされて顔を近づけたレオンの耳元でシドヴィスはそっと囁いてきた。

「……なんですか?それ?」

「何も考えずに、さぁお願いします!」

 聞かされた台詞の意味が分からず戸惑っていたレオンだったが、いつも冷静なシドヴィスとは思えない焦った様子にしかたなく言われた通りにと口を開いた。

『シド…お願い、ナカにたくさん出して…』

 瞬間、詰めたような声を出したシドヴィスは、机に伏せたまま体をわずかに揺らした。

「なんですか?中に何を出すんですか?」

「……レオン、今日のレッスンは終了です」

「え?今ので?」

 ちなみにレッスンについては他言無用です、とだけ言い残して、いつものような爽やかな笑顔を浮かべてシドヴィスは帰っていってしまった。
 心なしかスッキリしたようなシドヴィスに比べて、意味が分からず放置されたレオンはポカンとしたまま、これがお付き合いなの?と首をかしげたのだった。



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