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第一章 学園
⑪純粋
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貴族と平民の平等と謳っているくせに、なんとシドヴィスは男子の人数が多いのに一人部屋だった。
根強い貴族意識など所詮こんなものだ。
どうせなら四人部屋くらいにしてやればいいのにと、この先を悲観してすでにやさぐれた気持ちになっているレオンはそう思いながら広々とした部屋を眺めた。
「さて、昨日は本当にびっくりしましたよ。まさかあんなところにアデルとしか思えない方がいて、しかも男にしか見えなかったという冗談のような状況に混乱しました」
椅子に座らされたレオンの前で、机に腰かけたシドヴィスが早速話し出した。もう逃げ場のない状況だが、これ以上状況が悪くなることを避けたくてレオンは下を向いたまま何も答えなかった。
「急いで調べたので間違っていたら言ってください。貴方は、アデルのお兄さんの、レオンではありませんか?資料によると今年20歳で町で家業の雑貨店を経営されている、となっていますね」
いつの間に調べたのか、アデルについての資料がシドヴィスの机の上に置かれていた。入学の際、ある程度の調査が行われたのかもしれない。
ここまで調べられていては、黙っていても帰してもらえるとは思えなかった。レオンは力なくシドヴィス見上げて小さく頷いた。
「素直に認めていただきありがとうございます。なぜここにアデルでなくレオンがいるのかと考えると、結婚相手を急いで探していましたよね。なんとなく想像はつきますが、ぜひレオンの口から説明していただけますか?」
「…それは、私達はよく似ていて、もともと検査だけのつもりで入れ替わったのに、父から結婚相手まで…俺が探すように言われて…、アデルは学園に入学するには…まだ…色々と幼くて…」
「…なるほど。アデルにはここに来られない事情があるのですね。お父様は貴族との結婚を強く望んでいらっしゃる、そしてレオンは逆らうことが出来ずに言われた通りに女装をして学園に入学したということですね」
シドヴィスの口から改めて言われるとすごく情けなく思えてレオンは悲しくなった。確かに家で絶対的権限を持つ父の言うことに、レオンは振り回されてばかりいた。それが家族の形なのだと思っていたが、家から出て離れたところから眺めてみると、必要以上に縛られていたように思えた。
「そうです。昔から俺は父の言うことに逆らえなかった…。それに、妹のアデルのこともちゃんと見てあげられなかった。町の不良と付き合うようになっても止めることもできなかった。本当なら…体を張ってでも止めに行くべきでした。だから…妹が望むのならば…貴族との結婚を叶えてあげたかったんです…」
部屋の中に静かな沈黙が流れた。レオンの事情など、もうこれ以上話すことはない。
ではそのように報告しましょうと言われて話は終わりになるだろう。今日中に荷物をまとめて、学園を去ることになる。早く学園からいなくなることばかり考えていたが、まさか最悪の結果で去ることになるとは、レオンはもういい加減おかしくなりそうだった。
「では、そうしましょう」
「……はい。ご迷惑おかけしました」
「いえ、ですから、そうしましょうと言ったのです」
「……ん?え?それは……どういう……?」
シドヴィスが何が言いたいのかさっぱり分からなかった。学園に報告という言葉は出てなかったと思うが、それでなければ何を?という疑問しか生まれなかった。
「アデルは貴族との縁談を希望されているのでしょう。私が良さそうな相手を探しますよ。女性を希望されている方はたくさんいますからね。話をすればすぐ手が上がると思います」
「え……そっ……報告しないのですか?」
「私は代表生ですが、学園の回し者ではありませんから報告義務はないです。まぁ、秘密を知ったわけですから、考えはありますけど……」
シドヴィスはそう言って妖しげに微笑んだ。その笑みは弱った心にくらり入り込んできて、レオンの心臓を揺らしていった。
「え……何を……」
「しつこい男だというのは、重々承知しています。レオン、私とお付き合いしませんか?」
「そっ……それ……!本気だったんですか?っていうか……俺、アデルじゃないですよ」
シドヴィスは頭を押さえながら、何一つ伝わっていなかったのは分かりましたと言った。
「私は貴方が女性だからいいと思ったわけではありません。付いているものの多少の違いはありますが、私には微々たる違いです。レオン、私は今までアデルだと偽っていた貴方がいいのです」
「ちょっと待ってください!とても広い心をお持ちなのは分かりましたけど、恋人がいらっしゃるんですよね?」
「イゴールのことですね。彼はディオと同じ幼なじみで、デェリオン家の人間です。確かに告白されましたが、友人以上に思えなかったので、キッパリと断りました。しかし、どうにも諦めの悪い性格で至るところで私と付き合っていると吹聴し始めてしまい、否定しても追いつかなくてもう放置していたのです」
なるほどと、レオンはよく分からなかったが、とりあえず納得してみた。
動揺しつつも頭の中をなんとか整理することにした。
シドヴィスはアデルに貴族の相手を紹介してくれるらしい。そして、自分との付き合いを希望している。ということは、明確には言われていないが、付き合いは相手を紹介するための条件ということだろう。
なぜか自分のことを気に入っているらしいが、女でも男でもいいという、レオンには理解を超えた感覚の持ち主だ。
そうは思えなかったが、シドヴィスはやはり特別生を狙った遊び人だったとレオンは考えた。
結局、彼にとっては口説いて、相手の心を弄ぶ遊びみたいなものなのではないかと。
平民でも少し毛色が違って、自分の言う通りにならなかったレオンを手に入れてみたいと考えた。そんなところだろうという結論に至った。
それなら、アデルに貴族の結婚相手が見つかるのであれば、自分が弄ばれるくらい大したことではないとレオンは思った。
どうせ、元の生活に戻っても、人と関わるのは商売ぐらいだ。店に立ちながらいつも窓から通りを歩く人を見ていた。
仲睦まじく歩く人達を見ながら、窓を隔てた世界はこんなにも違うのかと思っていた。
世界が違うのではなかったのだ。
自分が孤独なだけだった。
そう、自分はやがてそこへ帰る身であるのだから、遊ばれて捨てられても構わないとレオンは心に決めた。
「分かりました……。アデルにはちゃんと相手を紹介してください。それだけ、約束してください」
軽くため息をついてシドヴィスを見上げたレオンは、予想外に真っ赤になって嬉しそうな顔のシドヴィスを見てしまった。
もっとお遊び程度の軽い反応だと思っていたのに、まるで本当に気持ちが通じて喜びが溢れているみたいだった。勘違いしてしまいそうな反応に、レオンも引きずられたように真っ赤になった。
「……なっ……なんでそんな……かぉ……わぁぁ!!」
シドヴィスは座っていた机からぱっと下りて、覆い被さるようにレオンを抱き締めてきた。
「了承してくれるんですか!嬉しい……レオン……」
ぎゅうぎゅうと抱き締められて、苦しさにもがいたレオンを逃がさないとばかりにシドヴィスは力をこめてきた。
わずかに離れた空間で顔を上げると、目の前にシドヴィスの顔があった。
「レオン………」
「わっ…!ちょっ…!!」
シドヴィスの形の良い唇が近づいてきたので、驚いたレオンはシドヴィスの顔ごと手で押し返してなんとか止めた。
「レオン…、お付き合いを了承してくれたのでは……」
「だっ……早すぎて、つっ…付いていけない!!ちょっと待って……!!」
拒まれて悲しそうな目をしてくるシドヴィスに困りながら、レオンは汗を流しながら戸惑っている気持ちを伝えた。
「……そもそも……、付き合うって……!何するんだよ!…あっ……何するんですか……?」
「……レオン、貴方がこんなに純粋だったとは……、まずはそこから始めないといけませんね……。すみません、気持ちが高ぶってつい理性を失うところでした」
申し訳ございませんと丁寧に謝られてしまい、レオンは少し冷たすぎたかなと心がチクリと傷んだ。
「アデルの件は速やかに相手の候補を絞りましょう。アデルにも連絡しておいてください。そしてレオン、私が一からお付き合いをお教えします。それで、よろしいですか?」
「はっ…はい。よろしくお願いします」
レオンの失敗は退学こそ免れたが、予想外の方向に進んでしまった。
男を落とさなければいけない日々は明らかに無理があったが、シドヴィスとのお付き合いが一体どうなるのか、レオンは胸の高鳴りを感じながらその意味も何もかも分からなかった。
□□□
根強い貴族意識など所詮こんなものだ。
どうせなら四人部屋くらいにしてやればいいのにと、この先を悲観してすでにやさぐれた気持ちになっているレオンはそう思いながら広々とした部屋を眺めた。
「さて、昨日は本当にびっくりしましたよ。まさかあんなところにアデルとしか思えない方がいて、しかも男にしか見えなかったという冗談のような状況に混乱しました」
椅子に座らされたレオンの前で、机に腰かけたシドヴィスが早速話し出した。もう逃げ場のない状況だが、これ以上状況が悪くなることを避けたくてレオンは下を向いたまま何も答えなかった。
「急いで調べたので間違っていたら言ってください。貴方は、アデルのお兄さんの、レオンではありませんか?資料によると今年20歳で町で家業の雑貨店を経営されている、となっていますね」
いつの間に調べたのか、アデルについての資料がシドヴィスの机の上に置かれていた。入学の際、ある程度の調査が行われたのかもしれない。
ここまで調べられていては、黙っていても帰してもらえるとは思えなかった。レオンは力なくシドヴィス見上げて小さく頷いた。
「素直に認めていただきありがとうございます。なぜここにアデルでなくレオンがいるのかと考えると、結婚相手を急いで探していましたよね。なんとなく想像はつきますが、ぜひレオンの口から説明していただけますか?」
「…それは、私達はよく似ていて、もともと検査だけのつもりで入れ替わったのに、父から結婚相手まで…俺が探すように言われて…、アデルは学園に入学するには…まだ…色々と幼くて…」
「…なるほど。アデルにはここに来られない事情があるのですね。お父様は貴族との結婚を強く望んでいらっしゃる、そしてレオンは逆らうことが出来ずに言われた通りに女装をして学園に入学したということですね」
シドヴィスの口から改めて言われるとすごく情けなく思えてレオンは悲しくなった。確かに家で絶対的権限を持つ父の言うことに、レオンは振り回されてばかりいた。それが家族の形なのだと思っていたが、家から出て離れたところから眺めてみると、必要以上に縛られていたように思えた。
「そうです。昔から俺は父の言うことに逆らえなかった…。それに、妹のアデルのこともちゃんと見てあげられなかった。町の不良と付き合うようになっても止めることもできなかった。本当なら…体を張ってでも止めに行くべきでした。だから…妹が望むのならば…貴族との結婚を叶えてあげたかったんです…」
部屋の中に静かな沈黙が流れた。レオンの事情など、もうこれ以上話すことはない。
ではそのように報告しましょうと言われて話は終わりになるだろう。今日中に荷物をまとめて、学園を去ることになる。早く学園からいなくなることばかり考えていたが、まさか最悪の結果で去ることになるとは、レオンはもういい加減おかしくなりそうだった。
「では、そうしましょう」
「……はい。ご迷惑おかけしました」
「いえ、ですから、そうしましょうと言ったのです」
「……ん?え?それは……どういう……?」
シドヴィスが何が言いたいのかさっぱり分からなかった。学園に報告という言葉は出てなかったと思うが、それでなければ何を?という疑問しか生まれなかった。
「アデルは貴族との縁談を希望されているのでしょう。私が良さそうな相手を探しますよ。女性を希望されている方はたくさんいますからね。話をすればすぐ手が上がると思います」
「え……そっ……報告しないのですか?」
「私は代表生ですが、学園の回し者ではありませんから報告義務はないです。まぁ、秘密を知ったわけですから、考えはありますけど……」
シドヴィスはそう言って妖しげに微笑んだ。その笑みは弱った心にくらり入り込んできて、レオンの心臓を揺らしていった。
「え……何を……」
「しつこい男だというのは、重々承知しています。レオン、私とお付き合いしませんか?」
「そっ……それ……!本気だったんですか?っていうか……俺、アデルじゃないですよ」
シドヴィスは頭を押さえながら、何一つ伝わっていなかったのは分かりましたと言った。
「私は貴方が女性だからいいと思ったわけではありません。付いているものの多少の違いはありますが、私には微々たる違いです。レオン、私は今までアデルだと偽っていた貴方がいいのです」
「ちょっと待ってください!とても広い心をお持ちなのは分かりましたけど、恋人がいらっしゃるんですよね?」
「イゴールのことですね。彼はディオと同じ幼なじみで、デェリオン家の人間です。確かに告白されましたが、友人以上に思えなかったので、キッパリと断りました。しかし、どうにも諦めの悪い性格で至るところで私と付き合っていると吹聴し始めてしまい、否定しても追いつかなくてもう放置していたのです」
なるほどと、レオンはよく分からなかったが、とりあえず納得してみた。
動揺しつつも頭の中をなんとか整理することにした。
シドヴィスはアデルに貴族の相手を紹介してくれるらしい。そして、自分との付き合いを希望している。ということは、明確には言われていないが、付き合いは相手を紹介するための条件ということだろう。
なぜか自分のことを気に入っているらしいが、女でも男でもいいという、レオンには理解を超えた感覚の持ち主だ。
そうは思えなかったが、シドヴィスはやはり特別生を狙った遊び人だったとレオンは考えた。
結局、彼にとっては口説いて、相手の心を弄ぶ遊びみたいなものなのではないかと。
平民でも少し毛色が違って、自分の言う通りにならなかったレオンを手に入れてみたいと考えた。そんなところだろうという結論に至った。
それなら、アデルに貴族の結婚相手が見つかるのであれば、自分が弄ばれるくらい大したことではないとレオンは思った。
どうせ、元の生活に戻っても、人と関わるのは商売ぐらいだ。店に立ちながらいつも窓から通りを歩く人を見ていた。
仲睦まじく歩く人達を見ながら、窓を隔てた世界はこんなにも違うのかと思っていた。
世界が違うのではなかったのだ。
自分が孤独なだけだった。
そう、自分はやがてそこへ帰る身であるのだから、遊ばれて捨てられても構わないとレオンは心に決めた。
「分かりました……。アデルにはちゃんと相手を紹介してください。それだけ、約束してください」
軽くため息をついてシドヴィスを見上げたレオンは、予想外に真っ赤になって嬉しそうな顔のシドヴィスを見てしまった。
もっとお遊び程度の軽い反応だと思っていたのに、まるで本当に気持ちが通じて喜びが溢れているみたいだった。勘違いしてしまいそうな反応に、レオンも引きずられたように真っ赤になった。
「……なっ……なんでそんな……かぉ……わぁぁ!!」
シドヴィスは座っていた机からぱっと下りて、覆い被さるようにレオンを抱き締めてきた。
「了承してくれるんですか!嬉しい……レオン……」
ぎゅうぎゅうと抱き締められて、苦しさにもがいたレオンを逃がさないとばかりにシドヴィスは力をこめてきた。
わずかに離れた空間で顔を上げると、目の前にシドヴィスの顔があった。
「レオン………」
「わっ…!ちょっ…!!」
シドヴィスの形の良い唇が近づいてきたので、驚いたレオンはシドヴィスの顔ごと手で押し返してなんとか止めた。
「レオン…、お付き合いを了承してくれたのでは……」
「だっ……早すぎて、つっ…付いていけない!!ちょっと待って……!!」
拒まれて悲しそうな目をしてくるシドヴィスに困りながら、レオンは汗を流しながら戸惑っている気持ちを伝えた。
「……そもそも……、付き合うって……!何するんだよ!…あっ……何するんですか……?」
「……レオン、貴方がこんなに純粋だったとは……、まずはそこから始めないといけませんね……。すみません、気持ちが高ぶってつい理性を失うところでした」
申し訳ございませんと丁寧に謝られてしまい、レオンは少し冷たすぎたかなと心がチクリと傷んだ。
「アデルの件は速やかに相手の候補を絞りましょう。アデルにも連絡しておいてください。そしてレオン、私が一からお付き合いをお教えします。それで、よろしいですか?」
「はっ…はい。よろしくお願いします」
レオンの失敗は退学こそ免れたが、予想外の方向に進んでしまった。
男を落とさなければいけない日々は明らかに無理があったが、シドヴィスとのお付き合いが一体どうなるのか、レオンは胸の高鳴りを感じながらその意味も何もかも分からなかった。
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