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第一章 学園
⑨湯けむり
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「今日はバラの香油が入っているらしいわよ」
「嬉しいわ。バラは匂いも良いし、すべすべになるから……」
女子のグループが嬉しそうに話しながら廊下を進んでいく声が聞こえた。
「アデル…、本当にいいの?宗教上の理由は分かるけど、大浴場は最高よ。いつもお湯を借りて部屋で流すだけなんて……。なんか、私だけ申し訳ないわ……」
学園には男女それぞれに大浴場があり、貴族も平民も平等にという名のもと、誰でも使えるようになっている。
当然ながら、女子の浴場にレオンが入ったら大変なことになるので、利用することはできない。
熱心な宗教家の家の子は、他人に肌を見せるのを好まないと聞いたことがあるので、レオンはそれを利用した。ミレニアが浴場へ行っている間に、お湯をもらってきて部屋で簡単に清めるだけですませていた。
「いいのよ。気にしないで。ゆっくり入ってきて」
レオンはミレニアの気持ちを嬉しく思いながら微笑んだ。
町にも大衆浴場があり、この国の人間は、大勢で大きなお風呂に入るという文化がある。
レオンも実家の近くにある大衆浴場をよく利用した。大きなお風呂に入れないというのは、この生活の一つのストレスになっていた。
「そうしたら……、いいことを教えてあげる。この時間は混むのだけど、深夜になると入っている人はほとんどいないそうよ」
「深夜も入れるの?」
「ええ、基本的に朝の清掃時間を除けばいつでも入れるのよ。みんな夜寝るのが早いし、深夜に利用する人は滅多にいないと聞いたわ、よかったらその時間に行ってみたら?」
それを聞いたら、レオンはうずうずしてきてしまった。
もうずいぶんと長い間、広いお風呂で手足を伸ばして浸かることがなかった。
そしてあることを思いついて、自分の荷物を引っ張り出してきて準備を始めたのだった。
□□
深夜、ミレニアはすっかり夢の中で、気持ち良さそうな寝息を立てていた。
レオンは用意したセットを使って、さっと準備して部屋から出た。
やはりこの時間、歩いている者はなく、寮の廊下はひっそりと静まり返っていた。
共有部分まで来たら、人に見られたらと思って着てきた寝間着のワンピースを隠れながらさっと脱ぐと、シャツと長いパンツの格好になった。
なにかあった時にと用意してきた、男子用の普段着が役に立った。
男子寮と女子寮はくっついていて、真ん中に共有部分があり、食堂などの施設や、大浴場が並んで併設されている。
レオンは店の売り物だったカツラを借りてきた。それは、黒髪の男性用のもので、もともと貴族街から流れてきたもので質がいい。レオンの頭にも問題なく装着できた。濡れても大丈夫ということで販売していた。
それを物陰でさっと付けて、廊下の鏡を覗くと、久々に元に戻ったような自分が映っていた。
レオンはまわりをキョロキョロと見渡しながら、男性用の浴場へ入っていった。
滅多に人が来ないと行ってもゼロではないはずだ。さすがに裸は変えられないので、女子風呂に入るのはいくらなんでもまずいだろう。
それならば、レオンの姿で男子風呂に入るのが自然である。
恐る恐る中に入ったが、脱衣場に人影はなく、しんとしていた。どうやら、誰もいないらしい。
手早く服を脱いで浴場に入ると、そこには貴族が使うものらしく、贅沢な楽園のような空間が広がっていた。
「すっ……すごい……最高!」
流し場と大きな風呂が二つあり、彫刻や植物がお洒落に配置してある。
広々とした空間は大人数で入っても狭い思いはしないだろう。
久々に全身の隅々まで洗ってお風呂に入った。バラの香油の香りがほのかに漂ってきた。手足を伸ばしてお湯で全身を温めると生き返ったような気持ちになった。
「うううっ……温かい……」
今週はさんざんだった。
代表生から逃れられず、結局引き受けることになり、とにかく早くアデルの相手を見つけなければといっそう焦りだした。
週明けから本格的に動き出して、同じクラスから先輩まで、男爵子爵クラスの貴族男子に絞って話しかけて仲良くなろうとしたが、皆どこか冷たくて、全く会話という会話もできなかった。
レオンが近づいただけであからさまに逃げていくやつもいた。それが何人かさえも覚えきれないほどだった。
そもそも、ろくに友人もいなかったレオンにとって、まずはお友達からということすら難問であったのだ。
「男の友人すらできなくて……恋人なんて……本当にできるの?」
ヘコんだ気持ちをお湯の温かさが癒してくれた。必死な感じが顔に出ていたかもしれない。平民と普通に話したくないという固まった考えの者も多いだろう。自然に仲良くなれるような機会はないか、ずっとそればかり考えて過ごしていた。
「だからさぁ、アズが言うには寝言がうるさくてたまらないって。睡眠不足でおかしくなるって」
がらがらと浴場のドアが開いて人の声がした。この時間でも開放されているのだから、人が来ることは考えていた通りだ。
生徒の人数は多いし、黙っていればバレないだろうとレオンは一応お風呂の奥に移動して静かにしていることにした。
「そうですか。では睡眠が深いタイプのジョンブル辺りはいかがでしょう。彼ならどこでも寝られるタイプなのでうるさくても良さそうですね」
「あー、いいね。ジョンブルと交換するように伝えておくよ」
ばしゃばしゃと男らしく適当に体を流してから、どうやら二人組らしいがもう一つの風呂に入った音がした。
湯けむりでいまいち顔が見えないが、レオンはその声に嫌な予感がしていた。
まさか、同じタイミングでというのを信じたくなくて膝を抱えてお湯に視線を移した。
「あれ?先客?この時間に珍しいな……」
どうやら気づかれてしまったらしく、レオンはお湯に潜りたい気持ちで小さくなった。
「一年生ですか?」
「………はい」
距離はあるが声は届く。聞かれて答えないわけにいかず、とりあえず小さい声で返事をした。
「この時間は人が少ないので、一人だと気をつけてください。襲われることもありますので」
「……はい」
どうやら忠告してくれたらしい。男だから安心というわけにもいかない。色々なやつがいるのだ。
それきり興味を失ったようで、二人組は別の話をしている。レオンは安堵して二人に背中を向けるように座り直した。
あの声の感じとチラッと見たシルエットは、覚えがありすぎて恐ろしくなった。
「お前さ、アデルのこと本気なのかよ」
いきなりその名前が出てきて驚いてレオンは声を出しそうになったのを必死でこらえた。
「本気?というのは?」
「だからさぁ、相手は平民なんだし、お遊びする相手なら他にもいるだろう」
「お遊びと決めつけられるのは心外ですね……。いけませんか?彼女は素敵な人ですよ」
「最近は男なのかと思ったけど」
「ですから彼のことは誤解です」
この内容からしてもう明らかに二人は、シドヴィスとディオでしなかない。
ますます、出られる状況しゃなくなって、レオンはカツラが取れていないかを確認した。
「一目見たときからアデルのことは気に入ってしまったんですよ。特に彼女の体質は………」
バシャンと大きな音を立ててレオンが立ち上がったので、何事かと二人の話が止んでしまった。明らかに注目されているのを感じながら、レオンはこそこそと脱衣場に向けて、平静を装いながら歩きだした。
自分のことを話している話など聞いていられない。しかも、体質という言葉が出てきて何を言うつもりなのかと焦ってしまった。
とにかく早く出てしまおうと小走りになって向かうと、後ろの方で残酷にも、俺たちも出るかというディオの言葉が聞こえた。
自分が先行していて、今さらお湯に戻るわけにもいかない。
まさかの脱衣場で同じタイミングといのは、まずい事態だった。
浴場の広さに比べて脱衣場は狭かった。先に浴場から出たレオンは二人の荷物を確認して死角になる場所に隠れるように身を置いた。
ここで着替えてさっと出てしまえば、二人から見られることもなく、出口から逃げられるという絶好の場所を確保した。
「いやぁー、温まったわー」
間もなくしてディオの声がして、二人が入って来た音がした。
棚の向こうで着替えてくれるだろうと、レオンは自分の身支度を始めた。
タオルで水滴を拭っていると、熱いわー水飲もうぜというディオの声と、そうですね、というシドヴィスの声を聞いてしまった。
まさかの予想外の行動にレオンは頭が真っ白になった。
その一瞬で水飲み場の位置を探したところ、なんとレオンのすぐ横に設置されていた。
二人の足音が近づいてきて、いまだ下着すら付けていない自分にレオンは震えながら逃げ道を探したのだった。
□□□
「嬉しいわ。バラは匂いも良いし、すべすべになるから……」
女子のグループが嬉しそうに話しながら廊下を進んでいく声が聞こえた。
「アデル…、本当にいいの?宗教上の理由は分かるけど、大浴場は最高よ。いつもお湯を借りて部屋で流すだけなんて……。なんか、私だけ申し訳ないわ……」
学園には男女それぞれに大浴場があり、貴族も平民も平等にという名のもと、誰でも使えるようになっている。
当然ながら、女子の浴場にレオンが入ったら大変なことになるので、利用することはできない。
熱心な宗教家の家の子は、他人に肌を見せるのを好まないと聞いたことがあるので、レオンはそれを利用した。ミレニアが浴場へ行っている間に、お湯をもらってきて部屋で簡単に清めるだけですませていた。
「いいのよ。気にしないで。ゆっくり入ってきて」
レオンはミレニアの気持ちを嬉しく思いながら微笑んだ。
町にも大衆浴場があり、この国の人間は、大勢で大きなお風呂に入るという文化がある。
レオンも実家の近くにある大衆浴場をよく利用した。大きなお風呂に入れないというのは、この生活の一つのストレスになっていた。
「そうしたら……、いいことを教えてあげる。この時間は混むのだけど、深夜になると入っている人はほとんどいないそうよ」
「深夜も入れるの?」
「ええ、基本的に朝の清掃時間を除けばいつでも入れるのよ。みんな夜寝るのが早いし、深夜に利用する人は滅多にいないと聞いたわ、よかったらその時間に行ってみたら?」
それを聞いたら、レオンはうずうずしてきてしまった。
もうずいぶんと長い間、広いお風呂で手足を伸ばして浸かることがなかった。
そしてあることを思いついて、自分の荷物を引っ張り出してきて準備を始めたのだった。
□□
深夜、ミレニアはすっかり夢の中で、気持ち良さそうな寝息を立てていた。
レオンは用意したセットを使って、さっと準備して部屋から出た。
やはりこの時間、歩いている者はなく、寮の廊下はひっそりと静まり返っていた。
共有部分まで来たら、人に見られたらと思って着てきた寝間着のワンピースを隠れながらさっと脱ぐと、シャツと長いパンツの格好になった。
なにかあった時にと用意してきた、男子用の普段着が役に立った。
男子寮と女子寮はくっついていて、真ん中に共有部分があり、食堂などの施設や、大浴場が並んで併設されている。
レオンは店の売り物だったカツラを借りてきた。それは、黒髪の男性用のもので、もともと貴族街から流れてきたもので質がいい。レオンの頭にも問題なく装着できた。濡れても大丈夫ということで販売していた。
それを物陰でさっと付けて、廊下の鏡を覗くと、久々に元に戻ったような自分が映っていた。
レオンはまわりをキョロキョロと見渡しながら、男性用の浴場へ入っていった。
滅多に人が来ないと行ってもゼロではないはずだ。さすがに裸は変えられないので、女子風呂に入るのはいくらなんでもまずいだろう。
それならば、レオンの姿で男子風呂に入るのが自然である。
恐る恐る中に入ったが、脱衣場に人影はなく、しんとしていた。どうやら、誰もいないらしい。
手早く服を脱いで浴場に入ると、そこには貴族が使うものらしく、贅沢な楽園のような空間が広がっていた。
「すっ……すごい……最高!」
流し場と大きな風呂が二つあり、彫刻や植物がお洒落に配置してある。
広々とした空間は大人数で入っても狭い思いはしないだろう。
久々に全身の隅々まで洗ってお風呂に入った。バラの香油の香りがほのかに漂ってきた。手足を伸ばしてお湯で全身を温めると生き返ったような気持ちになった。
「うううっ……温かい……」
今週はさんざんだった。
代表生から逃れられず、結局引き受けることになり、とにかく早くアデルの相手を見つけなければといっそう焦りだした。
週明けから本格的に動き出して、同じクラスから先輩まで、男爵子爵クラスの貴族男子に絞って話しかけて仲良くなろうとしたが、皆どこか冷たくて、全く会話という会話もできなかった。
レオンが近づいただけであからさまに逃げていくやつもいた。それが何人かさえも覚えきれないほどだった。
そもそも、ろくに友人もいなかったレオンにとって、まずはお友達からということすら難問であったのだ。
「男の友人すらできなくて……恋人なんて……本当にできるの?」
ヘコんだ気持ちをお湯の温かさが癒してくれた。必死な感じが顔に出ていたかもしれない。平民と普通に話したくないという固まった考えの者も多いだろう。自然に仲良くなれるような機会はないか、ずっとそればかり考えて過ごしていた。
「だからさぁ、アズが言うには寝言がうるさくてたまらないって。睡眠不足でおかしくなるって」
がらがらと浴場のドアが開いて人の声がした。この時間でも開放されているのだから、人が来ることは考えていた通りだ。
生徒の人数は多いし、黙っていればバレないだろうとレオンは一応お風呂の奥に移動して静かにしていることにした。
「そうですか。では睡眠が深いタイプのジョンブル辺りはいかがでしょう。彼ならどこでも寝られるタイプなのでうるさくても良さそうですね」
「あー、いいね。ジョンブルと交換するように伝えておくよ」
ばしゃばしゃと男らしく適当に体を流してから、どうやら二人組らしいがもう一つの風呂に入った音がした。
湯けむりでいまいち顔が見えないが、レオンはその声に嫌な予感がしていた。
まさか、同じタイミングでというのを信じたくなくて膝を抱えてお湯に視線を移した。
「あれ?先客?この時間に珍しいな……」
どうやら気づかれてしまったらしく、レオンはお湯に潜りたい気持ちで小さくなった。
「一年生ですか?」
「………はい」
距離はあるが声は届く。聞かれて答えないわけにいかず、とりあえず小さい声で返事をした。
「この時間は人が少ないので、一人だと気をつけてください。襲われることもありますので」
「……はい」
どうやら忠告してくれたらしい。男だから安心というわけにもいかない。色々なやつがいるのだ。
それきり興味を失ったようで、二人組は別の話をしている。レオンは安堵して二人に背中を向けるように座り直した。
あの声の感じとチラッと見たシルエットは、覚えがありすぎて恐ろしくなった。
「お前さ、アデルのこと本気なのかよ」
いきなりその名前が出てきて驚いてレオンは声を出しそうになったのを必死でこらえた。
「本気?というのは?」
「だからさぁ、相手は平民なんだし、お遊びする相手なら他にもいるだろう」
「お遊びと決めつけられるのは心外ですね……。いけませんか?彼女は素敵な人ですよ」
「最近は男なのかと思ったけど」
「ですから彼のことは誤解です」
この内容からしてもう明らかに二人は、シドヴィスとディオでしなかない。
ますます、出られる状況しゃなくなって、レオンはカツラが取れていないかを確認した。
「一目見たときからアデルのことは気に入ってしまったんですよ。特に彼女の体質は………」
バシャンと大きな音を立ててレオンが立ち上がったので、何事かと二人の話が止んでしまった。明らかに注目されているのを感じながら、レオンはこそこそと脱衣場に向けて、平静を装いながら歩きだした。
自分のことを話している話など聞いていられない。しかも、体質という言葉が出てきて何を言うつもりなのかと焦ってしまった。
とにかく早く出てしまおうと小走りになって向かうと、後ろの方で残酷にも、俺たちも出るかというディオの言葉が聞こえた。
自分が先行していて、今さらお湯に戻るわけにもいかない。
まさかの脱衣場で同じタイミングといのは、まずい事態だった。
浴場の広さに比べて脱衣場は狭かった。先に浴場から出たレオンは二人の荷物を確認して死角になる場所に隠れるように身を置いた。
ここで着替えてさっと出てしまえば、二人から見られることもなく、出口から逃げられるという絶好の場所を確保した。
「いやぁー、温まったわー」
間もなくしてディオの声がして、二人が入って来た音がした。
棚の向こうで着替えてくれるだろうと、レオンは自分の身支度を始めた。
タオルで水滴を拭っていると、熱いわー水飲もうぜというディオの声と、そうですね、というシドヴィスの声を聞いてしまった。
まさかの予想外の行動にレオンは頭が真っ白になった。
その一瞬で水飲み場の位置を探したところ、なんとレオンのすぐ横に設置されていた。
二人の足音が近づいてきて、いまだ下着すら付けていない自分にレオンは震えながら逃げ道を探したのだった。
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