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第一章 学園
②検査
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「名前を」
「アデル・アーチホールドです」
頭にかざされた木の枝がポゥと明るくなって、わずかな温かさを感じた。
「これであなたの清らかさは証明されました。入学おめでとう、アデル」
「あ…ありがとうございます」
司祭様の晴天のような笑顔に、なんとか笑顔を作って返した。
心まで見透かされてしまうようで恐ろしかった。
なぜなら、自分はアデルではないからだ。
あの、父のバカげた提案は本当に実行されることになってしまったのだ。
あれから、三人で机を囲み改めて話し合うことになった。
怒って嫌がると思われたアデルは、意外にも父の話に目を輝かせた。
「上手くいけば貴族の家で金持ちの奥様になれるんだろ。最高じゃん!この間、男と別れたばっかだし、アニキ頼むわ」
どうやら、先日の夜帰宅した時、最高潮に機嫌が悪かったのは、恋人と別れた後だったらしい。今はあっけらかんとしていて、何もなかったような顔をしている。
アデルは外見は同じでも、性格は完全に父よりだった。
「はぁ……嘘だろ……。そしたら処女検査の日は俺が代わりに受けろってことですか?」
「そうだ。男でも童貞なら検査は問題ない。一応聞くが……」
「………聞かないでください」
下を向いて落ち込んでいるレオンを見て、アデルはウケるーと言いながらゲラゲラと笑った。笑い方まで下町の不良に染まってしまい、貴族の子息や令嬢のいる世界で生きていけるのか心配になってきた。
その様子を見ながら、父は何か考えているようだったが、現実から逃避するようにますますレオンは黙って下を向くしかなかった。
処女検査は町の礼拝堂で行われた。検査と言っても、枝を光らせるだけで体に触られる事はない。
幼い頃から淑女の教育を受けている令嬢達にこの検査はない。あくまで平民から学園に入学を希望している女子にだけ課せられている。
その事からしても、学園の方針が身分に関係なくとしていても、入学してからの特別生達が辿る道は厳しいと思われた。
子供とは言え、気位が高い者達の集まりだ。
貴重とされる女子でもどのような扱いを受けるのか、なんとなく想像はついた。
「あなたも今年の新入生?ここに残ってるってことは入学は決まったのね」
眉間にシワを寄せて考え込んでいたレオンは突然声をかけられて慌てて顔を上げると、目の前に背が小さくてふっくらとした可愛らしい女の子が立っていた。
背筋に嫌な汗が流れた。
今日は一応アデルの服の中から、大人しいグレーの長いワンピースを着てきた。
胸にはつめものをして、もともと切る暇がなくて適当に伸ばしていた髪を後ろで結んでまとめている。
鏡の前に立てば、確かにアデルのように見えるのだが、自分の目なので結局よく分からない。
男がいかにも女装をしているように見られてしまうかもしれない。
しかもレオンは20歳で、4歳もサバをよんでいる。明らかに雰囲気が違うとバレてしまったらと、汗が止まらなくなってきた。
「あなた、大丈夫?気分が悪そうね」
「ええ…大丈夫です」
声もできることなら出したくなかった。ちゃんと声変わりがなく他の男よりは高いと思うが、やはり女の子とは違うからだ。
「ほら、これで汗を拭いて、きっと緊張されたのね。落ち着いて検査は終わったし後は説明を聞いて帰るだけよ」
声をかけてくれた子はとても良い人だった。自分の綺麗なハンカチを惜しげもなくレオンの額に当ててくれた。
「……ありがとう。助かりました」
レオンはせめてと精一杯の笑顔でお礼を言った。
すると、女の子は顔を赤くして目を泳がせて、どういたしましてと答えた。
「私、ミレニア・ホプキンスよ。あなたは?」
「アデル、アデル・アーチホールド。同じ新入生ね。よろしく」
ここにいるということは同じ地区の子だと思われたが、礼拝堂に残ったのはアデルとミレニアだけだった。
「この地区での特別生は私達だけね。他の地区も似たようなものと聞いたわ最終的に入学できるのは10名いるかいないかと聞いたわ」
「そ…そんなに、少ないの!?……女子はやっぱり数が少ないから…」
「そうよ、町に住む者なら全員に手紙は届くけど、もともと数も少ないし……16になる前に結婚している子も多いから……」
世間の女子を取り巻く環境に疎かったレオンには驚きの話だった。
男子については、結婚する者もいるし一生独身の者もいる。数が多いので余る人間がいるのは仕方ないと変な目で見られることもない。
父に任せていたが、やはりアデルのことをもう少し考えてあげるべきだったと後悔した。
「……それにしてもアデルは綺麗ね。アデルなら貴族の方に声をかけられてもおかしくないわ」
レオンはじっと見つめてくるミレニアの視線に戸惑った。見た目や話し方がおかしくないか、あなたもしかしてと今にも言われそうでヒヤヒヤしているのだ。
「そう…なったら嬉しいけど。親も期待しているし…」
「うちもそうよ。特別生はほとんどそれ狙いよ。まともに勉強したって意味ないしね」
レオンが素直に胸の内を話すと、ミレニアも心を開いてくれたようだった。
「でもアデル、気を付けてね。学園での私達の地位なんてゼロに等しいわ。高位の貴族の中には、適当な遊び相手としてちょうどいいと思うような方もいるらしいから。暇潰しの相手になんてされたら、身も心もボロボロになって学園を去ることになるわ」
「ええ、気を付ける…」
やはり自分が思った通り、弄ばれて捨てられるような場合もあるみたいだ。
これは、アデルによく言って聞かせないと、いかにもそういうタイプに騙されそうな気がしてレオンは心配ばかりが増えていった。
入学準備や学内での生活について簡単な説明を受けた。家が近い者は通学も出来るが基本的に寮生活になる。
そのまま解散になり、ミレニアとはまたと言って別れた。同じ特別生としてアデルの心強い友人になって欲しいと願った。
とりあえずこれで自分の役目は終了したと、レオンはやっとホッとできた。
家に着いて今日のことを話そうと玄関の扉を開けると、アデルと父が怒鳴り合うような声が聞こえてきた。どうやら、喧嘩をしているらしい。
「なにがいけないんだよ!貴族の男に近づいて、体で落とせばいいだけだろ!そんなの簡単にできるって言ってんだろ!」
「バカもん!!そんなことをしたら遊ばれて捨てられるだけだ!結婚できなければ意味がないんだ。ちゃんと相手を見極めて、まず婚約までいかなければ……」
「たらたら、恋愛ごっこしてられるか!やるだけヤッて、責任取らせればいいだろ!」
そこでレオンがガタンとドアを開ける音がして、二人が血走った目でレオンの方に目を向けた。
「ちょうどいいところに帰ってきたな。検査は問題なかっただろうな」
「はい…。それは大丈夫でしたけど……二人は何を……」
「よし、では引き続きよろしく頼むぞ」
「は?」
父の言ったことが分からず、ぽかんとするレオンを見て、アデルは怒った顔を崩さなかったが、バカにしたように笑った。
「こんなボケッとしたアニキに本気で男が落とせるワケないじゃん!見た目はどうにかなっても中身は客商売のくせに薄暗い男だぜ。誰が惚れるかって」
「確かに頼りないが、少なくとも下品過ぎるお前よりは良い。すぐにキレて手でも出されたら退学だからな。上手く立ち回ることができなければ意味がないんだ。レオンにまかせておけ!」
「ちっ!マジでキモいやつとかだったらぶちギレするからな!本気でボコるから!」
レオンを睨み付けて捨て台詞を吐いたアデルは、どこかに出掛けるのか、派手な音をたてながら玄関から出ていってしまった。
「と、言うことだから頼むな。狙いは男爵か子爵くらいの男だ。それより上だとつまみ食いされる可能性が高い」
「さっ…さっきから何を……。まさか、俺がこのまま続けるんですか?絶対無理ですよ!」
「本気でアレが学園で上手くやっていけると思うのか?登校初日に同級生に悪口を言われてボコボコにして退学が目に見えているぞ」
確かに言われた通りにそんなことが起こりそうで、何も言い返せなかった。今さらそんなことを急に言い出すとは思えない。父は最初からそうするつもりだったのだろう。
「当然だと思うが、体を許したら男だとバレるからな。じらしてキスまでに留めておけ。婚約が成立したらそこでアデルと交代だ。初夜に関しては豚の血でも忍ばせておけばなんとかなるだろう」
「……俺にそんな芸当ができると思いますか?」
「できるできないの話ではない。やるんだ!家の存亡がかかっているといっても過言ではない!男なんだから、男の気持ちは分かるだろう!上手くやれ!」
もう話は終わりだということで、父は自分の部屋へ行ってしまった。
バタンという音が聞こえても、レオンは動くことができなかった。一日だけの交代のつもりだったのだ。
それがこのまま続けるのと共に、貴族相手に恋愛まで仕掛けないといけないとなって、一体どうすればいいのか。
それに、レオンは人と接することに恐怖があった。ある問題があるからだ。
誰一人相談できる者もいない、不安で破裂しそうな胸を抱えて、レオンは途方にくれるしかなかった。
□□□
「アデル・アーチホールドです」
頭にかざされた木の枝がポゥと明るくなって、わずかな温かさを感じた。
「これであなたの清らかさは証明されました。入学おめでとう、アデル」
「あ…ありがとうございます」
司祭様の晴天のような笑顔に、なんとか笑顔を作って返した。
心まで見透かされてしまうようで恐ろしかった。
なぜなら、自分はアデルではないからだ。
あの、父のバカげた提案は本当に実行されることになってしまったのだ。
あれから、三人で机を囲み改めて話し合うことになった。
怒って嫌がると思われたアデルは、意外にも父の話に目を輝かせた。
「上手くいけば貴族の家で金持ちの奥様になれるんだろ。最高じゃん!この間、男と別れたばっかだし、アニキ頼むわ」
どうやら、先日の夜帰宅した時、最高潮に機嫌が悪かったのは、恋人と別れた後だったらしい。今はあっけらかんとしていて、何もなかったような顔をしている。
アデルは外見は同じでも、性格は完全に父よりだった。
「はぁ……嘘だろ……。そしたら処女検査の日は俺が代わりに受けろってことですか?」
「そうだ。男でも童貞なら検査は問題ない。一応聞くが……」
「………聞かないでください」
下を向いて落ち込んでいるレオンを見て、アデルはウケるーと言いながらゲラゲラと笑った。笑い方まで下町の不良に染まってしまい、貴族の子息や令嬢のいる世界で生きていけるのか心配になってきた。
その様子を見ながら、父は何か考えているようだったが、現実から逃避するようにますますレオンは黙って下を向くしかなかった。
処女検査は町の礼拝堂で行われた。検査と言っても、枝を光らせるだけで体に触られる事はない。
幼い頃から淑女の教育を受けている令嬢達にこの検査はない。あくまで平民から学園に入学を希望している女子にだけ課せられている。
その事からしても、学園の方針が身分に関係なくとしていても、入学してからの特別生達が辿る道は厳しいと思われた。
子供とは言え、気位が高い者達の集まりだ。
貴重とされる女子でもどのような扱いを受けるのか、なんとなく想像はついた。
「あなたも今年の新入生?ここに残ってるってことは入学は決まったのね」
眉間にシワを寄せて考え込んでいたレオンは突然声をかけられて慌てて顔を上げると、目の前に背が小さくてふっくらとした可愛らしい女の子が立っていた。
背筋に嫌な汗が流れた。
今日は一応アデルの服の中から、大人しいグレーの長いワンピースを着てきた。
胸にはつめものをして、もともと切る暇がなくて適当に伸ばしていた髪を後ろで結んでまとめている。
鏡の前に立てば、確かにアデルのように見えるのだが、自分の目なので結局よく分からない。
男がいかにも女装をしているように見られてしまうかもしれない。
しかもレオンは20歳で、4歳もサバをよんでいる。明らかに雰囲気が違うとバレてしまったらと、汗が止まらなくなってきた。
「あなた、大丈夫?気分が悪そうね」
「ええ…大丈夫です」
声もできることなら出したくなかった。ちゃんと声変わりがなく他の男よりは高いと思うが、やはり女の子とは違うからだ。
「ほら、これで汗を拭いて、きっと緊張されたのね。落ち着いて検査は終わったし後は説明を聞いて帰るだけよ」
声をかけてくれた子はとても良い人だった。自分の綺麗なハンカチを惜しげもなくレオンの額に当ててくれた。
「……ありがとう。助かりました」
レオンはせめてと精一杯の笑顔でお礼を言った。
すると、女の子は顔を赤くして目を泳がせて、どういたしましてと答えた。
「私、ミレニア・ホプキンスよ。あなたは?」
「アデル、アデル・アーチホールド。同じ新入生ね。よろしく」
ここにいるということは同じ地区の子だと思われたが、礼拝堂に残ったのはアデルとミレニアだけだった。
「この地区での特別生は私達だけね。他の地区も似たようなものと聞いたわ最終的に入学できるのは10名いるかいないかと聞いたわ」
「そ…そんなに、少ないの!?……女子はやっぱり数が少ないから…」
「そうよ、町に住む者なら全員に手紙は届くけど、もともと数も少ないし……16になる前に結婚している子も多いから……」
世間の女子を取り巻く環境に疎かったレオンには驚きの話だった。
男子については、結婚する者もいるし一生独身の者もいる。数が多いので余る人間がいるのは仕方ないと変な目で見られることもない。
父に任せていたが、やはりアデルのことをもう少し考えてあげるべきだったと後悔した。
「……それにしてもアデルは綺麗ね。アデルなら貴族の方に声をかけられてもおかしくないわ」
レオンはじっと見つめてくるミレニアの視線に戸惑った。見た目や話し方がおかしくないか、あなたもしかしてと今にも言われそうでヒヤヒヤしているのだ。
「そう…なったら嬉しいけど。親も期待しているし…」
「うちもそうよ。特別生はほとんどそれ狙いよ。まともに勉強したって意味ないしね」
レオンが素直に胸の内を話すと、ミレニアも心を開いてくれたようだった。
「でもアデル、気を付けてね。学園での私達の地位なんてゼロに等しいわ。高位の貴族の中には、適当な遊び相手としてちょうどいいと思うような方もいるらしいから。暇潰しの相手になんてされたら、身も心もボロボロになって学園を去ることになるわ」
「ええ、気を付ける…」
やはり自分が思った通り、弄ばれて捨てられるような場合もあるみたいだ。
これは、アデルによく言って聞かせないと、いかにもそういうタイプに騙されそうな気がしてレオンは心配ばかりが増えていった。
入学準備や学内での生活について簡単な説明を受けた。家が近い者は通学も出来るが基本的に寮生活になる。
そのまま解散になり、ミレニアとはまたと言って別れた。同じ特別生としてアデルの心強い友人になって欲しいと願った。
とりあえずこれで自分の役目は終了したと、レオンはやっとホッとできた。
家に着いて今日のことを話そうと玄関の扉を開けると、アデルと父が怒鳴り合うような声が聞こえてきた。どうやら、喧嘩をしているらしい。
「なにがいけないんだよ!貴族の男に近づいて、体で落とせばいいだけだろ!そんなの簡単にできるって言ってんだろ!」
「バカもん!!そんなことをしたら遊ばれて捨てられるだけだ!結婚できなければ意味がないんだ。ちゃんと相手を見極めて、まず婚約までいかなければ……」
「たらたら、恋愛ごっこしてられるか!やるだけヤッて、責任取らせればいいだろ!」
そこでレオンがガタンとドアを開ける音がして、二人が血走った目でレオンの方に目を向けた。
「ちょうどいいところに帰ってきたな。検査は問題なかっただろうな」
「はい…。それは大丈夫でしたけど……二人は何を……」
「よし、では引き続きよろしく頼むぞ」
「は?」
父の言ったことが分からず、ぽかんとするレオンを見て、アデルは怒った顔を崩さなかったが、バカにしたように笑った。
「こんなボケッとしたアニキに本気で男が落とせるワケないじゃん!見た目はどうにかなっても中身は客商売のくせに薄暗い男だぜ。誰が惚れるかって」
「確かに頼りないが、少なくとも下品過ぎるお前よりは良い。すぐにキレて手でも出されたら退学だからな。上手く立ち回ることができなければ意味がないんだ。レオンにまかせておけ!」
「ちっ!マジでキモいやつとかだったらぶちギレするからな!本気でボコるから!」
レオンを睨み付けて捨て台詞を吐いたアデルは、どこかに出掛けるのか、派手な音をたてながら玄関から出ていってしまった。
「と、言うことだから頼むな。狙いは男爵か子爵くらいの男だ。それより上だとつまみ食いされる可能性が高い」
「さっ…さっきから何を……。まさか、俺がこのまま続けるんですか?絶対無理ですよ!」
「本気でアレが学園で上手くやっていけると思うのか?登校初日に同級生に悪口を言われてボコボコにして退学が目に見えているぞ」
確かに言われた通りにそんなことが起こりそうで、何も言い返せなかった。今さらそんなことを急に言い出すとは思えない。父は最初からそうするつもりだったのだろう。
「当然だと思うが、体を許したら男だとバレるからな。じらしてキスまでに留めておけ。婚約が成立したらそこでアデルと交代だ。初夜に関しては豚の血でも忍ばせておけばなんとかなるだろう」
「……俺にそんな芸当ができると思いますか?」
「できるできないの話ではない。やるんだ!家の存亡がかかっているといっても過言ではない!男なんだから、男の気持ちは分かるだろう!上手くやれ!」
もう話は終わりだということで、父は自分の部屋へ行ってしまった。
バタンという音が聞こえても、レオンは動くことができなかった。一日だけの交代のつもりだったのだ。
それがこのまま続けるのと共に、貴族相手に恋愛まで仕掛けないといけないとなって、一体どうすればいいのか。
それに、レオンは人と接することに恐怖があった。ある問題があるからだ。
誰一人相談できる者もいない、不安で破裂しそうな胸を抱えて、レオンは途方にくれるしかなかった。
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