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番外編■エヴァン編&キーラン編

エヴァン×キース③

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 イベント当日はよく晴れた青空だった。校庭には豪華な特設会場が作られていて、さすがゲーム最初のイベントはかなり派手な演出だとキースは感心してしまった。

「キース、こっちだよ」

 会場に到着すると、すぐにエヴァンが見つけて声をかけてきてくれた。

「凄い人だね。家族も招待していいんだったよね。エヴァンのところは誰か来てるの?」

「うちは弟が来てる。後で紹介するよ」

 イベントの参加者は待機場所に行かなくてはいけないのだが、ここでエヴァンはそれじゃと言って手を出してきた。

「え…手…つなぐの?」

「そうだよ。もう審査は始まってるんだ。俺さ負けず嫌いだから、やるからには優勝したいんだよね」

 キースもゲームと聞けば、元ゲーマーとしての血が騒ぐのは確かで、やるなら勝ちたいなとは思っていた。
 しかし、早速第一の難関にすでに心臓が壊れそうになっていた。
 恐る恐る手を差し出すと、それをぎゅっとエヴァンに掴まれたので、キースは変な声を出しそうになってしまった。

「最初はクイズだってさ。そんなに難しくないみたいだけど、協力してやろうね」

「う…うん。よろしく」

 エヴァンが話しかけてくるのだが、キースは手汗が気になって仕方がない。以前も手を繋いだ時はあったが、わずかな時間だった。ゲーム前の緊張している状態で汗が出てきたので、嫌がられたらどうしようと考えて頭がいっぱいになっていた。

 待機場所も人が多く混雑していた。前から歩いてきた人がよそ見をしていて、キースが気づいた時はぶつかりそうなったが、エヴァンは話しながらさりげなく自分の方に引き寄せて接触を回避してくれた。
 エヴァンは何もなかったかのように別の話を続けていた。
 優しくて気遣いができる人。キースの中でエヴァンへの想いはどんどん膨らんでいく。
 きっと誰にでもこんな風に気を遣えて、今まで何人もエヴァンの優しさに触れて、胸を熱くしてきたに違いない。
 その中の誰かの想いに応えたのかは分からない。
 キースは繋いだ手から自分の想いが伝わってしまいそうで胸が痛くなった。
 エヴァンが何を考えているかはさっぱり分からないのに、自分の気持ちだけは痛いほど分かってしまった。

 この手を離したくない。
 エヴァンの優しさに触れる事ができるのは自分だけでありたい。

 エヴァンのことが、好きだから。

 エヴァンにとって自分は友人だ。こんな想いを抱いていることを知られたら……。
 キースはあの明るくて優しいエヴァンの顔が、嫌悪の表情に変わるところを想像して小さく震えた。

「キース?聞いてる?」

「…っっ!!あっごめ…」

 一回目の戦いはカップルクイズだった。好きな食べ物や趣味なんかを片方が書いて片方が当てるというやつで、事前に打ち合わせていたので、間違えることなく正解して次に進む事ができた。
 クイズは運良く簡単な問題に当たったが、ここで参加者は半分に絞られたらしい。
 意識し始めたらキースはエヴァンの顔ばかり見てしまって、全然集中できなかった。

「大丈夫?体調悪いの?熱あるかな…」

 自然に伸ばされた手がふわりとキースのおでこに触れた。どうやら熱を測ってくれたらしいが、キースは心臓が止まりそうになった。

「あっ…あのあ…ああ…」

「次は早食いだって、本当に大丈夫?」

 こんな足手まといでは先が思いやられる。キースはちゃんと集中しようと深呼吸した。
 クイズは待機場所で簡単に行われたが、次は特設の舞台上で人前で行われる。
 緊張するが早く食べるのは得意な方だのなので、なんとかなるだろうとキースは考えていた。



 特設の会場には満員の客が集まっていて、キャーキャーと声が聞こえて盛り上がっていた。
 舞台裏からだと何が行われているのか分からないが、二組のカップルが出て早食いを競うと聞いていた。

「エヴァン、さっきはボケっとしていてごめんね。次は頑張るよ!俺がガンガン食べるから、エヴァンは少なめでも大丈夫だから!」

 色恋の感情は無理矢理押し込んで、キースは気合を入れた。それを見たエヴァンは頼もしいねと言って笑った。
 しかし、舞台に呼ばれたキースは、そのガンガン宣言をすぐに後悔することになる。

「では、参加者の人は食べ始めてください。どうぞ~」

 気の抜けたゆるい開始の合図に、キースは震え上がっていた。自分の目の前には焼き菓子だと紹介された、どう見ても長細いポッ◯ーが置いてある。それを立ったまま食べないといけないのだ。
 しかもそのスタイルはカップル食い。
 つまり、ペアが端と端から食べ始めて折らずに最後まで食べ切ることがルールだと言われた。
 折れたらその時点で失格、相手ペアの勝利となる。
 食べ終わる辺りを想像してキースは真っ赤になって鼻血が出そうになった。

 対戦相手のカップルは男女ペアで、令嬢の方は口を大きく開けられないのか、困ったように鳥がつつくように食べていた。
 男の方はキースが宣言したようにガツガツ食べている。
 エヴァンはというと、キースが少なめでいいと言ったからか少しずつ食べていた。
 自分がガツガツ宣言したくせに、ビビって動けないなんて恥ずかしすぎる。
 こんなゲームなんて聞いていないと思いながらキースも仕方なく食べ始めた。

 観客はきっと最後にラブラブなキスを期待しているのだろう。キャーキャーと歓声が大きくなってきた。
 横で相手の男がむせながらも必死で食べている姿を見て、このままでは負けてしまうとキースはもう余計なことは考えずに大口を開けてかぶりついた。

 一メートルほどだったものが、だんだんと小さくなっていき、あと少しでエヴァンの唇に触れてしまいそうな距離まで来てしまった。
 そのことを意識すると、ラストにきてキースは、エヴァンの方が見れなくて恥ずかしくなり口が止まってしまった。

 これではもう終わりだと思ったその時、ぎゃーっと観客が騒いだ。
 相手のペアの勝利かと思ったが、キースが視線を送ると、向こうのペアは真ん中でポッキリと◯ッキーが折れてしまっていた。

 勝者エヴァン・キースペアと言われてここで勝ちが確定した。
 こうなったらもう食べなくていいので、口を離そうとしたキースだったが、その時、最後のかけらにがぶっとエヴァンが食いついてきた。

「んっ…んぐんんっ!!」

 エヴァンは少しずつ食べていたのに、最後だけ急に積極的に食いついてきて、がぶがぶと噛んだ勢いでそのままキースの唇までかぶりついてしまった。

 キースは頭が真っ白になって倒れてしまいそうになったが、なんとか足に力を入れてふんばった。きっと勢い余ってしまったのだろう、ごめん!と言いながら離れるエヴァンを想像していたのに、エヴァンはいつまで経っても離れなかった。
 しかも、パクパクと唇を動かして角度を変えながらどんどん口付けが深くなっていった。そしてなんと、まだほとんど咀嚼できずにキースの口に残っていたポ◯キーをエヴァンは舌で奪っていった。
 やっと唇が離れてキースが正気に戻った時には会場の歓声が遠くで聞こえて、モグモグと口を動かしているエヴァンの顔が間近にあった。

「え…え…ええエヴァン、その口に入っているのは……」

「美味しいかったね、キース」

 ふわりと微笑んだエヴァンが、パチリとウィンクしたきたので、キースは気が遠くなってまたフラリとした。

 大したことないと聞いていたのに、こんなに心臓の壊れるようなものだとは思っていなかった。
 その後も、二人羽織で書初めや、早飲みツインストローなど誰が考えたのかというゲームが続き、キースは寿命が縮んでいくのを感じながらひたすら無の心に徹するようにして耐えていた。

 そして、無我夢中で挑んでいたらいつのまにか決勝まで来てしまった。
 そして最後のゲームは……。

「ずっと好きでした!愛の告白ゲーム!」

 最後のゲームはこの毎年イベントの恒例らしく、異常な盛り上がりを見せていた。
 名前だけ聞いても何をするか分からず、ぽかんとしているとエヴァンとは反対側の舞台に連れて行かれた。

「これはゲームというか告白大会ですね。ラブラブカップルのお二人に出てきてもらい、愛の告白をしてもらいます。どちらがより観客の心を掴めたか、拍手の数で勝者を決めたいと思います。好きという告白でもいいですし、この際言いたかったことをぶちまけて喧嘩して仲直りでも結構!とにかくラブラブっぷりを見せてください!」

 司会の男子生徒の声が揺れながらキースの頭の中で響いていた。自分のためにわざわざこんなゲームに参加してくれたエヴァン。仲の良い友人同士だからこそ、ふざけたゲームに付き合ってくれたのだろう。
 しかし、この先は違う。
 愛の告白と名付けられたこれは、ただのゲームではない。少なくともキースはふざけた気持ちで勝つために演技など出来なかった。
 怯えた目で反対側の舞台袖にいるエヴァンを見ると、大丈夫だよと口元が動いていた。
 きっとエヴァンは演技で好きだと言ってくれるつもりなのだろう。でも、その言葉はキースにとってはもう違う重さになっている。
 ハイと頷いて観客の拍手を勝ち取った後、大変だったけど楽しかったねなんて、友人同士として笑い合うことはできない。
 胸に刺さった好きの言葉を、そのままにして生きていくなんてできなかった。

 演技で好きなんて、言われたくない…。

 まず始めに、エヴァン・キースペア、告白者はエヴァンですと呼ばれて、二人は両側から舞台に出てきた。
 告白する者がハートの付いた棒を持ってきて、告白後それを相手に渡すことになっている。
 エヴァンは当然のようにハートの棒を持っていた。きっと、この場を上手くやり過ごしてくれるはずだ。

 エヴァンに嘘の告白なんて言われたくない。
 それならいっそ…もう…。

「キース、俺は……」

「まっ…待って!!」

 エヴァンの言葉に被せるように、思いのほか大きな声が出てしまった。
 突然の告白の中断に観客たちはざわざわと騒ぎした。喧嘩なの?と言う声まで聞こえたきた。
 キースは全身震えながら汗が吹き出していくのを感じていた。顔は赤くなり荒い息で肩が揺れていたがもうやるしかないとエヴァンが持っていたハートの棒を奪い取った。

「い…言わないで…エヴァン」

「……!?」

 驚いてぽかんとした顔をしていたエヴァンは、キースの様子を見てもっと目を開いて驚いた顔になった。
 キースが真っ赤な顔でぼろぼろと大粒の涙をこぼしていたからだ。

「ご…ごめ…。ここまで出てもらって、最後にこんな事して…本当にごめん。だけど…、お…俺、ほん…本当に、エヴァンのこと…すす…好きなんだ。だから、ゲームのためにエヴァンが嘘の告白をするなんて耐えられない…。冗談でも…好きなんて言われたら俺…それが…嘘でも…嬉しくて嬉しくて…悲しくて…おかしくなちゃ……」

「ひどいなぁキース。俺は嘘の告白なんてしないよ」

「…え?」

「一目惚れっていうのかな。初めてキースが声をかけてきてくれた時、あぁ、この人のこと、幸せにしたいって思ったんだ。今みたいに泣いていなかったけど、同じように真っ赤で目を潤ませて…でもすごく真剣な目をしていて、それを見たら心を奪われたんだ。だから、勝手に友達なんて言って繋がりを持とうとしたら、キースはびっくりするくらい可愛く返してくれて…もうだめだと思ったんだ」

「……へっ……う……嘘」

「嘘じゃないよ。キーランにも散々バカだって揶揄われるくらい、キースに夢中で、どうにかして手に入れたくて、このゲームだってチャンスだと思って参加したんだ。絶対決勝まで残って、ここで告白するって」

 エヴァンの顔に冗談や演技のようなものは見受けられない。いつも穏やかな陽だまりのような人が、真剣で痺れるくらい強い瞳をしていた。

「ねぇキース、さっきの言葉、もう一度言って。俺だって嘘みたいで信じられないんだ」

「えっ!だっ…だって…」

 今までの勢いが萎んで、急に恥ずかしくなって小さくなったキースを、クスリと笑ったエヴァンがぎゅっと包み込むように抱きしめてきた。

「言ってくれないの?俺は何度だって言えるよ。好きだよキース、愛してる」

 耳元で甘く囁いてきたエヴァンにキースはビクリと体を大きく揺らして、このまま溶けそうなくらい熱くなっていた。

「…え…エヴァン…、俺も…好き」

 恥ずかしくて死にそうになって顔を手で押さえながらだったがキースが何とかそう返すと、会場は歓声と割れんばかりの拍手に包まれた。

「キース、俺と結婚して欲しい」

 告白の続きですがというように、笑顔のエヴァンから出たとんでもない言葉に誰もが一瞬時間が止まった。会場がシーンとなったところで司会が、おおっとプロポーズでました!!と叫んだので、もっと激しい歓声と拍手でみんな総立ちになっていた。

「キース、返事は?」

「え!?あっ…ええ?…う……ん?」

 愛の告白から諸々すっ飛ばして突然の展開に唸るような言葉しか出なかったが、それを皆了承したと捉えて、わぁぁぁっという声と、音楽まで鳴り出して、皆お祝いだと踊り出してしまった。

 次の対戦相手のはずだったカップルが近づいてきて、おめでとうと言って両手を上げながら舞台から降りて行ってしまった。
 どうやら、エヴァンとキースの優勝が決まったらしい。

 イベントは大盛況のまま会場はそのままダンスパーティーに突入して、飲めや歌えや踊れやの大騒ぎになった。
 舞台に集まってきたクラスメイト達に揉みくちゃにされながら、キースは何が起きたのか頭が付いてこなくて、呆然とされるがままになっていたのだった。




 優勝カップルには、街で一番見晴らしの良いホテルグランディオンスペシャルスウィートルーム一日宿泊券プレゼント!行ってらっしゃーい!

 拍手と歓声に送り出されながら、キースはエヴァンとともに馬車に押し込まれた。これが毎年恒例の優勝カップルに与えられた賞品らしい。
 こんなに全員に見られながら見送られるなんて恥ずかしすぎて、キースはずっと下を向いていた。

「兄貴、一応確認しておくが、今日は帰らないんだな」

 どこからか野太い声がしてキースはぱっと顔を上げた。

「ああ、そう言っておいてくれ。近々婚約者を連れて帰るからって」

「分かった」

 馬車の窓からだと体の半分くらいしか見えないのでキースが窓から顔を出すと、とんでもなく大きくてムキムキの逞しい男が立っていた。
 髪はエヴァンと同じふわふわの薄茶色で空色の瞳。違うのはよく日に焼けた黒い肌と、獰猛な獣のような鋭い目つきで強面であることと、戦闘民族を思わせる大きな体だった。

「キース。弟のファミルンだ」

「ああ、弟か……って!ええええ!?」

 信じられないと言葉をなくしてパクパクとするキースをチラリと見て、軽く会釈をしたファミルンはさっと馬車から離れて行ってしまった。

「ファミルンは父似なんだ。俺は母似」

「ま…前に、俺に似てるって…」

「ああ、ファミルンも騎士になりたいって小さい頃から言ってたんだよ。志が同じってところが似てるよね」

 軽くウィンクしたエヴァンに、なんとなくごまかされているような気しかしなかったが、色んなことがありすぎた一日で、キースの思考力は残っていなかった。



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