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番外編■エヴァン編&キーラン編

エヴァン×キース②

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 自分の気のせいかもしれない。

 でも、気のせいだと思う度に、そうとも言い切れない可能性を感じて、慌てて否定する言葉ばかりが頭を駆け巡るけど、結局は一人悶々と悩むだけで答えは出て来なかった。

 その悩みというのは……。

「キース、ここ付いてるよ」

 自然と伸びてきた手が視界に入ってきて、自分の頬に僅かな感触を残して離れていった。
 まるで自分のことだという実感がなくて、ぼんやりと顔を上げたキースは何が起こったのか理解したら動揺して真っ赤になった。

「え…エヴァン…なっ…うそ…」

 エヴァンはどうやらキースの頬に付いていたらしいパン屑を手で取って、それを自分の口の中にパクりと入れて食べてしまった。
 由緒正しき公爵家のご令息がそんなことをするとは思わなかったので、驚きで大きな声を上げてしまいそうだった。

「ああ、驚かせてごめんね。俺さ、弟と妹がいるから……つい手が出ちゃうんだ」

「…なっ…なんだ。そうか……それなら別にいいよ」

 驚いたが、兄弟と同じ感覚で接してくれたというのはキースにとって嬉しい事だった
 と同時に、また近い距離に自分だけ振り回されていると感じて胸がざわざわと騒いだ。

 レナールの突撃の日から、エヴァンの態度が変わった。
 明らかに何か違うわけではない。いつも通りの日常と、仲の良い友人関係は変わらない。
 ただ、ほんの少しだけ距離が近いと感じるのだ。
 もしかしたら今までもそういう事があったのかもしれない。しかし、一度意識してからというもの、そればかり気になってしまいキースは一人心の中で右往左往してしまう状態なのだ。

「……エヴァンの弟は二つ下だったよね。俺に似てるの?」

 エヴァンが世話を焼いてくれるのは弟と重ねているのかもしれないと思うとキースはついそう聞いてみたくなった。
 エヴァンの笑顔は一瞬消えて考え込むように首を傾けたが、すぐにまたにっこりと明るい笑顔になった。

「そうだね。似ているかな」

 横の席で牛乳を飲んでいたキーランが急にむせてブホッと牛乳を吐き出した。

「ちょっとキーラン、大丈夫!?」

 飲んでいて変なところにでも入ってしまったのか。キースはハンカチを出して拭いてあげた。嫌がるかと思ったが、背中をさすってあげたら、キーランは素直にすまないと言って受け入れてくれた。

「洗ってきた方がいいんじゃない?ズボンまで汚れているし…一緒に…」

「いや、いい!」

 キーランはビクッとして、何か怯えたように立ち上がって洗い場の方へ歩いて行ってしまった。
 ちょっとしつこかったかなとキースはほろ苦い気持ちになってキーランが出ていった方向を見つめた。

「キース、気にしないで。キーランはキースの好意が嫌だったわけじゃないよ」

「エヴァン…」

「それより俺も何か喉につかえているみたいなんだ……」

「え?大丈夫?」

 今日の給食は飲み込みやすいスープだったと思うが、キーランもエヴァンも咀嚼が足りないのではないかと心配になってきた。
 エヴァンは普通に話していたのだが、軽く咳をしながら苦しそうにし始めたので、キースは慌ててキーランにしたみたいに背中をさすってあげた。

「キース、ありがとう。助かったよ。野菜を丸飲みしちゃったんだ」

「やっぱり子供みたいだな。しっかり噛まないとだめだよ」

 エヴァンが可愛らしく思えて、キースは薄茶の髪に手を伸ばしてわしゃわしゃと撫でた。前世の頃、隣の家の飼い犬だったアルを思い出した。柔らかくて最高のふわふわ具合にうっとりしてしまった。
 そういえばアルはエヴァンにどことなく似ている気がして、ぐっと親近感が湧いてきた。

「ああ、いいなそれ」

 つい撫で過ぎてしまって髪が乱れてしまったので、キースはまずいと焦ったが、エヴァンは嬉しそうに笑っていた。

「キースに撫でられると胸が温かくなって嬉しい。もっと撫でてくれる?」

「え…うっ…うん」

 本人の了承を得たので、キースは遠慮なく柔らかい手触りを楽しみながら、エヴァン頭を撫でた。

 そんな二人のなんとも言えない空気は周りのクラスメイトからは大注目だったが、撫でることに夢中になっていたキースは視線に気づくことはなかった。



 しばらくすると校内は歓迎パーティーイベントの話で持ちきりになった。
 イベントで行われるゲームはペアでの参加が条件だが、ゲームに参加せずにパーティーのみの参加はもちろん誰でもできる。
 ゲームは勝ち抜くと賞品が貰えるらしい。
 学校内ではこの時期特有の現象が起きていた。それはイベント開催の勢いに乗って、好きな相手に告白してペアに誘うというもだった。
 キースはというと、自分には関係なさそうなのでパーティーだけ参加しようと思っていたが、予想もしなかった流れに振り回されることになってしまった。



「あ…いや…その……」

「だめですか?いきなりお付き合いは無理でも、私とペアになっていただけませんか?」

 体育館裏の壁際に追い詰められて、逃げ場を無くしたキースは、緊張と混乱で足から力が抜けていきそうでなんとか踏ん張っていた。

「……ご…ごめん。俺はその…」

「やっぱり!あの噂は本当だったのですね!あぁショックです」

 サラサラの長い髪を揺らして、目にハンカチを当てながら令嬢は走って行ってしまった。
 解放されてホッとする気持ちと、泣かせてしまった罪悪感でキースの頭はぐちゃぐちゃになっていた。

 これでもう6人目だ。
 女子が少ないとされるこの学校で、キースは立て続けに呼び出され、令嬢から告白されペアに誘われるという状態に困り果てていた。

 学校に来る前にレナールから、原作の話を聞いていた。原作のキースは女性にモテて度々問題を起こしてそのことで揉めて殺されるという人物だった。
 転生に気付いてからは、引きこもり状態で女性と関わることもなくここまで生きてきた。だが、もともと惹きつけるものが備わっていたのか知らないが、ペア選びの時期になってからキースは令嬢達から話しかけられるようになり、今は毎日争奪戦のように追いかけられている。
 それにある噂もあって、それが気になってどうも落ち着かないのだ。

 すっかり気疲れしてぐったりしながら教室へ帰る途中、廊下の向こうからエヴァンが歩いてきてキースと声をかけてきた。

「次、移動教室なのに、どうしたの?ほら、教科書とノート持ってきてあげたよ」

「ありがとう…、あの…ちょっと……」

 キースが気まずそうにもごもごしていると、察したのかエヴァンは、ああ大変だったねと言って頭をぽんと撫でてきた。

「これで何回目?令嬢とペアになる気はないの?」

「い…いや、それは…。よく知らない子は苦手だし…。もともとパーティーだけ参加するつもりだったから…」

「そうかー、毎回断るのも大変だよね」

 顎に手を当てて首を傾げて考えるような仕草をとったエヴァンは、何か思いついたようにそうだと言って手をポンと叩いた。

「俺とペアにならない?それなら、もう声をかけられたり、断って気まずい思いをしなくてすむよ」

「ええ!?…でっ…でも…そんなの悪いよ」

「いいよ。俺もパーティーだけの参加組だったし、イベントって言っても大したことしないから気軽に参加してみない?」

 イベントの内容がいまいち分からなかったが、エヴァンが言うなら友人同士のペアでも気軽に参加できるものなのだろう。しかし、キースには引っかかっていることがあった。

「……でもさ、あの噂。エヴァンに迷惑かけちゃうから……」

 それは数日前から聞こえてきたもので、キースがエヴァンの事が好きであるとか、二人はすでに恋仲であるとか、皆んな面白がって広まっているようだった。

「ああ、俺は気にしないよ」

 エヴァンはいつもの明るい笑顔とは少し違う表情で、目を細めて口の端を上げて微笑んでいた。
 急に大人びたような顔に、キースの心臓はドキンと掴まれたように跳ねた。

「ね、だから。俺とペアになろう」

 エヴァンは手を伸ばしてきて、その微笑のまま、キースの頬に指を滑らせるようにして触れた。
 まるでどこか知らない世界に連れていかれるような妖しげな誘いに思えた。
 爽やかな空みたいに思っていたエヴァンの瞳は、今は覗き込むとクラクラとしそうな熱を放っている。
 波打つ心臓と熱に溶けてしまいそうな心。
 キースは自分の変化に戸惑いながら、エヴァンを見つめて頷いた。




 自宅に戻ってからレナールの部屋を訪ねて、ラブラブイベントにエヴァンと出場すると伝えると、レナールは飲んでいたお茶をブッと噴き出してゲホゲホとむせた。

「うげっ…本気で言ってんの?」

「令嬢達と揉めないようにエヴァンが気を利かせてくれたんだよ。大したことはしないって言ってたからそこまで迷惑はかけないと思うし」

 レナールに変な意味はないと訴えたが、レナールはますます渋い顔になった。

「大した事はしないって……。アイツますます本領発揮してきたわね」

「なに?何が言いたいんだよ…」

「さぁね、知ーらない。だいたい向こうの親切とか言ってるけど、キースは気になってるんでしょう。顔に書いてあるわよ」

 レナールの鋭い意見にキースはビクッと身を震わせて、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。

「この前、私が突撃した時だって、泣きそうな顔してたくせに、アンタって本当わかりやすい」

「うっ…嘘!!俺…そんな顔を……!!」

「…………」

 ほら分かりやすいとニヤニヤしたレナールにツッコまれて、キースは赤い顔をもっと赤くして椅子に崩れ落ちた。

 初めは明るくて優しい性格に憧れていた。あんな風になりたいと思う度に、もっと仲良くなりたいと思い、それがいつからかもっと近付きたい、触れてみたいと思うようになっていた。
 恋愛に疎いキースでもそれが友達の域を超えている事は気づいていた。しかし、自分のような人間に好かれるなんて、きっと迷惑になるだろうと気持ちをないものとして抑え込んでいたのだ。

「どうしよう…俺変な態度だったかな…」

「バカねー、令嬢達に告白されまくるくらいなんだから自信持ちなさいよ。自分が振り回してやるくらい気持ちでいきなさい」

 レナールのアドバイスは高等過ぎて自分にはできそうもなかったが、励ましてくれる気持ちは嬉しかったので、キースは素直にありがとうと言った。

 自分の気持ちを思うように整理できずにモヤモヤとした熱を抱えたまま、新入生歓迎イベントの日を迎えたのだった。





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