愛とか恋とかのゲームは苦手です

朝顔

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番外編■エヴァン編&キーラン編

エヴァン×キース①

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 前世で瑠也だった時、一人の時間はいつもゲームをやっていた。
 ロープレやシューティングがメインだったが、人並みに女の子にも興味があったので、アイドル育成なんかにも手を出した。
 が、瑠也はその手の才能は皆無だった。育成度が上がればプロデューサーであるプレイヤーとの恋愛要素が出てくる設定だった。しかし、推しの彼女はさんざん課金させた後、若手俳優と熱愛が発覚という悲しすぎるラストを迎え、もう絶対こんなゲームには手を出さないと心に誓ったのは忘れられない思い出である。

 王立学校は共学なので、女子も少数だが在籍している。友人ができたばかりで恋愛なんて自分には遠い話だなと、キースはぼんやり考えながら黒板を見ていた。

 教室の黒板にはデカデカと、新入生歓迎のカップルイベント!ラブラブ祭開催と告知の案内が書かれていた。
 誰がこの案内を書いたのか、ハートがいっぱい描かれていて、貴族の学校ではどうも場違いな気がしてならない。

 レナールから聞いていた通り、この世界の人間達は恋愛に対して性別をあまり気にしない。女性より男の数の方が多いので、妻を何人も持つ男もいるし、男同士で結婚する者もいる。そういった方面のことはかなり自由で寛容というか、恋愛初心者のキースにはどう解釈していいか分からない世界だ。

 ラブラブ祭りと称されたこのイベントはゲーム序盤に主人公レナールが、攻略対象を絞るためのもので、ここで相手を選べばほぼルートが確定するそうだ。
 自分には関係ないからと思いながら、キースは初めてできた隣に座る友人の二人を見つめた。
 レナールからエヴァンとキーランはゲームの攻略対象者だと聞かされて、なるほどと納得してしまった。
 二人とも明らかに周りとは違うオーラを放っていて存在感がある。キースも最初は一人期間が長くてビクビクしていたが、毎日一緒に過ごすようになって一月が経ち、今ではすっかり仲良くなって、冗談を言いあえるような関係になった。

 なんとなく気になるのは、エヴァンのことだ。
 エヴァンはレナールを好きになるはずなので、このイベントではどうするのか気になってしまった。
 レナールの推しのルーファスは、ゲームとは違い多忙らしく外国を飛び回っていて、学校に来る気配もない。
 そんなわけでレナールは今フリーなので、誰を選ぶのか、キースはそんな事ばかり考えていた。

「どうしたの?考えごと?ぼんやりしちゃって」

 ボケっとしていて突然視界にエヴァンの顔が入ってきたので、キースはビクッと体を揺らして驚いた。
 前の席との間に座り込んだエヴァンがキースを見上げて微笑んでいた。

「な…なんか、騒がしいなと思って…何かなと……」

「ああ、新歓のイベントだよ。好きな相手とペアになってゲームとかやって一緒に過ごすから、今から相手を見つけておけってやつ。みんな誰とペアになるかで盛り上がってるよね」

「へぇ…そういうのなんだ…」

 キースはそう口にしたものの全然イメージが湧かなくてよけいに頭が空っぽになってしまった。
 エヴァンは誰とペアになるのだろうかと、思い浮かんできたが、それを聞くのがなぜかちょっと怖かった。初めての友達だからかもしれない。
 エヴァンはペアの事などすっと忘れたように、別の話をしてきて流れは違う方向に行ってしまった。



「基礎体力が大事だよ。いざという時に体が動かなかったら意味がないからね」

「うんうん、それで…体力がつけば筋肉も付くんだよね」

「うーーーん、それはーどうかなぁー」

 いつもの温和な表情だが、眉を寄せて困った顔になったエヴァンは苦しそうな声を上げた。
 我慢できなくなったのか、横で本を読んでいたキーランが何を悩んでるんだと口を出してきた。

「エヴァンに相談に乗ってもらっているんだ。俺、王国の騎士団に入りたくてさ。学校を卒業すれば入団資格は得られるだろう」

 何事にも動じないタイプに見えるキーランが珍しく顔を引き攣らせて、不味いものを食べたみたいな顔になった。

「得られるったって…キース、その体で本気で騎士を目指すつもりか?王国の騎士団なんてバケモンみたいにデカいやつらしかいないぞ」

「そ……それは、今から体を鍛えぬいてムキムキに……」

「無理だろうな。骨格から違うぞ。鍛えても大して肉はつかないだろうな」

 キーランにバッサリと斬られてしまい、薄々自分でも分かっていたがキースはショックでがくりと項垂れた。

「キーラン!そこまで言い切ることないだろう。キースがやりたいなら可能性がないわけじゃない」

「なんだよ。剣もろくに握れなさそうだが本気で使えると思ってるのか?」

「キースは騎士というより、進むべき道を探しているんだよ。聞けば家が借金があったりでかなり大変だったみたいだし、収入が高くて安定した仕事を求めているんだよね」

 キースは拙い説明だったが、自分の事情を話してエヴァンに相談に乗ってもらっていた。
 優しいエヴァンは状況を判断していて、キースの言いたかったことを全部まとめてくれた。
 キースは感激しながらブンブンと首を上下に振って頷いた。

「いい提案があるんだよ。キースはうちの騎士団で働いたらどうかなと思って」

「ええ!?エヴァンの家?騎士団?」

 突然の話にキースは驚いたが、実は最初にキースが相談を持ちかけた時から、エヴァンはいつか話したいと思っていたと言ってくれた。

 エヴァンの家、カルロス公爵家は国の貴族の頂点と言える由緒正しく大きな力を持った家らしい。
 王家からの信頼も厚く、唯一独自の騎士団を持つことを許されている。過去にも有事の際に数々の武勲を上げていて王国騎士団に続いて名誉のある仕事とされている。

「騎士団の仕事は剣を持つことだけじゃないんだ。裏方として団員をまとめ上げて、予算や予定を管理するような事務的な仕事も必要なんだ。今すぐとは言わないからぜひ考えてみてよ」

「エヴァン……」

 これ以上ないという提案に文句など一つもない。すぐにでもお願いしますと頭を下げたかったが、エヴァンの家にも都合があるだろうし、一応キースも家族に相談しなければいけない。
 こんないいやつと友達になれたという事に感動してキースは目を潤ませて、エヴァンにありがとうと言った。

「………お前にしては珍しいな」

 ここでキーランが水を差すような場違いな感想を言い出した。
 友人思いのエヴァンを、まるで普段は冷たいやつだと言うような言い方が気になった。

「どうして?友達のキースが困っているんだ。助けてあげたいと思うのはおかしくないだろう」

「…………」

 キーランは無言になって何か言いたげな目をしてこちらを見てきた。もともとエヴァンとキーランは幼馴染で仲が良かったから、突然入ってきた自分のことが気に入らないのかもしれないとキースは思った。
 友達になってくれたのは嬉しいけど、二人の仲を引き裂くような真似はしたくないと考えていた。

「先に、帰るね。エヴァン色々とありがとう。キーランもまた明日」

 終了のベルが鳴ったので素早く鞄を掴んで、キースは二人に別れの挨拶をしてさっと教室を出た。
 なんでも相談できるような友人ができた事は本当に嬉しかった。人脈を作るという目的も果たせそうだし、キースは充実した学生生活に満足していた。
 これ以上、望んではいけない。
 これが自分にとって最高の幸せなのだと。



「あーーーー!さっきからエヴァンエヴァンうるさいわ!その名前、あんまり聞きたくないんだけど!」

 帰りの馬車の中はその日の出来事の報告会だ。背もたれに崩れ落ちそうな姿勢でキースの話を聞いていたレナールは、不機嫌そうな顔で本当に崩れ落ちて座面にごろんと体を預けた。

「なんでだよ。エヴァンが攻略対象者だからってこと?もしかしてレナール、攻略するつもりだった…とか?」

「ゲロ!絶対嫌よ!私の好みのタイプ知っているでしょう。どろどろ甘やかしてくれる男が良いのよ!……エヴァンみたいな面倒くさい男なんてムリ!イライラするから絶対キレるし!」

「め……面倒くさいって…!?」

 レナールの言った言葉の半分も分からなくてキースは口をぽかんと開けたまま固まった。
 友人思いで優しくていいヤツやエヴァンのどこに面倒な要素があるのかサッパリ理解できない。

「っていうか、キースってああいう男が好みだったのね」

「……はあ!?」

「自分で気づかないの?口を開けばエヴァンエヴァンって、友達の域を超えてるわよ。向こうも満更でもなさそうだし、さっさと付き合ってヤルことヤッて少しは落ち着いてくんない?」

 空いた口が塞がらないとはこの事だ。熱いと呼べるほどではないが友情が芽生えた関係に、水をかけられたみたいだった。

「お……っ俺とエヴァンは……そんな関係じゃ……」

「ああそう、じゃ私が攻略に乗り出してもいいの?言っておくけど、私主人公様だから、向こうからしたらどタイプよ。目が合っただけで勃たせる自信もあるわ」

「なっ…なっ…何を……」

 突然のレナールの卑猥な発言にキースは真っ赤になって後ろに飛び退いた。その時背もたれに体を打って痛みに悶えた。

「はっ…ははは!動揺しすぎ。でもそのリアクションならまだ気になっている程度か…自覚なしか…。この頃つまらなくて退屈だったけど、良い事思いついちゃったかも、ふふふっ…」

 レナールが悪い顔をして笑い出したので、キースは背中に汗をかきながら、高笑いをするレナールを唖然としながら見つめた。

「キース、君に主人公とはどういうものか、見せてあげるよ。それで、良いやつぶったあいつの仮面を剥がして、男の欲望ってやつを見せてあげる」

 またまたレナールの言っていることは分からないし、質問しても今度は何一つ答えてくれなかった。
 軌道に乗り出した学園生活がまた不安なものに変わっていくのを感じて、キースは嫌な予感に震えた。






 その嫌な予感は的中した。
 休み時間、レナールがいきなりキースの教室に乱入してきたのだ。
 いつも後ろに従えている下僕達は置いて単独でツカツカと教室に入ってきて、エヴァンの席まで来て机にドカッと腰掛けた。

 隣のクラスの女王様の登場に、クラス中がざわざわとする中、レナールはいつもの誰もを虜にする微笑みを顔に浮かべた。
 失礼で尊大とも思える態度だが、主人公であれば許されてしまうだろうかと、あまりの派手な登場にキースは言葉を失った。

「初めまして。僕、レナール・ラムジール。キースとは遠い親戚なんだけど、キースが仲良くしてもらってるって聞いたから挨拶しておきたくて」

 太陽の光を浴びて、自慢の金髪をこれでもかと光らせ、夏の海を思わせるよ瞳を細めて、みずみずしい果実のような唇を形よく上げながら微笑む姿は、宗教画に出てくる天使も負けてしまうくらい美しかった。周囲の生徒は皆顔を赤くしてため息を漏らしながら、レナールの姿に見惚れていた。

「ああ、見たことがあるよ。キースと一緒に登校していたよね。話すのは初めてだったね。エヴァン・カルロスだよ。よろしく」

 レナールの渾身の一撃を目の前でくらったはずだが、エヴァンはいつもと変わりなく、人好きのする笑顔で挨拶を返した。

 あまりに無難な対応にレナールは拍子抜けしたような顔になった。
 それもそうだ。視線だけで勃たせると豪語していたのだから。

「ところで、そこ。俺の机の上だから、座らないで欲しいんだけど」

 エヴァンは人懐っこい笑顔を浮かべてさらりと鋭い指摘をした。
 レナールは当然許されると思っていたのに、まさかという顔で驚いて固まってしまった。

「…レナール、急に来られたらエヴァンだって驚くだろ…、ほら…」

 エヴァンはニコニコしているので一見和やかな雰囲気だが、なんとも言えない圧を感じて、キースはさすがに間に入ることにした。
 呆然としているレナールの手を掴んで、引き寄せるとレナールは大人しく机から降りてくれた。

「次の授業始まるから、忘れ物ない?」

「……うん」

「騒がしくしてごめんな。ちょっとレナールを送ってくるよ」

 揶揄うつもりが上手くいかなかったことがショックだったのだろう、このままだとレナールはずっとここにいそうなので、短い距離だが隣のクラスまで送ってあげることにした。
 レナールの手を繋いだまま、エヴァンに声をかけて教室を出た。

「良い事思いついたって挨拶する事だったの?」

「……イベントのペアに誘って喜ばせて…、誘惑して襲いかかって来たら、好みじゃないってフってやろうと思っていたのに……」

 さすがとんでもない事を考えていたレナールにキースは頭痛を覚えた。

「私…主人公なのよ!どうしてあんな態度取られないといけないの?尻尾振って涎垂らして来るはずなのに!」

「あんなって……、確かにいつもより冷たく感じたけど、急に机に座られたら困るだろう。すでにゲームの展開とは色々違ってるし…そこまで気にすることじゃ…」

「……ムカつく。ニセワンコのクセに、この私を邪険にするなんて……」

 レナールはプライドを傷つけられてショックなのか、教室に送り届けると後でねと言った後、下を向いてブツブツ言いながらさっさと入っていってしまった。
 そんなレナールの後ろ姿を複雑な気持ちで眺めていたら、トントンと優しく肩を叩かれた。

「キース、遅いから迎えに来たよ」

「エヴァン」

 レナールの前で漂っていた不思議な空気は消えて、いつもの明るいエヴァンに戻っていたのでキースはホっと肩を撫で下ろした。

「迎えにって…隣のクラスだよ。エヴァンは大袈裟だなぁ」

「だってさ、キースだって、レナールを送って行っただろう。それと一緒だよ」

 そう言われてしまったら言い返すことはできない。エヴァンは気にして見に来てくれたのかもしれないと思った。
 まだベルは鳴らないが早めに戻ろうと自分の教室へ足を向けたキースだったが、ツンツンと服を引っ張られる感触がして見ると、エヴァンがシャツの肩口を指でつまんでいた。

「な…なに?どうしたの?」

「キース、忘れもの」

 ニコニコと笑っているエヴァンは、大きな体でまるで子犬のような目でキースを見てきた。
 可愛らしいけど、何かよく分からない熱いものを感じて、キースの胸はトクトクと鳴り出した。

「忘れ物なんて…なにも…」

「あれ?おかしいな、さっきレナールとはしていたのに……」

 エヴァンが耳元で囁いてきたので、心臓の音はどんどん速くなった。エヴァンってこんなやつだった?と頭の中で疑問がぐるぐる回り出した。

「し…していたって……、手を繋ぐこと?」

「そうだよ。俺にはしてくれないの?」

 まさかエヴァンがそんな子供のようなことをねだってくるとは信じられなかった。さっきはレナールが動かなくなっていたので、たまたま引っ張ったのだ。
 友人同士であまり手は繋がないのではと考えたが、そんな事をここで言い合っているうちに休み時間が終わってしまいそうだった。

「……エヴァンって、子供みたいだな。ほら、手を出して」

 エヴァンが嬉しそうな顔になって手を出してきたので、キースは仕方なく手を掴んでズンズン歩き出した。

「キースは優しいね。子供みたいな俺に付き合ってくれるなんて」

 顔の周りに花でも咲きそうにルンルンの笑顔のエヴァンを見たら文句も言えなくなってしまった。

「でも、これから手を繋ぐのは俺だけだよ」

「え!?」

 クラス間の移動なんてあっという間だ。自分のクラスの前に来た時にエヴァンが急にそんな事を言い出したので、キースは驚いて手を離してしまった。

「冗談だよ。さっ、先に戻ろう」

 ぱっと明るい笑顔のキースにそう返されてしまい、キースは一人で心臓をバクバクと揺らして真っ赤になってしまった。
 何か言い返す間もなく、エヴァンはさっさと戻ってしまったので、一人熱くなった胸を押さえながら、理解不能の熱をどうすればいいのかキースは呆然と立ち尽くしたのだった。





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