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番外編
番外編□恋を知らない(レナール)
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甘やかしてくれる人が好き。
頭から爪の先まで、ぬるま湯に浸かったような人生を歩みたい。
好きなものも嫌いなものもすぐ口に出しちゃうし、誰にも強制されたくない。
時には常識や倫理観なんて関係なく、後先考えずに感覚で動いてしまう。人生で後悔する時間ほど無駄なものはない。
レナールは人生の儚さをよく知っていた。
なぜなら、前世の記憶がいつも彼の背を押していたからだ。
「可愛かったよ。またどうかな」
男が背中にキスを落としていく。このまま流されてもいいかと思ったが、やはりやめておこうとレナールは閉じていた目を開けた。
「もういい。喉乾いたし疲れた」
そう言うと男はキスを止めて、はいはいと言って飲み物を用意しにベッドから下りた。
男は黙っていても、なんでもやってくれる。ベタベタに甘やかしてくれるけど、見返りは求めないし、嫌になったらすぐ切れる。
この部屋に何人連れ込んだか忘れたが、今のところ、王都に出てきて一番続いている男だ。セックスの相性も良い、始めればレナールが良いというまで、何度でも求めてくれる。
だが、それだけだ。
それ以上先に何があるというのだろう。
ここは、ゲームの世界。
レナールが前世の若菜であったころ、短い人生で一番ハマったゲームだった。
若菜の人生はお世辞にも楽しいとはいえないものだった。
幼い頃に母が出ていき、若菜は父親のもとに残された。
父は飲んだくれで、酒を飲んで暴れるのは日常茶飯事。方々からお金を借りて返さない。親戚中から見放されて、ずっと貧乏暮らしだった。
高校に入ってバイトを始めて、やっと手にしたスマホで友達から招待してもらってゲームを始めた。
非現実的な世界に、見目麗しい男達の恋愛ゲーム。いつの間にか、バイト代を注ぎ込むほどハマって、関連した小説や漫画にも手を出した。
中でも一番人気のキャラクター、ルーファス王子にドハマりした。
課金ルートは制覇したし、たくさんグッズも買った。
だから、物心ついて、自分が若菜であったことに気がついたとき、どんなに嬉しかったかわからない。
なにもかもゲームの通りに進んでくれるなら、目指すのはルーファス王子とのハッピーエンドのみ!そう思って生きてきた。
しかし、ゲームのレナールというのは、純朴純粋で、人の気持ちに流されやすく、人見知りでいつもうじうじと悩むタイプであった。
学園に入る前は大人しく家で過ごし、家族とともに植物の観賞とかして微笑んでいるような暮らしだった。
申し訳ないが、それにすぐに飽きてしまった。
若菜とは違って家族にも恵まれた。両親は優しくて寛容、悪く言えばレナールのことが可愛いあまり言いなりで、どこで何をしようとノータッチ。
町で遊ぶことを覚えてからは歯止めがきかなかった。
何しろ、誰もが振り向くような美少年、自分でも鏡で見ながら、しばらくうっとりするくらいなのだ。
女性も男性も覚えたが、やはり、男性の方が相手としては自分には合っていた。
単純に肉欲が満たされればそれで良し。自分の幸せはルーファスとの出会いの先にあるものだと思っていた。
そんなとき、父がある一家の支援をすると言い出した。
遠縁にあたるハルミング家のことで、それは原作通りなので、適当にそーなの頑張れと言っていた。
確か原作では、その家の長男と淡い初恋をする予定なのだが、今さらそんなもので喜ぶ自分ではないので、レナールは関わり合いになることを避けた。
しばらくすると、ハルミング家の状況はだいぶ落ち着いたらしく、長男は父の元へ通い仕事を手伝っていると聞いた。
三男のことで心を痛めているでしょうと、一応気にしてあげたら、父は何のことかとぽかんとした。
自分の記憶を何度も確認したが、やはり、三男はすでに殺されているはずだ。それをレナールが慰める設定なのだから。
だが、三男キースは、生きていてとても元気で暮らしていると言われてしまった。
しかも放蕩息子の設定が、家から出ない引きこもり息子になっていて、わけが分からなくなってきた。
父の話では、ハルミング家の財政状況を少しでも良くするために、近く屋敷に訪問してキースと話すつもりだと言われた。
これは、一緒に行かなければいけないと、レナールも付いていくことになった。
死亡フラグを回避した。
キースは、転生者に違いないと思った。
であれば、きっと『愛と薔薇と欲望』のファンであるだろう。
ファンであったなら、ルーファスを奪いに来るかもしれない。それは、レナールとしては黙っていられない。不安の種は摘んでおかねばと気合いを入れたのだった。
ハルミング家は落ちるところまで落ちて、使用人も消えて、荒れ果てていると聞いていたが、実際はそれなりに綺麗に整えられていた。
貧乏貴族らしく、設備に安っぽさはあるが、想像した悲惨な状況とはあまりにも違った。
最初に応対してくれた執事は、汗をかきながら、坊っちゃんのおかげで、なんとかやってますと笑っていた。
やや遅れて現れたキースは、大きめのシャツとジャケットを今急いで着ましたという、着慣れない感じで現れた。
どこか、薄汚れていて、地味な感じがする男だったが、悪い印象はなかった。
父と話し出してから、それがよく分かってきた。原作では、女によくモテて、女性関係の揉め事で殺されることになっていた。
なるほど、薄汚れていても、線の細いどこか儚げな美しさがある。こういう退廃的な色気のある男は確かにモテる。
と思えば、くるくるとよく動いて、お茶を用意したり、自分で焼いたというお菓子まで広げ出した。
一口食べたら止められず、ついついレナールはパクパクと食べてしまうくらい美味しかった。
父が素直に褒めると、キースはふわりと微笑んだ。緊張していた固い表情から花が咲いたみたいに、匂いたつような美しさを感じた。
これはすごいギャップだと驚いていると、父などはすっかり気に入った様子で、手なんか握ってしまい、まずい予感がした。
予感は的中、ゲームの舞台になる、学校への入学を勧めだしたのだ。
慌てたレナールはとりあえず、父を追い出してキースの中身を調べることにしたのだ。
そして彼が前世で自分のクラスメイトの、瑠也だったということを知る。
レナールは、懐かしい若菜の頃を思い出した。若菜は家庭で満たされない愛に飢えていた。それがゲームにハマった原因でもあるし、若菜自身はちゃんとした恋愛とは無縁だった。
あの時も容姿には恵まれていた。早々と初体験をすませて、クラス中の男はとりあえず味見した。
唯一、手を出していなかったのは瑠也だった。
瑠也は平凡で目立たない容姿ではあったけど、周りとはちょっと違った。クラスの面倒事を文句も言わずに引き受けて、誰も知らないところで、一人で黙々と片付けてくれる、そんなタイプだった。
実は良いやつという印象で、汚すというものじゃないけど、そんな瑠也に中途半端に手を出すことは出来なかった。
だから、瑠也がゲーム好きと人に聞いて、なんだか親近感がわいて、もしかしたら、仲良くなれるかもと、あの修学旅行で声をかけたのだった。
肉欲を満たす関係ではなく、瑠也と友達になりたかった。
そして、あの事故が起きた。
レナールは、目の前にいるキースを信じられないという目で見つめていた。
まさか、この世界で瑠也と再び会えるとは思わなかった。
お前は大人しくここで暮らせと言えば、父はレナールの言うことが絶対なのでそれに従うだろう。
だけど、それは出来なかった。
前世との繋がり、それをないものにして進むことがレナールには出来ない。ならば、味方に引き込むまで。
ルーファスとの恋を成就させるため、キースには応援者として、ときに壁になり土台になり、助けてもらうことにしたのだった。
だが、レナールの目論みは脆くも崩れさってしまうのだ。
その原因は、自らが連れてきたキースによって、引き起こされてしまう。
「俺をここに呼んだのはキースではないのか?」
レナールの愛しの王子様は、狂犬みたいな鋭い目をしてレナールを睨んできた。
おかしい、絶対におかしい。
なぜならレナールは全裸なのだ。
陶器のような白い肌は極上の触り心地のはずだし、熟れた果実のような唇は誰もがかぶりつきたくるはず。
こんな風に裸になれば、どんな男も女も触れずにはいられない、自分にはそういう魔力が宿っているはずだ。
なのに、目の前の男は顔を赤くするどころか、最高に不機嫌そうな顔をして、背後から黒い影が燃え立つような迫力まで出てきた。
恐ろしくて寒気がしてきたのだが、最後の作戦、目を潤ませてウィンクして迫ってみるをやってみたが、全く反応なし。むしろさっきより、不機嫌度が増してきている。
「おい……、貴様。ふざけるな。これはどういうことか説明しろ」
ついに、ルーファスの周囲から黒い炎が上がり、顔は漆黒の闇に染まってしまった。
「ひぃぃ!」
あまりの恐ろしさに、脱いだ洋服をかき集めて、全裸でレナールは逃走した。
そんなバカなことがあるのか。自分は主人公である。相手はゲームと同じ王子様だ。
なぜ、ルーファスが自分に落ちなかったのか、信じられない。
そもそも、クセのある攻略対象者メンバーの中で、ルーファスはいつも王子様の余裕があり、最高に優しくて甘やかしてくれる、レナールの理想の相手だった。
それが、今のはなんだ。あれでは、王子様じゃなくて魔王様だ。
美味しく食われるどころか、波動で塵になりそうだった。
確かにゲームのルーファスはいつも微笑んでいて、不自然なくらい優しいのが少し怖くはあった。もしかしたら、あれが本性なのではと思うと、クセ者メンバーの中にぴったりと当てはまる気もする。
いずれにしても、もうルーファスとの恋愛は考えられない。自分の全てを見せつけても、完全に拒否されてしまった。
ショックだった。
自分の幸せはルーファスとともにあると思っていたのに。
この先どうすればいいのか、ぽっかりと穴が空いてしまった。
どうやら、キースはルーファスと上手くいったらしい。
なんとなく相談に乗っていたが、ついに二人は結ばれたようだ。
はじめは歯がゆい気持ちもあったが、一生懸命なキースを見ていたら、イライラする気持ちもなくなっていった。
この世界に自分が求めていたルーファスはいない、そう思ってレナールは諦めることにした。
今まで通り、適当に遊んで性欲を満たして、ふらふらしている方が自分の性に合っているような気がした。
「レナール?寝ちゃった?」
男が飲み物を持ってベッドに戻ってきた。
「起きてるよ…。アレクさ…、こんなことしてて楽しい?」
「ん?」
「僕みたいなやつの言うこと聞いて、面倒なことやらされて、いいんだよ。終わったらぱっと帰っても……」
ふて腐れたみたいにベッドの中で丸くなっていたら、その男アレクはレナールを後ろから抱き込んできた。
「俺の楽しみを奪わないでよ。こうやって君に触れられるだけでも嬉しいのに、終わってすぐ帰るなんてできるはずがないね」
「なんでそこまでしてくれるわけ?」
「あれ?知らなかった?俺、こんなにレナールの事を愛しているのに…」
そう言ってアレクはレナールのうなじに顔をうずめて、キスを落としていく。
「んっ……、だって、僕……、見た目は良いけど、性格最悪でしょう。本当にこんなのを愛しているの?物好きだね」
「こんなのじゃないよ。もちろん見た目も含めてだけど、俺はレナールの性格も気に入っているよ。物好きと言われようが構わないね。君の直球で素直な性格も傲慢な物言いも欲望に正直なところも、全部好きだよ」
アレクの手は壊れやすいものを撫でるように優しく、レナールの肌を柔らかく包み込んでいく。
「……僕、すごい欲深いよ」
「知ってる」
「イライラしたら暴れるかも」
「いいよ。全部受け止めるから」
「良い男がいたら寄っていくかも」
「そんな気持ちがなくなるくらい、たくさん抱いてあげる」
何を言っても嬉しそうに返してくるアレクを見て、レナールは悩んでいたのがだんだんバカらしくなってきた。
「レナール……、また君と繋がりたい」
アレクのもどかしい動きに、レナールも煽らせて火がついていくのが分かった。
「いいよ。その代わり、僕がいいって言うまでイっちゃだめだから」
「仰せのままに。私のお姫様」
そう言ってアレクは、レナールの足の先にキスをした。
この関係を何と言うのか分からない。
嫌ならすぐに切れるからという気持ちもまだ残っている。
けれど、レナールの中で、この男の存在が大きくなっていくのを感じた。
それは、想像していたより、温かくて気持ちよかった。
これが幸せと言うのかもしれない。
初めて感じる気持ちに戸惑いながら、レナールは快感の波に身を任せたのであった。
□□□
頭から爪の先まで、ぬるま湯に浸かったような人生を歩みたい。
好きなものも嫌いなものもすぐ口に出しちゃうし、誰にも強制されたくない。
時には常識や倫理観なんて関係なく、後先考えずに感覚で動いてしまう。人生で後悔する時間ほど無駄なものはない。
レナールは人生の儚さをよく知っていた。
なぜなら、前世の記憶がいつも彼の背を押していたからだ。
「可愛かったよ。またどうかな」
男が背中にキスを落としていく。このまま流されてもいいかと思ったが、やはりやめておこうとレナールは閉じていた目を開けた。
「もういい。喉乾いたし疲れた」
そう言うと男はキスを止めて、はいはいと言って飲み物を用意しにベッドから下りた。
男は黙っていても、なんでもやってくれる。ベタベタに甘やかしてくれるけど、見返りは求めないし、嫌になったらすぐ切れる。
この部屋に何人連れ込んだか忘れたが、今のところ、王都に出てきて一番続いている男だ。セックスの相性も良い、始めればレナールが良いというまで、何度でも求めてくれる。
だが、それだけだ。
それ以上先に何があるというのだろう。
ここは、ゲームの世界。
レナールが前世の若菜であったころ、短い人生で一番ハマったゲームだった。
若菜の人生はお世辞にも楽しいとはいえないものだった。
幼い頃に母が出ていき、若菜は父親のもとに残された。
父は飲んだくれで、酒を飲んで暴れるのは日常茶飯事。方々からお金を借りて返さない。親戚中から見放されて、ずっと貧乏暮らしだった。
高校に入ってバイトを始めて、やっと手にしたスマホで友達から招待してもらってゲームを始めた。
非現実的な世界に、見目麗しい男達の恋愛ゲーム。いつの間にか、バイト代を注ぎ込むほどハマって、関連した小説や漫画にも手を出した。
中でも一番人気のキャラクター、ルーファス王子にドハマりした。
課金ルートは制覇したし、たくさんグッズも買った。
だから、物心ついて、自分が若菜であったことに気がついたとき、どんなに嬉しかったかわからない。
なにもかもゲームの通りに進んでくれるなら、目指すのはルーファス王子とのハッピーエンドのみ!そう思って生きてきた。
しかし、ゲームのレナールというのは、純朴純粋で、人の気持ちに流されやすく、人見知りでいつもうじうじと悩むタイプであった。
学園に入る前は大人しく家で過ごし、家族とともに植物の観賞とかして微笑んでいるような暮らしだった。
申し訳ないが、それにすぐに飽きてしまった。
若菜とは違って家族にも恵まれた。両親は優しくて寛容、悪く言えばレナールのことが可愛いあまり言いなりで、どこで何をしようとノータッチ。
町で遊ぶことを覚えてからは歯止めがきかなかった。
何しろ、誰もが振り向くような美少年、自分でも鏡で見ながら、しばらくうっとりするくらいなのだ。
女性も男性も覚えたが、やはり、男性の方が相手としては自分には合っていた。
単純に肉欲が満たされればそれで良し。自分の幸せはルーファスとの出会いの先にあるものだと思っていた。
そんなとき、父がある一家の支援をすると言い出した。
遠縁にあたるハルミング家のことで、それは原作通りなので、適当にそーなの頑張れと言っていた。
確か原作では、その家の長男と淡い初恋をする予定なのだが、今さらそんなもので喜ぶ自分ではないので、レナールは関わり合いになることを避けた。
しばらくすると、ハルミング家の状況はだいぶ落ち着いたらしく、長男は父の元へ通い仕事を手伝っていると聞いた。
三男のことで心を痛めているでしょうと、一応気にしてあげたら、父は何のことかとぽかんとした。
自分の記憶を何度も確認したが、やはり、三男はすでに殺されているはずだ。それをレナールが慰める設定なのだから。
だが、三男キースは、生きていてとても元気で暮らしていると言われてしまった。
しかも放蕩息子の設定が、家から出ない引きこもり息子になっていて、わけが分からなくなってきた。
父の話では、ハルミング家の財政状況を少しでも良くするために、近く屋敷に訪問してキースと話すつもりだと言われた。
これは、一緒に行かなければいけないと、レナールも付いていくことになった。
死亡フラグを回避した。
キースは、転生者に違いないと思った。
であれば、きっと『愛と薔薇と欲望』のファンであるだろう。
ファンであったなら、ルーファスを奪いに来るかもしれない。それは、レナールとしては黙っていられない。不安の種は摘んでおかねばと気合いを入れたのだった。
ハルミング家は落ちるところまで落ちて、使用人も消えて、荒れ果てていると聞いていたが、実際はそれなりに綺麗に整えられていた。
貧乏貴族らしく、設備に安っぽさはあるが、想像した悲惨な状況とはあまりにも違った。
最初に応対してくれた執事は、汗をかきながら、坊っちゃんのおかげで、なんとかやってますと笑っていた。
やや遅れて現れたキースは、大きめのシャツとジャケットを今急いで着ましたという、着慣れない感じで現れた。
どこか、薄汚れていて、地味な感じがする男だったが、悪い印象はなかった。
父と話し出してから、それがよく分かってきた。原作では、女によくモテて、女性関係の揉め事で殺されることになっていた。
なるほど、薄汚れていても、線の細いどこか儚げな美しさがある。こういう退廃的な色気のある男は確かにモテる。
と思えば、くるくるとよく動いて、お茶を用意したり、自分で焼いたというお菓子まで広げ出した。
一口食べたら止められず、ついついレナールはパクパクと食べてしまうくらい美味しかった。
父が素直に褒めると、キースはふわりと微笑んだ。緊張していた固い表情から花が咲いたみたいに、匂いたつような美しさを感じた。
これはすごいギャップだと驚いていると、父などはすっかり気に入った様子で、手なんか握ってしまい、まずい予感がした。
予感は的中、ゲームの舞台になる、学校への入学を勧めだしたのだ。
慌てたレナールはとりあえず、父を追い出してキースの中身を調べることにしたのだ。
そして彼が前世で自分のクラスメイトの、瑠也だったということを知る。
レナールは、懐かしい若菜の頃を思い出した。若菜は家庭で満たされない愛に飢えていた。それがゲームにハマった原因でもあるし、若菜自身はちゃんとした恋愛とは無縁だった。
あの時も容姿には恵まれていた。早々と初体験をすませて、クラス中の男はとりあえず味見した。
唯一、手を出していなかったのは瑠也だった。
瑠也は平凡で目立たない容姿ではあったけど、周りとはちょっと違った。クラスの面倒事を文句も言わずに引き受けて、誰も知らないところで、一人で黙々と片付けてくれる、そんなタイプだった。
実は良いやつという印象で、汚すというものじゃないけど、そんな瑠也に中途半端に手を出すことは出来なかった。
だから、瑠也がゲーム好きと人に聞いて、なんだか親近感がわいて、もしかしたら、仲良くなれるかもと、あの修学旅行で声をかけたのだった。
肉欲を満たす関係ではなく、瑠也と友達になりたかった。
そして、あの事故が起きた。
レナールは、目の前にいるキースを信じられないという目で見つめていた。
まさか、この世界で瑠也と再び会えるとは思わなかった。
お前は大人しくここで暮らせと言えば、父はレナールの言うことが絶対なのでそれに従うだろう。
だけど、それは出来なかった。
前世との繋がり、それをないものにして進むことがレナールには出来ない。ならば、味方に引き込むまで。
ルーファスとの恋を成就させるため、キースには応援者として、ときに壁になり土台になり、助けてもらうことにしたのだった。
だが、レナールの目論みは脆くも崩れさってしまうのだ。
その原因は、自らが連れてきたキースによって、引き起こされてしまう。
「俺をここに呼んだのはキースではないのか?」
レナールの愛しの王子様は、狂犬みたいな鋭い目をしてレナールを睨んできた。
おかしい、絶対におかしい。
なぜならレナールは全裸なのだ。
陶器のような白い肌は極上の触り心地のはずだし、熟れた果実のような唇は誰もがかぶりつきたくるはず。
こんな風に裸になれば、どんな男も女も触れずにはいられない、自分にはそういう魔力が宿っているはずだ。
なのに、目の前の男は顔を赤くするどころか、最高に不機嫌そうな顔をして、背後から黒い影が燃え立つような迫力まで出てきた。
恐ろしくて寒気がしてきたのだが、最後の作戦、目を潤ませてウィンクして迫ってみるをやってみたが、全く反応なし。むしろさっきより、不機嫌度が増してきている。
「おい……、貴様。ふざけるな。これはどういうことか説明しろ」
ついに、ルーファスの周囲から黒い炎が上がり、顔は漆黒の闇に染まってしまった。
「ひぃぃ!」
あまりの恐ろしさに、脱いだ洋服をかき集めて、全裸でレナールは逃走した。
そんなバカなことがあるのか。自分は主人公である。相手はゲームと同じ王子様だ。
なぜ、ルーファスが自分に落ちなかったのか、信じられない。
そもそも、クセのある攻略対象者メンバーの中で、ルーファスはいつも王子様の余裕があり、最高に優しくて甘やかしてくれる、レナールの理想の相手だった。
それが、今のはなんだ。あれでは、王子様じゃなくて魔王様だ。
美味しく食われるどころか、波動で塵になりそうだった。
確かにゲームのルーファスはいつも微笑んでいて、不自然なくらい優しいのが少し怖くはあった。もしかしたら、あれが本性なのではと思うと、クセ者メンバーの中にぴったりと当てはまる気もする。
いずれにしても、もうルーファスとの恋愛は考えられない。自分の全てを見せつけても、完全に拒否されてしまった。
ショックだった。
自分の幸せはルーファスとともにあると思っていたのに。
この先どうすればいいのか、ぽっかりと穴が空いてしまった。
どうやら、キースはルーファスと上手くいったらしい。
なんとなく相談に乗っていたが、ついに二人は結ばれたようだ。
はじめは歯がゆい気持ちもあったが、一生懸命なキースを見ていたら、イライラする気持ちもなくなっていった。
この世界に自分が求めていたルーファスはいない、そう思ってレナールは諦めることにした。
今まで通り、適当に遊んで性欲を満たして、ふらふらしている方が自分の性に合っているような気がした。
「レナール?寝ちゃった?」
男が飲み物を持ってベッドに戻ってきた。
「起きてるよ…。アレクさ…、こんなことしてて楽しい?」
「ん?」
「僕みたいなやつの言うこと聞いて、面倒なことやらされて、いいんだよ。終わったらぱっと帰っても……」
ふて腐れたみたいにベッドの中で丸くなっていたら、その男アレクはレナールを後ろから抱き込んできた。
「俺の楽しみを奪わないでよ。こうやって君に触れられるだけでも嬉しいのに、終わってすぐ帰るなんてできるはずがないね」
「なんでそこまでしてくれるわけ?」
「あれ?知らなかった?俺、こんなにレナールの事を愛しているのに…」
そう言ってアレクはレナールのうなじに顔をうずめて、キスを落としていく。
「んっ……、だって、僕……、見た目は良いけど、性格最悪でしょう。本当にこんなのを愛しているの?物好きだね」
「こんなのじゃないよ。もちろん見た目も含めてだけど、俺はレナールの性格も気に入っているよ。物好きと言われようが構わないね。君の直球で素直な性格も傲慢な物言いも欲望に正直なところも、全部好きだよ」
アレクの手は壊れやすいものを撫でるように優しく、レナールの肌を柔らかく包み込んでいく。
「……僕、すごい欲深いよ」
「知ってる」
「イライラしたら暴れるかも」
「いいよ。全部受け止めるから」
「良い男がいたら寄っていくかも」
「そんな気持ちがなくなるくらい、たくさん抱いてあげる」
何を言っても嬉しそうに返してくるアレクを見て、レナールは悩んでいたのがだんだんバカらしくなってきた。
「レナール……、また君と繋がりたい」
アレクのもどかしい動きに、レナールも煽らせて火がついていくのが分かった。
「いいよ。その代わり、僕がいいって言うまでイっちゃだめだから」
「仰せのままに。私のお姫様」
そう言ってアレクは、レナールの足の先にキスをした。
この関係を何と言うのか分からない。
嫌ならすぐに切れるからという気持ちもまだ残っている。
けれど、レナールの中で、この男の存在が大きくなっていくのを感じた。
それは、想像していたより、温かくて気持ちよかった。
これが幸せと言うのかもしれない。
初めて感じる気持ちに戸惑いながら、レナールは快感の波に身を任せたのであった。
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