愛とか恋とかのゲームは苦手です

朝顔

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番外編

番外編□愛の花(ルーファス)

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「お前はこの国の王になる男だ。人を信用するな人を操れ、よけいな感情は捨てろ」

「はい、お父様」

 父王は幼いルーファスに、王としての心構えを説いた。
 なぜなら、父はそうやって生きてきて、領土を広げて、富を築いた人だからだ。

 たくさんの人から尊敬される父は、自分の誇りでもあった。
 ときに、冷酷に人を操り、使えなければ切り捨てる。それがいつも見る父の後ろ姿だった。
 父のように生きれば民を幸せにして、国は栄え、自分もまた幸せな一生を送れる。
 そう信じていた。

 だが、父は、部下だった男の恨みを買い、裏切りにあって殺されてしまった。

 ルーファス12歳のときである。


 □


 寝返りをうった女の手が肩に乗ってきたので、ルーファスはそれを手ではらってベッドから下りた。

 ルーファス様と、女が起きて名前を呼んでいたが、もう来なくていいとだけ言って部屋から出た。

 夜はまだいい、体に泥のように溜まったものを、ただ吐き出すには相手がいた方が満足できるからだ。
 だが、ことが終われば、昇華された欲とともに、誰かといる自分が酷く惨めで滑稽に思えてくる。

 浴場で頭から水をかぶれば、やっと生きているという実感が湧いてくる。
 いつの頃からか、もう、ずっとその繰り返しだ。

 相手には事欠かない。
 様々な連中が利益や繋がりを求めて、女も男も毎日のように送り込んでくる。
 それを気まぐれに抱いては捨ててを繰り返していたら、自分の中の欲はとっくに死んでしまったように思えた。

 まだ夜は明けきらない。白くなり始めた空を見上げながら、ルーファスの頭に父親の声が響いていた。

 よけいな感情は捨てろ。

 それを心に刻み込んで生きてきた。
 だけど思い出すのは父の孤独な背中ばかり。
 それがどんな意味かも分からずに、ただ言葉にすがるように生きてきたが、このままだと、自分も父と同じ最後を辿るような気がして、ルーファスは複雑な思いで空を見つめた。


 □


「王立学校…ですか?」

「ああ、私もお前の父も出ているからな。政務で忙しいとは思うが、慣例として在籍だけはしてもらわないといけない」

「はい、叔父上がそう仰るならそれに従います」

 朝から王の私室に呼ばれたルーファスは、現王である、叔父のヨハネスに学校への入学を命ぜられた。

 父王亡き後、ルーファスはまだ幼かったため叔父が王の座についた。
 叔父は父と違って、優しすぎるくらい周囲に気を使う人物で、畏怖と威厳に縛られていた王国内部は、はじめは戸惑いで揺れた。

 だが、周囲の補佐をする者にも恵まれて、安定した政権が続いている。
 叔父にはルーファスより一つ下の息子がいて、次代の王位は怪しい空気になりそうだが、今のところ、ルーファスを次の王にすると明言している。

 ルーファスとしては、すでに政務をこなしているが、そのまま選ばれてもいいし、叔父が息子を推すのならそれでも良かった。

 父の無惨な最後を見たルーファスは、自分が王位についていいものなのか、気持ちが定まっていなかった。

 ただ、学校に入るなら色々と手回ししておかなければいけない。
 叔父の息子を擁護しようと目論んでいるやつらも多い。内部から政権を崩してやろうとする連中は、はいて捨てるほどいるのだ。

 貴族や評議委員の息子達が集まって、親衛隊と名乗って、自分の周りに目を光らせているのをルーファスは知っている。
 主に色恋の方の監視目的だが、ちょうどいい隠れ蓑に使えるので、自由にさせている。
 今回も、学校内部に不穏な動きがないか、密偵を送り込むことにした。
 忙しくなりそうな日常に、ルーファスは濃いため息をついたのだった。


 □


 桜が舞っている。

 これは、王立学校だけに咲く花で、伝説の愛の花と呼ばれているらしい。

 自分と同じ場所に花びらが落ちた人が、運命で結ばれた永遠の恋人になるとか、そんな話だったと思う。

 桜を見て思わず、妹のローズが大好物そうな話を思い出してしまい、ルーファスは苦笑した。

「あの!ルーファス様!」

 突然名前を呼ばれて振り向くと、金髪碧眼の作られた人形のような美少年が立っていた。
 夜、枕元にこんな美少年が来たら、心が踊ってしまうような、好みのタイプではあった。

 それなりに顔は知られているので、名前を呼ばれることに違和感はなかった。

「僕!レナールっていいます!あの、お鼻に桜の花びらが付いていますよ」

「ん?ああ、ありがとう」

 気づかなかったが、いつの間にか付いていたらしく、それを見つけたレナールは払ってくれようとしたらしい。

 らしいというのは体を傾けた際に、レナールが、しがみつくように抱きついてきて、しかも唇まで奪おうとしてきたのだ。

 その瞬間、強烈な欲望の臭いがして身体中に鳥肌が立ったルーファスは、手に力が入らなくなって、支えていたレナールをボトリと地面に落としてしまった。

「ぎぁぁああ!痛いー!何すんのよ!」

 背中を打って痛みと怒りで叫んでいるレナールを見て、王子として本来なら余裕を持ちながら、手を差し伸べて謝るべきなのだが、嫌悪の方が勝ってしまった。

 自然と足が後ろに下がって、そのまま脱兎のごとく逃げ出した。

「待てー!逃がさないからー!」

 なぜかものすごい執着心でルーファスを追ってくるレナールに、どうしたものかと思っていたら、校門から少し離れたところに止まっている馬車を見つけた。

 生徒を送った後に、御者が休憩でもしているのだろうかと思った。
 思った通り、御者らしき者は馬車から離れた所に座っていて、これは利用させてもらおうと馬車の中に勢いよく押し入った。

「うぁぁぁ!なっ……!なんだよ!」

 誰もいないかと思った馬車の中には、どうやら人がまだ残っていたらしく、ルーファスが入ったことで、中にいた人物は飛ばされて反対側に背中を打ち付けたようだった。

 とりあえず騒がれると困るので、軽く事情を話して協力を願った。

 その男子生徒は驚いた顔をして、目をぱちぱちとさせながら、仕方ないという風に頷いた。

 しばらく静かにしていることにしたが、男子生徒の方をみると、目がよく動いて額に汗が出て緊張しているようだった。

 先程の美少年は一瞬見ただけで、宝石のような輝きがあった。この男子生徒はぱっと見ただけでは、気づかなかったが、よくよく顔を見てみると、なかなか繊細で綺麗な作りをしていた。
 榛色の瞳は不思議な魅力があるし、ぎゅっと結ばれた薄い唇も触れたくなるくらい可愛らしかった。
 繊細そうで冷たそう、そんな印象のある顔だったが、先程から赤くなったり青くなったりして、くるくると表情が変わって、最初の印象をいい意味で吹き飛ばしてくれた。

 これはと思って、話しかけてみれば、人に慣れていない様子でおどおどとしながらも、一生懸命言葉を探して答えようとしていて、その仕草が胸をがしりと掴んでしまった。

 ここが学校の前でなく、夜の自室であれば、無我夢中になって貪って、めちゃくちゃに喘がせたいと思ってしまった。入学式など出ずにこのまま押し倒してしまおうかという気持ちをぐっとこらえて、名前を聞き出して友人になろうと宣言した。
 その方が、彼には付け入る隙がありそうな気がしたのだ。

 握手をすると、その柔らかい感触が気に入って離れがたくなってしまい、あれこれ理由をつけて手を繋いだまま外に出た。


「王都は初めてなのか?若手の集まりでも顔は見たことがないが……」

「え!?ぼっ僕ですか?初めてです。家はザンスの外れの方なので、ここまではなかなか……。というか、もともと家がゴタゴタしていて、外に出る機会もなくて……」

 複雑そうな事情を、少し恥ずかしそうにキースは語ってくれた。きっと田舎の貴族であることを恥じているのだろう。ルーファスはそんなことはどうでも良かったし、純粋そうなキースにますます惹かれていた。

「ザンスか…、父に連れられて昔行ったことはあるが、緑豊かな良いところだったな」

「それしかないですよ。一時期は避暑地として栄えましたが、今は廃れてしまって、ほとんどの人は隣町に流れていきますから。温泉でも出ればなぁ……」

 聞きなれない言葉にルーファスの足が止まった。

「オンセンというのは、地面から出る熱い湯のことか?」

「え!?グランデイルにも出るんですか?」

 キースの目は生き生きとしてキラキラ輝き出した。

「いや、北にある小国でそういったものがあると本で読んだことがある。キースはよく知っているな」

 キラキラと喜んでいたキースは一転がっかりした表情になり、俺も本で知りましたと言った。

 王宮図書館の館長秘蔵コレクションの一冊に少し書いてあっただけなのだが、キースはそんなことまで知っているのかと、変わった青年にますます興味を持った。

「キースは恋人はいるのか?」

 女性とも男性とも言えない不思議な魅力のあるキースは、独特の色気があり女性ウケが良さそうだ。ローズ辺りは顔を赤くして素敵なんて言いそうなタイプである。
 その辺に転がっていたら、嫌でも女性が寄ってくるだろう。

「いっ……いないです!全然モテませんし!男兄弟で育ったので、女性とはまともに話したこともないです」

 キースは真っ赤になって頭を振って否定した。性的なことを嫌悪するというより、なにも知らない真っ白な感じだった。

 その赤くなった頬にかぶりつきたい気持ちを、いつもの微笑みの仮面をかぶってごまかしたが危ないところだった。

 その時、校門の方から強い風が吹いてきて、離れた校舎の方まで桜の花びらが舞ってきた。

「すごい風でしたね…」

「ああ」

 風に気をとられていたが、ふとキースを見ると飛んできた花びらが鼻の頭に落ちていた。

「キース、顔に花びらがついている」

「え?あぁ、すみません」

 取ってあげようと伸ばした手が、ふと気がついて止まった。
 そして、動きを止めたルーファスを、キースが不思議そうに見つめていた。

「ルーファスと、そう呼んでくれないか?」

 突然何を言い出すのかと、ますます不思議な顔になったキースだが、戸惑いながらその名前を呼んでくれた。

 また、風が吹いてきてキースの鼻に止まっていた花びらは、誘われるように空に飛んでいってしまった。

 ルーファスは気づいてしまった。いつ何をしていても、頭の中にうるさく響いてくる父の声が、もう聞こえてこないということを。

「入ろう、もう始まる」

「え!?このままですか!?あっあの、手をそろそろ……」

「だめだ。仲の良い友人というのはこうするものだ」

 えーとか、そんなとか、ごちゃごちゃ言っているキースの手を引いて講堂の中へ進んだ。

 キースと手を繋いでいると、世界はいつもより眩しくて鮮やかに見えた。
 その気持ちがなんなのか、ルーファスはまだ分からない。
 けれど、胸に灯った火は温かく、自分の凍った心が溶けていくのを感じた。



 まだ生まれたばかりの想いは、いつか結ばれることになるのか。
 二人の歩いた道を桜の花びらが祝福するように彩っていた。


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