愛とか恋とかのゲームは苦手です

朝顔

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本編

2、訪問者

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 自分が瑠也であったと気がついたからといって、キースの生活は変わらなかった。
 もともと、長いものには巻かれろというか、そうなったらそうなったで、動じないタイプではあったので、この西洋なのか、それ風の世界にも馴染んでいった。

 子供であったことが幸いして、ぽかんとした顔をしていれば、親なり兄達なりが最初から説明してくれたので、分かることも増えていった。

 精神的には瑠也の状態になってしまったので、7歳にしては落ち着きすぎだとか、変に意見したりして子供らしくないと言われることはあった。そういう時は黙って静かにしていれば大人は満足らしくて、上手くやればうるさく言われることもなくなった。

 そして、やっとキースの生活に馴染んだところで、あの父の悲劇が起きてしまった。

 それからは大変だった。兄達は金策に走るが、母は精神的におかしくなって有り金全部使い込んでしまい、使用人は次々と辞めていき、家は荒れ果てていく状態に。

 しかたなく。キースは立ち上がった。瑠也時代から、父一人の家庭だったので、家事のいっさいは担当していた。炊事洗濯掃除、ほとんど一通りこなせるので、ハルミング家の家事はキースが担当することになった。
 庭に家庭菜園に作り、野菜や果物を育てて、草木を使った染め物にもチャレンジしてみた。
 これがなかなか好評で小金を稼ぐことに成功した。
 それを生活費として、食費や屋敷の維持費にまわして、なんとかやりくりしてきた。

 瑠也時代もさすがにそこまでやらなかったが、今では毎日畑を耕して、自分でトンカチを持って修繕にまわり、鶏の世話に、養蜂まで始めた。
 にわかなうろ覚えの知識ばかりだったが、失敗しつつ繰り返して、やっとここまでまわせるようになったところだった。

 瑠也だった頃の記憶は遥か遠い。キースになって、気がつけばこちらの生活に完全に染まっていた。


 簡単に体を清めて、少し大きめだったが兄の洋服に身を包んだ。
 同時進行でお湯を沸かして、来客用のセットを用意する。茶葉は庭で育てたもので、焼き菓子もお手製のものだ。
 貧乏貴族ながら、精一杯のもてなしを心がけて客室に向かった。

「失礼します」

 元気に声を出して扉を開けると、そこには、目尻に深い皺があるが、まだまだ現役を感じさせる知的で鋭い目をした男、ラムジール伯爵の姿があった。

 丁寧に挨拶をして、これまで頂いた厚意についてお礼を言うと、伯爵は目を細めて微笑んでくれた。
 強面だが、なかなかいい人そうである。

 ここで初めて、ご子息の方に目を向けたキースは、思わず目が釘付けになってしまった。

 自分でも変な声が出なくてよかったと思うほど驚いたのだ。
 まるで、絵本の世界から出てきたような、美少年というのが、これほどピッタリ当てはまる男もいない。いや、男にはとても見えない。可憐な女の子でも通用するし、その辺の女の子が束になっても、敵うことが出来ない圧倒的な美しさがそこにはあった。

 完璧な金髪に碧眼、陶器のような肌に、人形のように整った顔。頬と唇はほんのりピンク色で、こぼれ落ちそうな大きな瞳は潤んで艶があった。
 目があったら、同じ男でも恋をしてしまうくらい、とんでもない美少年だ。

「初めまして。レナールといいます」

 その声もまた、鈴が鳴るような、甘くて可愛らしい声だった。ぽかんとして固まったキースを見て、ラムジール伯爵は、ゴホンと咳払いをした。
 慌ててキースも、モゴモゴしながら、初めましてと言って名前を名乗った。

「レナールは、絶世の美女と呼ばれた、歌姫だった母親にそっくりでな。まぁどこに行っても、みんなキースと同じ反応をして動かなくなってしまうのだよ。二人は同じ年だし、そう緊張しないでくれ」

「……はっはい」

 伯爵にそう言われて笑われたが、とてもじゃないけど、同じ生物として生きていていいのかという気持ちにさえなってくる。目があったら心臓が止まりそうで下を向いて前が見れなかった。

「お父様、僕が思うに、キースもなかなかじゃないかな。まだ硬い感じがするけど、上の兄達とは全然違うね」

 それは褒められたのか、生きていいと言われたのか、理解できなくて、キースはまたぽかんとした。

 キースは父譲りの黒髪だ。サラサラとして艶があるが、切るのが面倒なので適当に襟足で揃えている。
 体型も大柄で武骨な男顔の兄達に比べると、確かに背は低くて細いし、ちっとも日焼けをしない青白い肌で、顔は母に似て女顔で繊細な作りをしている。自分で何かを意識して鏡を見たこともない。ヘーゼルナッツみたいな、ハシバミ色の瞳も地味に感じるし、どこをどう見てもレナールは希少な宝石だし、自分は転がっている石ころだとキースは思った。

 とりあえず座ってもらって、二人にてきぱきとお茶とお菓子を用意した。
 貴族の男子がこんなことなどと思われても仕方ないが、やってくれる人がいないので、自分でやるしかないのだ。

「驚いたな。すごい手際の良さだ。このハーブティーもお菓子も絶品だ」

 伯爵が褒めてくれたので、頑張ったかいがあったとキースは嬉しそうに微笑んだ。

 だが、レナールはお茶飲んでお菓子もしっかり食べながら、美形の顔を曇らせて難しい顔をしていた。

「今日ここへ来たのは他でもない。実はこの屋敷の状況を確認しに来たのだ。正直なところ、今の人数で住むには広すぎる邸宅であるし、使用人もいないから、どんな惨状になっているのかと考えていたんだよ」

「はい……」

「もし、あまりにも酷くもて余しているのなら、君のお兄さんに売りに出すように助言しようと思っていたんだ」

 それはもっともな話だった。屋敷の維持には金がかかる。事業を継続するために仕方なくと言われれば、貧乏に成り下がった我が家は、すごすごと手狭な家に行くのが一番良いのだろう。

「だが、セルジュにも色々と聞いて、屋敷で行っていることが、かなり利益を出しているし、目で見てみれば分かるが、ちゃんと綺麗に管理されている。これはキース、君が取り仕切って行っているらしいね」

「えっ…!はぁ…でも俺は全然…」

「よし!実は君のことについて、お兄さん達から託されているんだよ。見込みがなければ、うちの仕事でも手伝ってもらおうかと思っていたけど、君はかなり期待できると私は直感した」

「え?きっ期待!?俺をですか?」

 突然ラムジール伯爵は身を乗り出してきて、キースの手を握ってきた。こころなしか、さわさわと親指が動いているのが気になるが、それより、伯爵の期待という言葉と、熱い眼差しが思考を奪ってしまった。

「君にはうちのレナールと一緒に王立学校に入ってもらう。子爵だと推薦が必要だがもちろん私が推すことにした。学校に入って優秀な成績を残せば将来の選択肢は広がるぞ!金の心配はしなくていい!ぜひ君には学校に行ってもらいたい!」

 キースはますます伯爵が言っていることが、理解の範囲を超えてしまって、夢か幻の話でもしているように思えた。

 口を開けたまま固まっていると、レナールがガタンと音を立てて立ち上がった。

「お父様、その手を離してください。ここは同じ年の僕と彼で将来も含めて一度話をさせてください」

「えー…」

「えーじゃないです。さっ!先に帰ってください。返事は後からさせますから」

 美形の有無も言わさない迫力で、レナールは父親を部屋から追い出した。
 ずっと難しい顔をしているし、レナールはきっとキースのような貧乏貴族が金を吸いとって引っ付いていくのを不快に思っているのだろう。
 キースは何を言われるのか、ビクビクとしながら、下を向いていた。

「さて、邪魔物もいなくなったことだし!単刀直入に言うわよ」

 突然オネェ口調に変わったレナールに、キースは何事かと目を見開いて、心臓が止まりそうになった。

「原作も読んだけど、こんな展開はないわ。三男のキースは放蕩息子で、娼婦に刺されてとっくに死んでるはずなのよ」

「……はい?」

 睫毛でいっぱいの大きな瞳をキースに向けて、レナールは微笑を浮かべた。

「分かっているのよ。あなたも転生者でしょう。正直に白状しなさい」

 ずっと遠いところを飛んでいた瑠也が、その言葉で再びキースの体に飛び込んできたような衝撃を受けた。

「おっ…俺は…」

 微笑みながらも、逃がさないという目で見てくるレナールを、キースは怯えた目で見返すのがやっとだった。




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