愛を知らずに生きられない

朝顔

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(11)捕らえられた心☆

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「ノエル…、起きて。君の家に着いたよ」

 気持ち良く眠っているところを、誰かに揺り起こされてた。

「ん……、もうちょっと……」

「起きないとキスしちゃうよ」

「んー……?レイチェル……?」

「…………」

 そんなことを言うのはレイチェルくらいなので、まだ覚醒できない頭は、声の区別もつかなかった。

 唇に生暖かい柔らかい感触がしたと思ったら、唇を舐められて、ぬるりと舌が入ってきた。
 遠慮なく入ってきた舌は、ノエルの口内をぐるりと回って、舌の付け根をぐりぐりと刺激し始めた。

「ん………あっ……う……」

 それはレイチェルの可愛いキスとは違い、体の欲望の引きずり出すような、激しいものだった。
 意識も吸い上げられて、息苦しさから目を開けるとそこには、顔にかかる黒い髪とわずかに開いた目から黄金色の瞳が見えた。

「んんんん!!!んいん!!」

 舌を吸われたままなので、声にならない声でその人の名前を呼んだ。

「ああ、やっと起きたの?」

「あっ…はぁ…うう、カイン様これは……なっなんで…、こんな……」

 見渡すとそこは豪華な内装が施された馬車の中で、ノエルはカインの腕の中に包まれていた。

「何も覚えていないの?」

ノエルはパニック状態で腕の中から逃れることも忘れたまま、しつこく残る酔いを追い出して記憶を探った。

 トークルームで飲みだしてからの記憶は曖昧だ。すぐに気分が良くなってしまい、よく笑っていた気がする。

 そこからは断片的で、千切れたフィルムみたいに記憶が残っている。
 そこには、ヴァイスの困った顔や、エディのニヤついた顔、そして部屋に入ってくるカインの姿があった。

「あ……あれ、俺、ヴァイスやエディと飲んでて……、そこにカイン様が来て……」

「…………」

「もしかして、俺、酔い潰れて……送ってくれたんですか!?」

「まぁ、そうだね」

 カインはちょっとムッとした顔をしているが、そうだと言ってくれた。今が何時か分からないが、せっかくの飲み会を途中で抜けることになって怒っているのかもしれない。

「………どうしてヴァイスやエドはそんな呼び方で、俺だけは様をつけるのかな」

「へ?」

 まさかそこを指摘されるとは思ってなかったので、ノエルは変な声を出した。

「カインって呼んでよ、俺のことも…」

「……そっ…そんな、王太子殿下に無礼な…」

 それを言ったら、ヴァイスもエドワードもそうなのだが、なぜだかカインは気軽に呼べない雰囲気があって敬称をつけていた。

「あーそー、じゃ言わせてやる」

「んっぐぅぅ!」

 うんと言わないノエルにカインは先ほどのように、口に吸い付いてきた。

 今度は先ほどとは違い角度を変えて食らいつくように激しく口づけされて、ノエルは座面に押し倒されて覆い被さってきたカインにめちゃくちゃに口を蹂躙される。

 柔軟そうな外見とは大違いの荒々しい舌技に、ノエルは完全に翻弄されてしまう。
 ノエルの眠っていた欲望は無理やり叩き起こされるように目を開いた。

「はぁ…だっだめ…くるし……」

「なにがだめなの?ほら、呼んで…俺の名前を」

「ひゃあ!いっ……うぅぅ」

 今度はペロペロと耳を舐められて、ノエルは耐えきれず声を上げた。

「あぁ……、か、カイン……、もうやめ…て」

「それでいいよ。これからそう呼んでね」

 そう言ってカインは微笑んだ。近くで見るとカインの瞳はガラス玉のように透き通っていて、何も映していなかった。
 目の前にいるノエルの姿も、そこには存在しない。それは不思議で寂しく思えた。

「……まったく、俺とレイチェルを間違えるなんて、二人はいつもキスしているの?」

 やっと解放されてからも、カインは不機嫌そうにそう言った。

「……そっ、そんなわけじゃないですけど、俺が昼寝したりしてると、レイチェルがたまに悪戯して……」

「ふーん、そう……」

 カインはもっと不機嫌な顔になって黙ってしまった。いつもニコニコしている彼とは変わってしまったようでノエルは驚いたが、ある意味別の顔が見れたようで少し嬉しかった。

「…送っていただきありがとうございました」

 このままここにいると心臓が止まりそうなので、真っ赤になった顔を手で隠しながら、ノエルは馬車から出て地上に下りた。

「ノエル、また明日ね」

「え?」

 カインはそれだけ言うとドアを閉めて間もなく馬車は走り出して行ってしまった。

「明日って……」

 普段学園のある日は会うことはない。週末ですら約束しているわけではないのだ。
 それなのに。当然のように言われた言葉がよく分からない。

 夜の闇の中へ消えていく姿を眺めながら、酔いのせいなのかキスのせいなのか、動かなくなってしまった頭で必死に答えを探したが、結局見つからなかった。



 □□


 ノエルの大きなため息に、教科書に目をやっていたレイチェルが顔を上げた。

「なによ、さっきからため息ばかりね。仕方ないでしょう、例の社交のお部屋は貸切りで使えなかったんだから…」

「ああ、それは…。まぁそうなんだけど…」

 ブルームーンに行った翌日、学園に行くとレイチェルはノエルとミルトンを呼び出して、どうなったかを確認してきた。

 なんと、ミルトンは全く記憶をなくしているらしく、カウンターで飲みながら酔いつぶれたのだと思いこんでいた。
 まだ二日酔いが取れないらしく、すぐに保健室へ直行してしまった。

 ノエルの方は、家に帰ってからだんだん記憶を取り戻した。ヴァイスとエディ、つまりカインの弟、エドワード王子と飲んだことを思い出した。
 レイチェルに話すと、それはさほど驚かなかった。

「エドワード様が夜遊びの常連なのは有名な話よ。色々と豪快なエピソードも聞いているし、ブルームーンにいても驚かないわね。まぁカイン様が後から来られたのは意外だけど……」

「皆で飲むのが意外なの?」

「あのご兄弟はあまり仲が良くないって話で、外でわざわざ飲むなんて、と思ったのよ。それに、カイン様はあぁいうお店に行かれるような方ではないみたいだし…。ヴァイス様がこちらに来ているから特別なのかしら、その辺のことは分からないけど……」

 それより次の作戦を練らないとと、レイチェルはまた教科書に目を戻しながら、考え込んでしまった。

 ノエルは無意識に手首のタトゥーに触れていた。それは、また濃くなったような気がする。確実にタイムリミットは迫ってきている。それなのに自分は、と昨日の出来事を思い出していた。

 昨日は家に帰り部屋に戻った後、ノエルは自分のある変化に気づいてしまったのだ。
 それは、他人との触れ合いで少しも変わることがなかったノエルのアレが、形を変えて大きくなっていたのだ。

 いや、本当は馬車の中で、カインにキスをされているとき、下半身に疼くような熱さが集中していったのを気づいていた。

 そのままカインの声や瞳、キスや触られたところを思い出して、収まりがつかなくなってしまい、自分ですることになってしまった。
 しかも2回も……。

 女の子のスカートの中を見ても興奮できないのに、カインの舌を思い出して、また熱くなってきてしまい、ノエルは思わず頭を振って不埒な想像を消そうとした。

「……ノエル、ちょっと、なんて顔してるのよ。教室の中が変な空気に……」

「本当、こんなところで発情したら襲われちゃうよ」

 慌てるレイチェルの後ろに、突然現れた人影にノエルは目を見開いた。それは、まだ記憶に鮮明に残っている男だったからだ。

「えっ…エディ!!」

「やっほー昨日ぶりノエルちゃん」

 そこには、昨日とは打って変わって、しっかりと制服を着こんだ、エドワードの姿があった。
 ただ、言動は昨日のように軽い感じのエディそのものだった。

「今日からしばらく同じクラスだよ。よろしくね」

「ええ!?」

 同じ年だったこともびっくりだが、エドワードと同じクラスというに、ノエルもレイチェルも驚きの声を上げた。

「やぁ、レイチェル嬢。今日も可愛いね。夜会の時は君とダンスが踊れて楽しかったよ」

「わっ私も選んでいただけるとはとても光栄でした。まさか同じクラスで学べるとは、大変嬉しく思っております」

 レイチェルは慌てて立ち上がって挨拶をした。またもや、ボケッとしていたノエルも一足遅れて立ち上がった。

「同じクラスの友人なんだから、そんなに堅苦しくしないでよ。それより、昨日はどうだった?カイン兄さんに美味しくいただかれちゃったの?」

「なっ!!」

 まさか、中途半端に焦らされて、自分で収めましたとは言えないので、ノエルは食べられてませんとゴニョゴニョと口ごもって言った。

「確かノエルは恋愛がしたいんだよねー。カイン兄さんは色々と難しいと思うよ」

「それは、どういうことですか?」

 これには、レイチェルが鋭く突っ込んできた。

「ほら、あの人生まれたときから、ナンとか係ってやつが大勢後ろからゾロゾロくっついて歩いて育ったからさ、何をするにもやるにも、先回りしてみんな周りがやってたんだよね。贅沢だけどある意味可哀想で、人の気持ちを知るとか、自分の感情とか、そういう部分が欠落してるんだよねー」

「……一番やっかいでまずい相手だわ」

 まずいということはなにか、ノエルが不思議そうな顔をするとレイチェルは真剣な顔になってノエルに詰め寄った。

「つまり、ノエルがカイン様を好きになったとしても、気に入る程度はあるかもしれないけど、そういう感情がないカイン様はノエルを好きになってはくれないのよ」

 それは、ノエルの心臓を貫くような衝撃だった。求めても心を返してくれない相手それがカインなのだ。
 あのガラス玉のような瞳に自分が映っていなかった寂しさを思い出した。

 彼との恋はつまりそういうことだ。
 例え体が結ばれたとしても、心が結ばれることはない。
 あの瞳に自分が映ることはないのだ。

「……やだ。もう手遅れじゃない」

 ショックで散り散りになる意識の端で、レイチェルが呟いた言葉が小さく聞こえたが、それを理解するような余裕がノエルには残っていなかった。

 あのタトゥーがチクリと痛んだ気がして、ノエルはすがるように強く手首を握って、暗雲が漂う心に目をつぶったのだった。



 □□□
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