愛を知らずに生きられない

朝顔

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(8)魅惑のブルームーン

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 男のための社交場、ブルームーン。
 そこはムード漂う音楽と小さな蝋燭が並べられた薄暗い照明、内装はどこか退廃的で、ノエルの不安な気持ちをいっそう高めるような雰囲気だった。

「言っておくけど俺から離れるなよ。あの中でわりと健全な付き合いを求めているやつらが集まる所に連れていくから」

 入ってすぐにカウンターがあり、後は適当にテーブルや椅子か並んでいる。店内は広く二階建てになっていて、尚且つ複数の部屋に分かれていた。
 店内はたくさんの男で溢れていた。もちろんこの間のパーティーとは違い、今度は若者が中心となって、飲んで騒いでいる。

「ミルトン、あっちの部屋はなに?」

 何やら小部屋が並んでいるスペースがあって、男が二人連れ立って入っていった。

「……あそこは…、つまりそういう部屋だよ。言っただろう、恋愛とか抜きで即ヤれるような相手を求めるやつが多いんだよ。あの辺はそういう部屋になっているから近づくなよ」

 なんとなく、夜会での出来事を思い出して、ミルトンの服を掴んだ。大男の下になって、見上げたときの気持ちは恐怖として根を張っていた。

「ノエル…さ、いくら親父に言われたとはいえ、お前の気持ちはどうなの?嫌じゃねーの?」

 ミルトンが軽く咳払いしながら、ずっと聞きたかったことのように、疑問をぶつけてきた。

「え?俺?そりゃビビってるし…納得できないものもあるけど…、俺家族好きだからさ、悲しませたくないんだよね。だから、やれることはやっておきたいんだ」

 事情の部分は違うのだが、ノエルの気持ちとしては、素直にそう思っていることを話した。

「……あのさ、もし恋愛する相手を探したいなら……あの、おっ…俺とか……」

「なんだ、ミルトン!お前今日来てたのか?」

 口ごもりながら話していたミルトンの声を、遮るようにデカイ声が隣から入ってきた。

「げ!アニキ」

 ミルトンの兄はミルトンに良く似ていて、同じブラウンの髪にグリーンの瞳であったが、背がひょろりと高く、アクセサリーをジャラジャラと付けていて派手な感じのする男だった。

 ミルトンの後ろにいたノエルの存在に気がつくと、歯を見せてニヤリと笑った。

「お前、いつの間に男にいくようになったんだよ。俺とアニキは違うとか言ってたくせに」

「ちっ…ちげーよ!こいつは…、友人だよ。男と付き合いたいらしくて、頼ってきたから、トークルームに連れていくところなんだ……」

 なんだと言ってミルトン兄はつまらなそうな顔をした。

「あー…来てもらって悪いが今日トークルームは、急な予約が入って貸切なんだわ」

「はぁ?こんな稼ぎ時に?そんなのやってないだろ?」

「……それが特別な方達なんだよ。どうも外国からのゲストが来ていて、こっちで流行っている夜の店を紹介したいとかそんな話だったかな。悪いがまた別の日に来てくれ」

 なんだかよく分からないが、都合が悪いみたいだった。ミルトンは頭をかきながら、悪いといって謝ってきた。

「いいよ。急に頼んだんだし。また出直すから……」

 二人で外へ出ようとしていると、ミルトン兄が声をかけてきた。

「せっかく来たんだし、一杯店から奢るから飲んでけよ」

 そう言って、ミルトン兄は気を使ってくれたのか、手際よくカウンターの席に案内して注文までしてしまった。

「これは、デカダンってカクテルで子供でも飲めるくらいの軽いやつだから、心配しないで飲んで楽しんでって」

 せっかく出してくれたので、一杯だけいただくことにして、ミルトンと席に座った。

 重い名前のカクテルだが、ほぼ葡萄ジュースみたいなものだったので、そのまま安心して口に運んだ。

「あのさ、今まで色々と悪かったな。ひどいこと言ったし、無視したりして……、てっきりバカにしてふざけているのかと…、お前も事情を抱えてたんだな」

 一息ついたのか、ミルトンが学園でのことについて謝ってきた。

「いや、いいよ。今までひどい態度だったのは俺の方だし、急にしつこく来られても迷惑だっただろうし」

 お互い謝ってから話してみると、ミルトンはいじわるそうな印象とは違い、警戒心が強いだけで普通にいいやつだった。
 ここでも警戒心の強さを発揮して、先程からキョロキョロと周囲を気にしている。

「そんなに気にしなくても、店内は落ち着いているじゃないか……」

「おまっ…気づいてないのか!?店に入ってきたときから、お前、見られているんだぞ」

 確かに視線は感じていたが、その類いの店なのでノエルはそんなものだろうと思っていた。

「品定めしているんだろう。そういう店なんだから気にしてないよ」

「……そうか、ノエルはもともと女にモテるやつだったな。見られることに慣れてるんだっけ。だけど、ここのやつは……」

 ミルトンが何か言いかけたとき、店員の一人がミルトンを呼んだ。なにか、トラブルがあったらしく、オーナーの兄が手が離せないから手伝いを頼まれたのだ。

「行ってこいよ。一人で飲んでるから」

「すぐ戻るけど、絶対誰かが話しかけてくるから、無視しろよ!酒ももらうな、何を入れられるか分からないからな!」

 さんざん色々と注意して、ミルトンは腕捲りしながら店の奥へ消えていった。

 ミルトンが消えてすぐ、言われた通り男が何人か話しかけてきたが、ノエルは無視をした。
 体の関係だけを求める者達とは方向が違うのだ。
 だが一人、やけにしつこいやつがいて、ノエルは困り果てていた。

「いーだろ、少しくらい。酒は奢るし、少し話をするだけだよ」

「悪いけど、友人がすぐ来るから」

「じゃ、来るまでさ。少しでいいから…」

 なかなか諦めないそこ男は、ついにノエルの腕を掴んできた。
 いくらなんでも度が過ぎるとノエルは男を睨みつけた。
 すると男は、ニヤリと笑ってノエルの耳元で声を出した。

「いいね、その顔。君みたいなお上品で綺麗な顔を、苦痛で歪ませて鳴かせるのがたまらく好きなんだよ」

 ゾワリと寒気がして、手を振り払おうしたが、男はノエルを引っ張ってどこかへ連れていこうとした。

「ちょっと!この野郎!はっ離せよ……!」

「大人しくしろ!殴られたいのか!」

 力で強引に連れていこうとする男から逃れるためにノエルがもがいていると、ノエルは別の力で後ろから引き寄せられた。

「無理やりはひどいんじゃない?ここのルール違反だよ」

「んだ、てめーは!引っ込んでろ!」

「……アンタさ、ハロイド子爵の息子だろ。最近やけに問題を起こしているらしいね。これ以上騒ぐとそろそろ子爵の耳にも入ると思うよ」

「なっ……!!」

 ノエルの頭の上で二人がやり取りしているので、ただ眺めるしかないのだが、男は言われたことが効いたのか、クソっと捨て台詞を吐いて店から出ていってしまった。

「ふー!良かった!違うやつだったらどうしようかと思ったよ。なんとなく見たことがある程度だったからね。俺の記憶力ってやっぱりすごいわー!」

 後ろからノエルを支えてくれていた男が、先程の鋭さのある声から一転して、軽い口調でペラペラと話し出した。

 体勢を直して振り向くと、そこには、長めの金髪で紫の瞳をした男が立っていた。顔の作りは男らしく整っていて、ノエルと目が合うとウィンクしてニコリと笑った。いかにも軟派な軽い感じのする男だ。

「ありがとうございます。その…助けていただきまして…」

 困っている子がいたら当然でしょと男は言った。そして、またまた軽い感じで、ノエルの名前を聞き出して、俺のことはエディって呼んでと言って楽しそうに笑った。

「でもノエル、アンタもさ、この店に来るんだから、あの手の男の扱い方くらい知らないの?まさか、童貞ってわけでもないでょう」

「…………」

 エディの重い一撃に、ノエルは何も言えなかった。その二文字の単語に殴られたような衝撃を受けて苦悶の声を上げた。

「……え?まさか……マジで……。なんか思いつめて、ここで童貞捨てようってこと?」

「まさか!そんなここで捨てにきたわけじゃ……」

「だって、そこで座って飲んでるってことは、その相手を探すためにじゃないの?」

 そういう目的の者が集まるとは聞いていたし、当初は別の部屋に案内してもらう予定だった。事情は誰も分からないし、確かに一人で飲んでいたら誤解されても仕方がないのかもしれない。

「あ……おっ俺、男の人と恋愛がしたいんです!体の関係だけを求めてるわけじゃなくて……、すっ好きになりたいっていうか、相手からも好きになってもらいたくて……」

 なんでこんな会ったばかりの男にちゃんと説明しているんだろうと、言いながら頭の中で思っていたが、口に出したらするすると素直に答えてしまった。

「それでここに?おいおい、誰か周りに相談しなかったのかよ」

「してます!十分すぎるほど力になってもらって……、でも俺、全然上手くいかなくて……、可能性があるなら、どこにでもいくつもりでここに来たんです」

 熱く語り出したノエルにちょっと驚きながらも、エディは口の端だけ器用に上げて微笑んだ。
 その微笑みが誰かを思い出させて、ノエルの心臓はドキリと揺れた。

「……面白い話だね。ぜひもっと聞きたいな。よし!向こうに部屋を取ってあるんだ。俺の友人もいるけど、ノエルも来てくれよ」

 うまい酒と料理もあるからとエディは軽い感じで誘ってきた。
 どう断ったらいいのか、目を泳がせていたらミルトンが帰って来た。
 断ってくれるかと思いきや、エディは口が上手く、ミルトンをサクッと丸め込んでしまった。ノエルも助けてもらったこともあって断りきれずに、二人でエディの誘う席に行くことになってしまった。



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