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(6)大人すぎたパーティー
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マレー伯爵主催のガーデンパーティーは、レイチェルが言っていた通り男性が多く出席していて、まさに大人の社交場だった。
「ハズレね!大ハズレ!もっとちゃんと調べればよかった。完全に無駄骨」
まだパーティーの途中だが、すっかりやる気をなくしたレイチェルはノエルを引っ張って、はずれの方に用意されている休憩用のスペースで、ひたすら飲み食いしていた。
「そんなことないよ。色々と有意義な話も聞けたし、遊びにも誘われたよ」
「男って言ってもオヤジとジジィしかいないじゃない!!ノエルも若者食いのジジィに声かけられてなに普通に誘われてるのよ!絶対にダメだからね!」
商談のパーティーというのがポイントだったらしく、本当にそれ目的の父親世代から祖父の世代の人が中心になって熱心にビジネスについて語り合う会になっていた。
その中で若者というだけで珍しい状態で、見た目も綺麗に整えて来ているノエルはオジイサマ達にモテモテで、遊びに誘われたり、自分の会社に入らないかという誘いまであった。
ノエルとしては、若者と話すよりも自然と甘えられるので、オジイサマ達との交流を実は楽しんでいた。
「でも、年齢は関係なく男であれば問題ないわけだし……」
「はぁ?絶対に嫌よ!ノエルがジジィに食われるなんて、私の美学が許さないわ!」
ガブガブとお茶を飲んでいたレイチェルは、怒り顔でちょっと花摘みに行くわとドカドカ歩いて行ってしまった。
大男は良くて、ジジィがいけないというレイチェルの美学はノエルには分からなかった。
レイチェルが食べていたお菓子が残り少なくなっていたので、追加しておこうとノエルは皿を持って休憩スペースから移動した。
新しく並んだお菓子に、レイチェルが好きそうな桃のタルトが目に入ったので、トングに手を伸ばしたとき、同じタイミングで来た隣の人と手が当たってしまった。
「失礼」
「あっ、いえこちらこそ」
珍しい銀色の髪が目に入ってルイスは思わず見入ってしまった。
月光に輝くシルクのような銀髪に褐色の肌と青い瞳、明らかに異国の雰囲気が漂う精悍な顔つきの若い男だった。
「いくつだ?」
「え?17ですけど……」
「そんなに食べるのか!?」
トングを持ったまま、驚愕の顔をしている男を見てノエルは自分の間違いに気がついた。
男は切り分けられたタルトを取ってくれようとしたのだろう。
思わず年齢を答えてしまったアホな自分に恥ずかしくなって、ノエルは顔から火が出そうになった。
「すみません!2つで!間違えました」
「はははっ、良かった。そんなに食われたら、俺の分がなくなるからな」
白い歯を見せて豪快に笑う男は、なんとなく海の香りがした。
「そんなに、ジロジロ見て珍しいか?」
男はノエルの不躾な視線に気がついたらしいが、慣れているらしく口元に笑みを浮かべたまま聞いてきた。
「あっ……すみません!外国の方ですか?初めて見る髪の色だったので……」
「アリーヤ人は初めてか?確かにこの国では見かけないから、珍しいだろうな。マレー伯爵とは取引があってな。今日は呼ばれて参加したが、美女のいないパーティーなんてひどすぎて死にそうだ」
男の話から彼はどうやら隣国からのゲストらしい。全く勉強してこなかったノエルは、恥ずかしながらアリーヤ地方は隣国のどこかにあるというくらいの認識しかない。
彼もまた老人だらけのパーティーに辟易している一人らしい。
「あの、良かったら一緒に向こうで話しませんか?俺の連れは一人しかいませんが、なかなか可愛いですよ」
なんだか、レイチェルと気が合いそうだと、せっかくだしと笑いかけて誘ってみた。
男はビックリしたような顔をしたが、おう、それはいいと喜んで乗ってきた。よほど退屈だったのだろう。
「そうだ、俺も友人がさっき到着したばかりなんた。一応声かけないとすぐ怒るやつだからさ」
男が声をかけた。
その名前を聞いたノエルは、体が痺れて動けなくなってしまった。
先程から集まっていた、オジイサマ達の人だかりの中心にその人はいた。
男が声をかけたことで、人の波がさっと割れるように引いていき、そこに黒髪で黒の礼服をピッチリと着こなした優雅な佇まいの男の背中が見えた。
そこからは時がゆっくり流れるように、その黒髪の男、カインがこちらを振り向いて、すぐにノエルと目が合うと大きく見開かれたのが分かった。
「カイン!お前忙しいんだろう。俺こいつとちょっと抜けるわ」
男のずいぶんと無礼な喋り方に、いったいどういう友人なのかと驚きだったが、それを聞いたカインが花のような笑顔を浮かべてこちらに歩いて来てしまい、ノエルは単純に驚いてばかりいられなくなってしまった。
「やぁ、ノエル。まさかこんなパーティーに君も来ていたとはね」
「え…あの、ちょっと…貿易に興味があって、後学のためにといいますか……」
まさか、男漁りに来ましたと言えるわけがなく、学年ビリの学力の男が後学のためになんてよく言えるわと、頭の中で自分にツッコミを入れて悲しくなった。
「へぇ、ずいぶんと勉強熱心なんだね」
「なんだ、二人は知り合いか?」
そこで、あの男がのんきに入ってきたので、ノエルは変な汗が出てきた。
「いえ、そんな知り合いなんて…」
恐れ多いですと言おうとしたが、その言葉はカインの台詞で遮られた。
「知り合いではないよ。もっと深い仲だ」
「なんだお前ら、そういう関係か」
「え……?あ……あの?」
カインが変な冗談を言い出して、男の方も勝手に勘違いしているので、ノエルはどこをどう否定したらいいのか、もうパニックになっていた。
しどろもどろしていたら、こっちでいいのかと男がスタスタ歩いて行ってしまい、ノエルも慌てて後を追った。
「ちょっと!ノエルどこに行って……!!げっ!!」
トイレから戻って席に誰もいなかったので怒っていたレイチェルだが、ノエルが若い男を引き連れて戻って来たので思わず素が出てしまったような声を出した。
忙しそうだったカインまで付いてきてしまい、レイチェルは慌てて王太子殿下と言いながら堅い挨拶をした。結局4人で休憩スペースを占領して飲み食いすることになった。
「おっ!本当に可愛い子じゃねーか。初めましてレディ、俺はヴァイス・リトウィン。見ての通りアーリア人だ」
「レイチェル・シーランです。えっ?ヴァイス様って…、リトウィンって?もしかして……」
「ああ、アーリア領の領主の息子だ」
それを聞いてレイチェルは急いで立ち上がった。
「申し訳ございません。座ったままで、本来なら私から……」
立ち上がったレイチェルに、たいした席じゃないから、堅苦しくしないでくれと言ってヴァイスは座るように促した。
そのやりとりを、ポカンとした顔で見ていたノエルを見て、カインがおかしそうにクスクスと笑った。
「ノエル、後でゆっくりお話があるから、あなたはあまり喋らない方がいいわよ。おほほほっ」
レイチェルが前に座った二人に見えないように、ギロリと凍るような目で見てきたので、ノエルは震え上がった。
「ああ、お前の名はノエルか。じーさんばかりのパーティーで退屈していたんだ。こんな可愛いレディを紹介してくれてありがとうな」
ノエルの名前なんてどうでもよかったように、ヴァイスは女子がいると分かりやすく機嫌が良くなるらしい。先程までと打って変わって、顔色まで良くなっている。
「そんな、可愛いだなんて。さすがアーリアの方はお上手ですわね」
レイチェルも通常モードのふわふわのおっとり系で、嬉しそうに対応している。
「二人は仲が良いね。同じ二年生?」
黙って微笑んでいたカインがやっとここで声を出した。
「ええ、そうですわ。家が近いので、学園に入る前から仲良くはしておりましたけど」
「レイチェルは先日のエドワードの夜会にも来ていたね」
「ええ…はい」
「そうか、君が友達か……」
レイチェルとカインの間になんとも言えない空気が流れている。二人とも完璧な笑顔なのに、なぜだかピリついたようなものを感じて、ノエルは話を変えた方がいいのかとタイミングを探していた。
そこで、同じく空気を読んだのか、ヴァイスが飲み物がないと言ってレイチェルに一緒に取りに行こうと誘った。
天の助けのように思って、二人が連れだって歩いていくのをホッとしながら見ていたノエルだが、そういえば自分はカインと二人だということに気がついて緊張の大波が襲ってきた。
ずっとお礼を言おうと思っていたのだ。ゴクリと唾を飲み込んでノエルは自分に気合いを入れた。
「あ…あの!カイン様!先日は私のお恥ずかしながら、危ないところを助けていただき、まことに感謝をしておりまして、このご恩は生涯にわたって……」
レイチェルの真似をして堅苦しいお礼にチャレンジしていたが、言い終わらないうちに、耐えきれないという顔をして、カインが笑い出した。
「どうしたの?その喋り方?」
大声になりそうなのを、必死に堪えているみたいに、詰めたような声でカインはお腹を抱えて笑っている。
「え……?なにか…おかしいところでも……」
「大アリでしょう。急にそんな取って付けたような喋り方、似合わなくて…、あーおかしいっっ」
目尻に涙まで出てくるくらいカインは笑っていて、これは謝った方がいいのかとノエルはあたふたと慌て出した。
「ノエルはさ、初めて会った時から思ったけど、ちょっとおバカだよね」
「うぅ…」
自分でもそれは分かっているのだが、改めて指摘されると、はいそうですとは言えないものである。
「いや、いいんだよ。ツンとした上品そうな見た目のくせに中身がポンコツというね。良いギャップだよね。俺は気に入ったよ」
王子から気に入ったなどと言われたら、普通は感謝を伝えるべきなのだろう。この場合はどうなのか、選択を迫られたノエルはますます焦り出した。
「そっ……それは!褒めていただけたのでしょうか」
「うーん、褒める?まぁそうだね」
「……ありがとうございます。あの、俺…幸せです」
ノエルはとっさに時代劇とかで、お殿様にありがたき幸せですと、部下が伝えるシーンを思い出した。言い回しがおかしいかもしれないが、伝わるだろうと思った。
「へ?幸せなの?」
「はっはい!」
テーブルを挟んで対面に座っていたはずのカインが、いつの間にかレイチェルのいた隣の席に来ていて、急に近くなった距離にノエルの心臓はドキドキと右に左に揺れ出した。
「あまり可愛いこと言わないでよ。たまらなくなるじゃないか」
「え……」
カインが何を言ったのか、頭の中が動き出す前に、手を引かれてカインの方へ傾いたノエルは、そのままカインにすっぽりと抱き締められた。
自分の置かれている状況がよく理解できずに、固まってしまったノエルの耳元に口を寄せたカインは優しく囁いた。
「この間言ったこと覚えている?あれは冗談じゃないからね」
カインの声は耳に入ると心地よく、ビリビリと甘い痺れか全身を駆け抜けていく。
何を言っているのかノエルには全然分からないが、男に抱き締められているというのに、不思議と全く嫌な気持ちはしない。むしろ、ドキドキと心臓がうるさく鳴り響く。音が聞こえてしまうのではないかというくらいだ。
「カイン様…」
このままだと、心臓が壊れてしまうかもしれない。ノエルは助けを求めるように、カインの琥珀色の瞳を覗きこんだ。太陽にあたるとよりいっそう金色に輝いて見えて、その美しさに見惚れてしまう。
「このまま二人で消えたいけど、それはまた今度」
そう言ってカインは悪戯っぽく微笑んで、ノエルの瞼にキスを落とした。
「全くしけたパーティーだぜ。酒もないなんて、冗談でも笑えねーよ」
「残念ですわ。この辺りの名産のワインをぜひ飲んでいただきたかったです」
「よし!レイチェル嬢、抜け出して飲み直そう!」
ドカドカと足音がして、期待した収穫がなかったようで、不機嫌そうなヴァイスとレイチェルが戻ってきた。
「よし、じゃない。ヴァイス、今日はマレー伯爵と商談の予定だよ。わざわざ俺も参加するんだから、さっさと話を決めてくれないと困るんだけど」
「あー、うるさいのがいたんだった。カインに頼まなきゃ良かったぜ」
「そう思うのなら、次からはエド辺りに仲介を頼んでくれよ」
「いやー、あいつはあいつで面倒だし…、後が大変で…」
カインとヴァイスが軽妙なやり取りをしている横で、ノエルは下を向いてひたすら飲み物を飲んでいるふりをしていた。
そうでもしないと、明らかに真っ赤になった顔が隠せなくて、二人にバレてしまうからだ。
そんなノエルの不自然な姿をレイチェルは口元に笑みを浮かべたまま、考えるようにじっと眺めていたのであった。
□□□
「ハズレね!大ハズレ!もっとちゃんと調べればよかった。完全に無駄骨」
まだパーティーの途中だが、すっかりやる気をなくしたレイチェルはノエルを引っ張って、はずれの方に用意されている休憩用のスペースで、ひたすら飲み食いしていた。
「そんなことないよ。色々と有意義な話も聞けたし、遊びにも誘われたよ」
「男って言ってもオヤジとジジィしかいないじゃない!!ノエルも若者食いのジジィに声かけられてなに普通に誘われてるのよ!絶対にダメだからね!」
商談のパーティーというのがポイントだったらしく、本当にそれ目的の父親世代から祖父の世代の人が中心になって熱心にビジネスについて語り合う会になっていた。
その中で若者というだけで珍しい状態で、見た目も綺麗に整えて来ているノエルはオジイサマ達にモテモテで、遊びに誘われたり、自分の会社に入らないかという誘いまであった。
ノエルとしては、若者と話すよりも自然と甘えられるので、オジイサマ達との交流を実は楽しんでいた。
「でも、年齢は関係なく男であれば問題ないわけだし……」
「はぁ?絶対に嫌よ!ノエルがジジィに食われるなんて、私の美学が許さないわ!」
ガブガブとお茶を飲んでいたレイチェルは、怒り顔でちょっと花摘みに行くわとドカドカ歩いて行ってしまった。
大男は良くて、ジジィがいけないというレイチェルの美学はノエルには分からなかった。
レイチェルが食べていたお菓子が残り少なくなっていたので、追加しておこうとノエルは皿を持って休憩スペースから移動した。
新しく並んだお菓子に、レイチェルが好きそうな桃のタルトが目に入ったので、トングに手を伸ばしたとき、同じタイミングで来た隣の人と手が当たってしまった。
「失礼」
「あっ、いえこちらこそ」
珍しい銀色の髪が目に入ってルイスは思わず見入ってしまった。
月光に輝くシルクのような銀髪に褐色の肌と青い瞳、明らかに異国の雰囲気が漂う精悍な顔つきの若い男だった。
「いくつだ?」
「え?17ですけど……」
「そんなに食べるのか!?」
トングを持ったまま、驚愕の顔をしている男を見てノエルは自分の間違いに気がついた。
男は切り分けられたタルトを取ってくれようとしたのだろう。
思わず年齢を答えてしまったアホな自分に恥ずかしくなって、ノエルは顔から火が出そうになった。
「すみません!2つで!間違えました」
「はははっ、良かった。そんなに食われたら、俺の分がなくなるからな」
白い歯を見せて豪快に笑う男は、なんとなく海の香りがした。
「そんなに、ジロジロ見て珍しいか?」
男はノエルの不躾な視線に気がついたらしいが、慣れているらしく口元に笑みを浮かべたまま聞いてきた。
「あっ……すみません!外国の方ですか?初めて見る髪の色だったので……」
「アリーヤ人は初めてか?確かにこの国では見かけないから、珍しいだろうな。マレー伯爵とは取引があってな。今日は呼ばれて参加したが、美女のいないパーティーなんてひどすぎて死にそうだ」
男の話から彼はどうやら隣国からのゲストらしい。全く勉強してこなかったノエルは、恥ずかしながらアリーヤ地方は隣国のどこかにあるというくらいの認識しかない。
彼もまた老人だらけのパーティーに辟易している一人らしい。
「あの、良かったら一緒に向こうで話しませんか?俺の連れは一人しかいませんが、なかなか可愛いですよ」
なんだか、レイチェルと気が合いそうだと、せっかくだしと笑いかけて誘ってみた。
男はビックリしたような顔をしたが、おう、それはいいと喜んで乗ってきた。よほど退屈だったのだろう。
「そうだ、俺も友人がさっき到着したばかりなんた。一応声かけないとすぐ怒るやつだからさ」
男が声をかけた。
その名前を聞いたノエルは、体が痺れて動けなくなってしまった。
先程から集まっていた、オジイサマ達の人だかりの中心にその人はいた。
男が声をかけたことで、人の波がさっと割れるように引いていき、そこに黒髪で黒の礼服をピッチリと着こなした優雅な佇まいの男の背中が見えた。
そこからは時がゆっくり流れるように、その黒髪の男、カインがこちらを振り向いて、すぐにノエルと目が合うと大きく見開かれたのが分かった。
「カイン!お前忙しいんだろう。俺こいつとちょっと抜けるわ」
男のずいぶんと無礼な喋り方に、いったいどういう友人なのかと驚きだったが、それを聞いたカインが花のような笑顔を浮かべてこちらに歩いて来てしまい、ノエルは単純に驚いてばかりいられなくなってしまった。
「やぁ、ノエル。まさかこんなパーティーに君も来ていたとはね」
「え…あの、ちょっと…貿易に興味があって、後学のためにといいますか……」
まさか、男漁りに来ましたと言えるわけがなく、学年ビリの学力の男が後学のためになんてよく言えるわと、頭の中で自分にツッコミを入れて悲しくなった。
「へぇ、ずいぶんと勉強熱心なんだね」
「なんだ、二人は知り合いか?」
そこで、あの男がのんきに入ってきたので、ノエルは変な汗が出てきた。
「いえ、そんな知り合いなんて…」
恐れ多いですと言おうとしたが、その言葉はカインの台詞で遮られた。
「知り合いではないよ。もっと深い仲だ」
「なんだお前ら、そういう関係か」
「え……?あ……あの?」
カインが変な冗談を言い出して、男の方も勝手に勘違いしているので、ノエルはどこをどう否定したらいいのか、もうパニックになっていた。
しどろもどろしていたら、こっちでいいのかと男がスタスタ歩いて行ってしまい、ノエルも慌てて後を追った。
「ちょっと!ノエルどこに行って……!!げっ!!」
トイレから戻って席に誰もいなかったので怒っていたレイチェルだが、ノエルが若い男を引き連れて戻って来たので思わず素が出てしまったような声を出した。
忙しそうだったカインまで付いてきてしまい、レイチェルは慌てて王太子殿下と言いながら堅い挨拶をした。結局4人で休憩スペースを占領して飲み食いすることになった。
「おっ!本当に可愛い子じゃねーか。初めましてレディ、俺はヴァイス・リトウィン。見ての通りアーリア人だ」
「レイチェル・シーランです。えっ?ヴァイス様って…、リトウィンって?もしかして……」
「ああ、アーリア領の領主の息子だ」
それを聞いてレイチェルは急いで立ち上がった。
「申し訳ございません。座ったままで、本来なら私から……」
立ち上がったレイチェルに、たいした席じゃないから、堅苦しくしないでくれと言ってヴァイスは座るように促した。
そのやりとりを、ポカンとした顔で見ていたノエルを見て、カインがおかしそうにクスクスと笑った。
「ノエル、後でゆっくりお話があるから、あなたはあまり喋らない方がいいわよ。おほほほっ」
レイチェルが前に座った二人に見えないように、ギロリと凍るような目で見てきたので、ノエルは震え上がった。
「ああ、お前の名はノエルか。じーさんばかりのパーティーで退屈していたんだ。こんな可愛いレディを紹介してくれてありがとうな」
ノエルの名前なんてどうでもよかったように、ヴァイスは女子がいると分かりやすく機嫌が良くなるらしい。先程までと打って変わって、顔色まで良くなっている。
「そんな、可愛いだなんて。さすがアーリアの方はお上手ですわね」
レイチェルも通常モードのふわふわのおっとり系で、嬉しそうに対応している。
「二人は仲が良いね。同じ二年生?」
黙って微笑んでいたカインがやっとここで声を出した。
「ええ、そうですわ。家が近いので、学園に入る前から仲良くはしておりましたけど」
「レイチェルは先日のエドワードの夜会にも来ていたね」
「ええ…はい」
「そうか、君が友達か……」
レイチェルとカインの間になんとも言えない空気が流れている。二人とも完璧な笑顔なのに、なぜだかピリついたようなものを感じて、ノエルは話を変えた方がいいのかとタイミングを探していた。
そこで、同じく空気を読んだのか、ヴァイスが飲み物がないと言ってレイチェルに一緒に取りに行こうと誘った。
天の助けのように思って、二人が連れだって歩いていくのをホッとしながら見ていたノエルだが、そういえば自分はカインと二人だということに気がついて緊張の大波が襲ってきた。
ずっとお礼を言おうと思っていたのだ。ゴクリと唾を飲み込んでノエルは自分に気合いを入れた。
「あ…あの!カイン様!先日は私のお恥ずかしながら、危ないところを助けていただき、まことに感謝をしておりまして、このご恩は生涯にわたって……」
レイチェルの真似をして堅苦しいお礼にチャレンジしていたが、言い終わらないうちに、耐えきれないという顔をして、カインが笑い出した。
「どうしたの?その喋り方?」
大声になりそうなのを、必死に堪えているみたいに、詰めたような声でカインはお腹を抱えて笑っている。
「え……?なにか…おかしいところでも……」
「大アリでしょう。急にそんな取って付けたような喋り方、似合わなくて…、あーおかしいっっ」
目尻に涙まで出てくるくらいカインは笑っていて、これは謝った方がいいのかとノエルはあたふたと慌て出した。
「ノエルはさ、初めて会った時から思ったけど、ちょっとおバカだよね」
「うぅ…」
自分でもそれは分かっているのだが、改めて指摘されると、はいそうですとは言えないものである。
「いや、いいんだよ。ツンとした上品そうな見た目のくせに中身がポンコツというね。良いギャップだよね。俺は気に入ったよ」
王子から気に入ったなどと言われたら、普通は感謝を伝えるべきなのだろう。この場合はどうなのか、選択を迫られたノエルはますます焦り出した。
「そっ……それは!褒めていただけたのでしょうか」
「うーん、褒める?まぁそうだね」
「……ありがとうございます。あの、俺…幸せです」
ノエルはとっさに時代劇とかで、お殿様にありがたき幸せですと、部下が伝えるシーンを思い出した。言い回しがおかしいかもしれないが、伝わるだろうと思った。
「へ?幸せなの?」
「はっはい!」
テーブルを挟んで対面に座っていたはずのカインが、いつの間にかレイチェルのいた隣の席に来ていて、急に近くなった距離にノエルの心臓はドキドキと右に左に揺れ出した。
「あまり可愛いこと言わないでよ。たまらなくなるじゃないか」
「え……」
カインが何を言ったのか、頭の中が動き出す前に、手を引かれてカインの方へ傾いたノエルは、そのままカインにすっぽりと抱き締められた。
自分の置かれている状況がよく理解できずに、固まってしまったノエルの耳元に口を寄せたカインは優しく囁いた。
「この間言ったこと覚えている?あれは冗談じゃないからね」
カインの声は耳に入ると心地よく、ビリビリと甘い痺れか全身を駆け抜けていく。
何を言っているのかノエルには全然分からないが、男に抱き締められているというのに、不思議と全く嫌な気持ちはしない。むしろ、ドキドキと心臓がうるさく鳴り響く。音が聞こえてしまうのではないかというくらいだ。
「カイン様…」
このままだと、心臓が壊れてしまうかもしれない。ノエルは助けを求めるように、カインの琥珀色の瞳を覗きこんだ。太陽にあたるとよりいっそう金色に輝いて見えて、その美しさに見惚れてしまう。
「このまま二人で消えたいけど、それはまた今度」
そう言ってカインは悪戯っぽく微笑んで、ノエルの瞼にキスを落とした。
「全くしけたパーティーだぜ。酒もないなんて、冗談でも笑えねーよ」
「残念ですわ。この辺りの名産のワインをぜひ飲んでいただきたかったです」
「よし!レイチェル嬢、抜け出して飲み直そう!」
ドカドカと足音がして、期待した収穫がなかったようで、不機嫌そうなヴァイスとレイチェルが戻ってきた。
「よし、じゃない。ヴァイス、今日はマレー伯爵と商談の予定だよ。わざわざ俺も参加するんだから、さっさと話を決めてくれないと困るんだけど」
「あー、うるさいのがいたんだった。カインに頼まなきゃ良かったぜ」
「そう思うのなら、次からはエド辺りに仲介を頼んでくれよ」
「いやー、あいつはあいつで面倒だし…、後が大変で…」
カインとヴァイスが軽妙なやり取りをしている横で、ノエルは下を向いてひたすら飲み物を飲んでいるふりをしていた。
そうでもしないと、明らかに真っ赤になった顔が隠せなくて、二人にバレてしまうからだ。
そんなノエルの不自然な姿をレイチェルは口元に笑みを浮かべたまま、考えるようにじっと眺めていたのであった。
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