愛を知らずに生きられない

朝顔

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(3)パーティーに参戦

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「はぁ……。本当に行くの?」

「今さらなに言っているのよ。覚悟を決めなさい!」


 レイチェルに転生者であることを打ち明けてから、レイチェルの動きは早かった。
 この日は必ず明けておいてとある日程を言われて、そのまま学園終わりに服屋に連れていかれた。
 てきぱきと採寸されて、勝手にあれこれと決められてオーダーされてしまった。
 おかげで、ノエルがこそこそと貯めてきた貯金は全て飛んで行ってしまった。

 翌日から学園の中では、男と話すのを慣れるため、誰でもいいから会話をすることを命ぜられた。おかげで、突然話しかけてくるようになったノエルにみんなドン引きで、今のところクラスの男共から完全に変な目で見られている。

 そして、ついにレイチェルから言われていた日が来て、休みだったその日は午後からレイチェルの家に呼ばれた。
 レイチェルの家のメイド達が勢揃いで、ゴシゴシと体を洗われて、ボサボサだった髪の毛を切られた。
 その後は、先日注文していたタキシードに着替えさせられて馬車に押し込まれたのだ。


「これは、変わったわね。……私の見立ては間違いなかったわ。素材は良いのにノエルは無頓着過ぎなのよ。きっと視線を集めるわ、女も……もちろん男も」

「体洗って着替えただけだよ。女の子がドレスにメイクをするわけじゃないんだから、男なんてたいして変わらないだろ」

 馬車の中で待ちくたびれていたレイチェルは、ピンク色の花びらが重なったようなドレスを着ている。制服姿と違って清楚な色気がある。変わるというのはレイチェルにこそ似合う台詞だ。

「ちゃんと鏡見たの?男の人ほどキチンとした服を着れば変わるものよ」

 確かに体に合ったタキシードは着心地が良い。髪は後ろに流して撫で付けてある。いつも前髪で隠れている目元が全部出ているので、落ち着かないが見やすくはなった。
 ノエルの感想としてはそれだけだ。

「まぁいいわ。会場に着いて自分で確認して。それより、今日は第二王子のエドワード様主催の夜会よ。若手の高位の貴族を集めた交流会みたいなものね」

「は?」

「は?じゃないわよ!綺麗な格好して私とデートするとでも思ったの?連れていくって言ったでしょ!」

 確かにどこか集まりにでも誘われるのだろうと思っていたが、まさかの王子主催のパーティーに行くことになるとは思ってもみなかった。
 というか今さらだが、レイチェルが公爵家の令嬢だったことを思い出した。彼女なら招待されても不思議ではない。

「ええ!?おっ俺なんかが行っていいの?」

「私と一緒だから大丈夫よ。ちゃんと青いポケットチーフも用意してきたから…」

 レイチェルのその言葉を聞いて、ノエルは現実に引き戻されて背中に嫌な汗が出てきたのを感じた。

 この世界はいわゆる同性婚が認められている。というか、偏見とかはあまりなく、例えば王様が同性と結婚したとしても誰も文句は言わない。
 ノエルは聞くのも嫌だったのでよく知らないが、同性同士でも子供を授かる方法があるらしい。さすが、ババァ愛読書の世界だ。

 性的嗜好は様々だが、男女が多数派であり、同性は少数であると言われているが、どっちもイケるというタイプも多いらしい。

 貴族はパーティーなどで、相手を求めることが多い。同性の相手を希望する者は目印をつけることがルールだ。
 男が男を求めるときは、目印として青いポケットチーフを胸元に飾るのだ。

 そもそもノエルはパーティーの類いが苦手だった。親の付き合いで昔は参加していたが、ずっと女の子に囲まれていて身動きが取れず、満足に飲み食いも出来ないので、面倒すぎて近年はほとんど行くことがなくなった。

「……そうか。これ……つけるのか」

 青いポケットチーフを手に持って見つめながら、ノエルは深いため息をついた。

「今までの生活でノエルが誰ともそういう関係にならなかったのは、行動範囲が限られていて、限られた人間としか出会ってなかったからよ。別に今日狙いを定めてベッドに持ち込めっていう話じゃないのよ。色々なタイプの人ともっとよく話してみないと……」

「リアルなこと言うね……」

 ベッド云々のくだりで心が折れそうになって、ノエルは頭を抱えた。

「…………ところで聞いていい?ノエルは攻めなのかしら、それとも受けなの?」

 完全に心が折れてノエルはもっと深く頭を垂れた。それは俺も知りたいよと小さい声がやっと口から出たのだった。


 □□


「つまり、女の子みたいな可愛い男の子をベッドで押し倒しても、気持ちが上がらなかった?ということ?」

「あー、そうだね。だいたい合ってる」

 レイチェルの執拗な追求に完敗したノエルは、ついに過去の嫌な思い出を話すことになった。それでもプライドがあるので、はっきりとは言えなかったのでごまかした。

「ということは……、とことん男らしいタイプに狙いを絞ってみたら?」

「え?」

「つまり、筋肉がガチガチのムキムキで、極太眉毛で目が殺し屋みたいなイカツイ系よ!」

「……レイチェル、楽しんでるでしょう。俺がそれに抱かれろと?」

 ノエルは想像しただけで、恐怖と嫌悪が込み上げてきて泣けてきた。

「しっかりしなさいよー!死ぬ気になればなんでもできるわよ。一回すれば気持ちもついていくかもしれないし!」

 騎士団辺りの人がいいかしらなんて、レイチェルは勝手に選定を始めてしまった。

 確かに自分が立たなくても、相手が立つなら体を繋げる行為はできるだろう。

 馬車は徐々に会場に近づいていく。ノエルは車輪が壊れて外れてしまえばいいのにと、本気で願ったのだった。


 □□


 夜会の会場に着いて、レイチェルのエスコート役として横に付き添った。
 会場は王宮近くにある王族のお城で開かれていて、なるほどただの飾りから調度品の類いまで豪華絢爛、高級そうなもので揃えられていた。

 レイチェルが変わったと言ってくれたのもよく分かった。レイチェルと並んでいるからかもしれないが、確かにかなりの視線を集めている。
 すれ違う女性が頬を赤らめながらこちらに視線を送ってきて、ノエルの胸元を見て一気に顔が曇るというのを先程から繰り返している。

「さぁ、勝負よ。私が良さそうなガチムキ系を探してくるからノエルは適当に飲み食いしてて」

「あっ…」

 一人にされるのが不安だったが、レイチェルはさっさと会場内の人の波に消えてしまった。

 ポツンと残されたノエルはあることに気がついた。
 周りに女の子が寄って来ないのである。
 いつも、こんな場面なら、サーっと囲まれて質問攻めにあって、一から答えているといつの間にかパーティーは終わってしまう。
 それが今ノエルは完全なポツン状態なのだ。
 胸元の青の効果は抜群だった。

 ノエルは使命は置いておいて、葡萄酒をもらって大皿に盛り付けられている軽食に手をつけた。
 クラッカーの上にサーモンとチーズが乗っているものが絶品過ぎて、ついついパクパクと食べてしまう。
 葡萄酒にいたっては、普段そんなに飲まないのに、高級品は味が違うのか美味しく感じて、こちらも杯を重ねてしまう。

 夢中になってガツガツと食していたら、横でクスクスという抑えたような笑い声が聞こえてきた。

 反射的に目を向けると、サラサラとした黒髪の男が立っていた。
 琥珀色の瞳が印象的な端正な顔立ちをしていた。ノエルよりは背が高く、少し上から見下ろされているが顔には幼さが残っているので、歳は同じくらいだろう。

 上等そうなタキシードには、ジャラジャラと色んな飾りみたいなものが付いていて、ノエルにはよく分からないが、明らかに高位の貴族か王族のようにも見える。

「先程から見ているけど、美味しそうによく食べて飲んでいるね。そんなにお腹が空いているの?」

 男は薄い唇の端の方だけ器用に上げて微笑んでいる。もしかしたら、軽くバカにされているのかもしれないが、ノエルはあまり気にしなかった。

「あー……、そこまで空いてはないですけど。つい嬉しくて」

「嬉しい?」

「こういう席では邪魔されることが多くて……、でも今日はコレのおかげで自由を謳歌しているんです」

 葡萄酒の勢いもあってノエルは気分が良かったので、ノリノリで胸元の青いチーフをチラリと指差した。すると男は、ああなるほどと言って納得したような顔をした。
 男の胸元には無難な白いチーフがさしてあったので、それを見て気持ちが緩んだのもあった。

「つまり、それは偽りの飾りというわけなのかな」

「んー……、それがそういうワケにもいかなくて……、これが悩ましいことなんですけど、そっちの相手を見つけないといけないんです」

「男の恋人を?望んでいるわけでもないのに?なにか事情かあるの?」

 男は何に興味を引かれたのか知らないが、ぐいぐいと質問してきた。
 普段なら余計なお世話とでも言って適当にあしらって逃げたのかもしれない。だが、すっかり葡萄酒がまわった頭で逃げることなど思いつかずに、ノエルはどう答えるのがいいかぐるぐる考えていた。

「これでも色々と頑張ったんです……。でもどうしても女性とはできなくて……情けない……あー俺は情けない男ですよ」

 自分が何を言っているのかもよく分からなくなってきて、ノエルは素直に男の事情をポロポロとこぼした。

「へぇ……女がだめだったのか。それで男にしてみようと思いついたわけだ」

「そーです。はははっ…愉快な話でしょう。これから、友達がムキムキの大男を連れてきてくれるから、そしたら俺はきっと食べられちゃうんですよ。あーこわいよぉ…やだよ…」

 とろんとした目になって、舌も回らなくなり、ついに足がおぼつかなくなってしまったノエルを男が横に来て支えてくれた。

「量も考えず飲み過ぎたな、椅子に座ろう。水を持ってきてあげるから」

 男に支えられたままなんとか歩いて、会場の壁沿いにある椅子まで連れてこられた。
 なんとかお礼のようなものを言うと、男はクスリと笑ってノエルの耳元で何か囁いた後、水を取ってくるから待っていてと言って行ってしまった。

 そのまま椅子に背中を預けて寝てしまいそうになったとき、レイチェルの声がして叩き起こされた。

「ノエル!信じられない!せっかく連れてきたのに酔っぱらうなんて!……でも酔った勢いでヤっちゃうのもありかしら。もしかしたらそれで呪いみたいなのがとけたらラッキーだわ!」

 気持ちの部分を上手く説明できていなかったこともあって、レイチェルはこれがチャンスだと思い込んでしまった。ノエルをなんとか立たせて歩かせて引っ張って行った。

 会場の脇から出で、そのままふらふらとしながら廊下を進んだ辺りで、レイチェルはそこに立っている人に声をかけた。

「お待たせ!ハイラム!この子がさっき話したノエルよ」

 ハイラムと呼ばれた男はレイチェルの知り合いらしく、レイチェルが探していた通りの、筋肉ムキムキの大男だった。

「うわぁ、マジっすか。こんな綺麗な人、本当にいいんですか?これは役得だなぁ」

「何度も言うけど私の大事な友人よ。事情があってお願いするしかないんだけど、大切に扱って傷とか絶対につけないでね!」

「そりゃもちろん!任せてください」

 ハイラムは元気にそう答えると、レイチェルからノエルを渡されて、簡単に持ち上げてしまった。

 ノエルは頑張ってと手を振るレイチェルの姿が揺れて見えたのを、なぜだろうと酩酊状態の頭でぼんやりと考えていた。

 休憩用の部屋を使わせてもらいましょうという、知らない男の声もどこか遠くで聞こえた。

 ギギッと扉が開く音がして、明かりの少ない薄暗い部屋に連れてこられた。
 ずっと意識の遠くに行ってしまった音だったが、扉が閉まる音だけはやけにリアルにガタンと聞こえてノエルの止まっていた思考が、その音に押されるように浮上してきたのだった。




 □□□
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