33 / 34
XXXIII(END)
しおりを挟む
俺がいないと生きれないというのは、単なる比喩みたいなものだと思っていた。
アルメンティスはずっと眠り続けて、次の日の朝にやっと目が覚めた。
こんな所にはいられないとすぐにカリアドのクルーザーを下りて学校へ戻った。
何日かぶりに満足な睡眠が取れて風呂にも入り、食事もびっくりするくらいの量を食べてアルメンティスはどうにか元の状態に戻った。
それを見たらこれは比喩とかじゃなく、本格的にそういう事なのではと思い始めた。
ジェロームがだから言っただろうという目で見てきて、なんとも言えない気持ちになった。
「……とりあえず、俺がいないとダメ人間みたいになるのはやめろ。俺がいなかった頃は不眠症はあっても普通に生活していただろう」
「思い出せないんだよねぇ。どうやって生きていたか……。水の世界から陸に上がった生物になったみたいだよ。レイがいないと呼吸ができないみたいな」
「みたいな、じゃねーよ。もっとしっかりしてくれ」
はぁいと嬉しそうに言って、アルメンティスが笑った。まるで子供だ。これじゃどっちが神だか分からない。
再会してからは、アルメンティスは俺にピタリとくっ付いてきて離れない。やっと食事を終えて部屋に戻ったが、ベッドに座ってもずっと俺を抱きかかえたまま離さなかった。
「レイ、俺ね、決めたんだ。自分の好きなように生きるって……。色々と縛られてきたけど全部断ち切って、レイと一緒に生きたい……」
「ああ…」
「自分の資産はそれなりにあるし、個人の会社もあるから、アルガルトからは離れるつもり。色々と揉めるし時間もかかると思うけど……」
「いいのか?本当にそれで……」
「うん。本当はずっと窮屈で苦しかったんだ。でも、レイと出会ってやっと自分の人生を生きていきたいと思えた。もうあそこには戻りたくないんだ」
アルメンティスは真剣な顔で、自分の気持ちを意思を語ってくれた。俺も逃げていないでちゃんと向き合わないといけない。
胸に熱いものが込み上げてきて、緊張で心臓がドクドクと揺れだした。
「レイは…付いてきてくれる?」
「ああ、お前が側にいて欲しいって言うなら、ずっといる」
「レイ……」
「ただ、聞いて欲しい。俺はお前の側にいることに相応しい男なのか。俺の話を聞いて、それでもいいって言うなら…この手を取ってくれ」
俺はアルメンティスの腕の中から抜け出して、向き合うように座った。
ミクラシアン家では、叔父に過去の話を聞かれたことはない。忘れろ、もう思い出すな、そう言われてきたからだ。
無理矢理蓋をした過去はぐつぐつと煮立つように溢れてきて、悪い事をしたという気持ちで押しつぶされそうだった。
何も言わずにアルメンティスの側にいることなどできない。
もしも嫌だと言われたらと思うと、全身が恐怖で冷えていったが、意を決して俺は自分の事を話し始めた。
赤ん坊の頃に事故に遭って両親を亡くした事、その後は親戚の家を転々として家族の形というものを知らないで育った事。最後に行き着いたオジサンとの生活、そして終わりについて……。
「俺は…、自分の手で火をつけた。あの時は殺意を持って火を……、死んでもいいと思った。殺してやろうと思ったんだ。自分もすぐ死のうと思ったけど…、出来なかった。俺は、罪人なんだ。俺みたいなのがアルメンティスの側にいたら……」
「レイ、よくやったよ」
「え………」
「君は強い人だ。誰の手も借りず、自分の手で道を切り開いたんだ。何も悪くない、罪だなんて思う必要はない。子供を傷つける最低な奴らが受けた当然の罰だ。俺が過去に行けるなら、レイを傷つけたヤツらを全員殺してやる。それができないのが悔しい……」
「アルティ……」
アルメンティスは肩を震わせていた。瞳の色はあの燃えるような赤に変わり、怒りに震えているのだと分かった。
「もう苦しまなくていいよ…。楽しいことも嬉しいことも全部俺が教えるから…、レイが幸せになれるように、俺がずっと守っていく……」
「ううっ……」
アルメンティスの言葉に、手に絡みついていた鎖が剥がれて落ちていくような気持ちになった。それは誰でもない、俺が自分自身で付けていたものだった。
代わりにボタボタと涙の粒が俺の手の上に落ちてきた。
「レイが何をしていても俺は受け入れるつもりだったよ。だってもう俺は、あの時、レイの手を取ったでしょう。離さないって誓ったじゃないか」
それが船の上で重ねられた手のことを示していることに気がついた。
そしてもう一つ、アルメンティスの瞳はいまだ赤いままだったが、この目を見るといつも身体中から湧き出てきた衝動が、ピタリとなくなっていた。
「辛い思い出が君の奥底にあったとしても、それを消し去って、もういいよって言うくらい、レイを幸せで包んであげたい」
「あ…アル……ティ……」
「遠回りしちゃってごめん。愛してるよ、レイ」
「うっ…うん…お…れ……も……」
泣きすぎて声が裏返り、変な掠れた声しか出なかった。
それでもアルメンティスは俺の返事を聞いて嬉しそうに笑って抱きしめてくれた。
俺がアルメンティスの瞳、そして赤い色に惹かれたのは、罰して欲しかったのだ。父と母を連れていき、オジサンと女を燃やした赤い炎に……俺は焼かれて消えてなくなりたかった。
それが、救われる道だと思ってきたから……。
でもアルメンティスが罪ではないと言ってくれた。俺の手を取ってくれる人がこの世界にいる。それに気が付いたから、もう赤色を見ても衝動に駆られることはなくなった。
まだ明るい日差しが溢れる部屋で、アルメンティスと二人だけ、いつまでも抱き合った。
軽く触れ合うものから、深く繋がるものまで、隙間がないくらい、長い長い時間をかけて抱き合って愛を確かめ合った。
身を焦がして消し去る炎ではなく、愛しい人の瞳に宿る炎のような強さ、それこそが俺が求めていたもの。
永遠だと思える愛の色だった。
「レイ、まだ終わっていませんよ」
ジェロームから手が止まっていますと言われて、考え事ばかりでほとんど進んでいない事に気が付いた。
「今日中に輪っかを全て糊付けしないと、間に合いませんからね」
「はいはい、分かったって。ったく、なんで俺が飾り担当なんだ。会場の設営係の方が向いていると思うが……」
「本気で仰ってますか?パイプ椅子1500個、テーブル50個、その他にも大量に移動するものもありますし、片付けも率先してやっていただけますか?」
「……すまない、勘違いだった」
アルメンティスと心を通わせて愛を交わし、俺はアルメンティスの天使であるが、本当の恋人になった。
あのドタバタのバカンスから連休は終わり、学校は通常通り再開した。
俺はまた火の棟に戻り、天使としての仕事を割り振られて、以前と変わらぬ生活に戻った。
アルメンティスと一緒に寝て、朝は起こされて学校へ行き、天使の仕事もやりながら、また夜は抱き合って眠る。
なんとも忙しいが、アルメンティスの側にいられるだけで幸せな生活だった。
そして今は明日にアルメンティスの誕生日会を控えて、学校中の生徒がその準備に追われていた。
毎年盛大にやるらしいが、今年は最後の年ということもあり、海外の来賓から、人気のアーティストまで大勢呼ばれて豪華な誕生日会が予定されている。
俺はなぜか手先が不器用なのに、飾りの制作担当に任命されて、部屋にこもって紙を使って花や輪っかを作っている。
こんなに作らされて疑問しかないのだが、絢爛豪華な会場のどこに、この手作り感満載な飾りを飾るスペースがあるのか謎だ。
俺は三日前からどう考えても歪んでいる輪っかをずっと作っている。色々言いたいことはあるのだが、他の生徒たちもそれぞれ担当があってみんな頑張っているので、仕方なく飲み込んで、輪っか作りを再開した。
しかし、ついつい時計が気になって目をやってしまうのが止められない。
なぜなら、今日はアルメンティスが帰ってくる予定の日だからだ。
アルメンティスは父親に会いに行った。
病床にあり長くないと言われているが、自分の今後について最後にきちんと話してくるつもりだと言っていた。
アルメンティスはアルガルトの家督を引き継ぐ権利を放棄して、家を出るつもりでいる。
すでに自分名義の投資会社を何社も抱えていて、それはアルガルトからの繋がりはなく、離れても問題ないものだった。
その他にも、個人財産は多く所有しているというから、さすがにこの件は俺が口出しをできる問題ではなかった。
後継者として期待されていたのだから、一筋縄ではいかないだろうというのは予想できる。
もしかしたら、説得のために家から出れないように監禁されるのではと、そんな想像ばかりが出てきてしまい、この三日は生きた心地がしなかった。
「…水の神があんな事になりましたから…、人手が足りないのです。臨時で増やしておくべきでしたね」
コンテストの時に起こった妨害の件で、アルメンティスはカリアドと一緒に証拠を集めて学校に提出した。
やはり、水の神がアレクセイに命じて、ミスリルの衣装を盗み、俺を閉じ込めたらしい。
目的は自分の天使に賭けて大金を儲けようとしたこと。そして個人的な恨みもあるらしく、カリアドとアルメンティスに恥をかかせようとしたというものらしい。
水の神ガイラと、天使アレクセイは二人とも退学処分になった。
これほど不名誉なことはないらしく、どちらの家もこれからかなり窮地に陥ることになるだろうと言われた。
という事で、神の座が空いて協力者が減った事で人手がかなり限られてしまった。
外部の業者が主体となって動いてはいるが、やはり細かいところは自分たちでやらなくてはいけなくて、こういう時が天使の腕の見せ所らしく、ジェロームは冷静に見えるがここ数日バタバタと走り回っていた。
その時、ガタンと玄関ホールのドアが開いた音がして、俺は持っていた輪っかをぐしゃりとつぶしてしまった。
「レイ、続きはやっておきますので、迎えに出てあげてください」
「いや…でもこれ、ひどいことに…」
「いいです。ご苦労様でした。レイしかできない仕事が待っているでしょう」
俺が壊した輪っかをサクッと直しながら、ジェロームが口の端を上げて微笑んだ。
どうやら気を使ってもらったらしい。お礼を言いながら俺は部屋を出た。
走り出したい気持ちを抑えながら、玄関に着くと、待ち侘びた人の姿があった。
「レイ!ただいま!」
頬を赤くして嬉しそうな顔のアルメンティスが立っていた。心配したような暗さはなく、ホッとしながら近寄っていくとガバッと覆い被さるように抱きしめられた。
「ん…おかえり…、ははっちょっ…ちょっと、くすぐったい」
まるで大型犬のように俺を玄関の固い床に押し倒して、顔中にキスの雨を降らせていく、くすぐったいと照れながら嬉しくてたまらなかった。
「レイ、卒業したら完全に家を離れる事で話がついたよ。会社を何個か手放す事になったけど、これでうるさく言われないなら安いものだ。父に言ってやったんだ、俺の人生を愛する人と好きなように生きるって」
「そうか、なんて返されたんだ?」
「意外なほどアッサリと引き下がったよ。好きなようにしろって。父はもしかしたら、俺と同じようにしたくて、できなかったのかもしれない。アルガルトはたぶん、従兄弟が継ぐ事になると思う。アイツは消えていたからね」
「アイツって…、義理の兄か?」
「ああ、金だけ持って姿を消したらしい。若い恋人がいるとかなんとか。まあ、知らないけど…、社内の反対派にハメられたみたいで多額の損失を出した。それでアルガルトを手に入れるのが難しいと感じて、他の道を選んだんだろう。父は最後に捨てられたんだ。仕方ない、父が選択した道だからね」
アルメンティスの手がゆっくりと下に這っていき、俺のアソコの上でうねうねと動き出した。
「んっ……はぁ……。ばっ…ばか、こんな…ところで…」
「レイ、ずっと側にいてくれるんでしょう。嬉しいよ。レイは…俺の初恋なんだ」
前にも聞いたその言葉が俄かに信じ難くて、僅かに眉をひそめたら、アルメンティスはクスリと笑って頬にキスをしてきた。
「初めてレイを見た時は、今とはかなり外見が違うけど、一瞬で目を奪われた。いや、目だけじゃない心も体も…その時はもう……」
「は?外見が違う?どういう事だ?あの聖堂の芝生で寝ていたからか?」
「ふふふっ…、まだ内緒。今度ゆっくり話してあげる。とりあえず一回しよう、三日もお預けだったんだ。我慢できない!」
「はっ…?ちょっと…待て…話がぁ!…んっぐっ……んっはっ……っっ」
俺の話を遮ってアルメンティスは深く口付けてきた。舌で歯列をなぞって、唇を噛み俺の舌ごと吸い尽くしてしまうみたいに責めてくる。
ずるい…。こんなキスをされると、頭はトロンとしてしまい、何も考えられなくなってしまう。
これでは玄関に迎え入れてすぐ始めてしまう恋人同士そのもので、軽い抵抗をしながらも喜んで溺れてしまう自分に呆れてしまう。
アルガルトの家については、どうやら一旦は落ち着いたようたが、俺とアルメンティスの前にはまだまだ困難な道が待ち構えているだろう。
時々弱気になって、過去に囚われてしまうかもしれない。
それでも俺は全てを受け入れようと決めた。
過去の辛い記憶も、これからアルメンティスと作る未来も。
過去の恐怖や未来の不安、そんなものに囚われない。今、目に映る幸せをしっかりと見て、生きていこうと決めたのだ。
唇が軽い音を立てて離れて、アルメンティスが間近で俺の目を見つめてきた。
脳みそまで熱いキスでトロけてしまったけれど、俺もアルメンティスの目を見つめ返した。
「レイも赤い目になったみたいだ」
アルメンティスが見る俺の目にはきっと、映り込んだ自分の赤い瞳が映っているだろう。
「ああ、お前と同じ…炎の色だ」
そうだ、アルメンティスの強さが俺にも宿ったなら、もう何も怖くない。
ねっとりと手を伸ばして首に腕を絡ませた。頭を持ち上げ今度は俺から口を寄せた。
アルメンティスがもう参ったというくらい、たくさんしてやろう。
玄関の冷たい床も溶かしてしまうくらい熱いキスを。
□完□
アルメンティスはずっと眠り続けて、次の日の朝にやっと目が覚めた。
こんな所にはいられないとすぐにカリアドのクルーザーを下りて学校へ戻った。
何日かぶりに満足な睡眠が取れて風呂にも入り、食事もびっくりするくらいの量を食べてアルメンティスはどうにか元の状態に戻った。
それを見たらこれは比喩とかじゃなく、本格的にそういう事なのではと思い始めた。
ジェロームがだから言っただろうという目で見てきて、なんとも言えない気持ちになった。
「……とりあえず、俺がいないとダメ人間みたいになるのはやめろ。俺がいなかった頃は不眠症はあっても普通に生活していただろう」
「思い出せないんだよねぇ。どうやって生きていたか……。水の世界から陸に上がった生物になったみたいだよ。レイがいないと呼吸ができないみたいな」
「みたいな、じゃねーよ。もっとしっかりしてくれ」
はぁいと嬉しそうに言って、アルメンティスが笑った。まるで子供だ。これじゃどっちが神だか分からない。
再会してからは、アルメンティスは俺にピタリとくっ付いてきて離れない。やっと食事を終えて部屋に戻ったが、ベッドに座ってもずっと俺を抱きかかえたまま離さなかった。
「レイ、俺ね、決めたんだ。自分の好きなように生きるって……。色々と縛られてきたけど全部断ち切って、レイと一緒に生きたい……」
「ああ…」
「自分の資産はそれなりにあるし、個人の会社もあるから、アルガルトからは離れるつもり。色々と揉めるし時間もかかると思うけど……」
「いいのか?本当にそれで……」
「うん。本当はずっと窮屈で苦しかったんだ。でも、レイと出会ってやっと自分の人生を生きていきたいと思えた。もうあそこには戻りたくないんだ」
アルメンティスは真剣な顔で、自分の気持ちを意思を語ってくれた。俺も逃げていないでちゃんと向き合わないといけない。
胸に熱いものが込み上げてきて、緊張で心臓がドクドクと揺れだした。
「レイは…付いてきてくれる?」
「ああ、お前が側にいて欲しいって言うなら、ずっといる」
「レイ……」
「ただ、聞いて欲しい。俺はお前の側にいることに相応しい男なのか。俺の話を聞いて、それでもいいって言うなら…この手を取ってくれ」
俺はアルメンティスの腕の中から抜け出して、向き合うように座った。
ミクラシアン家では、叔父に過去の話を聞かれたことはない。忘れろ、もう思い出すな、そう言われてきたからだ。
無理矢理蓋をした過去はぐつぐつと煮立つように溢れてきて、悪い事をしたという気持ちで押しつぶされそうだった。
何も言わずにアルメンティスの側にいることなどできない。
もしも嫌だと言われたらと思うと、全身が恐怖で冷えていったが、意を決して俺は自分の事を話し始めた。
赤ん坊の頃に事故に遭って両親を亡くした事、その後は親戚の家を転々として家族の形というものを知らないで育った事。最後に行き着いたオジサンとの生活、そして終わりについて……。
「俺は…、自分の手で火をつけた。あの時は殺意を持って火を……、死んでもいいと思った。殺してやろうと思ったんだ。自分もすぐ死のうと思ったけど…、出来なかった。俺は、罪人なんだ。俺みたいなのがアルメンティスの側にいたら……」
「レイ、よくやったよ」
「え………」
「君は強い人だ。誰の手も借りず、自分の手で道を切り開いたんだ。何も悪くない、罪だなんて思う必要はない。子供を傷つける最低な奴らが受けた当然の罰だ。俺が過去に行けるなら、レイを傷つけたヤツらを全員殺してやる。それができないのが悔しい……」
「アルティ……」
アルメンティスは肩を震わせていた。瞳の色はあの燃えるような赤に変わり、怒りに震えているのだと分かった。
「もう苦しまなくていいよ…。楽しいことも嬉しいことも全部俺が教えるから…、レイが幸せになれるように、俺がずっと守っていく……」
「ううっ……」
アルメンティスの言葉に、手に絡みついていた鎖が剥がれて落ちていくような気持ちになった。それは誰でもない、俺が自分自身で付けていたものだった。
代わりにボタボタと涙の粒が俺の手の上に落ちてきた。
「レイが何をしていても俺は受け入れるつもりだったよ。だってもう俺は、あの時、レイの手を取ったでしょう。離さないって誓ったじゃないか」
それが船の上で重ねられた手のことを示していることに気がついた。
そしてもう一つ、アルメンティスの瞳はいまだ赤いままだったが、この目を見るといつも身体中から湧き出てきた衝動が、ピタリとなくなっていた。
「辛い思い出が君の奥底にあったとしても、それを消し去って、もういいよって言うくらい、レイを幸せで包んであげたい」
「あ…アル……ティ……」
「遠回りしちゃってごめん。愛してるよ、レイ」
「うっ…うん…お…れ……も……」
泣きすぎて声が裏返り、変な掠れた声しか出なかった。
それでもアルメンティスは俺の返事を聞いて嬉しそうに笑って抱きしめてくれた。
俺がアルメンティスの瞳、そして赤い色に惹かれたのは、罰して欲しかったのだ。父と母を連れていき、オジサンと女を燃やした赤い炎に……俺は焼かれて消えてなくなりたかった。
それが、救われる道だと思ってきたから……。
でもアルメンティスが罪ではないと言ってくれた。俺の手を取ってくれる人がこの世界にいる。それに気が付いたから、もう赤色を見ても衝動に駆られることはなくなった。
まだ明るい日差しが溢れる部屋で、アルメンティスと二人だけ、いつまでも抱き合った。
軽く触れ合うものから、深く繋がるものまで、隙間がないくらい、長い長い時間をかけて抱き合って愛を確かめ合った。
身を焦がして消し去る炎ではなく、愛しい人の瞳に宿る炎のような強さ、それこそが俺が求めていたもの。
永遠だと思える愛の色だった。
「レイ、まだ終わっていませんよ」
ジェロームから手が止まっていますと言われて、考え事ばかりでほとんど進んでいない事に気が付いた。
「今日中に輪っかを全て糊付けしないと、間に合いませんからね」
「はいはい、分かったって。ったく、なんで俺が飾り担当なんだ。会場の設営係の方が向いていると思うが……」
「本気で仰ってますか?パイプ椅子1500個、テーブル50個、その他にも大量に移動するものもありますし、片付けも率先してやっていただけますか?」
「……すまない、勘違いだった」
アルメンティスと心を通わせて愛を交わし、俺はアルメンティスの天使であるが、本当の恋人になった。
あのドタバタのバカンスから連休は終わり、学校は通常通り再開した。
俺はまた火の棟に戻り、天使としての仕事を割り振られて、以前と変わらぬ生活に戻った。
アルメンティスと一緒に寝て、朝は起こされて学校へ行き、天使の仕事もやりながら、また夜は抱き合って眠る。
なんとも忙しいが、アルメンティスの側にいられるだけで幸せな生活だった。
そして今は明日にアルメンティスの誕生日会を控えて、学校中の生徒がその準備に追われていた。
毎年盛大にやるらしいが、今年は最後の年ということもあり、海外の来賓から、人気のアーティストまで大勢呼ばれて豪華な誕生日会が予定されている。
俺はなぜか手先が不器用なのに、飾りの制作担当に任命されて、部屋にこもって紙を使って花や輪っかを作っている。
こんなに作らされて疑問しかないのだが、絢爛豪華な会場のどこに、この手作り感満載な飾りを飾るスペースがあるのか謎だ。
俺は三日前からどう考えても歪んでいる輪っかをずっと作っている。色々言いたいことはあるのだが、他の生徒たちもそれぞれ担当があってみんな頑張っているので、仕方なく飲み込んで、輪っか作りを再開した。
しかし、ついつい時計が気になって目をやってしまうのが止められない。
なぜなら、今日はアルメンティスが帰ってくる予定の日だからだ。
アルメンティスは父親に会いに行った。
病床にあり長くないと言われているが、自分の今後について最後にきちんと話してくるつもりだと言っていた。
アルメンティスはアルガルトの家督を引き継ぐ権利を放棄して、家を出るつもりでいる。
すでに自分名義の投資会社を何社も抱えていて、それはアルガルトからの繋がりはなく、離れても問題ないものだった。
その他にも、個人財産は多く所有しているというから、さすがにこの件は俺が口出しをできる問題ではなかった。
後継者として期待されていたのだから、一筋縄ではいかないだろうというのは予想できる。
もしかしたら、説得のために家から出れないように監禁されるのではと、そんな想像ばかりが出てきてしまい、この三日は生きた心地がしなかった。
「…水の神があんな事になりましたから…、人手が足りないのです。臨時で増やしておくべきでしたね」
コンテストの時に起こった妨害の件で、アルメンティスはカリアドと一緒に証拠を集めて学校に提出した。
やはり、水の神がアレクセイに命じて、ミスリルの衣装を盗み、俺を閉じ込めたらしい。
目的は自分の天使に賭けて大金を儲けようとしたこと。そして個人的な恨みもあるらしく、カリアドとアルメンティスに恥をかかせようとしたというものらしい。
水の神ガイラと、天使アレクセイは二人とも退学処分になった。
これほど不名誉なことはないらしく、どちらの家もこれからかなり窮地に陥ることになるだろうと言われた。
という事で、神の座が空いて協力者が減った事で人手がかなり限られてしまった。
外部の業者が主体となって動いてはいるが、やはり細かいところは自分たちでやらなくてはいけなくて、こういう時が天使の腕の見せ所らしく、ジェロームは冷静に見えるがここ数日バタバタと走り回っていた。
その時、ガタンと玄関ホールのドアが開いた音がして、俺は持っていた輪っかをぐしゃりとつぶしてしまった。
「レイ、続きはやっておきますので、迎えに出てあげてください」
「いや…でもこれ、ひどいことに…」
「いいです。ご苦労様でした。レイしかできない仕事が待っているでしょう」
俺が壊した輪っかをサクッと直しながら、ジェロームが口の端を上げて微笑んだ。
どうやら気を使ってもらったらしい。お礼を言いながら俺は部屋を出た。
走り出したい気持ちを抑えながら、玄関に着くと、待ち侘びた人の姿があった。
「レイ!ただいま!」
頬を赤くして嬉しそうな顔のアルメンティスが立っていた。心配したような暗さはなく、ホッとしながら近寄っていくとガバッと覆い被さるように抱きしめられた。
「ん…おかえり…、ははっちょっ…ちょっと、くすぐったい」
まるで大型犬のように俺を玄関の固い床に押し倒して、顔中にキスの雨を降らせていく、くすぐったいと照れながら嬉しくてたまらなかった。
「レイ、卒業したら完全に家を離れる事で話がついたよ。会社を何個か手放す事になったけど、これでうるさく言われないなら安いものだ。父に言ってやったんだ、俺の人生を愛する人と好きなように生きるって」
「そうか、なんて返されたんだ?」
「意外なほどアッサリと引き下がったよ。好きなようにしろって。父はもしかしたら、俺と同じようにしたくて、できなかったのかもしれない。アルガルトはたぶん、従兄弟が継ぐ事になると思う。アイツは消えていたからね」
「アイツって…、義理の兄か?」
「ああ、金だけ持って姿を消したらしい。若い恋人がいるとかなんとか。まあ、知らないけど…、社内の反対派にハメられたみたいで多額の損失を出した。それでアルガルトを手に入れるのが難しいと感じて、他の道を選んだんだろう。父は最後に捨てられたんだ。仕方ない、父が選択した道だからね」
アルメンティスの手がゆっくりと下に這っていき、俺のアソコの上でうねうねと動き出した。
「んっ……はぁ……。ばっ…ばか、こんな…ところで…」
「レイ、ずっと側にいてくれるんでしょう。嬉しいよ。レイは…俺の初恋なんだ」
前にも聞いたその言葉が俄かに信じ難くて、僅かに眉をひそめたら、アルメンティスはクスリと笑って頬にキスをしてきた。
「初めてレイを見た時は、今とはかなり外見が違うけど、一瞬で目を奪われた。いや、目だけじゃない心も体も…その時はもう……」
「は?外見が違う?どういう事だ?あの聖堂の芝生で寝ていたからか?」
「ふふふっ…、まだ内緒。今度ゆっくり話してあげる。とりあえず一回しよう、三日もお預けだったんだ。我慢できない!」
「はっ…?ちょっと…待て…話がぁ!…んっぐっ……んっはっ……っっ」
俺の話を遮ってアルメンティスは深く口付けてきた。舌で歯列をなぞって、唇を噛み俺の舌ごと吸い尽くしてしまうみたいに責めてくる。
ずるい…。こんなキスをされると、頭はトロンとしてしまい、何も考えられなくなってしまう。
これでは玄関に迎え入れてすぐ始めてしまう恋人同士そのもので、軽い抵抗をしながらも喜んで溺れてしまう自分に呆れてしまう。
アルガルトの家については、どうやら一旦は落ち着いたようたが、俺とアルメンティスの前にはまだまだ困難な道が待ち構えているだろう。
時々弱気になって、過去に囚われてしまうかもしれない。
それでも俺は全てを受け入れようと決めた。
過去の辛い記憶も、これからアルメンティスと作る未来も。
過去の恐怖や未来の不安、そんなものに囚われない。今、目に映る幸せをしっかりと見て、生きていこうと決めたのだ。
唇が軽い音を立てて離れて、アルメンティスが間近で俺の目を見つめてきた。
脳みそまで熱いキスでトロけてしまったけれど、俺もアルメンティスの目を見つめ返した。
「レイも赤い目になったみたいだ」
アルメンティスが見る俺の目にはきっと、映り込んだ自分の赤い瞳が映っているだろう。
「ああ、お前と同じ…炎の色だ」
そうだ、アルメンティスの強さが俺にも宿ったなら、もう何も怖くない。
ねっとりと手を伸ばして首に腕を絡ませた。頭を持ち上げ今度は俺から口を寄せた。
アルメンティスがもう参ったというくらい、たくさんしてやろう。
玄関の冷たい床も溶かしてしまうくらい熱いキスを。
□完□
42
お気に入りに追加
245
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる