炎よ永遠に

朝顔

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XXXII

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 轟音を立てて、強風を巻き起こしながら鉄の塊が空から降りて来るのを、俺は口を開けたまま眺めていた。

 まだ着地する前だと言うのに、ドアを開けて男が一人飛び降りてきた。
 いつもの白銀の美しい髪は健在だが、どこか艶がなく三つ編みはぐちゃぐちゃになっている。
 まさかヘリコプターを使ってここまで来るなんて想像もしていなくて、口を開けすぎて顎が壊れてしまいそうだ。
 あの電話で話した時間から30分も経っていない、とんでもない早さに鳥肌が立っていた。

 しかも飛び降りるなんて、こんな危ない行為をする人ではなかったはずだ。完全に目が据わっていて全身から燃えるような怒のオーラが出ている。
 出迎えに来ている全員がこれはヤバいという顔で見合った。

「カリアド!貴様!レイに何をした!!」

「これはこれは…、穏やかな火の神が今日は名前通り燃えていらっしゃる」

「ふざけるな!レイをどこへ隠した!あれは俺のものだ」

 アルメンティスは怒りの形相でカリアドの胸ぐらを掴んで間近で睨みつけた。周りの者が慌てて止めに入ったが、カリアドが軽く手を上げてそれを制した。

「話と違うな。もう捨てたと聞いていたが」

「捨てる?ふざけるな!レイはこの世で唯一、俺の大切な天使だ!」

「……だったら、簡単に手放すような真似をするな。大切なら紐で縛ってでも自分の体にくくりつけておけ!」

 牙を出した獣同士の争いのように二人はぶつかり合っている。俺は物陰で待機させられていたので、早く飛び出して行きたいのだが、ミスリルに腕を掴まれて止められていた。

「自分を巡って男同士が争っているって最高のシチュエーションじゃない?」

「最悪だ。もう放せって…早く行かないと……」

「……とりあえずここまで来てくれたし、これなら本物だ。よかったね、レイ。ボクは来てくれなかったから……。好きな人、大切にするんだよ」

「ミスリル……?」

「はいはーい!レイちゃん、ここにいますー!」

 物陰からミスリルが飛び出してアピールしたので、カリアドの胸ぐらを掴んでいたアルメンティスは、カリアドを突き飛ばしてこちらに進路を変えた。

 あんなに会いたかったはずなのに、いざ目の前にすると怖くなった。
 というか、あんなにブチ切れている状態で、再会するなんてちょっと聞いていない。
 カリアドと同じように胸ぐらを掴まれるところを想像して軽く震えていると、怒のオーラを纏ったままのアルメンティスがついに目の前に現れた。

 いよいよどこにいたのだと胸ぐらを掴まれるかと身構えたら、アルメンティスは電池が切れた人形みたいになって俺の前に膝から崩れ落ちた。

「レイ……、愚かな俺を許して……。せっかく告白してくれたのに…。自分が変わってしまうのが怖くて……受け入れることができなかった。君がいなくなってから、やっと気が付いたんだ。レイがいないと…もう俺は……俺は……生きていけない」

「あ…アルティ……」

「レイと寝なくなってからまともにほとんど寝れないし、食事も美味しくないし、何をしていても楽しくない!誰といてもレイと比べてしまうし、どんどん壊れていくんだ」

 極彩色で華やかな美貌の男だったはずなのに、今は全て色をなくしたように見る影もない。
 まさか本当に俺のことを思ってここまでボロボロになってしまったのかと信じられなかった。

「……あ…あの、レストランから一緒に出てきた女性はどういうことだよ……」

 女々しい事は言いたくなかったが、どうしても気になって口から出てしまうと、アルメンティスの青白い顔が正気が戻ったみたいにぱっと赤みが戻って明るくなった。

「レイ!も…もしかして、嫉妬してくれたの!?」

「し…しっ…嫉妬……、ま…まぁ…そうだ」

 認めるのは恥ずかしいのだが、こんなボロボロのアルメンティスを前にごまかすのも良心が痛みだして、俺は真っ赤になりながら仕方なく認めた。

「あんなのは仕事の都合で引き合わされて、ちょっと態度が悪かったら失礼だと騒ぎ立てられて、勝手に婚約だと情報を捏造されて流されたんだよ。いつもなら、この手の輩は適当に対処するんだけどね。レイのことで頭がいっぱいだったから」

「あ…ああ…そうか」

「でも、もうレイを不安にさせるようなことはしない!レイが嫌ならあの女を社会的に抹殺して、二度とふざけた真似をさせないように捻じ伏せることもできるよ」

「いっ…!いいよ、そんなっ…知らない人なんだし…」

「ああ…、どうすればいいの?こんな気持ち初めてでよくわからないんだ。レイにひどいことをして誠心誠意謝らないといけないのに、レイが嫉妬してくれたって思うと嬉しくて…嬉しくて…あぁ止まらない」

 アルメンティスがまるで別人になってしまったかのように壊れているので、俺は何を見ているのかと唖然として助けを求めるように周りを見た。

 誰もが唖然として言葉を失っていたが、その中からスッとジェロームが出てきて、見かねたようにゴホンと軽く咳払いをした。

「レイ、アルメンティス様はこの三日一睡もしていませんので、もともとネジが外れたところがありますが、今は完全にパンクしています。それと、遅すぎる初恋に戸惑っていらっしゃいます」

「初恋ーーー!!」

 俺だけではなく、周りのみんなも驚いて一斉に同じ声を上げた。

「そうです。それなので、何か安心される言葉をかけてあげるのが一番の解決方法かと。まあ、レイが許してあげることが前提ですが……」

 こんな大勢の前で、ヘリコプターまで出動させて大騒ぎ、本人は壊れててわけ分からない状態で、これでは事態の収拾がつかない。
 自分にかかっているプレッシャーを一気に感じて、俺の方がパンクしそうだと思った。

 とにかく、アルメンティスの臆病になってしまった気持ちは何となく分かったし、それを越えて俺を求めてくれているということは理解できた。
 俺の気持ちは変わらないので、冷たく突き放されたことは、いったん水に流してあげようと決めた。

 大きく息を吸って呼吸をして、俺はアルメンティスの方へ手を伸ばした。

「ほら…、許してやるから」

「レイ!!」

 アルメンティスの顔全体に血の気が戻り、やっとかつての面影を取り戻してきた。
 俺が差し出した手に、アルメンティスは恐る恐るといった感じて、ゆっくりと手を重ねたが、次の瞬間にはぐっと握りつぶす勢いで掴んできた。
 痛いと言って顔をしかめると、アルメンティスは慌てて力を弱めた。

「ったく……、もう離すなよ、バカ」

 涙がポロリと頬にこぼれ落ちたのを感じながら俺は笑った。
 嬉しいのと安心するのと怖かったのと色々混ざった気持ちだった。

 それを見たアルメンティスもまた涙目になり、俺の手を引っ張って今度は胸の中に閉じ込めるように抱きしめてきた。

「もう離さないよ、絶対」

 強く、強く…。その言葉通り抱きしめてきた。俺は幸せな甘い苦しさに身を委ねた。

 しばらくこの余韻に浸っていたが、気まずそうな大勢の視線を受けて俺は我に返った。
 とりあえず動こうとしたら、耳元にアルメンティスの寝息が聞こえてきた。

「え?嘘!?アルティ…本気で寝たのか!?」

「言っていたじゃないですか。この方、レイがいないと生きられない人間になったのですよ。さぁ、覚悟を決めて生涯この方の衣食住のお世話はよろしくお願いします」

「ええ!?ま…まさか…!ええ!?」

 確かにこちらも決心はしたが、ジェロームから出た生涯という言葉に驚いてしまった。そこまで壮大なイメージまで行き着いていなかったのだ。

「じゃ、残りのバカンスは火の神も一緒に参加って事でいいよね!さぁー!!パーティーパーティー!カップル仲直り記念でパァーッと踊ろう!」

 ミスリルの掛け声でまたド派手な音楽が鳴り出して、ムキムキボーイズ達が今度はパンツを脱ぐというダンスのサービス?までやりだして、すぐに大盛り上がりになった。

 俺はこの爆音で起きない熟睡状態のアルメンティスを、ジェロームと二人で運ぶことになった。
 汗だくになってやっとのことでベッドに寝かせることができたが、二人で力尽きてベッド下に座り込んだ。

「悪かったな…ジェローム。話は通しているって聞いてたけど…もしかして…」

「ええ、ミスリルの提案に乗るのは気が進みませんでしたが、今回のことは私も思うところがありましたので」

 アルメンティスの事について、ジェロームとは一度ちゃんと話してみたかった。同じ上司に仕える部下のような関係だが、ジェロームはアルメンティスとは長い付き合いだ。
 この関係についてどう考えているのか知りたかった。

「今更だが…、ジェロームは反対じゃないのか?俺が…その、アルメンティスの側にいること」

「……初めは何を考えているのかと呆れましたが、私は結局……、アルメンティス様に幸せになってもらいたいのです。だから、自分に嘘をついて、抜け殻のような人生を歩んで欲しくない。それに、大変な道であっても私があの方を支えていこうと決めた気持ちは変わりません。レイは毒にも薬にもなる方なので、それだったら良い薬として確保することが私の役目だと考えました」

「ははっ……ジェロームには敵わないなぁ……。これからもよろしく頼むよ」

「ええ、とりあえず帰りましたら、天使の業務は元の倍はお願いすると思うのでよろしくお願いします」

「げっ……!わっ…分かった」

 ジェロームはいつもの厳しい表情を崩して、柔らかく笑っていた。
 これがきっと素のジェロームなのだろうと思いながら、俺もつられて笑った。

 アルメンティスとも仲直りできたし、ジェロームとも近くなれた気がする。

 幸せそうな顔で眠るアルメンティス見ながら、やっと気持ちが通じ合えたようで俺は喜びを隠せなかった。

 しかし嬉しいと思いながらも、過去から伸びてきた手が手枷のように巻きついて俺を縛ってくる。その事がじわじわと胸に不安となって広がっていった。
 一緒に生きていくと決めたなら、全てを打ち明けなければならない。
 その時、アルメンティスはそれでも側に置いてくれるだろうか。
 不安を振り払うように手を伸ばして、アルメンティスの髪に触れた。

 今は再び手にすることができた温かさに溺れたい。
 アルメンティスが起きた時、側にいてあげようと思い、隣に寝転んで目を閉じたのだった。






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