炎よ永遠に

朝顔

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XXXI sideA

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 いつもなら漏れている明かりが見えなくて、建物の見える位置から何度も顔を上げて確認したが、やはり変わらず真っ黒な窓に不安を覚えた。

 昨夜、食堂で顔を合わせた時、レイから好きだと言われた。側にいたいと言われて、心が爆発しそうなくらい嬉しかった。
 それと同じく、その想いに応えられないことに体がちぎれそうくらいに痛んだ。

 すぐにでも抱きしめてもう離さないと言いたかった。
 それなのに、また恐ろしくなってレイを拒んでしまった。

 決心したはずだった。
 自分の思いに蓋をすれば、抑え切れないくらいの衝動に悩まされることもなく、いつも平然と理性を保って生きていける。
 だから、レイと距離をおいた。レイは知れば知るほど、俺の全てを奪っていく。
 このままでは自分ではなくなってしまう気がして怖くなった。

 それなのに、時間が経つごとに、ジリジリと身を焦がすような後悔に襲われている。
 レイを傷つけてしまった。
 去り際に光っていた目元が忘れられない。今もまた、悲しみに胸を押さえているのかと思うと、そんな風にした自分自身も全部壊してしまいたいくらいだった。

 母のように愛に狂いたくない。
 父のように誰かを傷つけてまで傲慢になりたくない。

 そう、自分の思いなどないものにして、家のために利益になる人と繋がり、アルガルトとして生きていく。

 そう思う度に、果たしてそれが答えなのかとか疑問が浮かんでくる。
 アルガルトの家に生まれて今まで不自由なく生きてきた。だからこれからも家のために生きていくのだと思っていた。

 けれど、それが本当に俺の人生でいいのか、疑問ばかりが浮かんでは消えていく。

 先週は父の繋がりで紹介があった女性にどうしても一度だけと頼まれて食事に行った。
 いつもならこんな付き合いなどそつなくこなして、いい印象を持たれたまま上手くかわすことができた。
 それなのに全く気持ちが上がらず、一緒にいることすらも不快で不自然な笑顔しかできなかった。
 何をしていても、レイと比べてしまう。
 会話や笑い方、食事の仕方、目の前にいる人がレイでないことが分かるとその度に顔を引き攣らせて、ついには女性が怒ってしまい、最悪の雰囲気で店を出ることになった。
 恥をかかされたと、怒りの収まらない女性側に情報をリークされてその時の写真まで流れてしまった。
 それはもうどうでもいいのだが、ずっとこんな調子でいつまで悩まされるのか分からない。

 やはりもう一度レイにあって自分の気持ちを確かめたい。
 あまりに自分勝手過ぎるのだが、もうなりふり構っていられなかった。
 レイとは距離を置いたが、自分の天使として棟に留まるようにしている。だから、いつでも会える、そう思って帰ってきたのに、レイの部屋に灯りはなく、帰宅した様子がなかった。

 まるで娘の帰りを待つ父親のように、一階のリビングに座ってドア開くのを待っていたが、いつまで経っても帰ってくる気配がない。

「まだ、起きていらしたんですか?明日に響きますので、眠れなくてもどうか早くベッドに入ってください」

 腕を組んでイライラしていたら、ジェロームが入ってきて冷たく話しかけてきた。
 ジェロームも最近はずっとこんな調子で前にも増して事務的な対応をしてくる。

「レイは?まだ帰ってきていないのだろう?連絡は来ていないの?」

「………さぁ。明日から連休ですから、ご実家に帰られたとか?なにも聞いていませんね。天使としての仕事は取り上げましたから、行き先を報告する義務もありませんし、私も把握しておりません」

「…………」

 言うだけ言ってお先にとジェロームは部屋に戻っていった。
 突き放そうと決めて、天使の仕事はジェロームに全て戻した。レイはもともと、天使として名を刻むことが家のためになるとその目的でここに来たので、こんな事になってもそれは変わらないと思っていた。

 変わらず、ずっとここにいてくれると思っていた。
 なんて虫のいい話だろう。

 俺は結局自分のことばかりで、レイの気持ちを考えていなかった。

 もしかしたら、傷ついて実家に戻ってしまったのかもしれない。
 時計を見るとすでに深夜だったので、連絡を取るのはさすがに失礼にあたる。
 胸騒ぎが収まらない状態でとても眠れるとは思えなかったが、仕方なくベッドに入る事にした。


 そして翌日、やはり眠れないまま朝になり、すぐにミクラシアン家に連絡をしたが、レイは戻っていないとの返事だった。

 学園内で個人用の携帯の使用は禁止されていて、いつもは事務室に保管されている。確認を取ったが、レイの携帯は持ち出されていなかった。
 生徒が外出する時は記録が取られるが、神と天使だけは別で、記録を残さずに出入りできる。
 昨日は連休前ということもあり、かなりの人数が外に出ているので、レイのことを覚えている人はいなかった。
 これではどこにいるか分からず、連絡を取る手段がない。

 残る情報はレイの友人で、カリアドの弟であるルザラザか、あまり仲良くして欲しくないカリアドの天使ミスリルしか思い浮かばなかった。
 カリアドと天使達は連休中は恒例のバカンスに出ていて不在。
 ルザラザに話を聞こうとすると、部屋にはいたのだがなんとドアも開けてもらえず、何も知りませんと冷たく返事をされただけだった。
 あれだけレイに冷たくしたのだから仕方がないのだが、レイの友人のルザラザにも、そうとう嫌われてしまったらしい。

「レイは思い詰めていました。もしかしたら……いや、なんでもないです」

 ドア越しにボソリと意味深な言葉を呟いてきたので、慌ててドアを叩いたが、なんでもない、忘れてくださいの一点張りで話にならなかった。
 もうその時点で血の気がなくなり、俺は真っ青になって走っていた。
 レイは強がっているが、本当はかなり繊細だ。必死に告白してくれたはずなのに、それをろくにわけを話す事もなく拒絶してしまった。
 傷ついたレイは、もしかしたら一人で……。

 走って火の棟へ戻りジェロームを呼び出した。

「レイは一人で外へ出ていったんじゃないか!?…もしかしたら、何かするつもりなのかもしれない!」

「……何かとは?」

「それは……、思い詰めて自分を……。とにかく、探しに行くから!」

 右往左往しながら取り乱して外へ行こうとする俺を、ジェロームは平然とした様子で止めた。こういう時、ジェロームの冷静さは頼りになるのだが、今日は違って焦りが増すだけだった。

「落ち着いてください」

「落ち着いていられるわけない!」

「やみくもにどこを探すんですか?ご実家にもいなかったのに、いったいどこを?私が人と情報を集めます。移動手段も用意しておくので、何か分かれば直ぐにでも出られるようにします。ここに本人が連絡してくるかもしれないし、その方が効率がいいでしょう」

「っっ………」

 ジェロームの言う通りだった。やはりレイの事になると俺の判断力は急落下して周りが見えなくなってしまう。
 レイがいなくなったのは、昨日の午後からなのでもし遠くへ移動していたら、この周辺を走って探しても見つからないだろう。

 青くなって頭を抱えて、その場に崩れ落ちた。
 お茶をお持ちしましょうと言ってジェロームがキッチンへ向かったのをぼんやりと頭の端で聞いていた。

 長い長い時間の始まりだった。






「アルメンティス様……アルメンティス様」

「なに?」

「そんなにぐるぐるとソファーの周りを回られても、お疲れになるだけですよ」

「………ジェローム、お前はなんでこんな時まで冷静なんだよ」

 全ての手配を終えて、後は待つのみとジェロームは全く動じない様子で、ソファーに座って本を読んでいた。

 レイがいなくなってもう三日になる。
 その間、全ての予定をキャンセルして、俺はレイの情報や連絡が来るのを待っていた。
 と言っても何も出来ないので、ぐるぐるとソファーの周りを回っていたが、ついにジェロームに声をかけられた。呆れたような声だった。
 それもそうだ。三日間ほとんど寝ておらず、食事も取っていない。風呂にも入らずひどい状態なのは自覚している。

 何かしている間に電話が鳴って、それがレイだったたらと思うと、一瞬たりとも気が抜けない。
 なぜならそれしかレイに繋がる線がないのだ。こちらからはなんのアクションも取れないというもどかしい状態だ。

「……レイのことは、手放されるつもりだったのでは?」

「…………」

「前に調査していたレイの日本にいた頃の状況について、ミクラシアン家から回答がありました。親戚の家を渡り歩き、レイが最後にたどり着いた男はレイにひどい虐待していたそうです。ご当主のサマー様がその状況を知り迎えに行き、何度も家を訪ねたそうです。金を要求する男と交渉を続けていたところ事件が起きました。男は別れ話から付き合っていた女を殺して、家に火を付けて自殺を図った。火災の中からレイだけが運良く助け出されたそうです」

「子供を虐待して、金を要求するような男が自殺?」

「ええ、そのようになった…真実は知りませんが、そう聞いています。レイは複雑で重い過去を背負っています。アルメンティス様が手放すのであれば、もっと彼の事を幸せにしてくれるような人物に任せてあげるべきだと思います」

「……任せるだって?」

「レイを優しく包み込み愛してあげることができる相手です。その方とレイは愛し合って今度こそ幸せに……」

 ジェロームの言うことはまた間違っていない。傷ついたレイは今度こそ幸せになるべきだ。そう…そうすることができる相手と一緒に……。
 そこまで考えて、レイの隣に別の男がいるところを想像して目の前が真っ赤に染まった。
 怒りに身を任せて机を叩いたら、グラスが落ちてこぼれた水が床に広がった。

「何を選ぶのか、正しいことなんて人それぞれです。何が本当に幸せなのかよく考えてみてください」

 そこで私用の電話が鳴ったのでジェロームが席を外した。
 ジェロームの言葉がぐるぐると渦巻いていた心の中に一滴のインクを垂らしたみたいに広がっていく。
 俺がずっと考えていた未来は、ひどくつまらなくて退屈で色のない世界だった。
 そこに向かって舵をとることは、必然なのだと思ってきたが、本当の幸せとは、俺がそれを選んでも許されるのだろうか……。

 誰に許される?

 母に?

 父に?

 それとも神に?


「はっ…ははははっ……確か神は俺だったな……」

 アルガルトに生まれたのだから、お前も義務を果たすのだ。俺のように……。

 父の声が頭に響いた。
 昔から何度も言われてきた台詞。

「義務なんて知るか。これは俺の人生だ」

 濃い霧が一瞬で消えて、眩しいくらいの青い空が見えた。
 そこには嘘偽りない、俺の気持ちが映っていた。

「ジェローム!やはり、ミクラシアンの家に行くぞ!もしかしたら、家族が隠しているのかも……」

「アルメンティス様、カリアド様から電話です」

 ジェロームが俺の話を遮って、電話を渡してきた。画面にでかでかと映ったカリアドの顔にため息が出そうになった。

「この大変な時にリゾートで遊んでいる男に用はない」

「向こうは用があるようですので、どうか出てください」

 これほど無駄な時間はないとイライラしながら、俺は仕方なく電話に出たのだった。






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