炎よ永遠に

朝顔

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XXVI sideA

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 会場が割れんばかりの拍手に包まれて、野外ホールの巨大モニターに映されていた映像が終了した。
 毎年歌やダンスやクイズなど、色々と趣向を変えて戦いが行われるが、今年の密着映像はなかなか良かったと思った。
 もちろん、それには自分の天使が出ているから、という事もあるからだろうか。

「いやぁ…、今年はなかなか面白かった。特にレイは最高だな。ミクラシアンなんて、今は廃れた家名だけど、なかなかいいモノを拾ったな。後、5年は若かったら最高の食材なんだけど」

 風の神、ミケイドがニヤけた顔を近づけて来た。わざとらしく眉をひそめたら怖い怖いと言いながら少しも怖くなさそうに後ろに引くところも憎たらしい。

「ミケイド、変態の目でうちのレイを見ないでよ。それに今、余韻に浸っているんだ。少し静かにして」

 少し前までコンテスト二回戦の、密着映像が流されていた。
 色気を全面に押し出した他の参加者とは違い、レイはコミカルな作りで編集されていた。
 なかなか面白かった。いや、なかなか、ではなく…思わず声に出して笑ってしまったほどに……。
 しかし、どうにも腹の中がもやもやとして落ち着かなくなってしまった。
 こんなもの、学園生活の余興だと思っていたし、ずっと不参加だったウチは色々と文句を言われて来たが、今年もそれで良かった。
 だが、レイは人前に出ることが苦手だと言っていたのに、少し迷ったようだったが、やっぱり参加すると言い出した。
 何を考えているのか分からなかったが、それが俺が悪く言われたくないというためだったらしい。

 それを聞いた時は体が熱くなって、思わずその場でレイを激しく抱いてしまった。
 こんな理性を失うようなことになるのは、レイの前だけだ。レイが俺の前に現れたその時から、レイは俺が築いてきた壁を簡単に壊してしまう。
 それは決して不快ではない。
 この上ない快感だった。


 レイの映像はよくできていた。
 レイはどちらかというと地味に見えて、普段の顔は無表情に近いので、冷たい印象に見られることが多いと思う。
 確かに最初は何か必要以上に自分の中に立ち入らないように、強度な囲いを築いているように感じた。
 しかしレイは、一度囲いの中に入れた者にとんでもなく甘い顔を見せる。
 そして、その中でも俺は唯一特別にレイのたくさんの顔を見てきたと思う。
 そう……俺だけが特別に………。

 映像に映し出されていたのは、人前で見せる警戒した冷たい雰囲気はなく、俺やジェロームの前で見せる自然なレイの姿だった。
 よく言えば親しみやすく、悪く言えばズボラで適当な姿だったが、きっと観客はレイの可愛らしい一面に気が付いてしまっただろう。
 そして、それに気がついてしまえば、どんどん気になって夢中になってしまう。

 だから腹の中がもやもやしいるのだ。
 これはきっと嫉妬だ。
 そんな感情が自分にあるなんて思ってなかった。
 どす黒くて重たいものが、腹の中を満たしていた。

 今すぐレイを捕まえて、めちゃくちゃに抱きたい。それで、部屋に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくない。




「お笑い番組ならいいけど、天使の品格としてはどうなんだろうね。俺の天使と比べたらひどい出来の映像だったし」

 急に話に入ってきて、好き勝手話し始めるという空気を読まない男はやはり、水の神ガイラだ。
 特に今日は自分の天使が必ず優勝すると言ってうるさくて、話が耳に入るだけで気分が滅入った。
 ミケイドよりあからさまに上昇志向をむき出しにしてきて、何かしら敵対しようとしている。ガイラは俺にとっては小物だが、不快なタイプだった。

「ガイラ、いい加減にしろ。火の神に無礼な態度をとるな!」

 見かねたのか、カリアドが間に入ってきた。カリアドはこの二人よりはまだ大人しくて使える男だ。しかし、サイードの王国は身内殺しで成り立ってきた血みどろの国だ。一番油断ならない男であることは確かだ。

「毎年優勝の天使がいらっしゃる王子様は余裕ですねぇ、オッズは、跳ね上がってますけど今年はどうなるか楽しみですね」

 ガイラがワザとらしくカリアドに挑発する様に絡んだ。神の中でもこの二人は特に仲が悪かった。

「……俺を煽るのはかまわないが、さっきは自分の天使の前で、他の天使を褒めただろう。お前の天使は嫉妬深い男だぞ。ワザとそうしたのか知らないが、卑怯な手を使ったら足をすくわれるからな!」

 カリアドに言葉にガイラはゲラゲラとバカにしたように笑った。


 つい先ほどまで、ガイラは自分の天使をこちらに呼んで一緒に映像を見ていた。
 その際、レイやミスリルの映像をとにかく褒めていた。
 自分の天使が嫉妬で目を吊り上げていく様を楽しむように目の前で褒めちぎっていた。
 ガイラの天使、なんと言ったか名前は忘れたが、そいつは目をギラつかせて黒い顔をしながら戻って行った。

 何かやってもらおう企んで、焚き付けたのは明らかだった。


 ここで審査が終わり、最終戦へ進出した三名が決定した。
 その中にレイの名前を確認して俺はため息をついた。
 終わったらすぐに連れて帰ろうとしていたのに、これでまた帰る時間が遅くなってしまった。

「気をつけた方がいい、アルメンティス。進んだのはレイとうちのミスリル、それとガイラの天使アレクセイだ。先程のアレクセイの態度、あれは何かある。レイに危険が及ぶかもしれない」

 カリアドの言葉に一気に心臓が冷えた。そうだ、レイのことで頭がいっぱいで、その可能性を考えていなかった。
 慌てて椅子から立ち上がった時、神の鑑賞スペースにカリアドの天使が飛び込んできた。
 明らかに慌てていて、動揺している姿に、指の先まで体が冷えていくのが分かった。

 そして次にそいつの口から出た言葉に、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

「レイが…レイがどこにも…いないんです」

 世界が一瞬にして色を失った。
 色鮮やかな世界から真っ黒な闇に叩き落とされたような、そんな気持ちになった。






「アレクセイに話を聞いてきました。自分は何もしていないとしか言いません。レイは決勝に進むのが嫌で逃げたのではと……、もちろん住居の方にいませんし、会場の控室で衣装を着替えた様子もありませんでした」

 こういう時、ジェロームの冷静な態度は助かるのだが、彼すらも動揺しているのが声の調子から分かった。

「……レイがもし辞退するのなら必ず俺に言いに来るはずだ。レイはあの衣装を汚すのを嫌がっていたから…着替えもせずに外へ出るなんて考えられない」

 レイの着ていたスーツは大会のために急遽作らせたものだった。本人に任せていたらとんでもない格好をされそうなで、仕方なくデザインから俺が選んだが、思っていた以上に楽しい作業だった。
 どんな色やデザインが似合うか、レイの姿を想像して考えるとつい口元が綻んでしまった。

 そして出来上がったものを渡した時のレイの顔が忘れられない。
 困ったように下がった眉尻、わずかに赤みを帯びた頬。

 気を使わせたくなくて、これは必要なものだし、プレゼントだから気にしないでと軽く言ってみたら、レイの目は大きく開かれた。

 プレゼント、プレゼントと何度か口にした後、嬉しそうに笑った。
 まるで初めてプレゼントをもらった子供みたいに……。


 軽快な音楽と大きな歓声がホールから響いてきた。
 人々は最後の投票を行うため、ホールの中へと吸い込まれるように消えていく。

「始まったみたいですね。レイは不参加だと失格になります」

 そんなことはどうでもよかった。……いや、レイが俺のために頑張ってくれていたのだから、最後まで見届けてあげたかった。
 久々に悔しいという気持ちで奥歯を噛み締めた。

「とにかく早く見つけよう。レイを最後に見た者は?」

「ミスリルは自分の衣装を取りに住居に戻っています。その時に地下の食堂で別れたと言っています。もしかしたら階段で転んだんじゃないかと言っていましたが、全ての階段を探しましたがレイの姿はなく……」

「階段?なんで階段なんだ?控室は8階だろう、なんでわざわざ……」

「……こちらに迎い入れる際に、入学検査で学内のカウンセリングを受けた時の資料をチェックしましたが、閉所恐怖症で薬を処方されていました。少量だったので問題にしていませんでした。それを考えると多分エレベーターが苦手なのではないかと」

 ホールに向かう人の波をかき分けるように俺は走り出した。俺の姿を見て生徒達が驚いた顔で立ち尽くしていたが、今は全ての人間が邪魔でしかない。

 俺はレイの体を手に入れて分かったつもりでいたが、何一つ分かっていなかった。
 幼い頃に両親が死んで親戚の家を転々として育ってきた。
 最終的にミクラシアン家に引き取られて、十分な教育を受けてきた。
 簡潔に書かれた資料を鵜呑みにして、それが彼の全てだと思い込んでいた。
 自分の誕生日を知らなくて、祝ってもらったこともないと平然と語っていた。
 それが何を意味しているのか、深く考えることすらしなかった。

 ガイラの天使に妨害されて、どこかに閉じ込められているなら、それは閉所恐怖症のレイにとって地獄のような苦しみになるだろう。
 一秒でも早く、そこからレイを……。


 施設の管理者の首を絞める勢いで問いただすと、階段は三箇所あって先程まで地下一階だけ鍵が閉められていたらしい。
 そして、エレベーターの一機が急に電源が落ちて、現在業者待ちのため停止していると聞き出した。

 それしかない。
 それしか考えられない。

 階段に鍵がかけられて、レイは仕方なくエレベーターに乗った。そこを閉じ込められた。

「レイ!!レイ!!!」

 腹の奥から声を出して名前を呼び続けた。
 声など枯れてしまってもいい。
 レイを救い出したい。
 それしか考えられなかった。






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