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XXIV
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コンテスト二回戦目は、天使のお仕事一日密着映像をそれぞれ流すというものだ。
先日聖堂で行われた月一の儀式の日に撮影されたもので、それを審査員が見て最終的に3名までしぼることになる。
その間、参加者達はやることがないので自由時間だ。会場に行ってもいいし、控え室で会場の様子を見てもいいし、飲み食いしに行ってもいい。
俺はトイレに逃げようと思っていたら、ミスリルに首根っこを掴まれ、控室のモニターのどまん前に座らされた。
この自分で自分の映像を見るというのは、まるで羞恥プレイだ。
ミスリルは俺の反応が面白いとニヤニヤと笑いながら、ご丁寧に自分の映像の解説までやりだした。
密着の撮影は本当に大変だった。確かにリアルな絵を撮るからと言われていた。
さすがに神は映せないので、当日は一人で寝ていたが、本当に朝突然ドアがドカンと開け放たれて撮影隊が乱入してきたのだ。
ミスリルを含め他の参加者はみんな気だるい寝起きという感じて、上半身裸のセクシーショットが映る。これはもう事前に準備しておいたとしか思えない。
きっと、会場は男達が盛り上がって大騒ぎになっているだろう。
俺に至っては撮影のことをすっかり忘れて寝入っていたので本当に驚いて、ベットから転げ落ちた。
痛みに悶絶する声と、ベッドから上半身が落ちて足だけが残っている映像がアップで映されるという始末だ。
ミスリルも控え室に残っていた他の参加者にも大爆笑で腹を抱えて笑われた。
もちろんセクシーショットではなく、ださいジャージ姿で髪は寝癖でボサボサ、完全にお笑い担当だとしか思えない。
確かにあの儀式の日はよくミスをやらかしていた。儀式の聖具を持ちながらすっ転んで、ぐちゃぐちゃにして、それを無理矢理元の形に直して、アルメンティスに手渡している姿がバッチリ映されたり、疲れて顔にタオルを乗っけたまま椅子でうたた寝している姿までバッチリ映されていた。
「……これは、どういうことだ。俺だけ……俺だけ絶対悪意のある編集がされているぞ!」
「あぁ…もう本当おかしい!お腹痛いんだけど。いいね、今までになかった大会だわー、あー楽しー!」
映像が終わりすぐに審査タイムに入った。
ミスリルと二人で食堂に休憩に行くと、クラスのヤツらに囲まれて、笑わせてもらったとか最高だったとか言われて背中を叩かれるわ頭まで撫でられることになってしまった。
他の天使にそんなことをするヤツはいないので、この半日ですっかりいじられキャラになってしまった。
それはもうどうでもいいのだが、俺はもう恥ずかしすぎて半分意識が飛んでいた。
二回戦はどう考えてもあんなフザけた内容で次に行けるはずがない。
とりあえず、一回戦は何がどうなったのか突破できたので、これで一応面目を保つことはできただろうと安心しきっていた。
「それにしてもさぁ…、レイって本当に火の神に愛されてるよね」
「ごっ…ゴボッ!!…はっ…!?はぁ!?」
クラスメイトからやっと解放されて、落ち着いてお茶を飲んでいたが、ミスリルの言葉に驚いて変なところへ入ってしまった。
「言っただろう。俺達は雇用関係みたいなものだ」
「へぇ…そう?ヤリまくってんのに?」
「だっ…だから!天使はそういうもので……」
「レイは何か誤解しているけど、天使だって嫌なら拒否すればいい。むしろそういう理由で天使をクビにするような器の小さい神なら将来なんて期待できない。こっちから願い下げだよ」
はっきりと自分の意見を主張するミスリルに驚いた。天使をやっているヤツは神が絶対だと言うと思っていたが、ミスリルのような考えを持っているとは思わなかった。
「……まぁ実際天使をクビになるなんて死活問題だけどさ、もしそういうことがあったら、ウチにおいで。カリアド様は心が広いから」
「……もしかして、土の神に天使がたくさんいるのは……」
俺の言葉の続きを制するように、ミスリルは人差し指を俺の唇に当てた。
「まぁ、さっきの映像見た限りだと、その心配はなさそうだけどね」
ミスリルの言葉に俺の心臓は跳ねるように揺らされた。
そうなのだ。あの映像見て、俺が感じたことは、純粋な驚きだった。
日常の一コマを切り取って編集されていたが、そこには楽しそうに笑う俺が映っていた。
ミクラシアンの家で自分はあんな風に笑っていただろうかと思った。
徹底的な個人主義、何をするにもお互い部屋から出ることもない。
用があれば使用人に面会を申し出て、話が終わればすぐに退室する。
あの頃は人と会うことも怖かったから、それが気楽な環境であった。
しかし、気軽に部屋を行き来して、冗談を言い合ったり、顔を見て体調を気遣ったり、そういうものに慣れてしまうと、何もなかった頃がいかに寂しいものであったか感じてしまう。
小言を言いながらも面倒見のいいジェロームは色々と仕事を手伝ってくれるし、時々頑張ってますねと、おやつを用意してくれたりする。
アルメンティスは時々いじわるだし、訳が分からないけど、基本的に優しいし、俺のことを気遣ってくれる。
そして、アルメンティスに抱かれることは、俺の中でただの仕事だと割り切れるようなものではなかった。
自分勝手に欲望を吐き出されるような行為なら、心を閉ざすことができた。
しかしあの男は俺を散々イかせて、俺が疲れて寝てしまっても、自分は一度もイカなくても文句一つ言わない。昨夜は可愛かったと翌朝キスしてくるようなやつだ。
あの手があの指が自分に触れるところを想像すると体が熱くなるし、忙しくて会えなければ、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
この気持ちをなんと表現したらいいのか、俺はもう分かってきた気がするが、それを認めることはできなかった。
こんな温かさが当たり前だと思ってしまったらだめだ。
地獄はいつでも口を開けて、俺を待っているのだから……。
「嘘でしょう!どういうこと!?」
すっかり下を向いて考え込んでいたら、ミスリルの叫ぶような大きな声が聞こえて驚いて顔を上げた。
ミスリルは頭に手を当ててひどく動揺していたが、俺の視線に気が付いて泣きそうな顔になった。
「三回戦用に手配していた衣装が届かないって連絡が入ったんだ!宝石を使った高価なものだから直接控え室に届けてもらう予定だったのに……、業者と連絡がつかないって……」
最終戦では3人が残って舞台上に立つ。そのまま、生徒の投票を見守り、今年のエンジェルが決まるわけだが、最初と衣装を変えなければいけない。
俺は単純にジャケットを変えるくらいのものだったが、ミスリルのような最終戦まで残る可能性のある者は、気合いを入れた衣装を用意していたはずだ。
「代わりのものは用意できないのか?」
「今からイメージを組み直して用意するなんて……どうしよう……どうしたらいいんだ」
「しっかりしろ、ミスリル。お前は不動のエンジェルなんだろう!服だけで何部屋も持ってるなら、こんな時活用しないでどうするんだ!」
審査発表はそろそろのはずだ。進出が決まればすぐにでも着替えないと間に合わない。
こんな時、本人以外に冷静になれる人間が必要なのは経験からよく分かっていた。
「れ…レイ……」
「大丈夫だ。俺をここまで指導してくれただろう。ミスリルならできるはずだ」
俺にこんな事を言われても力にならないかもしれない。しかし、無理矢理にでも火をつけなければ乗り切れないこともある。
「……そうだね。誰が妨害したのかだいたい予想はつくけど……今はとにかく何とかしないと」
ミスリルは後でねと言って、走って食堂から走って出て行った。
ミスリルのことが気がかりだったが、いったん控え室に戻ろうと遅れて食堂を出ると、廊下で同じ参加者の天使、アレクセイと会ってしまった。
目元に暗さがある嫌な顔をしていた。
「アンタさ……目立ち過ぎなんだよ。調子乗ってると痛い目にあうよ」
アレクセイはすれ違い様にボソリと嫌味を呟いてきた。それが、やけに不快な色で体に絡みついてきてゾワゾワと寒気がして俺は立ち止まった。
首元が苦しくなり、嫌な予感がしてパッと振り返ったがアレクセイの姿はもうなかった。
こういう時の嫌な予感は当たる。俺は自分の控え室にあるジャケットが気になってきた。
もし三回戦に進んだなら必要なものだ。もしかしたら、ミスリルのように隠されているかもしれない。
急いで戻ろうと階段に向かったが、下りてきた時に使った階段はなぜかドアが閉まっていて使えなかった。
ここは地下一階、三機のエレベーターの横に、それぞれ階段が設置されている。
おかしいと思いながら、近くにあるもう一つの階段に向かったが、こちらもドアに鍵が掛かっていた。
残りは後一つしかないが、少し離れたところにあるので、俺は走ってそこまで向かった。
施設の端に当たるので、ここの階段やエレベーターを使う人は少ない。廊下を進んでいくと、どんどん人気が減っていきエレベーターホールに着いた時には、周りに誰もおらず辺りはしんとして静かだった。
そしてやはり、ここの階段も鍵が掛かっていて使えなかった。
誰かに声をかけて鍵を開けてもらおうかと考えたが、早く戻って衣装を確認しないといけない。
だが、上に上がる方法はエレベーターしかない。そして控え室のある階は8階だ。
大丈夫だ、少し間なら耐えられる。
俺はエレベーターを使うことにしてボタンを押した。
心臓がドクドクと鳴り出して、痛いくらいに感じるほどだった。
チンと音がなってドアが開いた。
大丈夫、大丈夫。
何度も頭の中で繰り返しながら、俺は小さな箱の中に足を踏み出した。
1.2.3……頭の中でカウントしていく。
ドアが閉まった後、俺は行先の階のボタンを押したがライトが付くこともなく、エレベーターが動き出した気配もなかった。
変わらない状態に不安が高まっていき、手に汗が流れていくのを感じた。
小さく呼吸をして、何度もボタンを押して早く動いてくれることをひたすら願ったが、だんだん今動いているのかすらよく分からなくなってきた。
試しに開くボタンを押してみたが反応はない。
背中にじっとりとした嫌な汗が流れてきて、呼吸が荒くなってきた。
さすがにおかしいと思い、緊急連絡用のボタンを押したがこちらも反応がない。
閉じ込められたのかもしれない。
エレベーターの階数表示の画面には、メンテナンス中という表示が出てしまった。
大丈夫だ…。
大丈夫、きっとすぐ元に……。
戻らなかったら?
頭の中にペタペタと人が裸足で歩くような音が聞こえてきた。
汗が全身から吹き出して、足がガタガタと震え出した俺は、立っていられなくて床に膝をついた。
ペタペタという音が近づいて来た。
まるで地獄の入り口がばっくりと開いて、過去の亡霊たちが這い出して来たような、そんな音に聞こえて、俺は両手で耳をふさいだ。
音は大きくなってドンドンという音に変わった。
ドンドン、ドンドンと壁を叩く音が過去の世界から俺を呼んでいた。
□□□
先日聖堂で行われた月一の儀式の日に撮影されたもので、それを審査員が見て最終的に3名までしぼることになる。
その間、参加者達はやることがないので自由時間だ。会場に行ってもいいし、控え室で会場の様子を見てもいいし、飲み食いしに行ってもいい。
俺はトイレに逃げようと思っていたら、ミスリルに首根っこを掴まれ、控室のモニターのどまん前に座らされた。
この自分で自分の映像を見るというのは、まるで羞恥プレイだ。
ミスリルは俺の反応が面白いとニヤニヤと笑いながら、ご丁寧に自分の映像の解説までやりだした。
密着の撮影は本当に大変だった。確かにリアルな絵を撮るからと言われていた。
さすがに神は映せないので、当日は一人で寝ていたが、本当に朝突然ドアがドカンと開け放たれて撮影隊が乱入してきたのだ。
ミスリルを含め他の参加者はみんな気だるい寝起きという感じて、上半身裸のセクシーショットが映る。これはもう事前に準備しておいたとしか思えない。
きっと、会場は男達が盛り上がって大騒ぎになっているだろう。
俺に至っては撮影のことをすっかり忘れて寝入っていたので本当に驚いて、ベットから転げ落ちた。
痛みに悶絶する声と、ベッドから上半身が落ちて足だけが残っている映像がアップで映されるという始末だ。
ミスリルも控え室に残っていた他の参加者にも大爆笑で腹を抱えて笑われた。
もちろんセクシーショットではなく、ださいジャージ姿で髪は寝癖でボサボサ、完全にお笑い担当だとしか思えない。
確かにあの儀式の日はよくミスをやらかしていた。儀式の聖具を持ちながらすっ転んで、ぐちゃぐちゃにして、それを無理矢理元の形に直して、アルメンティスに手渡している姿がバッチリ映されたり、疲れて顔にタオルを乗っけたまま椅子でうたた寝している姿までバッチリ映されていた。
「……これは、どういうことだ。俺だけ……俺だけ絶対悪意のある編集がされているぞ!」
「あぁ…もう本当おかしい!お腹痛いんだけど。いいね、今までになかった大会だわー、あー楽しー!」
映像が終わりすぐに審査タイムに入った。
ミスリルと二人で食堂に休憩に行くと、クラスのヤツらに囲まれて、笑わせてもらったとか最高だったとか言われて背中を叩かれるわ頭まで撫でられることになってしまった。
他の天使にそんなことをするヤツはいないので、この半日ですっかりいじられキャラになってしまった。
それはもうどうでもいいのだが、俺はもう恥ずかしすぎて半分意識が飛んでいた。
二回戦はどう考えてもあんなフザけた内容で次に行けるはずがない。
とりあえず、一回戦は何がどうなったのか突破できたので、これで一応面目を保つことはできただろうと安心しきっていた。
「それにしてもさぁ…、レイって本当に火の神に愛されてるよね」
「ごっ…ゴボッ!!…はっ…!?はぁ!?」
クラスメイトからやっと解放されて、落ち着いてお茶を飲んでいたが、ミスリルの言葉に驚いて変なところへ入ってしまった。
「言っただろう。俺達は雇用関係みたいなものだ」
「へぇ…そう?ヤリまくってんのに?」
「だっ…だから!天使はそういうもので……」
「レイは何か誤解しているけど、天使だって嫌なら拒否すればいい。むしろそういう理由で天使をクビにするような器の小さい神なら将来なんて期待できない。こっちから願い下げだよ」
はっきりと自分の意見を主張するミスリルに驚いた。天使をやっているヤツは神が絶対だと言うと思っていたが、ミスリルのような考えを持っているとは思わなかった。
「……まぁ実際天使をクビになるなんて死活問題だけどさ、もしそういうことがあったら、ウチにおいで。カリアド様は心が広いから」
「……もしかして、土の神に天使がたくさんいるのは……」
俺の言葉の続きを制するように、ミスリルは人差し指を俺の唇に当てた。
「まぁ、さっきの映像見た限りだと、その心配はなさそうだけどね」
ミスリルの言葉に俺の心臓は跳ねるように揺らされた。
そうなのだ。あの映像見て、俺が感じたことは、純粋な驚きだった。
日常の一コマを切り取って編集されていたが、そこには楽しそうに笑う俺が映っていた。
ミクラシアンの家で自分はあんな風に笑っていただろうかと思った。
徹底的な個人主義、何をするにもお互い部屋から出ることもない。
用があれば使用人に面会を申し出て、話が終わればすぐに退室する。
あの頃は人と会うことも怖かったから、それが気楽な環境であった。
しかし、気軽に部屋を行き来して、冗談を言い合ったり、顔を見て体調を気遣ったり、そういうものに慣れてしまうと、何もなかった頃がいかに寂しいものであったか感じてしまう。
小言を言いながらも面倒見のいいジェロームは色々と仕事を手伝ってくれるし、時々頑張ってますねと、おやつを用意してくれたりする。
アルメンティスは時々いじわるだし、訳が分からないけど、基本的に優しいし、俺のことを気遣ってくれる。
そして、アルメンティスに抱かれることは、俺の中でただの仕事だと割り切れるようなものではなかった。
自分勝手に欲望を吐き出されるような行為なら、心を閉ざすことができた。
しかしあの男は俺を散々イかせて、俺が疲れて寝てしまっても、自分は一度もイカなくても文句一つ言わない。昨夜は可愛かったと翌朝キスしてくるようなやつだ。
あの手があの指が自分に触れるところを想像すると体が熱くなるし、忙しくて会えなければ、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
この気持ちをなんと表現したらいいのか、俺はもう分かってきた気がするが、それを認めることはできなかった。
こんな温かさが当たり前だと思ってしまったらだめだ。
地獄はいつでも口を開けて、俺を待っているのだから……。
「嘘でしょう!どういうこと!?」
すっかり下を向いて考え込んでいたら、ミスリルの叫ぶような大きな声が聞こえて驚いて顔を上げた。
ミスリルは頭に手を当ててひどく動揺していたが、俺の視線に気が付いて泣きそうな顔になった。
「三回戦用に手配していた衣装が届かないって連絡が入ったんだ!宝石を使った高価なものだから直接控え室に届けてもらう予定だったのに……、業者と連絡がつかないって……」
最終戦では3人が残って舞台上に立つ。そのまま、生徒の投票を見守り、今年のエンジェルが決まるわけだが、最初と衣装を変えなければいけない。
俺は単純にジャケットを変えるくらいのものだったが、ミスリルのような最終戦まで残る可能性のある者は、気合いを入れた衣装を用意していたはずだ。
「代わりのものは用意できないのか?」
「今からイメージを組み直して用意するなんて……どうしよう……どうしたらいいんだ」
「しっかりしろ、ミスリル。お前は不動のエンジェルなんだろう!服だけで何部屋も持ってるなら、こんな時活用しないでどうするんだ!」
審査発表はそろそろのはずだ。進出が決まればすぐにでも着替えないと間に合わない。
こんな時、本人以外に冷静になれる人間が必要なのは経験からよく分かっていた。
「れ…レイ……」
「大丈夫だ。俺をここまで指導してくれただろう。ミスリルならできるはずだ」
俺にこんな事を言われても力にならないかもしれない。しかし、無理矢理にでも火をつけなければ乗り切れないこともある。
「……そうだね。誰が妨害したのかだいたい予想はつくけど……今はとにかく何とかしないと」
ミスリルは後でねと言って、走って食堂から走って出て行った。
ミスリルのことが気がかりだったが、いったん控え室に戻ろうと遅れて食堂を出ると、廊下で同じ参加者の天使、アレクセイと会ってしまった。
目元に暗さがある嫌な顔をしていた。
「アンタさ……目立ち過ぎなんだよ。調子乗ってると痛い目にあうよ」
アレクセイはすれ違い様にボソリと嫌味を呟いてきた。それが、やけに不快な色で体に絡みついてきてゾワゾワと寒気がして俺は立ち止まった。
首元が苦しくなり、嫌な予感がしてパッと振り返ったがアレクセイの姿はもうなかった。
こういう時の嫌な予感は当たる。俺は自分の控え室にあるジャケットが気になってきた。
もし三回戦に進んだなら必要なものだ。もしかしたら、ミスリルのように隠されているかもしれない。
急いで戻ろうと階段に向かったが、下りてきた時に使った階段はなぜかドアが閉まっていて使えなかった。
ここは地下一階、三機のエレベーターの横に、それぞれ階段が設置されている。
おかしいと思いながら、近くにあるもう一つの階段に向かったが、こちらもドアに鍵が掛かっていた。
残りは後一つしかないが、少し離れたところにあるので、俺は走ってそこまで向かった。
施設の端に当たるので、ここの階段やエレベーターを使う人は少ない。廊下を進んでいくと、どんどん人気が減っていきエレベーターホールに着いた時には、周りに誰もおらず辺りはしんとして静かだった。
そしてやはり、ここの階段も鍵が掛かっていて使えなかった。
誰かに声をかけて鍵を開けてもらおうかと考えたが、早く戻って衣装を確認しないといけない。
だが、上に上がる方法はエレベーターしかない。そして控え室のある階は8階だ。
大丈夫だ、少し間なら耐えられる。
俺はエレベーターを使うことにしてボタンを押した。
心臓がドクドクと鳴り出して、痛いくらいに感じるほどだった。
チンと音がなってドアが開いた。
大丈夫、大丈夫。
何度も頭の中で繰り返しながら、俺は小さな箱の中に足を踏み出した。
1.2.3……頭の中でカウントしていく。
ドアが閉まった後、俺は行先の階のボタンを押したがライトが付くこともなく、エレベーターが動き出した気配もなかった。
変わらない状態に不安が高まっていき、手に汗が流れていくのを感じた。
小さく呼吸をして、何度もボタンを押して早く動いてくれることをひたすら願ったが、だんだん今動いているのかすらよく分からなくなってきた。
試しに開くボタンを押してみたが反応はない。
背中にじっとりとした嫌な汗が流れてきて、呼吸が荒くなってきた。
さすがにおかしいと思い、緊急連絡用のボタンを押したがこちらも反応がない。
閉じ込められたのかもしれない。
エレベーターの階数表示の画面には、メンテナンス中という表示が出てしまった。
大丈夫だ…。
大丈夫、きっとすぐ元に……。
戻らなかったら?
頭の中にペタペタと人が裸足で歩くような音が聞こえてきた。
汗が全身から吹き出して、足がガタガタと震え出した俺は、立っていられなくて床に膝をついた。
ペタペタという音が近づいて来た。
まるで地獄の入り口がばっくりと開いて、過去の亡霊たちが這い出して来たような、そんな音に聞こえて、俺は両手で耳をふさいだ。
音は大きくなってドンドンという音に変わった。
ドンドン、ドンドンと壁を叩く音が過去の世界から俺を呼んでいた。
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