炎よ永遠に

朝顔

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「僕の衣装は白いファーのベストに豹柄のショートパンツ。ファーのベストはセクシーなやつで、動くとアレが見えちゃう感じ」

 最後の方のアレを耳元で囁かれて、俺は体に悪寒が走ってやめてくれと両腕を抱えた。

「ミスリル、レイを揶揄わないであげてよ。こういうの苦手みたいなんだ……」

「ふふふっ、入学以来毎年マイエンジェルの称号を取り続けているこの僕が、ライバルだけど、レイを助けてあげようとしてるんだよ。アルガルトの天使が一回戦落ちじゃ格好がつかないでしょう」

 ジェロームからとんでもないイベントの話を聞いた翌日、すでに俺の参加は確定で話が進んでいたらしく、教室に着くと早速ミスリルが話しかけて来た。
 ミスリルは毎年ナンバーワンを取っているらしく、今からの参加なんてあまりに不憫だから協力したいと申し出てくれた。

「アルメンティス様はなんて言っているの?」

 項垂れて固まっている俺の顔を、ルザラザが心配そうに覗き込んだきた。

「強制じゃないから、俺が嫌ならやらなくていいって……」

「ひゃん!!愛されてるぅ!火の神が不参加なんて言ったら立場的に風当たりが強くなるのに、なんて素敵な神なの!カリアド様なんて、金が動いてるから死んでも勝てなんて冷たいんだよぉ」

 ミスリルの話で一気に心臓が冷えた。たくさん抱えているアルメンティスにこれ以上負担をかけるのは申し訳ない気持ちになった。
 各国の要人達の賭けの対象にもなると聞いていた。
 しかし、俺は人前に出るとか注目されるのが苦手で、こういう類のものは避けてきた。
 ガチガチに緊張して倒れてしまいそうな気さえする。

「ただのおふざけイベントじゃないんだよ。色々と裏で動いている。天使ならさ、神の力になりたいと思わない?」

 ミスリルの言葉に俺は顔を上げた。今の段階で吐きそうになっているが、俺の好き嫌いで物事を決められるような立場ではない。
 俺を天使にしてくれたアルメンティス。
 様々な問題を抱えて不眠症になっているような男に、これ以上負担を増やしたくないのは本音だった。
 俺の目を見て了承するという意思を汲み取ったのか、ミスリルはわしゃわしゃと俺の頭を撫でて、僕に任せてと言ってきた。

「本当なら参加者は1ヶ月以上前から衣装を発注して準備するんだ。今からじゃどこの店も受け付けてくれないだろうから、僕の衣装を使うといいよ。プレゼントでもらい過ぎて着れない服で何部屋も使ってるから」

「え?天使のコスプレじゃなかったのか?」

「あー、写真見たの?あれ僕の3年前のやつかな。可愛かったでしょ。別に天使じゃなくてもいいんだよ。さっき言ったでしょ、今回の僕のテーマは白豹ちゃん。ホワイトが指定色だけど、裸じゃなきゃ基本何でもオッケー」

 裸という言葉を聞いてドン引きしている俺の背中をぽんぽんと叩いてミスリルは微笑んだ。

「今日の放課後、衣装合わせしよう。勝てる衣装でレイに似合いそうなやつ、選んで持っていくから」

「あ…ああ、それはよかった。それは助かる」

 何やら楽しげに鼻歌を歌いながらミスリルは自分の席へ戻っていった。

「ミスリルってば、プレッシャーかけてくるんだから……、レイ、本当にいいの?」

「……正直視線が集中したら、まともに歩けるかどうかも分からないが……、アルメンティスに、迷惑をかけたくない」

「迷惑って…勝手に選ばれちゃったのに……。もしかして、レイ……」

 何か言いかけたルザラザだったが、頭を振って何でもないと言ってそれから黙ってしまった。
 何か思うところがあるような態度が気になったが、授業が始まってしまい、それ以上聞かなかった。




 放課後、火の棟に戻って、多目的ルームのひとつを使用して、俺の衣装合わせが行われることになった。

 ミスリルは約束通り自分の部屋から衣装を詰めたトランクを持ち込んで、アレじゃないコレじゃないと楽しそうに選び始めた。

「とにかく目立つことが大事なんだよ。本当は虹色の服でも着せたいくらい!後はセクシーなやつ!レイはちょっとお色気が足りないからさぁ。服で稼がないと」

 何を言っているのかまったく分からなかった。俺は下着姿になって呆然としながら立ち尽くしていて、されるがままに服を鏡の前で当てられていた。

「火の神は、ちゃんと愛してくれている?」

 服の紐を結びながら、ミスリルに突然そんなことを聞かれたので心臓がドキリと揺れた。

「あ…愛、愛なんてものはない。雇用関係みたいなものだ」

「ふーん、それにしては、コレ、うるさいくらいあるけど」

 ミスリルが指でトントンと胸元を叩いてきた。そこには、消える暇もないくらい付けられた赤い吸い痕が散りばめられていた。
 同じ天使だし見ないふりをしてくれるかと思っていたが、しっかり指摘されたので、顔が熱くなって逃げたくなった。

「こここっ…これは、その……なんでも…ない」

「アルメンティス様はレイが来てからはレイしかお求めにならないって聞いたよ。前に抱かれたことがあるって子に話を聞いたけど、コトは淡白でまるで自慰の道具にされたみたいで、終わったらハイさよなら。キスなんて一度もなかったって……」

 ミスリルの本当が嘘か分からない話に胸がドキドキと鳴っていた。
 抱いてはいけない感情、まるで、自分だけ特別になったような優越感が蛇のように足元から巻きついてきた。

「できた。じゃ、下着脱いでコレ履いて」

「は!?」

 ミスリルの妖しげな雰囲気にすっかり飲み込まれていたが、いつの間にか上半身の試着が終わっていたらしい。
 白のファーがついたキャミソールで前を紐できつく結んでいた。てっきり下着かと思っていたのにこれで完成らしい。

 しかも下着なしで下に履けと言われたのが、白のファーのショートパンツで穴がたくさん空いていてどう着ていいのか分からない。

「ここに、足を入れて、ああ、いいのいいの。そういうものだから、履いたら教えて」

 ミスリルに任せていていいのだろうかと、ここまできてやっと俺は不安になってきた。
 ナンバーワンだと聞いていたから完全に安心しきっていたが、これも何かの策略なのかもしれない。
 とりあえず、戸惑いながら言われた通りに履いてみたが、人前に出る姿ではないし、この格好が何を意味しているのかさっぱり分からない。

「やーーーん!可愛すぎる!!これ見て勃たない男がいる?やっぱり僕って天才!」

「こっ……これで正解なのか!?絶対違うだろう!」

 合ってる合ってると言いながら、ミスリルは俺の頭に何かふわふわした物を被せてきた。

「じゃーん!猫耳!きゃわいい!白猫ちゃんの出来上がり!」

「いやっ…これは…恥ずかしすぎて無理だ」

 頭の上に付いた三角の耳が二つ、鏡の中でふわふわと揺れていた。この服はミスリルがプレゼントされただけあって、ミスリルには似合うが俺にはどう見ても似合っていない。こんな格好で一歩も外へ出たくはない。

「このズボンだっておかしいだろう!なんで後ろにこんなに大きな穴が空いてるんだよ!歩いたら中が見えるだろう!」

「ああ……それね。そこから尻尾をつけるんだよ。コレ、付けてあげようか?」

 何やらゴソゴソとトランクの中を漁っていたミスリルは、包み紙の中からこれまたふわふわした長い尻尾を取り出した。
 俺はそのふわふわ感よりも、先端の形に驚愕して言葉を失った。

「つ……つ付けるって……まさかそれを……!?」

「ふふっ、付けるっていうか、挿れるが正解かな」

 ミスリルが手に持っている先端部分は明らかに卑猥な形をしていて、ミスリルはそれをペロリと舐めた。

「いい…いやだ!やめてくれ!絶対やだ!他のにしてくれ!コレ以外なら何でもいいから!」

「ちょっ…ちょっとぉぉ!こら無理矢理引っ張らないで、破れちゃうから!」

 俺がバタバタと暴れ出して紐を引っ張って服を脱ごうとしていたら、部屋の外でガタガタと音がした。
 会議に出ていたアルメンティスとジェロームが帰ってきたのだろう。

「ちょうどいいじゃん!火の神にも見てもらおうよ。絶対にコレがウケるって!」

「だっ…やめろ!ヤダって!早く脱がせてくれ!」

 俺の言葉など一切聞かずにミスリルが部屋から飛び出した。いくら天使の仕事だとしても、こんなふざけた格好でいたら、遊んでいたと誤解されそうだ。俺は何かないかと、棚に保管されていたシーツを引っ張り出して慌てて羽織った。

「ジャジャーン!見てください私のセンスを駆使した作品です!」

 ミスリルが大袈裟に騒ぎながら本当にアルメンティスを連れてきてしまった。お前も忙しいのになぜのこのこ付いてきたのかと頭の中でツッコんだ。

「へぇ…、レイが本当に猫になってる」

 しまったと思った。体は隠したが頭はあの猫耳を付けたままだった。恥ずかしさで湯気が上がりそうになった。
 感想はそれくらいにして、さっさと出て行って欲しかったのに、アルメンティスはズンズン近づいて来た。
 しかも笑顔なのに、やけに目元が薄暗くて、怒っているような雰囲気が見えた。

「あ…アルティ……これは、ふざけていた訳ではなく……。その、衣装を貸してもらえるって言うことで……あっちょっと!!」

 アルメンティスは問答無用で隠していたシーツを掴んでバサッと外してしまった。

「あーー……、もう……。これはまだ、試着だから…決まったワケじゃなくて……」

 怖くてまともにアルメンティスの方が見られなかったが、アルメンティスが持っていたシーツがドサっと床に落ちる音がした。

「………確かに、これに決まりだって言われたら……俺はレイを閉じ込めて、じっくり教えてあげないといけない。レイが誰の猫なのか……」

「え…ちょっ……待って……」

 じりじりと迫ってくるアルメンティスの瞳は赤く光っていた。
 俺はいつもその瞳に吸い込まれるように虜になってしまう。だが今日は得体の知れないゾワゾワとした悪寒を感じて、震えながら後退り壁に背中が付いてしまった。

「うん、今から教えようかな」

 アルメンティスが珍しく歯を見せて笑った。
 短い付き合いだが、いつもの顔ではないことは分かる。こんな笑い方をする時は、笑顔とは逆にとっても怒っているのかもしれないと、意識の端っこでぼんやり考えていた。





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