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XIX
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ジュボッ、ジュボッ。
その音がすると俺は必ず目を覚ました。
真っ暗な部屋の窓辺で、オジサンはいつも煙草を吸っていた。
ジュボッ…ジュジュ…
奇抜な色をした百円ライターが夜の闇の中でギラギラと光っていた。
なかなか火がつかずに、何度も擦る音が聞こえてから、ボッと火がつく音がして煙の臭いが漂ってくる。
暗闇に火が浮かび上がるのが嬉しくて、もっと近くでみたいと思っていた。
ずっと機会を待っていた。
ある日酔っ払ったオジサンは帰宅してすぐ玄関で寝てしまった。押し入れの中からのっそり抜け出してきた俺は、ブルブルと震えながらオジサンの上着の内ポケットに手を入れた。
そこにはクシャクシャになった煙草のパッケージと、ライターが入っていた。
俺はライターを持って転がるようにしてその場から離れた。
そしてライターを押し入れの奥に隠した。
翌朝起きたオジサンは、煙草を吸おうとしてライターがない事に気がついた。だが、玄関で寝ていたから、どこかに落としてきたのだと思ったのだろう。
イラつきながら壁を殴っていたが、俺が盗んだことは気が付かれなかった。
その日からライターは俺の宝物になった。
一人の時、何とか試行錯誤して火がついた時は、感激して泣いてしまったほどだ。
誰もいない時、一人で火をつけて眺めていると心が休んだ。殴られても蹴られても、お腹が空いてたまらなくても、火を見たら心が軽くなって痛みが治まっていく。
両親の命を奪っていった火。
けれど、怖くはない。
まるで、火の中で両親の魂が今もずっと燃えていて、俺を優しく包んでくれるような気がした。
自分の本当の居場所はこの中にある。
火を見ながらずっとそう思い続けていた。
夕食後風呂に入り、アルメンティスの部屋へ向かう。
それが日課になってしまった。
抱かれる日もあれば、抱き枕のように抱きつかれて眠るだけの日もある。
ジェロームによるとアルメンティスは不眠症らしく、睡眠が浅く体調を崩しやすかったそうだ。
それが俺と寝始めたことで、よく眠れるようになり、不眠症が改善されたと言われた。
本当か嘘かよく分からないが、そう言われてしまったら断るわけにもいない。
俺だって他人と寝るなんて慣れていないし、一人でのびのびと寝る方が好きなのだが、慣れとは怖い物で、数日経てば熟睡できるようになってしまった。
「レイ、起きて。朝だよ」
「ん……。ああ…起きる……もうちょっと」
神を起こすのが俺の仕事のはずなのに、いつのまにか逆になってしまい、いつも先に起きたアルメンティスに起こされるようになってしまった。
寝ぼけていると、唇に生温かい感触がしてぬるりと舌が入ってきた。
「……っっ……ふっ……んっ……」
ぴちゃぴちゃと音を立てて口内を舐め尽くして唇を吸われてしまう。こんな風にアルメンティスのキスで起こされるのはもう何度目だろう。
朝から濃厚なキスをされたら、反応してしまうのは若さだろう。
寝不足が解消されたからか、神ともあろうお方が、朝から手淫のサービスで俺をイカせてくれた。
「シャワーを浴びておいで。俺は朝から集まりがあるから、先に行くけど。しっかり食べて行くんだよ」
「ああ、分かった」
バスルームに向かおうとした俺の腕を引っ張って、再び唇を重ねてからペロリと名残惜しそうに舐めて、アルメンティスは部屋を先に部屋を出ていった。
「………なんだよこれ。これじゃまるで………」
その先の言葉を言おうとして頭をブンブンと振った。どうやら熱いシャワーを浴びる必要がありそうだ。
アルガルト家の騒動が気になっているが、あれからその話は一言もでない。
こちらから積極的に聞くのは躊躇われたし、やはり俺が深入りする話ではないのだろう。
アルメンティスの態度はいつもと変わらず、睡眠がしっかり取れているからか、目の下にあった隈も消えて、出会った頃より健康になったように見える。
俺のおかげなどとはとても言えないが、力になっているかもしれないと思うと嬉しかった。
神は月一の聖堂での行事以外にも、様々な行事に参加する必要があり毎日忙しい。
今日の昼食はアルメンティスの部屋でジェロームと3人で集まって打ち合わせランチだった。
神はそれぞれ学内に個室があり、そこで個人レッスンを受けたり、食事を取ったりしている。
「明日は、スピーチコンテストの審査員と、校内緑化運動の署名式に参加、その後は校長が主催する未来を見る会の講演に特別ゲストとして参加していただきます」
ジェロームが手帳をチェックしながら、淡々と明日の予定を話してきた。
学校が休みの日であっても過密スケジュールを組まれるのはいくらなんでも可哀想だと思うのだが、これでもかなり削ぎ落としていると言われて驚きで言葉を失った。
「それと、来月のバースデーイベントは予算が余っておりますので、盛大に開催します。センチュリオンでの最後のバースデーですからね」
「……まったく、この歳になって誕生日など祝われてもねぇ。どうせなら、レイと一緒にケーキを食べてゴロゴロしたいよ」
バースデーイベントと言えば、確か神の誕生日はそれぞれその日の授業は中止され、盛大にみんなで祝うみたいなものだと聞いていた。
「いいじゃないか。みんなに祝ってもらえるのだろう。素直に喜んでおけばいい」
「レイ……大人の意見だねぇ……」
隣に座ったアルメンティスはすでに食べ終わったからか、俺の顎を撫でて遊び出した。
食事が飛び散って、アルメンティスの制服を汚してしまいそうで、こっちは気が気じゃなかった。
「ところでレイの誕生日はいつ?なんでも好きなものを買ってあげたい」
「知らん」
「ええ!?」
俺のアッサリすぎる回答に、アルメンティスとジェロームの声が重なって同じ音に聞こえた。
「知らないものは知らない。誰も教えてくれなかったし、祝われたこともないからな。戸籍でも取り寄せれば別だが、そこまでする必要もないし」
俺の言葉に二人の視線が変わったのが分かった。何度も受けてきている同情の視線だ。こうなるから自分のことを話すのは苦手だ。
取り繕うのも苦手だし、聞かれたことはそのまま答えてしまうので、まったく厄介な性格だ。
「日本ではご親戚家で育ったと資料にありましたが……」
「そうだ。一年いなかった所もあるし、どこの家でも家族としては認めてくれなかった。今思えば飯を食わせてもらえるだけでありがたかったよ。今のミクラシアン家はみんな多忙だし個人主義だから、互いのことに干渉しない。誕生日なんて祝う慣習はない」
そういえば叔父の誕生日も知らなかったなとこんな話になって初めて気がついた。
ミクラシアン家は争いや衝突を避けるためか、お互いのやることには干渉しない。その代わり助けを求めれば力を貸してくれる。引き取られて来てボロボロだった俺を手厚く介抱してくれた。
俺の生きて来た環境の中では、一番恵まれている。恵まれ過ぎではないかと思うくらいだった。
これ以上何を望むというのだろうか。
俺みたいな罪人は……望んではいけないんだ。
変な空気になったまま、昼休みは終わってしまった。まぁ複雑そうな事情を嗅げばみんな面倒に感じてそれ以上踏み込んではこない。
そういうものだ。
あまり、考えすぎるのはやめよう。
ちょうど定期テストの日だったので、俺は何を話したかなんてすっかり忘れて、問題を解く事に集中した。
放課後、再びジェロームに呼び出された俺は、ドサっと紙の束を渡された。
「これをよく読み込んでおいてください」
「……ユアマイエンジェルコンテスト概要……なんだこれは?」
「来週開かれるイベントの詳細です。毎年ウチは不参加だったのですが、さすがに天使が増えたのに不参加はないだろうと他の神から声があがりまして、急遽参加するように通達が来たのです」
ペラペラと紙を捲ると、舞台上の演出や立ち位置、各国の要人への挨拶の仕方など細かい決まりなどが書いてあった。
「……神がお気に入りの天使を選出して、その天使達が美を競うのです。閉鎖的な学生生活での余興といいますか……、それぞれの神の信頼や評価にも繋がりますので……」
どんどん先を捲っていくと毎年の様子が写真付きで紹介されていた。
「……なんだこれは!?コスプレ!?マジで天使の格好しているぞ!!」
「……ええ、そういうものなのです」
「もしかして……俺がこれに……」
「………健闘を祈ります」
手から握力が抜けて、バサバサと資料が床に散らばってしまった。
日本でいうと文化祭の美男美女コンテストみたいなものだろうか。
この学校だとあの天使の輪っかを頭に付けたコスプレも、たぶんお笑い要素なしで大真面目にやっていそうだ。
俺は絶望的な気持ちになって、資料が散らばる床に崩れ落ちたのだった。
□□□
その音がすると俺は必ず目を覚ました。
真っ暗な部屋の窓辺で、オジサンはいつも煙草を吸っていた。
ジュボッ…ジュジュ…
奇抜な色をした百円ライターが夜の闇の中でギラギラと光っていた。
なかなか火がつかずに、何度も擦る音が聞こえてから、ボッと火がつく音がして煙の臭いが漂ってくる。
暗闇に火が浮かび上がるのが嬉しくて、もっと近くでみたいと思っていた。
ずっと機会を待っていた。
ある日酔っ払ったオジサンは帰宅してすぐ玄関で寝てしまった。押し入れの中からのっそり抜け出してきた俺は、ブルブルと震えながらオジサンの上着の内ポケットに手を入れた。
そこにはクシャクシャになった煙草のパッケージと、ライターが入っていた。
俺はライターを持って転がるようにしてその場から離れた。
そしてライターを押し入れの奥に隠した。
翌朝起きたオジサンは、煙草を吸おうとしてライターがない事に気がついた。だが、玄関で寝ていたから、どこかに落としてきたのだと思ったのだろう。
イラつきながら壁を殴っていたが、俺が盗んだことは気が付かれなかった。
その日からライターは俺の宝物になった。
一人の時、何とか試行錯誤して火がついた時は、感激して泣いてしまったほどだ。
誰もいない時、一人で火をつけて眺めていると心が休んだ。殴られても蹴られても、お腹が空いてたまらなくても、火を見たら心が軽くなって痛みが治まっていく。
両親の命を奪っていった火。
けれど、怖くはない。
まるで、火の中で両親の魂が今もずっと燃えていて、俺を優しく包んでくれるような気がした。
自分の本当の居場所はこの中にある。
火を見ながらずっとそう思い続けていた。
夕食後風呂に入り、アルメンティスの部屋へ向かう。
それが日課になってしまった。
抱かれる日もあれば、抱き枕のように抱きつかれて眠るだけの日もある。
ジェロームによるとアルメンティスは不眠症らしく、睡眠が浅く体調を崩しやすかったそうだ。
それが俺と寝始めたことで、よく眠れるようになり、不眠症が改善されたと言われた。
本当か嘘かよく分からないが、そう言われてしまったら断るわけにもいない。
俺だって他人と寝るなんて慣れていないし、一人でのびのびと寝る方が好きなのだが、慣れとは怖い物で、数日経てば熟睡できるようになってしまった。
「レイ、起きて。朝だよ」
「ん……。ああ…起きる……もうちょっと」
神を起こすのが俺の仕事のはずなのに、いつのまにか逆になってしまい、いつも先に起きたアルメンティスに起こされるようになってしまった。
寝ぼけていると、唇に生温かい感触がしてぬるりと舌が入ってきた。
「……っっ……ふっ……んっ……」
ぴちゃぴちゃと音を立てて口内を舐め尽くして唇を吸われてしまう。こんな風にアルメンティスのキスで起こされるのはもう何度目だろう。
朝から濃厚なキスをされたら、反応してしまうのは若さだろう。
寝不足が解消されたからか、神ともあろうお方が、朝から手淫のサービスで俺をイカせてくれた。
「シャワーを浴びておいで。俺は朝から集まりがあるから、先に行くけど。しっかり食べて行くんだよ」
「ああ、分かった」
バスルームに向かおうとした俺の腕を引っ張って、再び唇を重ねてからペロリと名残惜しそうに舐めて、アルメンティスは部屋を先に部屋を出ていった。
「………なんだよこれ。これじゃまるで………」
その先の言葉を言おうとして頭をブンブンと振った。どうやら熱いシャワーを浴びる必要がありそうだ。
アルガルト家の騒動が気になっているが、あれからその話は一言もでない。
こちらから積極的に聞くのは躊躇われたし、やはり俺が深入りする話ではないのだろう。
アルメンティスの態度はいつもと変わらず、睡眠がしっかり取れているからか、目の下にあった隈も消えて、出会った頃より健康になったように見える。
俺のおかげなどとはとても言えないが、力になっているかもしれないと思うと嬉しかった。
神は月一の聖堂での行事以外にも、様々な行事に参加する必要があり毎日忙しい。
今日の昼食はアルメンティスの部屋でジェロームと3人で集まって打ち合わせランチだった。
神はそれぞれ学内に個室があり、そこで個人レッスンを受けたり、食事を取ったりしている。
「明日は、スピーチコンテストの審査員と、校内緑化運動の署名式に参加、その後は校長が主催する未来を見る会の講演に特別ゲストとして参加していただきます」
ジェロームが手帳をチェックしながら、淡々と明日の予定を話してきた。
学校が休みの日であっても過密スケジュールを組まれるのはいくらなんでも可哀想だと思うのだが、これでもかなり削ぎ落としていると言われて驚きで言葉を失った。
「それと、来月のバースデーイベントは予算が余っておりますので、盛大に開催します。センチュリオンでの最後のバースデーですからね」
「……まったく、この歳になって誕生日など祝われてもねぇ。どうせなら、レイと一緒にケーキを食べてゴロゴロしたいよ」
バースデーイベントと言えば、確か神の誕生日はそれぞれその日の授業は中止され、盛大にみんなで祝うみたいなものだと聞いていた。
「いいじゃないか。みんなに祝ってもらえるのだろう。素直に喜んでおけばいい」
「レイ……大人の意見だねぇ……」
隣に座ったアルメンティスはすでに食べ終わったからか、俺の顎を撫でて遊び出した。
食事が飛び散って、アルメンティスの制服を汚してしまいそうで、こっちは気が気じゃなかった。
「ところでレイの誕生日はいつ?なんでも好きなものを買ってあげたい」
「知らん」
「ええ!?」
俺のアッサリすぎる回答に、アルメンティスとジェロームの声が重なって同じ音に聞こえた。
「知らないものは知らない。誰も教えてくれなかったし、祝われたこともないからな。戸籍でも取り寄せれば別だが、そこまでする必要もないし」
俺の言葉に二人の視線が変わったのが分かった。何度も受けてきている同情の視線だ。こうなるから自分のことを話すのは苦手だ。
取り繕うのも苦手だし、聞かれたことはそのまま答えてしまうので、まったく厄介な性格だ。
「日本ではご親戚家で育ったと資料にありましたが……」
「そうだ。一年いなかった所もあるし、どこの家でも家族としては認めてくれなかった。今思えば飯を食わせてもらえるだけでありがたかったよ。今のミクラシアン家はみんな多忙だし個人主義だから、互いのことに干渉しない。誕生日なんて祝う慣習はない」
そういえば叔父の誕生日も知らなかったなとこんな話になって初めて気がついた。
ミクラシアン家は争いや衝突を避けるためか、お互いのやることには干渉しない。その代わり助けを求めれば力を貸してくれる。引き取られて来てボロボロだった俺を手厚く介抱してくれた。
俺の生きて来た環境の中では、一番恵まれている。恵まれ過ぎではないかと思うくらいだった。
これ以上何を望むというのだろうか。
俺みたいな罪人は……望んではいけないんだ。
変な空気になったまま、昼休みは終わってしまった。まぁ複雑そうな事情を嗅げばみんな面倒に感じてそれ以上踏み込んではこない。
そういうものだ。
あまり、考えすぎるのはやめよう。
ちょうど定期テストの日だったので、俺は何を話したかなんてすっかり忘れて、問題を解く事に集中した。
放課後、再びジェロームに呼び出された俺は、ドサっと紙の束を渡された。
「これをよく読み込んでおいてください」
「……ユアマイエンジェルコンテスト概要……なんだこれは?」
「来週開かれるイベントの詳細です。毎年ウチは不参加だったのですが、さすがに天使が増えたのに不参加はないだろうと他の神から声があがりまして、急遽参加するように通達が来たのです」
ペラペラと紙を捲ると、舞台上の演出や立ち位置、各国の要人への挨拶の仕方など細かい決まりなどが書いてあった。
「……神がお気に入りの天使を選出して、その天使達が美を競うのです。閉鎖的な学生生活での余興といいますか……、それぞれの神の信頼や評価にも繋がりますので……」
どんどん先を捲っていくと毎年の様子が写真付きで紹介されていた。
「……なんだこれは!?コスプレ!?マジで天使の格好しているぞ!!」
「……ええ、そういうものなのです」
「もしかして……俺がこれに……」
「………健闘を祈ります」
手から握力が抜けて、バサバサと資料が床に散らばってしまった。
日本でいうと文化祭の美男美女コンテストみたいなものだろうか。
この学校だとあの天使の輪っかを頭に付けたコスプレも、たぶんお笑い要素なしで大真面目にやっていそうだ。
俺は絶望的な気持ちになって、資料が散らばる床に崩れ落ちたのだった。
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