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XVIII
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「アルガルトは世界の禿鷲と呼ばれているんだ。容赦ない経営で、死肉を漁るように全て奪い取ってしまうとこからそういう名前が付いたんだよ」
教室で昼食を食べながら、ルザラザの話を聞いていた。天使として知っておかないといけないからと言いつつ、本人から詳しい事を聞けなくて結局ルザラザに頼ってしまった。
「……アルガルトの時期後継者と言ったらアルメンティスでいいんだよな?」
「それが、そうもいかないんだよね。アルメンティス様は公式には長男とされているけど、養子として上にいるのがベンティという男で、もともとご当主がこの学校で神であった時に天使だった方だよ」
その辺りの話は聞いていたので、俺は落ち着いて頷いた。ルザラザはお茶を一口飲んでから話を続けた。
「彼は仕事上もずっとご当主の側で働いていたから社内の人間の信頼も厚い、彼を推す派閥も出てきている。それに、アルガルトの一族として従兄弟の方々はたくさんいて、その誰もが時期当主の座を狙っているんだ」
思った以上に複雑な状態に俺は唸るしかなかった。ただの学生の分際の俺にどうこうアドバイスできるような問題ではなかった。
「アルガルトの人間としてアルメンティス様は非常に優秀で、その血を色濃く受け継いでいると言われている。人を破滅に追い込む事も、表情を変えずできるお方だよ。この学校でも、あの方に惹かれて……身を滅ぼしていく人間をたくさん見てきた」
ルザラザの話を聞きながら俺は昨夜のアルメンティスのことを思い出していた。
慰めてくれと言われて体を繋げた。それが天使の役割であるし、体を使うことで俺の立ち位置を強固なものにするならそれは間違えていないと思う。
アルメンティスは暗い表情だったが、俺をまた優しく抱いてくれたのだと思う。男同士のセックスは無理を伴うものだからと聞いていたが、今のところ痛みに苦しんだり辛くてたまらない事はない。
そして行為が終わった後、ベッドの上で自分の話を始めた。
アルメンティスの父親もこの学校の出身だ。代々火の神としてこの学校に座が設けられている。そして、その時の天使だった男、ベンティ、彼と卒業後も関係を続けていたそうだ。
その後結婚し、アルメンティスを授かったが、妻とアルメンティスを田舎の邸宅に追いやって、本宅で愛人であったベンティと暮らし始めた。
アルメンティの母親は失意のうちにその田舎の地で亡くなったそうだ。
そして首都に戻されたアルメンティスは、ベンティが養子になり、自分の兄になったと父親から聞かされる。
具体的な年齢は出てこなかったが、首都の家で父親と愛人との生活を送ってきたという事だ。
まるで別人の物語でも語るように淡々と話した後、今日の自分はおかしいから、今話した事は忘れたてくれと言って、アルメンティスは落ちるように眠ってしまった。
そして今朝起きるとアルメンティスは先に支度を終えていて、いつもと変わらない態度に戻っていた。
冗談を言ってジェロームを困らせて、俺の尻を触って軽くセクハラをして微笑みながら登校して行った。
昨日のことはまるで長い夢でも見ていたみたいだ。しかし、こんな複雑な重い話をされてすんなり忘れることなどできない。
俺ができる事といえば、言われた通り、忘れたフリをして今まで通り仕えていくことだけだ。
「心配だよ。レイは……すごく純粋だから、仕事と割り切ってなんでもできるタイプには見えない。いつか、あの方の毒に侵されて壊れてしまうんじゃないかって……」
「はははっ、買い被り過ぎだ。俺に純粋なんて……。そんなに綺麗に生きてきたわけじゃない。俺の手はむしろ……」
「レイ……?」
言葉が紡げず黙ってしまった俺を見て、ルザラザが心配そうに名前を呼んできた。ハッと気がついた俺は、ちょっと出掛けてくると言って席を立った。
どうせ次の時間は自習だ。図書館にでも行こうと教室を出た。
山のように本を積み重ねて上から読んでいるが、ちっとも頭に入って来ない。
気持ちをまぎらわせる時は読書と決めていたが、どうにも無理そうだと俺は諦めて机に伏せた。
アルメンティスの複雑な事情を聞いてしまい、彼から時折送られていた冷たい視線の意味が分かってしまった。
学校内の関係がその後の人生にも影響を与えてしまった。
父親とその愛人との暮らしなど想像するだけで吐き気がする。
アルメンティスが天使という存在に否定的だったのも無理のない話だ。
ジェロームとどの程度関係を持っているか分からないが、家の繋がりがあって側に置いたのかもしれない。
そして俺のことは他の連中と態度が違うから、気が楽だと思って連れてきたのかもしれない。
色々考えても想像の中でしか答えが出せない。
だからと言って、俺との関係を明確にするように求めるのは危険だと思った。
いいのだ。
このまま黙ってあの男のご機嫌を取っていれば。
余計な気を回して、突き放されてしまったら、取り返しがつかないのだから。
「おい、小猿」
頭の上から掛けられた低い声に、嫌な予感がして顔を上げたら、目の前の席に会いたくない男が座っていた。
「あー…えぇと、土の神にご挨拶させていただきます。女神の御加護に感謝して……日々の……」
他の神に会ったら言わなければいけない挨拶文だが、長すぎてアホだなと覚える気がなかった。案の定、途中から出てこなくて頭に手を当てたら、土の神カリアドにギロリと睨まれた。
「そんな下手くそな挨拶などもういい」
「それは、どうも。御心遣い感謝いたします」
5階建ての巨大な図書館の閲覧用の席はとにかくたくさん用意されている。
この時間ほとんどガラ空きで誰もいないのに、わざわざ俺の席の前に座るというのは明らかに何か意図があるのだろう。
「土の神カリアド様、本日はどのようなご用で私のような者に声をかけていただけたのでしょうか」
「先日俺に無礼な態度を取った件について話し合いがまだだったからな。火の神の天使だとしても話は別だ。なかなか謝りに来ないから、わざわざ俺の方から出向いてやったぞ」
そう来たかと心の中でため息をついた。確か、お披露目の時は端の席でこちらを見る事もなく静かに座っていた。
俺がアルメンティスから離れる時を見計らっていたのかも知れない。
プライドが高くて執念深い男だと思いながら、こちらも不快な意味を込めて視線を送った。
「いいな、それだ。その目……、手に入れたい」
「申し訳ございませんが、俺はアルメンティス様の天使なので」
「雰囲気が変わったな、火の神に抱かれたか?」
「…なっ…!ばっ……!!」
そこまであけすけに聞かれたら、必死に被っていた仮面がズルりと落ちてしまった。
大口を開けて焦り出したら、ゲラゲラと笑われた。
「調子が戻ってきたな。まぁ、安心しろ。俺は人の物には手を出さない。相手には不自由していないからな。お前にはちょっと興味があって遊んでやろうと思っただけだ」
「………悪趣味」
「はっはは、いいな。面白いやつだ」
ここはいい大人が主体となって神様ごっこやっているおかしな世界だ。
その頂点みたいな男に面白いと言われるのはどうも嬉しくない言葉だった。
「他の神もお前に関心を持っている。アルメンティスは天使を嫌っていたからな。今はよく観察しているんだ。お前が、ヤツの弱点になり得るような人間がどうか」
「アンタもその一人というわけだ」
「……どうかな。少なくとも他のやつよりは好意的だと思ってくれていい」
サイード国はアルガルトに恩があるという話を思い出した。それがどこまで通用しているのか、俺には知る術もない。
「何か困ったことがあったら俺を頼れ」
「……は?本気で言ってんのか?」
「本気だ。ルザラザが世話になっているみたいだからな」
そう言って俺の頭をポンと撫でた後、軽い身のこなしで立ち上がり、カリアドは図書館から出て行ってしまった。
「……世話になっているのは俺の方なんだが……」
一応申し訳ないのでそう口にしたが、ただの独り言で誰の耳にも届かなかった。
神達の勢力図も一筋縄ではいかないのかもしれない。後継争いで揉める実家に、神の勢力争いがある学校。
アルメンティスには気を休める場所がない。それを思うと、ますます胸が締め付けられるような苦しさを感じた。
「はぁ……なんだよこれ」
訳の分からない不快感を頭を振って払おうとしたが、靴底に付いたガムみたいに、べったりと張り付いて離れていかなかった。
□□□
教室で昼食を食べながら、ルザラザの話を聞いていた。天使として知っておかないといけないからと言いつつ、本人から詳しい事を聞けなくて結局ルザラザに頼ってしまった。
「……アルガルトの時期後継者と言ったらアルメンティスでいいんだよな?」
「それが、そうもいかないんだよね。アルメンティス様は公式には長男とされているけど、養子として上にいるのがベンティという男で、もともとご当主がこの学校で神であった時に天使だった方だよ」
その辺りの話は聞いていたので、俺は落ち着いて頷いた。ルザラザはお茶を一口飲んでから話を続けた。
「彼は仕事上もずっとご当主の側で働いていたから社内の人間の信頼も厚い、彼を推す派閥も出てきている。それに、アルガルトの一族として従兄弟の方々はたくさんいて、その誰もが時期当主の座を狙っているんだ」
思った以上に複雑な状態に俺は唸るしかなかった。ただの学生の分際の俺にどうこうアドバイスできるような問題ではなかった。
「アルガルトの人間としてアルメンティス様は非常に優秀で、その血を色濃く受け継いでいると言われている。人を破滅に追い込む事も、表情を変えずできるお方だよ。この学校でも、あの方に惹かれて……身を滅ぼしていく人間をたくさん見てきた」
ルザラザの話を聞きながら俺は昨夜のアルメンティスのことを思い出していた。
慰めてくれと言われて体を繋げた。それが天使の役割であるし、体を使うことで俺の立ち位置を強固なものにするならそれは間違えていないと思う。
アルメンティスは暗い表情だったが、俺をまた優しく抱いてくれたのだと思う。男同士のセックスは無理を伴うものだからと聞いていたが、今のところ痛みに苦しんだり辛くてたまらない事はない。
そして行為が終わった後、ベッドの上で自分の話を始めた。
アルメンティスの父親もこの学校の出身だ。代々火の神としてこの学校に座が設けられている。そして、その時の天使だった男、ベンティ、彼と卒業後も関係を続けていたそうだ。
その後結婚し、アルメンティスを授かったが、妻とアルメンティスを田舎の邸宅に追いやって、本宅で愛人であったベンティと暮らし始めた。
アルメンティの母親は失意のうちにその田舎の地で亡くなったそうだ。
そして首都に戻されたアルメンティスは、ベンティが養子になり、自分の兄になったと父親から聞かされる。
具体的な年齢は出てこなかったが、首都の家で父親と愛人との生活を送ってきたという事だ。
まるで別人の物語でも語るように淡々と話した後、今日の自分はおかしいから、今話した事は忘れたてくれと言って、アルメンティスは落ちるように眠ってしまった。
そして今朝起きるとアルメンティスは先に支度を終えていて、いつもと変わらない態度に戻っていた。
冗談を言ってジェロームを困らせて、俺の尻を触って軽くセクハラをして微笑みながら登校して行った。
昨日のことはまるで長い夢でも見ていたみたいだ。しかし、こんな複雑な重い話をされてすんなり忘れることなどできない。
俺ができる事といえば、言われた通り、忘れたフリをして今まで通り仕えていくことだけだ。
「心配だよ。レイは……すごく純粋だから、仕事と割り切ってなんでもできるタイプには見えない。いつか、あの方の毒に侵されて壊れてしまうんじゃないかって……」
「はははっ、買い被り過ぎだ。俺に純粋なんて……。そんなに綺麗に生きてきたわけじゃない。俺の手はむしろ……」
「レイ……?」
言葉が紡げず黙ってしまった俺を見て、ルザラザが心配そうに名前を呼んできた。ハッと気がついた俺は、ちょっと出掛けてくると言って席を立った。
どうせ次の時間は自習だ。図書館にでも行こうと教室を出た。
山のように本を積み重ねて上から読んでいるが、ちっとも頭に入って来ない。
気持ちをまぎらわせる時は読書と決めていたが、どうにも無理そうだと俺は諦めて机に伏せた。
アルメンティスの複雑な事情を聞いてしまい、彼から時折送られていた冷たい視線の意味が分かってしまった。
学校内の関係がその後の人生にも影響を与えてしまった。
父親とその愛人との暮らしなど想像するだけで吐き気がする。
アルメンティスが天使という存在に否定的だったのも無理のない話だ。
ジェロームとどの程度関係を持っているか分からないが、家の繋がりがあって側に置いたのかもしれない。
そして俺のことは他の連中と態度が違うから、気が楽だと思って連れてきたのかもしれない。
色々考えても想像の中でしか答えが出せない。
だからと言って、俺との関係を明確にするように求めるのは危険だと思った。
いいのだ。
このまま黙ってあの男のご機嫌を取っていれば。
余計な気を回して、突き放されてしまったら、取り返しがつかないのだから。
「おい、小猿」
頭の上から掛けられた低い声に、嫌な予感がして顔を上げたら、目の前の席に会いたくない男が座っていた。
「あー…えぇと、土の神にご挨拶させていただきます。女神の御加護に感謝して……日々の……」
他の神に会ったら言わなければいけない挨拶文だが、長すぎてアホだなと覚える気がなかった。案の定、途中から出てこなくて頭に手を当てたら、土の神カリアドにギロリと睨まれた。
「そんな下手くそな挨拶などもういい」
「それは、どうも。御心遣い感謝いたします」
5階建ての巨大な図書館の閲覧用の席はとにかくたくさん用意されている。
この時間ほとんどガラ空きで誰もいないのに、わざわざ俺の席の前に座るというのは明らかに何か意図があるのだろう。
「土の神カリアド様、本日はどのようなご用で私のような者に声をかけていただけたのでしょうか」
「先日俺に無礼な態度を取った件について話し合いがまだだったからな。火の神の天使だとしても話は別だ。なかなか謝りに来ないから、わざわざ俺の方から出向いてやったぞ」
そう来たかと心の中でため息をついた。確か、お披露目の時は端の席でこちらを見る事もなく静かに座っていた。
俺がアルメンティスから離れる時を見計らっていたのかも知れない。
プライドが高くて執念深い男だと思いながら、こちらも不快な意味を込めて視線を送った。
「いいな、それだ。その目……、手に入れたい」
「申し訳ございませんが、俺はアルメンティス様の天使なので」
「雰囲気が変わったな、火の神に抱かれたか?」
「…なっ…!ばっ……!!」
そこまであけすけに聞かれたら、必死に被っていた仮面がズルりと落ちてしまった。
大口を開けて焦り出したら、ゲラゲラと笑われた。
「調子が戻ってきたな。まぁ、安心しろ。俺は人の物には手を出さない。相手には不自由していないからな。お前にはちょっと興味があって遊んでやろうと思っただけだ」
「………悪趣味」
「はっはは、いいな。面白いやつだ」
ここはいい大人が主体となって神様ごっこやっているおかしな世界だ。
その頂点みたいな男に面白いと言われるのはどうも嬉しくない言葉だった。
「他の神もお前に関心を持っている。アルメンティスは天使を嫌っていたからな。今はよく観察しているんだ。お前が、ヤツの弱点になり得るような人間がどうか」
「アンタもその一人というわけだ」
「……どうかな。少なくとも他のやつよりは好意的だと思ってくれていい」
サイード国はアルガルトに恩があるという話を思い出した。それがどこまで通用しているのか、俺には知る術もない。
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「……は?本気で言ってんのか?」
「本気だ。ルザラザが世話になっているみたいだからな」
そう言って俺の頭をポンと撫でた後、軽い身のこなしで立ち上がり、カリアドは図書館から出て行ってしまった。
「……世話になっているのは俺の方なんだが……」
一応申し訳ないのでそう口にしたが、ただの独り言で誰の耳にも届かなかった。
神達の勢力図も一筋縄ではいかないのかもしれない。後継争いで揉める実家に、神の勢力争いがある学校。
アルメンティスには気を休める場所がない。それを思うと、ますます胸が締め付けられるような苦しさを感じた。
「はぁ……なんだよこれ」
訳の分からない不快感を頭を振って払おうとしたが、靴底に付いたガムみたいに、べったりと張り付いて離れていかなかった。
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