炎よ永遠に

朝顔

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XVI

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 目蓋は重かったが、体はもっと重かった。
 今日は休日だからアルメンティスを起こしに行く必要はない。惰眠を貪ろうと寝返りをうとうとして全く体が全く動かないことに気がついた。沈んでいた意識が急浮上した。

「え……あっ……俺……」

 目を開けると目の前に太い腕があった。背中に温もりを感じて、自分がどういう状況にあるのか、ぼやっとした頭で昨日の痴態を思い出してカーッと顔が熱くなった。

 目線を上げるとカーテンの隙間から太陽の光が差し込んで見えた。
 この部屋には時計がないので、あれが朝日なのかもよく分からない。

 分かっていることは昨日天使としての最初の仕事である初夜をすませたということ。
 初めの行為は、もっと酷くされて辛いものを想像していたが、アルメンティスは優しすぎるくらい優しくて、快感に翻弄されてわけが分からなくなり、ただひたすら気持ちのいいものだった。
 これで一応天使としての役割は果たした。ジェロームもいるので、次にいつ呼ばれるかは分からないが、多少気持ちに余裕はできたと感じる。

 そして、二人で迎える初めての朝というやつだが、これにも驚きでどうしたらいいのか頭が働かない。
 ジェロームからは、終わったら部屋から出されるだろうから、自分の部屋で休むように言われていた。
 それが今、帰ることなく朝を迎えてしまい、アルメンティスに後ろから抱き込まれていて身動きが取れない状態だ。

 なんとなく覚えているのは途中で気絶するように寝てしまったこと。
 もしかしたら、部屋に戻すのが大変だから、そのまま置いてもらえたのかもしれない。
 それでもこんなに密着して寝ていたとは思わなかった。
 背中に心臓の音を感じる。耳の後ろからはアルメンティスの寝息が聞こえてきた。いつも朝起こしに行くと、もう起きているので、ちゃんと寝ているところを見るのは初めてだ。

 ガッチリとホールドされていたが、なんとか隙間を作って体を回転させて、向き合うようになったのでアルメンティスの顔を間近で見てみた。
 途中でシャワーを浴びたのだろうか、ふわりと石鹸の香りが漂ってきた。俺も体が気持ち悪いところがないので、もしかしたら綺麗にしてもらったのかもしれない。

 白銀の髪がわずかに見える日差しに溶けるように輝いている。さすが日本人とは違って、長いまつ毛がしっかりと生えているとこまで、じっくりと観察してしまった。
 整った顔は寝顔も整っている。口を半開きで涎を垂らすようなことは絶対なさそうなくらい完璧な美しさだ。ただ目をつぶっているところはいつもより少し幼く見えた。
 存在自体が強すぎるからだろうか、大人しく寝息を立てている顔はやけに可愛らしい。


「あ……、え……と、アルメンティス、朝だけど……」

 このまま寝かせておくべきかと迷ったが、もし今日予定があったらと思うと、気になって声をかけてしまった。
 しかし、返ってくるのはの気持ち良さそうな寝息だけで、起きる気配がない。
 しかたなくもっと声を大きくすることにした。

「おい、アルティ起きろ」

 よほど疲れているのか、こんなに起きない男だったのかと呆れながら、アルメンティスの肩を揺すった。

「んっっ……あ……あれ……」

 肩を揺すったら流石に反応があって、アルメンティスの目が薄ぼんやりと開いた。
 その瞳の紫色を見て、俺は何かを期待していたのか少し残念な気持ちになった。

「起きろ、ねぼすけ。時間が分からんが大丈夫なのか?俺はいいが確かお前は午後は出かけるって……」

 大きく息を吸い込んだアルメンティスが、まるで糸に引っ張られたみたいにガバッと飛び起きた。
 おかげで抱き込まれていたのに、放り出された俺はベッドに転がった。まあ、高級感たっぷりのスプリングが受け止めてくれたのだが。

 こんなに慌てるなんて、やはり大事な予定があったらしい。それにしてはジェロームが起こしに来ないというのが不思議だった。

「俺………寝てた」

「寝てたって……そうだよ。今さっきまでそこで―――」

 アルメンティスは何か焦ったように手で顔を覆った後、先に行くと言ってベッドから降りて部屋を出て行ってしまった。
 バスローブを羽織っていたが前が完全にはだけたままのセクシースタイルのまま走っていく男を、唖然としたままベッドの上から動けず見送ることになった。

「なんだあいつ……、あんなヤツでも寝坊して慌てる事があるのか……」

 完璧すぎる男でもあんな風に慌てる事があるらしい。ちょっと貴重な瞬間を見てしまったとおかしくなってクスクスと笑ってしまった。
 考えてみたら昨夜あんな事をして初めて迎える朝だ。これが良家の御令嬢であれば、放ったらかしにされたと大騒ぎするかもしれない。
 しかし俺は、学校にいる間だけの相手であるし、変に気を使われることなく、さっさと出て行ってくれたのはむしろ恥ずかしくなくて丁度良かった。

 俺は部屋に戻ったが、昨夜の行為が体に色濃く残っていて、とても一人でじっとしていられなかった。
 部屋に戻るとお昼の時間になっていて簡単に昼食を取った後外へ出ることにした。
 何もせずにボケっとしていると変に思い出してしまうのだ。
 アルメンティスもジェロームとすでに外へ出ていたらしく、顔を合わせずにすんでホッとした。
 まずはやる事をやってしまおうと、天使地区にある通話室へ向かったのだった。






「いつ連絡が来るのか待ちかねていたぞ」

 受話器から叔父の弾んだ声が聞こえてきた。予想通りの反応にホッと胸を撫で下ろした。

「お前がまさか、アルガルトの天使になるとはな。でかしたぞ!この話を聞きつけた連中からすでに融資の話が舞い込んできている。よくやってくれた」

「叔父さんの役に立てて良かったです。あの日あなたに救われてからずっと何か返したいと思っていたのです」

 俺がそう言うと、息を飲む音がして電話口から叔父の声が一瞬途切れてしまった。

「レイ……、確かに私はお前を利用している。一族のピンチに手段は選べなかった。非情な男だと思ってくれていい。あの日、あの家からお前を連れ出した事は、ミクラシアン家の人間として当然のことをしたまでだ。連れ出したくせにろくに愛情もかけれず、こんな時にお前のことを駒のように使う私をどうか…許してくれ」

「サマー叔父さん。そんな風に言わないでください。駒にされたとしてもそれでいいのです。あの地獄から救ってくれたのはあなただから……」

 俺の言葉にまた再び沈黙が訪れた。電話をしながら困ったように眉を寄せている叔父の姿が目に浮かんだ。確かに愛情深い人ではなかったが、叔父の俺を思う気持ちは伝わっていた。だから、助けたいと思ったのだ。

「昨日夢を見たんだ、あの時の……。こっちへ来てすぐの頃、一度屋敷から逃げ出したことがあっただろう」

「あー…そんな事ありましたね。なんとなく覚えていますけど、あの頃のことは記憶が朧げで……」

「真冬の雪が降り積もる中、お前は薄着で窓から飛び出したんだよ。人を集めて散々探し回って……、見つけた時、レイはプラウドアベニューの火災現場にいた」

「えっ……」

「あの時、私はお前がそのまま火に飛び込んで消えてしまうのではないかと思った。あぁ…今さらこんな夢を見るなんて、私はどうかしているな……」

「オースティンのことでお疲れなんですよ。どうか早く休んでください」

 気弱になったような叔父の声が分かったと告げて電話は切れた。
 火災現場と聞いて頭痛を覚えた。
 あの頃の記憶は本当に断片的にしか残っていない。
 今叔父に言われるまでそんな事があったのかさえ忘れていた。
 記憶を手繰り寄せたたら、ふと裸足で地面を踏みしめた感覚を思い出した。硬くて冷たくて、しばらくすると何も感じなくなって……。

「………やめよう。もう、終わった事だ」

 一人でこぼした言葉は、しんと静かな通話室の狭い個室によく響いた。
 もうとっくに地獄からは抜け出して、自分で道を歩いているつもりなのに、いつまで経っても前に進んでいる気がしない。

 ふと目に入った手はあの頃の骨と皮だったものとは違い、ふっくらと肉がついていた。
 ここは違う、違うのだと何度も確かめるようにぎゅっと手を強く握りこんで目を閉じたのだった。



 図書館で本を読んで過ごし、自分の部屋に戻る頃には夕食の時間を過ぎていた。
 食事は作りたてものが一階に届けられるので、すっかり冷めていたが残っていた自分の分をとって一人で食べ始めた。
 ドアが開けらる音がして顔を上げると、ジェロームがキッチンに入ってきた。
 この棟は広い。3人で暮らすには広すぎるくらいだ。誰がどこで何をしているのか、休みの日は会うこともないから特によく分からない。それが気楽でもあるのだが、少しだけ寂しくも感じていた。

「ここにいたのですね。急で申し訳ないのですが、アルメンティス様のお部屋に行っていただけますか?」

「え?そんなに急ぎなのか?……、今食べ始めたところなんだが……」

「では、食事が終わったら速やかに……。ここに戻ってきたらすぐにレイを探していらっしゃいました。今日はご家族が面会に来ていたので……」

 ジェロームのなんとも言えない不味そうな顔から、あまりいい関係ではないことが想像できた。

「……分かった」

 いい関係でない家族、俺にとってはオースティンだ。彼と会うだけでイライラして気疲れするし、余計な事を言われた日には暴れたくなる。
 俺みたいな全然関わりがないやつの方が、話し相手としては楽だったりするのかもしれない。

 全部食べ終わってからにしようかと思ったが、結局心配になって食事を切り上げてアルメンティスの部屋に向かうことにした。









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