炎よ永遠に

朝顔

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XV sideA

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 彼を知っていた。

 と言っても一方的で、一度見かけたことがあるだけ。
 それなのにずっと心にしこりのように張り付いていて離れなかった。

 だからあの聖堂の裏手、道端の芝生の上で寝転んでたのが彼だと分かった時、なんとも言えない気持ちだった。
 まるで運命のように引き合わせられた。
 もしかしたら本当の神は遊んでいるのかもしれない。
 俺が苦しんでもがくところを、もっと、もっと見せれくれと……。



「んっ………」

 何か夢を見ているのだろうか、横に寝ているレイが微かに声を上げた。
 わずかな反応でも目が覚めてしまう。
 やはり人と同じベッドで寝るというのは慣れない。気疲れするだけで相手が彼であっても同じだったと思いながら、俺はベッドから抜け出した。

 裸体のままバスルームに移動してシャワーの栓を開けて、すぐに落ちてくる熱さに身体を委ねた。
 頭からシャワーをかぶれば、体にしがみついたものが落ちていくような気がした。

 最初はただ拙く快感に翻弄されているようだったレイだったが、俺がレイの中に入った途端、人が変わったように求めてきた。
 強く、もっと深く、早く動いてくれと泣きながらねだってきたレイに理性を保つことなどできなかった。
 初めてだというレイを、今日は優しく抱くつもりだったのに、途中から獣のように体を貪ってしまった。
 中に出すつもりなどなかったのに、我慢ができなかった。気がつけば自分が放ったものがレイの中から溢れ出てきてシーツを大量に濡らしていた。
 レイはいつの間にか気を失ったらしく、ぐったりとしていたが、そんなことにも気がつく事がないくらい。欲望を注ぎ込んでしまった。

 自分の不甲斐なさに小さくため息をついた後、濡れた髪を持ち上げて鏡を覗いた。
 プラチナブランドの髪に白い肌、幼い頃は母によく似ていると言われていたが、最近はあの男に似てきた気がして憂鬱な気分になった。



 プラウドアベニューの悲劇と聞けば、4年前の火災を思い出す者は多くいるだろう。
 当時センチュリオンの初等部を卒業し長期休みに入り、俺は仕事を学ぶために欧州を回っていた。
 あの日、その一つの国に入り、歴史的な建築物が多いプラウドアベニューを車で移動していたとき火災現場の前を通った。
 そこには古い劇場があったが、そこが火の海に包まれていたのだ。
 現場は逃げ惑う人と、駆けつけてきた車両や消防士や警察官が大勢入り混じっていて大変な混乱になっていた。

 この火事で劇場は跡形もなく消失してしまい、後にプラウドアベニューの悲劇と呼ばれることになる。幸い怪我人だけで死者は出なかったが、当時の混乱の現場を俺は車の中から眺めていた。

 叫び声と泣き声、空に向かって立ち上る火の熱さは離れていても感じるほどだった。
 誰もが混乱と恐怖、悲痛な思いでその火を見ていたが、俺はその時、偶然視界に入ったある人物から目が離せなくなった。

 黒髪に白い肌、アジア人を思わせる容姿の彼は、ぱっと見ただけで目立っていた。
 なぜなら季節は真冬で雪もチラついていて、みんな厚手の防寒着に身を包んでいたが、彼はシャツとジーンズ、そして裸足で立っていたのだ。
 確かに火災現場で火から逃げてきた人であれば、そのような軽装で裸足であってもおかしくはない。
 だが、不自然なくらい細い手足で痩せ細った体は、寒空の下で今にも倒れてしまいそうだった。

 すぐにでも消えてしまいそうな姿で目に入ってしまったが、驚いたのは彼の瞳だった。その見た目と違い、溢れるくらいの生命力でギラギラと輝いていたのだ。
 そして、彼は笑っていた。
 恍惚の表情、という言葉が相応しいかもしれない。
 今にも倒れてしまいそうな痩せ細った体の男が、火を見ながら嬉しそうに笑っていたのだ。

 火災の原因は暖房設備の老朽化、火が出るところを見た者が多数いて、そのおかげでいち早く人々は避難できた。だから放火の可能性はなかった。
 だがその時俺は、まるで彼が火をつけたのではないかと疑ってしまうほど、彼は火に魅入られているように見えた。

 その姿が俺の脳裏に焼きついた。
 あの時のレイの姿は脆く儚くて、可哀想なくらい美しかった。
 何年経ってもふと思い出すくらい離れることがなかった。

 その後レイはどこからか走ってきた男達に上着をかけられて、車に押し込まれるように入れられて消えてしまった。
 ついその姿に目を奪われていて、車のナンバーをチェックするのを忘れていた。
 そのことを、何年も悔やむことになった。



 部屋に戻るとレイはぐっすりと眠っていた。
 初めて見た時のあの姿とは違う、肉もついて肌の色ツヤも良く、骨と皮だった彼とは比べ物にならないくらいだ。
 それなのにすぐに本人だと気がついたのは、今は隠れているこの瞳のせいだ。

 濡羽色というものを聞いた事がある。
 鳥の濡れた羽の色、青みを帯びた黒色を示すそうだ。
 レイの髪はまさにその濡羽色、ただの黒ではない。遠くから見てもその深くて幻想的な色から目が離せなかった。そして、彼の瞳もまたその色をしていた。
 何ものにも染められることがない、純粋なブラック。漆黒の凛とした美しい瞳は黒目がちで大きく、いつもしっとりと濡れていた。

 黒髪に黒目の同じような人間に会ったことはあるが、レイはその誰とも違った。
 首筋から色香でも出ているのかもしれないと、再会して思わず鼻を近づけて嗅いでしまうくらい惑わされていた。


 母は言っていた。
 この人だと思う人間と会うことがあったらすぐに分かると。
 そして、そんな相手に出会うことがあったら、決して離さず大切にしなさいと……。

 自分が満たされる事がないから、息子にくだらない幻想を語っているのだろうと思っていた。なぜならもうその時、母は壊れていたから。

 レイに再会した時、母の言葉の意味が分かったような気がした。
 まるで運命のようだとおかしくなった。
 そんなもの、この世に存在しないというのに……。


 ベッドに座ってよく眠っているレイの頭を撫でた。柔らかい髪の感触が気持ち良くてレイに会うとつい手が伸びてしまう。
 俺にはレイが子猫のように見えて可愛くてしかたがない。
 側にいたら構いたくなってしまう。

 だが、それだけだ。

 天使として側に置いたのも、自分のお気に入りが他人に触られるのが不快だからだ。
 レイは魅力的な男だ。一度それを知ってしまえば俺がそうだったように頭から離れなくなる。
 誰かに取られるのが不快なら側に置いてしまえばい、俺はそういう立場にいるのだから。
 こうやって抱いたのも、気まぐれに可愛がりたかったというのが本音だ。

 天使などというものは、不快で不潔で忌み嫌う対象でしかなかった。
 それなのに、自分が天使を持つことになるとは、なかなか分からないものだ。

「はぁ…、どうしたものかねぇ……」

 俺の睡眠は浅い、わずかな音にも目を覚まして、そのまま眠れなくなってしまう。ましてや、他人とベッドを共にして眠ることなどなかった。体だけの虚しい関係を終えれば、そういう相手はさっさと帰ってもらった。
 眠ると嫌な夢を見ることも多い、だからここ何年も熟睡したことなどない。

 外はまだ暗い時間であるし、仕方がないとレイの隣に寝そべった。
 レイは熟睡しているし、このふわふわした髪の毛でも撫でながら朝を待つことにしようと手を伸ばした。







 □□□
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