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XIII
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頭を下げて床を見る。
膝を折って床に頭をつけた。
そのままの姿勢で動かず、声がかかるのを待つ。
これが神達に謁見する際の正式な作法らしい。まったく笑わせてくれる。
太陽の光が降り注ぐ謁見室。そこは、神達の楽しいお茶会の場であるとともに、その流れで新人のお披露目にも使われるらしい。
この不自然に疲れる姿勢のまま待たされて、しばらくしたら人が出入りする気配がした。
現在の神が4名。一段高い場所に設けられた5つの椅子、空席を除いて全員が座ったのだろう。場が一気にピンとした空気になり緊張に包まれた。
俺の神であるアルメンティスと、カリアド以外の神に会うのは初めてだ。
声がかかるまでの間、ジェロームから事前に受けていた説明を思い出していた。
風の神はアルガルトに続く勢力の家で、レベナルティ家の男だ。
こちらも欧州にある王国の血筋であり、様々な事業を行なっているが、主に芸術家を後押しして多大な利益を得ているそうだ。バレエや演劇といった舞台、絵画や彫刻などの取引、そういったものには全てレベナルティ財団の名前が付けられている。
一方で裏社会との関わりも噂されていて、油断ならない一族らしい。
もう一人の水の神はキャスバル家の男だ。キャスバル家はホテル王として知られていて、世界中にその名のついたホテルが建てられている。有名な航空会社の大株主でもあり、世界の人の流れはキャスバル家によって作られていると言われている。
この中では石油王のカリアドと同等の扱いを受けていると聞いていた。
「レイ・ミクラシアン、前に…」
アルメンティスの声が張りつめた空間に響いた。
顔を上げた俺は立ち上がり、アルメンティスの前まで歩いて行った。
スッと差し出された手に片膝をついて口を付けた。
決して目線は上げてはいけない。自分の足を見るようにして、そのまま後ろに下がり…。
ところが事前の指示通り動いていた俺の手を、アルメンティスが急に掴んで引っ張った。
予期せぬ行動に、驚いて声が出そうだったのをなんとか堪えた。代わりに足がもつれて体勢が崩れた。一瞬覚悟したが、がっしりとした力に受け止められて床に転がることはなかった。
「やはり、アルメンティスだ。絶対型通りに事を進めないね。いくらお気に入りとは言え、手順は守った方がいいよ」
「堅苦しいのは嫌いなんだよ。祝福までやったからもういいよ。それより早く、俺の可愛い天使を自慢したかったんだ」
何か頭の上で話が進んでいるらしいが俺は自分の状況を飲み込む事で精一杯だった。俺はいわゆるお姫様抱っこ状態の横抱きにされて、アルメンティスの膝に座っていた。
さっさと退室するはずが、全然言われた事と違う展開にパニックになっていると、アルメンティスにレイレイと呼ばれて顎を撫でられた。
「ふん、大した事ないじゃないか。自慢するほどの顔かよ。俺の天使の方が顔もスタイルも良いやつが揃ってるぜ」
「確かに、アルメンティスがちゃんとした天使を迎えたって聞いたから、どんな美貌の子かと思えば……、毛色は珍しいけど、その辺に転がっていそうだ」
アルメンティス以外に二人の声が聞こえたが、顔を上げていいものが迷っていた。言いたい放題に言われているが、俺の容姿のことはどうでもいいから早くこの状況から解放してほしかった。
まさか、アルメンティスの膝に抱き抱えられて、二人の神に囲まれるとは思ってもみなかった。
「レイ…、顔をあげていいよ。二人に挨拶して」
耳元にアルメンティスの声がして、俺は背中にゾクリとしたものを感じて小さく震えた。ここ数日、こうやって耳元で囁かれると、体が変になるようになってしまった。
顔は熱くなり心臓がドクドクと早鐘を打ちだす。
特に目元が熱くなっていくのを感じながら俺は顔を上げた。
目の前には二人の男が立っていた。派手な真っ赤な髪が印象的で、黒い眼帯で左目を隠した背の高い男と、俺と同じくらいの背で、金髪に碧眼の男にしては可愛らしい男だった。
「初めまして。レイ・ミクラシアンです。風の神、水の神、お会いできて嬉しいです」
これも事前に仕込まれた台詞だ。もし声をかけられる事があればこう言えと言われていた。こんな格好で言うというのは想定外だったが。
赤髪の偉そうな顔でマフィアのボスみたいなのが風の神で、チビのうるさそうなのが水の神だなと、俺は心の中で聞いていた特徴と照らし合わせて答えを出した。
「レイ、ミケイド・レベナルティが風の神、ガイラ・キャスバルが水の神だよ」
目をぱちぱちと瞬かせながら二人を見比べた。二人ともニ学年下だと聞いていたが、なるほど険のある目つきだが、若干の幼さが感じられた。
しかし年下でも、二人ともすでに5人の天使を抱えている。この学校の神としての役割を立派に勤め上げているらしい。
「ほー、これはなかなか……」
風の神ミケイドがグッと顔を近づけてきた。俺の瞳を覗き込んで、目を離す事を許さない強さで見てきた。
自慢したいと言ったくせにいざ見られると気に入らないのか、アルメンティスは俺の頭を抱きこんで二人からの視線を遮った。
「こら、見過ぎ。ミケイドは幼い少年好きのくせに、勝手に趣旨変えしないで」
確か風の神の天使は全員初等部の新入生だと聞いていた。どうも趣味がそれだから、新入生が入ると天使が一新されると聞いて、恐ろしいと思っていた。
「アルメンティスがまさかあれほど嫌がっていた天使を迎えるとは思わなくてさ、興味があるだけだよ。そんなに美味いの?こいつ?」
「さあ?そんなことはお前達が知る必要もないな」
目隠しされるように抱き込まれていたから、周りの状況がよく分からなかったが、空気が一瞬にして冷えたのが分かった。
衣ずれの音がして側に来ていた二人の神が下がった気配がしたのが分かった。
また例の威圧感オーラを放ったのだろうか。二人とも力のある家の神であるが、これでどういう序列なのかハッキリしてしまった。
アルメンティスは俺を抱えたまま無言で立ち上がり、そのまま歩き出した。
チビでガリだが男の俺を抱えたまま平気で歩けるというのが信じられない。
スラっとした細身に見えるアルメンティスだが、この安定感は明らかに鍛えている逞しい男の体だった。
部屋のドアが開けられて二人で出てきたら、廊下で待っていたジェロームが焦ったようにパタパタと走ってきた。まだ出てくるには早いと思ったのだろう。
「もう終わったのですか?」
「俺の部屋にレイを通しておいてくれ」
「………はい。仰せのままに」
俺を下ろして立たせると、後でねと言い残しアルメンティスは戻っていてしまった。
朝部屋に起こしに行くことはあるが、夜に行くのは初めてだなとぼんやり考えていたら、ジェロームが腕を引っ張ってきた。
「時間がありません。支度がありますから、付いて来てください」
いつもよりどこか硬い表情のジェロームを不思議に思いながらその背中を追って歩き出した。
どれくらい時間が経ったのだろう。
俺は落ち着かない気持ちでそわそわとしながら周りを見渡した。
暗くしたら眠ってしまいそうだし、明る過ぎても恥ずかしくて、結局常夜灯だけ付けておいた。なに一人でムードを作っているのかと、恥ずかしくて死にそうだ。
すっかり夜になってしまったが、いつまで待たされるのだろうかと膝を抱えてため息をついた。
放課後のお披露目を終えて、アルメンティスと別れた後、ジェロームに連れられて火の神の棟へ帰った。
3階のアルメンティスの住居に入ったが、いつもとは違う部屋に通された。もとは空き部屋だったと言われたが、そこはアルメンティスがいつも寝ている寝室よりも広く、調度品の類はなかったが、中央に大きなベッドが置かれていた。
男が2、3人何人寝ても大丈夫なくらいの大きさとしっかりした造りに見えた。
その部屋の奥にはバスルームがあり、早く入れと追い立てられるように風呂に入れられた。
何かやたらオイルを塗れと言われてビンを渡されて、ヌルヌルになりながら全身にかけたら滑って頭を打ちそうになった。
しかも、変なカプセルみたいなものを渡されて、それを後ろに入れておくように言われた。
座薬までやるのかと思いながら、必死の思いでそれをねじ込んだ。変な感じがしたが、痛くはなかった。
そこまでくれば、これから何が行われるのか、アホな俺でも理解できた。
神から祝福を受ける儀式みたいなものをやらされて他の神にも紹介され、これで正式に認められたのだろう。
いよいよ、天使としての主な仕事をする時がやってきたのだ。
気になったのは、お披露目の時、風の神がアルメンティスは天使を迎えるのを嫌がっていた、という発言だ。
あれはすでにジェロームがいるから他はいらないという意味なのか、天使の存在自体を嫌悪しているのか。
ここに来て、頭に思い浮かぶのはアルメンティスの事ばかりだった。
「こんな事、聞くのは悪いと思うが。ジェローム、お前は本当に俺がここにいることが嫌じゃないのか?」
支度を手伝ってくれて、乾かした髪の毛を丁寧にとかしてくれているジェロームに俺はどうしても気になって聞いてしまった。
「………そうですね。正直言いますと歓迎はしていません。あなたも予測不可能な人ですし、面倒なことが増えましたから……。でも実を言うと、少し期待はしています」
早くクビになって欲しいとでも言われるかと思っていたのに期待と言われたのは不思議だった。
「もしかしたら、その予測不可能な態度が、あの方の心を…溶かしてくれるかもしれないと……」
ルザラザには傷ついてほしくないと言われ、ジェロームには期待していると言われた。二人ともそれぞれの立場で考えて俺にそう言ってくれたのだろう。
傷つくほどハマる事はないし、ジェロームの期待に応えられるような人間ができた男でもない。
ただ、叔父から受けた恩を返す。
今はそれだけを考えて先に進もうとしていた。
しかし、このバスローブは本当にいただけない。
何しろピンク色のシルクのような手触りでかつスケスケのバスローブをいきなり渡されたのだ。制服はすでにクリーニングに出されていて、それしか着られるものがなかった。
仕方なくそのバスローブを着てベッドに座り、主人の登場を待っていた。
天使はみんな通る道なのだろうか。こんなものが似合っているとはとても思えない。
せめて笑ってくれら救われると思いながら、ベッドに転がってシーツに顔を擦り付けた。
「レイ……」
つぅーと肌を滑る感覚がして、顔を撫でられているのだと分かった。
ぼんやり浮上してきた意識で、自分がどこにいるのか思い出して、はっと目を開けた。
薄暗い部屋の中で、プラチナブロンドの髪が柔らかく輝いていた。やはりこの男は夜が似合うと思った。
「ごめんね。お待たせ」
「いや……悪い、起きてるつもりだったが……」
「おいで」
闇に溶けるような妖しい微笑みを浮かべたアルメンティスは美しかった。
差し出された手に自分の手を重ねた。お披露目の時とは違い熱くてしっとりと濡れていた。
そしてあの時とは逆に、アルメンティスが俺の手に口付けた。
魅入られたように見つめたアルメンティスの紫色の瞳の奥に、俺が求めていたものを見つけた気がした。
なぜこんな文字が思い浮かんだのか分からない。
頭の中に永遠という二文字が浮かんできて、焼き付いたように消えることがなかった。
□□□
膝を折って床に頭をつけた。
そのままの姿勢で動かず、声がかかるのを待つ。
これが神達に謁見する際の正式な作法らしい。まったく笑わせてくれる。
太陽の光が降り注ぐ謁見室。そこは、神達の楽しいお茶会の場であるとともに、その流れで新人のお披露目にも使われるらしい。
この不自然に疲れる姿勢のまま待たされて、しばらくしたら人が出入りする気配がした。
現在の神が4名。一段高い場所に設けられた5つの椅子、空席を除いて全員が座ったのだろう。場が一気にピンとした空気になり緊張に包まれた。
俺の神であるアルメンティスと、カリアド以外の神に会うのは初めてだ。
声がかかるまでの間、ジェロームから事前に受けていた説明を思い出していた。
風の神はアルガルトに続く勢力の家で、レベナルティ家の男だ。
こちらも欧州にある王国の血筋であり、様々な事業を行なっているが、主に芸術家を後押しして多大な利益を得ているそうだ。バレエや演劇といった舞台、絵画や彫刻などの取引、そういったものには全てレベナルティ財団の名前が付けられている。
一方で裏社会との関わりも噂されていて、油断ならない一族らしい。
もう一人の水の神はキャスバル家の男だ。キャスバル家はホテル王として知られていて、世界中にその名のついたホテルが建てられている。有名な航空会社の大株主でもあり、世界の人の流れはキャスバル家によって作られていると言われている。
この中では石油王のカリアドと同等の扱いを受けていると聞いていた。
「レイ・ミクラシアン、前に…」
アルメンティスの声が張りつめた空間に響いた。
顔を上げた俺は立ち上がり、アルメンティスの前まで歩いて行った。
スッと差し出された手に片膝をついて口を付けた。
決して目線は上げてはいけない。自分の足を見るようにして、そのまま後ろに下がり…。
ところが事前の指示通り動いていた俺の手を、アルメンティスが急に掴んで引っ張った。
予期せぬ行動に、驚いて声が出そうだったのをなんとか堪えた。代わりに足がもつれて体勢が崩れた。一瞬覚悟したが、がっしりとした力に受け止められて床に転がることはなかった。
「やはり、アルメンティスだ。絶対型通りに事を進めないね。いくらお気に入りとは言え、手順は守った方がいいよ」
「堅苦しいのは嫌いなんだよ。祝福までやったからもういいよ。それより早く、俺の可愛い天使を自慢したかったんだ」
何か頭の上で話が進んでいるらしいが俺は自分の状況を飲み込む事で精一杯だった。俺はいわゆるお姫様抱っこ状態の横抱きにされて、アルメンティスの膝に座っていた。
さっさと退室するはずが、全然言われた事と違う展開にパニックになっていると、アルメンティスにレイレイと呼ばれて顎を撫でられた。
「ふん、大した事ないじゃないか。自慢するほどの顔かよ。俺の天使の方が顔もスタイルも良いやつが揃ってるぜ」
「確かに、アルメンティスがちゃんとした天使を迎えたって聞いたから、どんな美貌の子かと思えば……、毛色は珍しいけど、その辺に転がっていそうだ」
アルメンティス以外に二人の声が聞こえたが、顔を上げていいものが迷っていた。言いたい放題に言われているが、俺の容姿のことはどうでもいいから早くこの状況から解放してほしかった。
まさか、アルメンティスの膝に抱き抱えられて、二人の神に囲まれるとは思ってもみなかった。
「レイ…、顔をあげていいよ。二人に挨拶して」
耳元にアルメンティスの声がして、俺は背中にゾクリとしたものを感じて小さく震えた。ここ数日、こうやって耳元で囁かれると、体が変になるようになってしまった。
顔は熱くなり心臓がドクドクと早鐘を打ちだす。
特に目元が熱くなっていくのを感じながら俺は顔を上げた。
目の前には二人の男が立っていた。派手な真っ赤な髪が印象的で、黒い眼帯で左目を隠した背の高い男と、俺と同じくらいの背で、金髪に碧眼の男にしては可愛らしい男だった。
「初めまして。レイ・ミクラシアンです。風の神、水の神、お会いできて嬉しいです」
これも事前に仕込まれた台詞だ。もし声をかけられる事があればこう言えと言われていた。こんな格好で言うというのは想定外だったが。
赤髪の偉そうな顔でマフィアのボスみたいなのが風の神で、チビのうるさそうなのが水の神だなと、俺は心の中で聞いていた特徴と照らし合わせて答えを出した。
「レイ、ミケイド・レベナルティが風の神、ガイラ・キャスバルが水の神だよ」
目をぱちぱちと瞬かせながら二人を見比べた。二人ともニ学年下だと聞いていたが、なるほど険のある目つきだが、若干の幼さが感じられた。
しかし年下でも、二人ともすでに5人の天使を抱えている。この学校の神としての役割を立派に勤め上げているらしい。
「ほー、これはなかなか……」
風の神ミケイドがグッと顔を近づけてきた。俺の瞳を覗き込んで、目を離す事を許さない強さで見てきた。
自慢したいと言ったくせにいざ見られると気に入らないのか、アルメンティスは俺の頭を抱きこんで二人からの視線を遮った。
「こら、見過ぎ。ミケイドは幼い少年好きのくせに、勝手に趣旨変えしないで」
確か風の神の天使は全員初等部の新入生だと聞いていた。どうも趣味がそれだから、新入生が入ると天使が一新されると聞いて、恐ろしいと思っていた。
「アルメンティスがまさかあれほど嫌がっていた天使を迎えるとは思わなくてさ、興味があるだけだよ。そんなに美味いの?こいつ?」
「さあ?そんなことはお前達が知る必要もないな」
目隠しされるように抱き込まれていたから、周りの状況がよく分からなかったが、空気が一瞬にして冷えたのが分かった。
衣ずれの音がして側に来ていた二人の神が下がった気配がしたのが分かった。
また例の威圧感オーラを放ったのだろうか。二人とも力のある家の神であるが、これでどういう序列なのかハッキリしてしまった。
アルメンティスは俺を抱えたまま無言で立ち上がり、そのまま歩き出した。
チビでガリだが男の俺を抱えたまま平気で歩けるというのが信じられない。
スラっとした細身に見えるアルメンティスだが、この安定感は明らかに鍛えている逞しい男の体だった。
部屋のドアが開けられて二人で出てきたら、廊下で待っていたジェロームが焦ったようにパタパタと走ってきた。まだ出てくるには早いと思ったのだろう。
「もう終わったのですか?」
「俺の部屋にレイを通しておいてくれ」
「………はい。仰せのままに」
俺を下ろして立たせると、後でねと言い残しアルメンティスは戻っていてしまった。
朝部屋に起こしに行くことはあるが、夜に行くのは初めてだなとぼんやり考えていたら、ジェロームが腕を引っ張ってきた。
「時間がありません。支度がありますから、付いて来てください」
いつもよりどこか硬い表情のジェロームを不思議に思いながらその背中を追って歩き出した。
どれくらい時間が経ったのだろう。
俺は落ち着かない気持ちでそわそわとしながら周りを見渡した。
暗くしたら眠ってしまいそうだし、明る過ぎても恥ずかしくて、結局常夜灯だけ付けておいた。なに一人でムードを作っているのかと、恥ずかしくて死にそうだ。
すっかり夜になってしまったが、いつまで待たされるのだろうかと膝を抱えてため息をついた。
放課後のお披露目を終えて、アルメンティスと別れた後、ジェロームに連れられて火の神の棟へ帰った。
3階のアルメンティスの住居に入ったが、いつもとは違う部屋に通された。もとは空き部屋だったと言われたが、そこはアルメンティスがいつも寝ている寝室よりも広く、調度品の類はなかったが、中央に大きなベッドが置かれていた。
男が2、3人何人寝ても大丈夫なくらいの大きさとしっかりした造りに見えた。
その部屋の奥にはバスルームがあり、早く入れと追い立てられるように風呂に入れられた。
何かやたらオイルを塗れと言われてビンを渡されて、ヌルヌルになりながら全身にかけたら滑って頭を打ちそうになった。
しかも、変なカプセルみたいなものを渡されて、それを後ろに入れておくように言われた。
座薬までやるのかと思いながら、必死の思いでそれをねじ込んだ。変な感じがしたが、痛くはなかった。
そこまでくれば、これから何が行われるのか、アホな俺でも理解できた。
神から祝福を受ける儀式みたいなものをやらされて他の神にも紹介され、これで正式に認められたのだろう。
いよいよ、天使としての主な仕事をする時がやってきたのだ。
気になったのは、お披露目の時、風の神がアルメンティスは天使を迎えるのを嫌がっていた、という発言だ。
あれはすでにジェロームがいるから他はいらないという意味なのか、天使の存在自体を嫌悪しているのか。
ここに来て、頭に思い浮かぶのはアルメンティスの事ばかりだった。
「こんな事、聞くのは悪いと思うが。ジェローム、お前は本当に俺がここにいることが嫌じゃないのか?」
支度を手伝ってくれて、乾かした髪の毛を丁寧にとかしてくれているジェロームに俺はどうしても気になって聞いてしまった。
「………そうですね。正直言いますと歓迎はしていません。あなたも予測不可能な人ですし、面倒なことが増えましたから……。でも実を言うと、少し期待はしています」
早くクビになって欲しいとでも言われるかと思っていたのに期待と言われたのは不思議だった。
「もしかしたら、その予測不可能な態度が、あの方の心を…溶かしてくれるかもしれないと……」
ルザラザには傷ついてほしくないと言われ、ジェロームには期待していると言われた。二人ともそれぞれの立場で考えて俺にそう言ってくれたのだろう。
傷つくほどハマる事はないし、ジェロームの期待に応えられるような人間ができた男でもない。
ただ、叔父から受けた恩を返す。
今はそれだけを考えて先に進もうとしていた。
しかし、このバスローブは本当にいただけない。
何しろピンク色のシルクのような手触りでかつスケスケのバスローブをいきなり渡されたのだ。制服はすでにクリーニングに出されていて、それしか着られるものがなかった。
仕方なくそのバスローブを着てベッドに座り、主人の登場を待っていた。
天使はみんな通る道なのだろうか。こんなものが似合っているとはとても思えない。
せめて笑ってくれら救われると思いながら、ベッドに転がってシーツに顔を擦り付けた。
「レイ……」
つぅーと肌を滑る感覚がして、顔を撫でられているのだと分かった。
ぼんやり浮上してきた意識で、自分がどこにいるのか思い出して、はっと目を開けた。
薄暗い部屋の中で、プラチナブロンドの髪が柔らかく輝いていた。やはりこの男は夜が似合うと思った。
「ごめんね。お待たせ」
「いや……悪い、起きてるつもりだったが……」
「おいで」
闇に溶けるような妖しい微笑みを浮かべたアルメンティスは美しかった。
差し出された手に自分の手を重ねた。お披露目の時とは違い熱くてしっとりと濡れていた。
そしてあの時とは逆に、アルメンティスが俺の手に口付けた。
魅入られたように見つめたアルメンティスの紫色の瞳の奥に、俺が求めていたものを見つけた気がした。
なぜこんな文字が思い浮かんだのか分からない。
頭の中に永遠という二文字が浮かんできて、焼き付いたように消えることがなかった。
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