12 / 34
Ⅻ
しおりを挟む
「ここへ流れ着く前は転々としたけど、元々は田舎の村の出身でね。そこには忌み子と呼ばれる女がいたのよ」
女はオジサンの目を盗んでお菓子を持ってきた。バクバクと犬のようにお菓子に食いついている俺の頭を撫でながら、よく自分の話を聞かせた。俺はほとんど聞いていなかったし、覚えていないけど、ある話だけは記憶に残っていた。
「たまにふと生まれるのよ。忌み子が生まれて年頃になったら牢に閉じ込めるの。それで毎夜毎夜村の男たちの相手をさせるの。私一度だけその忌み子に会いに行ったことがあるわ。牢の中にいた女は恐ろしい化け物でも絶世の美女でもなかった。普通の女でがっかりしたの、でもね…」
女が俺の頭を撫でる手をやめて、今度はがっと前髪を掴んで顔を持ち上げられた。すでに痛みの感覚が麻痺していた俺はぼんやりと女の顔を見つめた。
「アンタ、あの女と同じ目をしているわ。黒くて濡れていて…匂ってくるような……。人を狂わせるから近づいてはいけないって言われていたけど、その意味がやっと分かったわ……。ねぇ玲。私と逃げましょう。私はぶったりしない、ずっと…ずっと可愛がってあげる」
女が笑った。
真っ赤な唇がつり上がって歯が見えた。
それが何を意味しているのか。俺には考える力が残っていなかった。
「くくっっ…!あっはははははははっ!!」
ジェロームが腹を抱えて笑い出したので、周りの生徒からジロジロと見られた。余計に恥ずかしくなってやめろと言ったが、ツボに入ったのかなかなか笑いが止まらなかった。
「そんなに笑うことか!こっちは真剣なんだぞ!」
「いやぁ、おかしすぎて…くくっ。レイ、貴方はミスリルに揶揄われたんですよ。彼は確か実家に戻っていたんですよ仕事の関係で」
「なっ…なんだって!?」
「サイードの土の神はこの一週間、通常通りお過ごしでしたよ。レイが心配するような、怒り狂っているような様子はないですし、刺客を潜り込ませるなんてありえないですから、大丈夫です」
休み時間、ジェロームのクラスに行って呼び出した後、今朝ミスリルから言われた事をジェロームに相談してみた。
青くなって話す俺を見て、話の途中から笑いが堪えきれない様子だったジェロームは、最後の刺客が来るかもしれないというところまで聞いてついに噴き出してしまった。
「ミスリルのご両親は世界的な俳優で、世界中を飛び回って撮影しているらしく、たまに彼も参加するらしいです。悪戯が好きな方なのでまんまと演技に騙されたんですね」
ジェロームにそう言われても、手放しで喜ぶことは出来なかった。多少は揶揄われたのだとしても悪い印象しかないのは確実だ。
どうしたものかと項垂れていたら、ぽんぽんと肩を叩かれて、レイと名前を呼ばれた。その声に俺はぱっと顔を上げで振り返った。
「ルザラザ!」
「久しぶり、と言っても一週間ぶりかな。元気そうだね」
一週間ぶりに見たルザラザは前と同じように人懐っこい笑顔を見せてくれた。
ルザラザにはこの学校に来てから、何かと世話になったのに、せっかくの紹介もめちゃくちゃにしてしまったので、早く会って謝りたかった。
そして天国区画に来て張り詰めていた気持ちも、ルザラザの姿を見たら気が抜けてしまった。意識していなかったが心細かったのだと今気がついた。
「今日はどうしたんだ?兄に会いに来たのか?」
「実は、俺もこっちへ来ることになったんだ。前から警備の関係で来てくれって言われてたんだけど、どうしようか迷ってたんだ。でもレイの事が心配だったからこっちに行こうって決めちゃった」
「え…俺が…心配で……?」
うんと言って笑ったルザラザが眩しすぎて、まともに見る事が出来なかった。打算的に生きている俺とは違いすぎる。なんていいやつなんだと心がチクリと痛んだ。
「すまない…。先日はルザラザの兄に失礼な態度を取ってしまった。あれから大丈夫だったか?」
「ああ、大丈夫だよ。ミスリルに聞いたけど、トイレで会ってしまったんだってね。どうせ二人でヤラシイことしてたんでしょう。そんな中に巻き込まれたら、レイが怒るのも無理はないよ」
「ルザラザ……なんていいやつ……、ありがとう。ここで初めて本物の天使に会った気がするよ」
「あはは…。言い過ぎだよ」
ゴホンと咳払いの音がして、ジェロームがムッとした顔をしていた。俺は不勉強すぎて彼にも迷惑をかけているので、慌ててジェロームにも世話になっているとお礼を言っておいた。
「ルザラザ王子は今日のお茶の話は聞いていますか?」
「うん、放課後だよね」
ジェロームが手帳を開いて、ルザラザに話しかけた。何やら予定の確認をしているらしい。お茶と聞いてルザラザは嬉しそうに微笑んだので、何か約束でもあったのかと首を傾げた。
「なんだ、二人でお茶でも飲みに行くのか?」
俺がのんきに質問するとジェロームは目を丸くして口を開けたまま動かなくなってしまった。
「……え?誰も本人に話していないの?今日お披露目なのに」
ルザラザは困った顔になって、ぽりぽりと顎を指でかいた。ルザラザのなんとも可愛らしい癖だが、俺は早くジェロームの驚き顔の訳が知りたかった。
「……話しましたよ。ええ、話しました。20回くらいは言いましたかね……。レイ、あのお茶の話ですよ」
「あのお茶?どのお茶だ!?」
「毎週行われる神が集まるお茶会の話です!!」
そう言われて俺はここに来た次の日に聞いた神のお茶会の話を思い出した。毎週一回神が集まり、親睦を深める会だったと聞いていた。
仲良くしてもらうのはいいことだなんて思いながら、それに続く話は完全に聞き流していた。
そういえば、新入りの天使がどうとか言っていた気がする。
「あ!もしかして、新入りの天使が……」
俺がそこまで思い出してポンと手を叩いたら、ジェロームとルザラザの視線が俺に集中してゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
「なんだ?俺がお茶を入れるんだったか?」
俺の回答に、ジェロームとルザラザは壁に突っ込む勢いで頭をぶつけた。
「ジェローム、分かったでしょう。俺が心配してしまう理由が……」
「ええ、痛いほど分かっています。なぜアルメンティス様はこんな男を……もう泣きたい」
ジェロームとルザラザが肩を組んで何やら急接近して仲良くなってしまい、俺は訳が分からず腕を組んで二人の様子を見比べていた。
「新入りが出るとその次のお茶会は、天使のお披露目会になると言いましたよ。確かに特別何かするわけではないですが、他の神にも会うので心してくださいと……。天使がどういう人物なのかで、アルメンティス様の品位にも関わりますのでどうかしっかり挨拶してください!お願いしますよ」
「あ……ああ。そうだったな」
分かったような返しをしたが、そんな話をした事もすっかり忘れていた。自分の都合のいいことばかり拾ってしまうのは俺の悪い癖だ。
「という事は……、カリアドも来るのか」
「カリアド様ですよ。もちろんご出席されます。いいですか!神の方々の前に出た時の作法について今一度確認する必要がありますね!」
すっかりお怒りになったジェロームに土下座する勢いでお願いしますと頭を下げた。
お茶会前に時間を作ってもらう事になり、これはしっかりやらなくてはと気を引き締めた。
ここでジェロームとは別れて自分の教室へ戻るのだが、ルザラザは俺と同じクラスになったらしく、一緒に戻ることになり二人で廊下を歩き出した。
「……ところで、レイ。火の神とはどこまでいったの?もう愛を受けたの?アルメンティス様はそういう話はさっぱり聞かなかったから、気になっていたんだ」
ルザラザは少し顔を赤く染めながら、こそりと俺の耳元に声をかけてきた。
「あぁ、それが天使の主な仕事だったな。ちょくちょくセクハラみたいなお触りは受けるがその程度だ」
「ふーん、てっきり二人はすぐに…その、そういう感じになるのかと思ってた。兄さんから庇ったとき、アルメンティス様はすごく真剣なお顔をされていたし…。レイの事、特別なように感じたから……」
「俺のことは単なる好奇心だろう。あの男は人懐っこそうな振る舞いをしているが、誰にでも心を開くタイプじゃない。特別と言うなら、それはジェロームのことだろう。現に彼はずっと唯一の天使だったからな」
「ジェローム!?た…確かに、彼は特別ではあると思うけど……代々アルガルトの執事をやっていた家系の息子だから……、寵愛というよりは侍従関係に見えるけど……」
「いや、ジェロームに特別に心を開いているのは目に見えて分かる。俺に対しては……好意というより、敵意みたいなのを感じ時がある。それがなんなのか知らないがな」
俺はここ数日のアルメンティスの態度について考えていた。朝もそうだし、他の時間も会えばベタベタと触ってくるが、時折俺に向けられる冷たい視線には気がついていた。
腹の中で何を考えているのかますます分からない男だが、少なくとも好意ではないことは確かだった。
「そういうところは鋭いんだね。きっとレイってネガティブな感情を向けられた方が読み取りやすいのかな」
「ああ、それは確かにそうだな。そういう世界で生きてきたから」
自分のことなど人に話したことはなかったが、ルザラザの意見が的確だったので、ポロッと口から出てしまった。
案の定、ルザラザは複雑そうな顔になった。俺なんかより、サイードの王室で生きる方が過酷だと思うのだが、ルザラザからはそんな雰囲気は感じ取れない。
継承順位が低すぎて、争いからは逃れていたかもしれないが、利用しようという連中はたくさんいただろう。
「……レイ、知り合って間もないけど、レイは何だか俺の弟に似ていてさ……。放っておけないんだ。心配なんだ。火の神はアルガルトの人間だ。一見人当たりは良さそうだけど危険な人だ。天使としてやっていくのがレイの目的だったとしても、完全に心を許してはいけないよ。レイが傷つくことになる」
「……ルザラザ」
ルザラザの瞳には淀んだ色はなく、心から心配してくれている真摯な気持ちが伝わってきた。もしかしたら、これは友情と言えるのかもしれない。
「ありがとう」
素直に向けられる気持ちが嬉しかった。同じ歳で弟とのように思われているのはなんとも言えないが、人と関わることは自分にとってマイナスでしかないと思って生きてきた俺の中に、変化していくナニカが生まれた気がした。
□□□
女はオジサンの目を盗んでお菓子を持ってきた。バクバクと犬のようにお菓子に食いついている俺の頭を撫でながら、よく自分の話を聞かせた。俺はほとんど聞いていなかったし、覚えていないけど、ある話だけは記憶に残っていた。
「たまにふと生まれるのよ。忌み子が生まれて年頃になったら牢に閉じ込めるの。それで毎夜毎夜村の男たちの相手をさせるの。私一度だけその忌み子に会いに行ったことがあるわ。牢の中にいた女は恐ろしい化け物でも絶世の美女でもなかった。普通の女でがっかりしたの、でもね…」
女が俺の頭を撫でる手をやめて、今度はがっと前髪を掴んで顔を持ち上げられた。すでに痛みの感覚が麻痺していた俺はぼんやりと女の顔を見つめた。
「アンタ、あの女と同じ目をしているわ。黒くて濡れていて…匂ってくるような……。人を狂わせるから近づいてはいけないって言われていたけど、その意味がやっと分かったわ……。ねぇ玲。私と逃げましょう。私はぶったりしない、ずっと…ずっと可愛がってあげる」
女が笑った。
真っ赤な唇がつり上がって歯が見えた。
それが何を意味しているのか。俺には考える力が残っていなかった。
「くくっっ…!あっはははははははっ!!」
ジェロームが腹を抱えて笑い出したので、周りの生徒からジロジロと見られた。余計に恥ずかしくなってやめろと言ったが、ツボに入ったのかなかなか笑いが止まらなかった。
「そんなに笑うことか!こっちは真剣なんだぞ!」
「いやぁ、おかしすぎて…くくっ。レイ、貴方はミスリルに揶揄われたんですよ。彼は確か実家に戻っていたんですよ仕事の関係で」
「なっ…なんだって!?」
「サイードの土の神はこの一週間、通常通りお過ごしでしたよ。レイが心配するような、怒り狂っているような様子はないですし、刺客を潜り込ませるなんてありえないですから、大丈夫です」
休み時間、ジェロームのクラスに行って呼び出した後、今朝ミスリルから言われた事をジェロームに相談してみた。
青くなって話す俺を見て、話の途中から笑いが堪えきれない様子だったジェロームは、最後の刺客が来るかもしれないというところまで聞いてついに噴き出してしまった。
「ミスリルのご両親は世界的な俳優で、世界中を飛び回って撮影しているらしく、たまに彼も参加するらしいです。悪戯が好きな方なのでまんまと演技に騙されたんですね」
ジェロームにそう言われても、手放しで喜ぶことは出来なかった。多少は揶揄われたのだとしても悪い印象しかないのは確実だ。
どうしたものかと項垂れていたら、ぽんぽんと肩を叩かれて、レイと名前を呼ばれた。その声に俺はぱっと顔を上げで振り返った。
「ルザラザ!」
「久しぶり、と言っても一週間ぶりかな。元気そうだね」
一週間ぶりに見たルザラザは前と同じように人懐っこい笑顔を見せてくれた。
ルザラザにはこの学校に来てから、何かと世話になったのに、せっかくの紹介もめちゃくちゃにしてしまったので、早く会って謝りたかった。
そして天国区画に来て張り詰めていた気持ちも、ルザラザの姿を見たら気が抜けてしまった。意識していなかったが心細かったのだと今気がついた。
「今日はどうしたんだ?兄に会いに来たのか?」
「実は、俺もこっちへ来ることになったんだ。前から警備の関係で来てくれって言われてたんだけど、どうしようか迷ってたんだ。でもレイの事が心配だったからこっちに行こうって決めちゃった」
「え…俺が…心配で……?」
うんと言って笑ったルザラザが眩しすぎて、まともに見る事が出来なかった。打算的に生きている俺とは違いすぎる。なんていいやつなんだと心がチクリと痛んだ。
「すまない…。先日はルザラザの兄に失礼な態度を取ってしまった。あれから大丈夫だったか?」
「ああ、大丈夫だよ。ミスリルに聞いたけど、トイレで会ってしまったんだってね。どうせ二人でヤラシイことしてたんでしょう。そんな中に巻き込まれたら、レイが怒るのも無理はないよ」
「ルザラザ……なんていいやつ……、ありがとう。ここで初めて本物の天使に会った気がするよ」
「あはは…。言い過ぎだよ」
ゴホンと咳払いの音がして、ジェロームがムッとした顔をしていた。俺は不勉強すぎて彼にも迷惑をかけているので、慌ててジェロームにも世話になっているとお礼を言っておいた。
「ルザラザ王子は今日のお茶の話は聞いていますか?」
「うん、放課後だよね」
ジェロームが手帳を開いて、ルザラザに話しかけた。何やら予定の確認をしているらしい。お茶と聞いてルザラザは嬉しそうに微笑んだので、何か約束でもあったのかと首を傾げた。
「なんだ、二人でお茶でも飲みに行くのか?」
俺がのんきに質問するとジェロームは目を丸くして口を開けたまま動かなくなってしまった。
「……え?誰も本人に話していないの?今日お披露目なのに」
ルザラザは困った顔になって、ぽりぽりと顎を指でかいた。ルザラザのなんとも可愛らしい癖だが、俺は早くジェロームの驚き顔の訳が知りたかった。
「……話しましたよ。ええ、話しました。20回くらいは言いましたかね……。レイ、あのお茶の話ですよ」
「あのお茶?どのお茶だ!?」
「毎週行われる神が集まるお茶会の話です!!」
そう言われて俺はここに来た次の日に聞いた神のお茶会の話を思い出した。毎週一回神が集まり、親睦を深める会だったと聞いていた。
仲良くしてもらうのはいいことだなんて思いながら、それに続く話は完全に聞き流していた。
そういえば、新入りの天使がどうとか言っていた気がする。
「あ!もしかして、新入りの天使が……」
俺がそこまで思い出してポンと手を叩いたら、ジェロームとルザラザの視線が俺に集中してゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
「なんだ?俺がお茶を入れるんだったか?」
俺の回答に、ジェロームとルザラザは壁に突っ込む勢いで頭をぶつけた。
「ジェローム、分かったでしょう。俺が心配してしまう理由が……」
「ええ、痛いほど分かっています。なぜアルメンティス様はこんな男を……もう泣きたい」
ジェロームとルザラザが肩を組んで何やら急接近して仲良くなってしまい、俺は訳が分からず腕を組んで二人の様子を見比べていた。
「新入りが出るとその次のお茶会は、天使のお披露目会になると言いましたよ。確かに特別何かするわけではないですが、他の神にも会うので心してくださいと……。天使がどういう人物なのかで、アルメンティス様の品位にも関わりますのでどうかしっかり挨拶してください!お願いしますよ」
「あ……ああ。そうだったな」
分かったような返しをしたが、そんな話をした事もすっかり忘れていた。自分の都合のいいことばかり拾ってしまうのは俺の悪い癖だ。
「という事は……、カリアドも来るのか」
「カリアド様ですよ。もちろんご出席されます。いいですか!神の方々の前に出た時の作法について今一度確認する必要がありますね!」
すっかりお怒りになったジェロームに土下座する勢いでお願いしますと頭を下げた。
お茶会前に時間を作ってもらう事になり、これはしっかりやらなくてはと気を引き締めた。
ここでジェロームとは別れて自分の教室へ戻るのだが、ルザラザは俺と同じクラスになったらしく、一緒に戻ることになり二人で廊下を歩き出した。
「……ところで、レイ。火の神とはどこまでいったの?もう愛を受けたの?アルメンティス様はそういう話はさっぱり聞かなかったから、気になっていたんだ」
ルザラザは少し顔を赤く染めながら、こそりと俺の耳元に声をかけてきた。
「あぁ、それが天使の主な仕事だったな。ちょくちょくセクハラみたいなお触りは受けるがその程度だ」
「ふーん、てっきり二人はすぐに…その、そういう感じになるのかと思ってた。兄さんから庇ったとき、アルメンティス様はすごく真剣なお顔をされていたし…。レイの事、特別なように感じたから……」
「俺のことは単なる好奇心だろう。あの男は人懐っこそうな振る舞いをしているが、誰にでも心を開くタイプじゃない。特別と言うなら、それはジェロームのことだろう。現に彼はずっと唯一の天使だったからな」
「ジェローム!?た…確かに、彼は特別ではあると思うけど……代々アルガルトの執事をやっていた家系の息子だから……、寵愛というよりは侍従関係に見えるけど……」
「いや、ジェロームに特別に心を開いているのは目に見えて分かる。俺に対しては……好意というより、敵意みたいなのを感じ時がある。それがなんなのか知らないがな」
俺はここ数日のアルメンティスの態度について考えていた。朝もそうだし、他の時間も会えばベタベタと触ってくるが、時折俺に向けられる冷たい視線には気がついていた。
腹の中で何を考えているのかますます分からない男だが、少なくとも好意ではないことは確かだった。
「そういうところは鋭いんだね。きっとレイってネガティブな感情を向けられた方が読み取りやすいのかな」
「ああ、それは確かにそうだな。そういう世界で生きてきたから」
自分のことなど人に話したことはなかったが、ルザラザの意見が的確だったので、ポロッと口から出てしまった。
案の定、ルザラザは複雑そうな顔になった。俺なんかより、サイードの王室で生きる方が過酷だと思うのだが、ルザラザからはそんな雰囲気は感じ取れない。
継承順位が低すぎて、争いからは逃れていたかもしれないが、利用しようという連中はたくさんいただろう。
「……レイ、知り合って間もないけど、レイは何だか俺の弟に似ていてさ……。放っておけないんだ。心配なんだ。火の神はアルガルトの人間だ。一見人当たりは良さそうだけど危険な人だ。天使としてやっていくのがレイの目的だったとしても、完全に心を許してはいけないよ。レイが傷つくことになる」
「……ルザラザ」
ルザラザの瞳には淀んだ色はなく、心から心配してくれている真摯な気持ちが伝わってきた。もしかしたら、これは友情と言えるのかもしれない。
「ありがとう」
素直に向けられる気持ちが嬉しかった。同じ歳で弟とのように思われているのはなんとも言えないが、人と関わることは自分にとってマイナスでしかないと思って生きてきた俺の中に、変化していくナニカが生まれた気がした。
□□□
18
お気に入りに追加
245
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる