炎よ永遠に

朝顔

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「貴方は何というか…、素直過ぎるし無鉄砲だし、頭に血が上ると自分を制御できないし、空気も読めないし、アルメンティス様が側に置くには危険すぎるタイプですね」

「ほぼ初対面でよくもまぁ、そこまで人のことを分析できるな。概ね合ってると思うが一つ足りないな」

 自分でも自分の事など大して考えた事がなかったのに、こんな風にズバズバと言われたらそうでなくても認めてしまう。彼は素晴らしい才能だと感心してしまった。

「……なんですか?」

「極度の方向音痴だ。リストに加えておいてくれ」

「…………」

 眉間にピキっと音が聞こえそうなくらい、深い皺が寄ったのを見て分かりやすい男だと思った。

 耐えきれなかったのか、ぶぶっと噴き出す音がして、アルメンティスが腹を抱えて笑い出した。

「あー…お腹痛い。ジェロームにこんな顔させるのは俺だけだと思っていたけど、ふふっ…あはははっ…、本当…飽きない子でしょう?」

「アルメンティス様とは違った角度でタチが悪い、としか言えないですね」

 眉間の皺はそのまま、深いため息をついて頭を抱えたのは、アルメンティスの天使であるジェローム。
 美女と見間違うくらいの美貌だったカリアドの天使と比べると、ジェロームは特に美を匂わせる要素はない、人の良さそうな顔をした男だ。眉間に皺を寄せると苦労人を絵に描いたようになる。その顔はよく似合っていると言ったらもう二度と話しかけてはくれないだろう。

「いいですか!その言葉使いは面白がってアルメンティス様がそのままでいいと仰っていますが、限度がありますよ!アルメンティス様はここでは火の神であり、世界のアルガルト家のご長男でいらっしゃるお方です!特にその太々しい態度は謹んでください!」

 ジェロームは突然、ぐわっと目を開いてピシャリと言い放ってきた。これだけは言っておかなければ気が済まなかったのだろう。
 彼の気苦労を考えたら、少し大人しくしておこうと俺は静かに頷いた。

 慌ただしくて疲れる一日だった。人間離れした美しさと狂気を思わせる強い目で、只者ではないと思っていたが、まさかアルメンティスが神だったとは考えていなかった。
 滅多に来ないと言われていたので、区画をフラフラ行き来しているなんて考えられなかったのだ。
 そういえば、会ったばかりの頃、天国に行きたいかとかナントカ言っていた気がするがすっかり忘れていた。
 律儀な性格なのか、どうやらそれを約束だと捉えていたらしく、アルメンティスは勝手に書類を提出して、俺の天国入りと自分の天使にする事を決めてしまった。

 知らないところで勝手に色々決まっていたのは釈然としないが、俺にとっては棚ぼた以外のなにものでもない。
 俺の目的は一瞬で達成されてしまったのだ。早く叔父に連絡して祝杯でもあげたいが、天使というやつは勤め上げないと認められないらしい。
 つまり、途中でクビになることもあり、そうなると一般生徒に落ちて、名前を刻むこともできない。
 俺の次の目的は自分の主人、アルメンティスのご機嫌をとって、クビにされないように気に入られるという事だ。

 準備が整ったので、そろそろ行きましょうとジェロームから声がかかった。

 俺はまだあのカリアドとルザラザが会談を行っていた中間地帯にいる。
 すでにカリアドとミスリルは天国へ、ルザラザは一般区画へ戻ったのだが、俺はこれからの事などを打ち合わせるために部屋を借りて、アルメンティスとジェロームと話し合っていたのだ。
 その間に今の寮の部屋にある俺の荷物を移動してもらった。気がかりなのはルザラザの事だったが、別れ際はおめでとうと声をかけてくれた。
 俺を友人と言って会わせた事で迷惑をかけたくなかったが、その点は大丈夫だからと先に言われてしまった。
 アルメンティスが絡んでいるから、俺に関わる人物に何かすることはないと言い切られてしまった。

 同じ神でありながら、アルメンティスとカリアドの間には上下関係が色濃く存在した。
 他の神との関係などまだまだ不明なことが沢山ある。
 側近になるならそれらもちゃんと覚えていかなくてはいけなかった。



 一般区画から天使区画への出入りは電子ゲートで管理されていた。指紋が登録されてあり、カメラに姿を映して一致すればゲートが開く仕組みだ。ゲートは五つあるがもちろん全てに監視員が付けられていた。
 中で話している間にこれらの手続きも終わっていたらしく、問題なくゲートをパスして中に入ることに成功した。

「すごっ…これがセレブ仕様か…」

 思わずため息が出てしまったが、中央ゲートを入ってすぐの広場で、宝石が埋め込まれた女神の彫像がお出迎えしてくれた。女神の祝福と名付けられたその像には両目に青いサファイア、手に持っている秤にはエメラルド、衣にはアメジストとダイヤ、足元には金が散りばめられていた。

 天国区画の象徴らしいが、こんなモノが街中にあったら、幸福な王子ではないが取り放題だろう。誰一人手をつけないところがさすがセレブの頂点の集まりだ。
 俺は目が札束になって涎が出そうになったところで、ジェロームがゴホンと咳払いをしたので慌てて後を追った。
 ちなみにアルメンティスは用があるとかで、先に一人で行ってしまった。

 俺はジェロームの案内を受けながら、天使区画を見て回った。校舎と寮があるところは同じだ。
 違うのはデカい図書館がドンとど真ん中に建っているのと、その奥に神専用の棟が五棟建っていること。
 アルメンティスの住まいである火の棟は、図書館には一番近い場所に位置していた。
 基本的には神の住まいに、天使用の部屋もあるらしく、俺もそこに入ることになる。
 カリアドのようなたくさん天使がいても問題無いくらい部屋数はあるらしい。

「え!?温泉!!温泉があるのか!?」

「ええ、この国は温泉が出るのです。共同になるのですが、神が使用する時は貸切になります」

 日本人の俺としては温泉と聞くと、ワクワクする気持ちになる。といっても、俺は本格的なものに入ったことはなく、銭湯をやっていた家に住んでいたことがあるので、大浴場のレベルでしか知らない。
 しかし楽しみができたと嬉しくなった。

 説明を聞いていたらあっという間に火の棟に着いてしまった。
 一般生徒用の寮とは明らかに違う。コンクリートが使用された近代的な造りだった。
 三階建てで、聞いていた通り部屋数はたくさんある。三階はすべてアルメンティスが使用しているので、俺はジェロームと同じ二階の部屋になった。
 各部屋に簡単なキッチンやバスとトイレも付いていてますます完璧だ。買い物は24時間本館の売店が利用できると聞いて飛び上がって喜びそうになった。
 ここに来て一番辛かったのは自炊ができないことだ。食堂もあるがたまには自分で作りたいと思っていたのだ。

 部屋に荷物を運び込んだら、天使の業務について指導があるとかでジェロームに呼ばれたので、一階の共同スペースへ行った。
 一階は会議などで使用される多目的ルームが並んでいて、ソファが並んだリビングがデカくなったような大広間があった。

「まずは身の回りのお世話ですが、掃除や食事などは使用人が入るのでやらなくていいです。スケジュール管理も天使の仕事ですが、いきなりは無理でしょうからそこも私の方で担当します。レイ、貴方はまずアルメンティス様の側について頼まれた事をやってください」

「ああ、分かった」

 まずは雑用係かと俺は少しホッとした。
 何しろ天使というのは、主な仕事が寵愛を受けること。
 カリアドの天使がやっていたような事をやらされるわけだ。
 そう考えて俺はまじまじとジェロームの事を見てしまった。
 アルメンティスは初等部で入ってからずっと、この男しか天使として側に置かなかったらしい。
 ルザラザにも変わり者と言われていたくらいだ。たくさん天使を持つことが当たり前のここで、一人というのは不思議な話だ。
 ジェロームしか側に置かないという事は、二人は特別な関係であり深い愛情で結ばれている、という事だろう。
 なぜ今になって俺を天使に迎えたのかよく分からない。他の男も味見してみたくなったのだろうか。
 まず愛し合っているというのがよく分からない。カリアドのように10人もいたら、増えても仕方ないと思えるかもしれないが、ずっと一人だけだったのに、新しい天使が来る事は嫌な気持ちではないのだろうか……。

「なっ…なんですか?レイ……、そんなにじっと見てきて……」

「……分からないんだ。お前、ジェロームのことが……」

「わわっ私が?ですか!?一体何をお知りになりたいのでしょう」

 気のせいかジェロームの顔が赤くなっている気がする。嫌悪や怒りの気持ちで頭に血が上っているのだろうか。少なくとも彼とは同じ立場で険悪な関係になりたくないので、はっきりとさせておきたかった。

「なぁ…、俺のこと、どう思っているんだ?」

 スッとジェロームの方へ体を寄せた。ジェロームの気持ちを読み取りたいと、丸眼鏡の奥にある、髪の毛の色と同じ薄茶の瞳をじっと見つめた。

「ななななっ!なんですか!?その…質問は…!!そっ…その黒い瞳は…なんで…そんなに……」

「知りたいんだよ。だめ……?なのか?」

 めまいでも起こしたのか、ジェロームは天を仰いでバランスを崩して椅子から落ちてしまった。
 なかなか起き上がって来ないので大丈夫かと声をかけたら、ジェロームは低い声で笑い出した。もしかしたら頭を打ったのかもしれない。

「ふふふはっはっはっ…。レイ、何を企んでいるのか知りませんが、この私を懐柔させようとはまだまだ甘いですよ」

「は?懐柔?」

「私のような人間はそのような誘惑など鉄壁の自制心と高潔な心で全て跳ね除けることが可能なのです」

 眼鏡を押し上げながら、乱れた髪を直してジェロームはゆっくり立ち上がった。

「企むって…俺は何も……。ただ、知りたかったんだ。ずっとあいつの天使はジェロームだけだっただろう。だから…、嫌な気持ちなんじゃないかって……」

 どうやら悪いことでも企んでいるのだと思われたらしい。ただ。上手くやっていきたいのにそれでは困ると俺はジェロームを見上げた。

「そっ……そういう事、でしたか…。それでしたら私は迷惑さえかけられなければ歓迎します。何しろ…仕事は多いので、人手は多い方が楽ですから……」

 どうやら割り切って考えられるタイプらしい。これなら変に恨まれなくてすみそうだと俺は安堵した。

「そうか、良かった。じゃ、改めてよろしく」

 人好きのする笑顔なんて作れないが、関係改善のためには仕方がない。慣れない笑顔を見せてみたら、ジェロームはよろしくお願いしますと小さい声で答えて、また顔を赤くして逃げるように広間から出て行ってしまった。
 まだ聞きたい事はいっぱいあったのにと、残念な気持ちで慌てて出ていく背中を見つめていた。

「あ、握手か。手……出すの忘れてた」

 よろしくのところは必要だったなと、いまだ、慣れることがない異国の文化に戸惑いながら、上手くやっていけるか心配は募っていった。






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