炎よ永遠に

朝顔

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 俺の両親は俺が物心つく前に死んだ。
 交通事故だと聞いた。
 山中を走っていてカーブを曲がりきれずにガードレールを突き破って落下した。車は墜落して炎上したが、途中チャイルドシートごと車外に飛ばされた俺だけ助かったらしい。

 母は大学を卒業後、語学を学ぶために海外へ出て、ある金持ちの屋敷で働いていた。そこの長男と恋仲になってしまい大反対されて二人で日本に帰国した。
 母の実家も地元では有名な旧家で、異国の男などと大反対で別れるように迫った。その時すでにお腹に俺がいて、両親は田舎に逃げて隠れながらひっそりと暮らし始めた。俺を産んでしばらくは落ち着いて暮らしたのだろう。しかし、長くは続かなかった。母の家から雇われた者がやってきて二人はまた逃げることになった。そして逃げている最中での事故だった。

 その後はひどいものだった。母の実家である本家は、半分異国の血が入った俺を認めなかった。親戚中をたらい回しにされて、あらゆる理由をつけて押し付けあった結果、最悪の男の所へ行くことになってしまった。




 聖堂の鐘が朝の時間を知らせるために鳴り響いた。
 空高く吸い込まれていくような音は大きいのに不快には感じない。なぜか懐かしくすら感じるのは不思議だと思いながら、俺は鏡の前に立っていた。

 黒髪に黒目、俺の容姿はほとんど日本人だ。ここには日本人はいないと聞いていたので、同室のルザラザには珍しがられたが、平凡な容姿をしていると思う。背はあまり伸びなかったのと、筋肉がつかない青白くて貧相な体。お世辞にも男らしいとは言えない。
 そういえば日本にいた頃も同じ見た目なのに、黒い髪が鴉の羽みたいだとバカにされたことがある。黒髪も黒い目も好きではなかった。黒は高潔な色だとか言う人もいるが、俺にとっては他者を拒絶する孤独な色に思えた。

「支度できた?…わぁ!よく似合うね。シンプルな私服も良かったけど、制服を着ると美しさが増すなぁ…」

 どうやらまた珍獣扱いされているらしい。異国の地に来てこんな風に言われることは多かったのでもう慣れたものだ。物珍しさからただそう評価するだけで、慣れればみんなすぐ興味をなくす、そんなものだ。

 俺は無言で制服の襟を正した。この学校の制服は詰襟で日本の学ランにと似ている。初等部が白、高等部が黒となっている。俺は高等部から途中入学なので黒の制服に身を包んだ。
 さすがお坊ちゃん学校だけあって、ただの黒であるが光沢があって柔らかく上等な生地で出来ていた。

「それで、ルザラザの兄にはいつ会えるんだ?」

「んー、昨日思いついたばかりだから、まず話を通してみるね。俺もさぁ、なかなか会えないから」

「悪いな。よろしく頼む」

 俺は昨夜、ルザラザから提案された話を思い出していた。
 天国と呼ばれる区画に入り、天使と呼ばれる神の側に置かれる存在になる。
 そのためには、まず天国に入ることが第一歩なのだ。
 つまり、神がこの者は入っていいぞと特別にゲートを開けてくれないと、一般生徒の俺は動くことができない。
 ルザラザの兄が神であったのは幸運だった。一般生徒の多くが目指すところに、こんな遅れて入って初日から、切符が手に入りそうだと俺は浮かれた気分だった。

 寮から出ると昨日は見かけなかった、たくさんの生徒が校舎に向かって歩いていた。
 一般生徒用の寮は3棟建っている。天国と呼ばれる区画にも特別な方々の寮があるらしいがそちらはどこにあるかも分からない。
 ルザラザは区画内の寮に入れるらしいのだが、こちらの方が仲が良い友人が多いからと、一般用の寮に入っているそうだ。
 授業もすべて一般の校舎で受けていると言うから、彼もまたここでは変わり者であると言える。
 人懐っこくて明るいやつだと思ったが、やはり部屋を一歩出るとすぐに声をかけられて、たくさんの友人に囲まれていた。
 おかげで隣にいた俺は流れで紹介されることになり、朝から覚えきれないくらいの人数と顔を合わせることになった。

 教室に着くと教師から軽く紹介があったが、すぐに授業が始まった。特に趣味はニックネームはなどと自分で言う必要がなくて助かった。外国の学校はこれだからいい。かつて、日本にいた頃、親戚の家を渡り歩いたので何度転校を繰り返したか分からない。
 その度にあれこれ言わされて、上手く言えなくて散々笑われてバカにされたものだ。転校なんて嫌な思い出しかなかった。
 この学校もひどい差別を受けて嫌な思いをするかと思っていたが、今のところ周りにそう言った空気はなく落ち着いて過ごせそうだと安堵していた。




 休み時間、窓側の席だった俺は外を眺めていた。窓の下には木が集まっていて、小さな森のようになっている。
 その奥に白い建物が見えた。こちらの校舎よりもかなり大きくて、しっかりした造りに思えた。もしかしたら、あれが特別区域の校舎なのかもしれない。
 広大な敷地に建てたれたセンチュリオンは、見事に真っ二つに分かれている。ほとんどの一般生徒は6年の学生生活で、半分の土を踏むことしか許されない。
 天国の生徒が下界に降りてくるのは許されているが、その逆はありえないのだそうだ。

 天国入りのパターン2である、神から選ばれるというのもひどい話だ。
 神と呼ばれる連中はこちらに来ることなどほとんどない。つまり、どれだけ優秀だったとしてもそんな機会はないのだ。
 あらゆるコネクションと持つ物を全て使わないとそんな幸運は訪れない。
 そういう意味では俺はいきなり幸運を掴んだと言える。ただ、神の弟であるルザラザを利用しようと考えるやつは腐るほどいたはずだ。
 それなのに、ぽっと出てきた俺になぜルザラザは紹介を申し出てくれたのか、それが分からなくて俺はもやもやとしていた。

「校内が騒がしいでしょう。今日は聖堂で月に一度行われる礼拝の日なんだよ」

 横の席に誰かが座った気配がしたが、その明るい声からルザラザだと分かった。
 言われてみれば、みんな高揚しているようでソワソワしている雰囲気があったが、普段をよく知らないのでこんなものかと思っていた。

「礼拝……、確かこの国の創造神と呼ばれている女神リファに祈りを捧げて、平和と繁栄を願う儀式…だったな」

「そう、その儀式を執り行うのが神達だよ。みんな神の姿を見れるから喜んでいるんだ」

 へぇと言いながら、俺は周りの連中を眺めてみた。神とお呼ばれになる方々は見るだけでご利益があるのかもしれない。
 くだらないお祭り騒ぎだと思った。しかも、頬を赤らめながら鏡を見ている連中までいる。化粧ポーチを出してきて口紅でも塗り出しそうな勢いだ。
 まるでアイドルの出待ちをする女の子達のように見えておかしくて笑ってしまった。

 急に笑い出した俺を見て、おかしな物を見るような目をしていたルザラザに悪いと謝った。

「いや、神って言ってもみんな男だろ。それなのに、色めき立ってるのがおかしくてさ…」

「……え?レイ、天使になりたいんだよね?」

「ああ、そうだけど」

「天使が何をするか…知っているんでしょう?」

「雑用係って聞いていたが、あっ小間使いか?」

 俺の答えに面食らった顔になったルザラザは机に頭を付けるくらい項垂れた。

「まぁ……確かにそういう担当もいるけど……主には……」

 ルザラザの言葉の続きは、ガラガラと開けられたドアの音で掻き消されてしまった。
 どうやら聖堂に集まる時間になったらしく、みんなガタガタと一斉に立ち上がり廊下に出て行ってしまった。

「レイ、なんか君のことだんだん分かってきた気がするよ。とにかく天使希望のことは口に出さないようにね」

 ルザラザが俺の何を分かったのか知らないが、天使云々は大っぴらに話していい話題ではないという事らしい。適当に頷いておいた。
 とにかく月に一度の貴重なご尊顔を拝める機会だ。ルザラザの兄も見てみたいので、俺は意気揚々と立ち上がり聖堂へ向かった。



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