炎よ永遠に

朝顔

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II

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 学校内の中心には聖堂と呼ばれるドーム型の大理石で作られた建物がある。
 建物内に組み込まれる形で天高く聳え立つのが鐘塔で、この学校のシンボルだ。この鐘が校内に鳴り響いて時間を知らせるようになっている。
 部屋から見える鐘塔は夕日に染められて美しかった。
 旅行会社のパンフレットを見ているみたいだ。こんな景色を見ていると自分が異国にいるのだと実感する。

 かつて俺が住んでいたアパートは天井に穴が空いていた。窓から見る景色といえば、隣のマンションの薄汚れた白壁。徐々に蔦が這っていくのを毎日眺めていた。
 四六時中腹を空かせていたあの頃の事を思い出していたら、盛大に腹が鳴ってしまった。

 クスクスと笑う声がして振り返ると、ドアの前に人が立っていた。

「レイ・ミクラシアン、だよね」

 浅黒い肌に焦げたような茶色の髪、目鼻立ちのクッキリした男だった。精悍な顔つきであるが背はあまり高くない。筋肉は多少付いているが、痩せっぽちの俺とあまり変わりないように見えた。
 しかし、その濃い見た目は明らかな人種の違いを感じる。砂漠がどこまでも続く熱い国のイメージをそのまま映しているような男だった。

「ああ、君は……」

「同じ学年で同室のルザラザ、本当はもっと無駄に長い名前だけど、これで通してるんだ」

 すっと差し出された手を、今度は迷わずに掴むことができた。
 寮の部屋は二人部屋だと聞いていた。俺は景色に夢中でルザラザが入ってきたのも気がつかなかった。

「わぁぁ!すごい!」

 大人びた顔をしていたが、握手をした途端、ルザラザは俺の手を引いてぐっと距離を詰めてきた。

「日本人と欧州人のハーフと聞いていたけど、思っていたより綺麗だ!肌がこんなに白いのに髪は本当のブラックだね。瞳も大きいしこれも綺麗なブラックだ!レイが来るって聞いて、ネットでジャパンを検索したんだ。コケシっていうのが出てきて、あんな顔の子が来ると思ってたからビックリだよ」

「………あ、………うん」

 ゼロ距離で矢継ぎに言葉が飛び出してくるので、俺は驚いて固まっていた。自分にこんな風に明るく積極的に近寄ってくる人間なんていなかった。
 冷たい対応をされるのは慣れているので、こんなに人懐っこくされたら、どうしていいのか分からなかった。

「あっ…、ごめんねー。驚かせちゃった?周りからもよくうるせーしウザい言われるんだよね。ごめんごめん」

 俺があまりにも石になっているので、やっと気づいたらしいルザラザがぱっと身体を離した。と言ってもまだまだ俺の安心できる距離ではない。

「ミクラシアン家のことはよく知っているよ。欧州の古い名家だよね。ずいぶんと昔の卒業生だけど一覧に名前があったのを見たよ」

「ああ、昔はそれなりに栄えてたらしいけど今は主軸の海運業もサッパリだから落ち目の一族だよ」

 家の名誉も何もない俺の返しに、ルザラザは驚いたように目を開いた。
 ここでは何よりも家とプライドだ。それを初っ端から自分で折ってくる人間は信じられないのだろう。案の定、珍獣を見るような目で見られた。

「レイって素直で面白いなぁ。じゃあ俺も自己紹介しちゃおう。中東の石油がジャンジャン出るサイード国の王子だよ」

 今度は俺の方が驚いて目を見張ったので、ルザラザはまたクスクスと笑った。

「王子といっても16番目の側室の子供で継承権はウン十番目、上が死ぬことが多いのと、一応男だからこの学校に入れてもらえたけど、なんの期待もされてないし、問題だけは起こすなっていう穀潰し」

 だから王子とは呼ばないでね、と明るく言い放ったルザラザを見て、緊張で強張っていた俺の体から力が抜けていった。

「ああ、よろしく。ルザラザ」

「よろしくね、レイ」

 ここに来てまともな人間関係なんて期待していなかったが、同室の男は気を使わずにすみそうだ。俺は張り詰めていた気持ちが少し緩んだのを感じた。

「それよりお腹空いてるんじゃないの?連れて行ってあげるよ。一緒に食べよう」

 ルザラザの提案に俺は喜んで飛び乗った。寮の内部は迷路のようになっていて、一人でたどり着く自信がなかったのだ。





 食堂は地下にあった。監督官と回ったはずだが、俺は場所を覚えるのが苦手でとてつもない方向音痴なので、地下にあることさえ忘れてしまっていた。
 ワンフロア全てが食堂になっていて、様々な国の料理が取り揃えてあった。残念ながら日本食はなかったので、無難な野菜とチキンのプレートを手に取った。

「授業は明日から参加だよね?」

 ルザラザも同じチキンプレートだった。カリッと揚げた骨つきのチキンにかぶりつきながら、話しかけてきた。

「そうだ。レベルは高いと聞いているから、少し緊張している」

「その歳で地元のハイスクールを卒業しているんだよね。問題ないと思うけど、テストなんてあってないようなものだし」

 学力レベルは高いらしいが、基本的にできるやつはやるというスタイルらしい。お坊ちゃんの集まりだから、その辺りは厳しくないと言われた。

「そういえば、さっきネットで調べたと言っていたが、自由に使えるのか?私物は取り上げられてしまったが……」

「あー、基本はだめなんだよね。情報流出とかの関係もあるし携帯は没収なんだけど、俺は図書館が使えるから。そこは監視が入るけどパソコンを利用できるんだ」

 図書館と聞いて俺は嬉しくなった。日本にいた頃も、学校の図書館は自分の居場所みたいなところだった。しかし、ルザラザの口ぶりは全員が使えないような気配を感じた。

「俺は天国に入れるんだ。図書館はそこにしかないんだよね」

 その言葉を聞いて俺はビクッと身をすくませた。叔父から言われているまず最初の目的である。同室のやつが住人だったのかと驚いた。もしかしたら、金を積めば案外簡単に入れるものなのかもしれない。

「その名前は聞いている。特別区域みたいだな。そこはどうやったら入れるんだ?」

「……レイも、当然興味あるよね。俺の場合は一応王族特権と、一つ上の兄が神だからさ……入る方法は二つしかない。一つは初めから天国入りを許可されていること」

 なるほどと納得してしまった。家の序列で待遇が決まるというのは、まさにこのことなのだろう。王族や有力な家の息子は、入学時から許可されているのだ。しかし、叔父は途中からでも入れるからこそ、目的だと言ったはずだ。

「二つ目は、神から選ばれること」

 口に入ったスープがごくりと音を鳴らして喉の奥に落ちていった。
 叔父が二つ目のことを本気でできると思っていたのなら、相当イカれてしまったのだろう。もう、ミクラシアン家は終わりだなと、一気に荷物を畳んで帰りたくなった。

「一年だけのために途中入学してくるのだから、ルザラザも分かっていると思うけど、俺の目的は天国に入って天使に選ばれることだ」

「……すごいね、レイ。ここじゃ皆んな腹の探り合いで、考えてることなんて絶対に知られないようにするのに、素直を通り越して心配になってきたよ」

「俺はそういう、駆け引きとか探り合いが、苦手なんだ。特にここまで人間関係が出来上がっている中にズカズカ入っていくんだ。正直に教えを乞わなければ誰も相手にしてくれないだろう。時間もないし、面倒なんだ」

「ふーん…面白い!ますます、気に入ったよ。途中入学なら、まぁそのくらい予想できるしね。よし!同室のよしみだ。レイに力を貸すよ。手がないわけじゃない」

 そう言ってルザラザはカップに入ったお茶を飲み干した。
 どうやら初日から突破口を見つけてしまったかもしれない。腐っても王子であるルザラザは、やはり頼りになりそうだ。
 とりあえず腹を満たしてから作戦会議といこうと言われ、俺は皿に残ったチキンにかぶりついたのだった。





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