炎よ永遠に

朝顔

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I

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 火を見ると、たまらない気持ちになるのはなぜだろう。

 小学生の頃、友人でもないやつの誕生日会に呼ばれた。
 クラス全員招待していたらしく、もれなく俺も呼ばれただけだった。
 招待しておきながら、主役は仲のいい友達とずっと遊んでいて、ただの人数合わせて呼ばれたのにバカ正直に参加した俺は当然放置だった。
 考えてみたら、お誕生日会というものが初めてだった。
 部屋いっぱいに飾りがつけられて、テーブルに並べられた料理、山のように積み重なったプレゼントの箱。
 色とりどり包装紙が綺麗だと眺めていたら、突然電気が消されてみんなが一斉に歌い出した。

 ハッピーバースデートゥユー

 みんなが声を揃えて歌うその歌を、俺は知らなかった。
 薄暗い中、呆けたように眺めていたら、キッチンの方向から明るい光が見えた。
 この家の母親が、大きな皿に乗ったケーキを持ってきた。
 そしてケーキの上には沢山の蝋燭が並び、一つ一つに火がつけられていた。
 小さな火は、煌々と明るく光って辺りを照らしていて、ケーキはゆっくりと机の真ん中に置かれた。
 蝋燭の火は小さかったが、真っ赤な色をしていた。焼けるような焦げるような、その強い色と独特の匂いが体に染みるように溶けていき俺は熱い息を吐いた。

 みんなの歌が終わっておめでとうという声がしたら、主役が息を吹きかけたので火は消えてしまった。
 パチパチと拍手の音がして、また電気が付けられた。
 みんなが美味しそうなケーキに目を奪われて夢中になっている時、俺は一人体から湧き上がってくる正体不明の熱に怯えていた。

 真っ赤に燃える火が頭から離れない。
 誰かに声をかけられた。
 大丈夫?顔が真っ赤だよ。

 何もかもが熱かった。熱くて熱くてたまらなかった。
 その時、自分はどうしようなく興奮していることに気がついた。
 幼い体に灯った正体不明の熱は身体の中で暴れていた。わけも分からずただ怖いだけで、早く過ぎてしまうことを願いながら膝を抱えてひたすら耐えた。

 もしかしたら自分は火の中から生まれて、帰りたいと願っているのかもしれない。
 その時からそんな風にずっと考えていた。





 □□




 何処までも続き高く聳え立つ鉄格子の先は、槍のように尖っている。広大な敷地内は全て囲まれて、侵入者を阻むというより中の者を逃さないようにという意味が込められているように思えた。

 高台に立つこの場所は、下界よりも空気が澄んでいて、遠くから聞こえる鳥の声がなんとも長閑な雰囲気を醸し出していた。
 しかし一歩この白壁の宮殿のような建物の中へ入れば、長閑などと言ってはいられないだろう。

「レイ・ミクラシアン」

 名前を呼ばれて俺は顔を上げた。
 何度呼ばれてもこの名前に慣れることはない。まるで別人を演じているようで時々おかしくて笑いそうになる。

「すまない、待たせたね。学内の監督官をやっている、ロンド・グレイルだ」

 よろしくと手を出されて俺は一瞬止まってしまった後、慌てて出された手を握って挨拶をした。この国の文化というのも慣れなくて、毎回もたついてしまうのは嫌になる。

「私はこの学校の卒業生なんだ。卒業してからかなりの時間が経ってしまったが、初めて校舎の前に立った時の不安な気持ちは覚えている。慣れない環境で大変だと思うが、不便なことがあればなんでも言ってくれ」

 そう言って監督官のロンドは人の良さそうな顔で笑った。口元の皺と頭に白いものが混じる姿が、彼が長年この学校に携わってきたのを物語っている。
 監督官というのは事務方のトップらしい。それなりに出世したようだが、こんな場所で人生のほとんどを過ごしているという事が信じられない。
 自分は一日でも早く去りたいのにと思いながら、俺も適当に笑顔を作って見せた。

「レイ君は日本人とのハーフと聞いているが、日本で暮らしていたのかい?」

「ええ、12歳までは暮らしていました」

「そうか、その後ミクラシアン家に…。君は運が良かったのだな」

「………そう…ですね」

 ロンドは学内を案内しながら、世間話をするように俺のことを聞いてきた。
 根掘り葉掘り聞かれるのは好きではないが、ここでやっていくにはそれなりに付き合わなくてはいけない。
 すでに頭痛がしそうになって俺は小さくため息をついた。

「分かっていると思うが、この学校は世界でも有数の財力と、高貴な家柄を持つ家の子息だけが入ることを許された場所だ。ある意味閉ざされた環境であるから、それぞれの家の序列によってここでの待遇も決まると言っていい」

「ええ、そのように聞いております」

「ミクラシアン家は歴史ある名家であるから、ここでも名前は知られている。君なら天国への立ち入りも許可されるかもしれない。ただ、よく理解していて欲しいのは、決して上の者には逆らわないことだ。それが、ここで上手くやっていくための掟と言っていい」

「ご忠告ありがとうございます」

 俺がそう言って小さく頭を下げると、ロンドは満足そうな顔をしてまた案内を続けた。大人しく目立たず、上の人間に従うこと、それがここの処世術らしい。
 俺はくだらなくて反吐が出そうだと思いながら、意気揚々と前を歩くロンドの背中を見つめていた。




 ウェストオーディン国、欧州にある小国であるが、ここには世界中から金が集まると言われている。世界の金持ちの子供達が入る寄宿学校があるのだ。
 センチュリオン国立学校、古くは各国の王族や貴族の子供が集められた歴史ある学校だ。その伝統は現代になっても続いていてこの学校には、王族の子供や、財力を持つ家の子供達が今も肩を並べて学んでいる。
 時代錯誤な伝統だが、セキュリティの高さと将来的な関係を築くという点では、今の時代でも都合がいいのだろう。
 卒業生は輝かしい将来を約束されている。この学校に息子を入れたいと多くの金を積む者がいるというのも、冗談ではなくここでは普通の話だ。
 本来であれば12歳で入学して、18歳で卒業となる。ただ、特別な事情があれば途中入学も可能だ。
 わずかな期間でもこの学校に入る事で、コネクションを得たいと思う者は多い。
 俺もまた、その一人である。


 校内と学生寮を一通り回った。何人か生徒とすれ違ったが、誰もこちらを見向きもしなかった。
 ロンドによると今月入った途中入学の生徒は三人目、親の地位ありきなので事情があって辞めていく生徒も多い。
 誰かがいなくなれば、また誰かが入る。いちいちそんな事を気にしていられないのだろう。
 俺は今年17歳だ。後たった一年のためにわざわざ入学する事もここでは誰も不思議に思わない。世間一般ではそれくらいの価値があるとされているからだ。

 そう、一年だ。
 一年以内に目的を達成しなくてはいけない。
 こんなふざけたゲームに俺を引っ張り込んだオースティンのムカつく顔が頭に浮かんできた。




「学校ですか?この前、卒業したばかりですが……」

「事情が変わった、オースティンの事は聞いているだろう」

「……ええ」

 金持ちのボンボンを絵に描いたような、傲慢で怠惰な性格で放蕩息子だったオースティン。彼が逮捕されたと聞いたのは一週間前の事だった。
 まったく仲は良くないが、一応どうなるのか気にはしていたが、すぐに釈放されたと聞いていた。
 てっきり屋敷に帰っているものだと思っていたが、その姿が見えないので不思議に思っていたのだ。

「あいつは今は別邸にいる。裁判に備えてこれ以上不利な状況になったら困るから閉じ込めている」

「裁判……?女の事で揉めたのでは?」

 部屋の中に嫌な沈黙が流れて、気まずい空気を飲み込むしかなかった。
 俺の一つ下、従兄弟のオースティンは、何かと問題を起こす男だった。一つのことに固執する癖があり、以前付き合っていた元ガールフレンドにストーキングしたとして、前にも一度逮捕されていた。
 その時は金を積んで黙らせたので何一つ問題にはならなかった。俺は今回も同じ事をしたのだと思い込んでいた。

「女絡みは確かだ。だが今回は市長の娘に手を出した。酔わせて体を強引に奪ったんだ。向こうは凄腕の弁護士を雇って確実に有罪に持ち込んでくる。金でどうにかできる相手ではない」

 正直なところいい気味だと思った。強姦魔がのうのうと暮らしているなんて迷惑でしかない。きちんと罰を受けるべきで当たり前の状況だと思った。

「実刑は免れないだろう。こんな大事な時に…あいつは…一族の恥晒しだ」

 オースティンは俺にもひどい態度だったし、いつも舐め回すように見てきて気持ちの悪い男だと思っていた。
 神はいるときはいるらしいという感想しか出てこなかった。

 大事な時というのは、オースティンはある学校へ途中入学することが決まっていた。
 他国にあるパブリックスクールで、これで家の繁栄は約束されたと周囲は安堵と喜びに包まれていた。
 なんでも何年も前からずっと希望を出していたが通らず、欠員が出てやっと入学が認められたらしい。ずいぶんと金を積んだとも聞いた。
 それを簡単にふいにしてくれるのがオースティンという男だ。

「こうなったらレイ、年齢的に後一年しかないがお前が行くしかない…」

「……は?」

「地元の公立学校とはいえ、飛び級で卒業したお前は学力は申し分ない。入学許可証にはミクラシアン家の子息一名の入学を許可すると書かれている。お前も立派な子息だから何も問題はない」

「いや…俺は………」

「どうせ大学にはまだ行かないつもりだろう。俺に恩があるなら頼む!センチュリオンの入学を蹴ったなんて知られたら、取引先は全部消えてしまう。これは一族の危機なんだ!」

「サマー叔父さん……」

 ドラ息子のオースティンがどうなろうと知ったことではないが、叔父のサマーには恩がある。地獄みたいな環境から救い出してくれて、まともな暮らしを提供してくれた。早く学力をつけて就職して金を貯めて、何か返したいと思っていたのは確かだった。
 黙り込んで下を向いてしまった俺を見て、了承したと捉えたサマーは、目的があるのだと言った。

「ただ卒業するだけではだめだ。ミクラシアン家が再興するには、後ろ盾が必要なんだ。レイ、目的を達成して欲しい。まずは天国に入るのだ」

「はっ?天国?あの…天国でいいんですよね…。どうも英語の一般的な訳しか分からないから……」

「一般的な天国でいい。そういう名称で呼ばれている。特別な人間だけが入れる場所なんだ。そこで天使に選ばれるんだ」

 閉鎖的な空間では、世間の常識からはズレた、独特な文化が存在すると言われている。
 天国や天使なんてふざけたネーミングで何を遊んでいるのか知らないが、そんな場所に、現実ではとてもお近づきになりたくない。死んだ後で十分だと思った。

「……そこには、神がいるってやつですか?」

「ああ、神に選ばれる方々は代々決まっている。出来るなら一番力を持つ神に選ばれて欲しい……、とにかくミクラシアン家の名を刻むんだ」

 冗談のつもりでふざけてみたのに、サマーからは当たり前のように神の話をされて空いた口が塞がらなかった。


 この学校に入り神と呼ばれる人に出会うことが、俺のその後の人生を大きく変えることになるのだが、この時はまだ何一つ分かっていなかった。







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