死に戻り令嬢は橙色の愛に染まる

朝顔

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2、味方はいません

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 初対面では可愛い妹の顔をして、人懐っこく近づいてきたアリアだったが、それが母親譲りの演技力だと気がつくまで時間はかからなかった。

 父は自分の子ではないアリアに、かなり気を遣っていた。
 それは再婚した妻の手前もあったからだろう。
 実の娘であるミランダに接するよりも優しい声色で話しかけて、何か困ったことはないかといつも聞いていた。
 アリアが来てからというもの、父は仕事を調整して、一緒に過ごす時間まで作っていた。
 ミランダがどんなに頼んでも、忙しいからと言って背を向けていたのに、こんなに変わってしまうと思わなかった。

 特別なもの、大切なものとして扱われるアリアを毎日見せられる度に、ミランダの胸は締め付けられた。

 自分に向けられない愛情が、連れ子であるアリアに向けられることにミランダは傷ついた。
 優しい姉でいなければと思うのに、アリアに嫉妬して、邪魔に思う気持ちが芽生えてしまった。

 ある時、ミランダの葛藤など知らない顔で、しつこく話しかけてくるアリアに、話しかけないでと冷たい言葉を放ってしまった。
 それも、父親や継母、使用人達がいる前で。

 継母は扇で口元を隠して眉を寄せた。
 アリアは目に涙を溜めて、ごめんなさいと言って、次の瞬間、ボロボロと涙をこぼして泣き始めた。
 妹にひどい態度をとったと父は激昂して、しばらく部屋から出ないようにと命じた。

 エラに部屋へ連れて行かれる際に、ミランダは見てしまった。
 父に抱きしめられて慰めてもらうアリアの姿を。
 それだけでも胸が痛んだのに、父に見えないようにミランダの方を見たアリアは、涙を流していたのに、目が合うとニヤリと笑ったのだ。

 その時、ミランダは全てを悟った。

 天真爛漫、可愛くて綺麗で、笑顔は太陽のように明るくて、邸の人間達はみんなすぐにアリアのことを好きになった。
 ミランダによく声をかけてくれた使用人達は、ミランダよりもアリアに声をかけるようになった。

 最初はまだ幼くて可愛らしいからだと、ミランダは簡単に考えていた。
 邸でアリアは、いつもミランダの後ろを付いて歩いていたが、それは姉妹として仲良くしたいからだと思っていた。

 しかし、ひとたび部屋に入ると、アリアはミランダのお気に入りのドレスや宝石を欲しいとねだってきた。
 自分はこんなもの持っていないと泣かれたら、仕方なくミランダは譲ってあげた。
 お茶を飲めば、自分のお菓子はすぐに食べて、ミランダが食べているお菓子が欲しいと言って泣いた。
 ミランダは仕方なく、自分の分をアリアにあげて、それはいつしか毎回恒例になった。

 嫌だと言えばアリアは大声で泣き、父の耳に入って怒られる。
 妹は幼いのだから優しくしなさいと言われ、我慢することが増えて、こんなのはおかしいと思い始めた。
 だんだんアリアといることが苦痛になっていた。

 それが決定的になったのが、話しかけないでと言ってしまった件だった。
 家族や邸の者が集まっている場所で、アリアは父に甘えて可愛がられているところを見せつけた。
 そしてわざとしつこくミランダに話しかけて、冷たくするように仕向けた。

 まさか自分より二歳も年下のアリアに、手の中で転がされるように動いてしまったことに、ミランダは愕然とした。

 市井の人々に揉まれて生きてきたアリアにとって、世間知らずで大人しい貴族のお嬢様を操ることなど造作もなかったのだろう。

 こうして邸の中で、ミランダがアリアに冷たくあたっているという構図が、人々の脳裏に刻まれてしまった。
 その後も繰り返し同じようなことがあり、父には反抗的な子だと思い込まれて、継母とアリアの名演技で、ミランダは弁解する余地すら与えられなかった。

 それは時間が過ぎるごとにジワジワと周りに広がっていき、いつしか拭いきれないものとなってミランダを孤立させていった。

 それでもいつかは誰かが分かってくれる。
 そう、生まれた時に決められた婚約ではあるが、未来の旦那様ならきっと……

 そんな夢を見たこともあった。



 二週間前、ミランダはアリアと口論になった。
 アリアは八歳になり、ますます可憐さに磨きがかかったが、年を追うごとに悪知恵がついた。
 すでにミランダの前では隠すことなく悪い態度をとって暴言を吐き、いつも馬鹿にしてきた。

 あの日もそうだ。
 婚約者から届いた花束を、ミランダが大切に持っていたら、アリアがそれを欲しいと言い出したのだ。
 また泣かれては困るとミランダは花束を持って部屋から飛び出した。
 しかし、庭の池の前でアリアに追いつかれてしまった。
 アリアは無理やり奪い取ろうとしてきて、鋭い爪がミランダの額を傷つけた。
 血が流れて、さすがに怪我をしたらまずいと思ったのだろう。
 考えた末にアリアは助けてと叫び、自ら池に飛び込んだのだ。

 騒ぎを聞いて駆けつけてきた使用人達にアリアは助けられたが、事態が落ち着いた頃、ミランダは父の書斎に呼ばれた。

 そこには継母もいて、部屋に入るなり、ミランダは父親に怒鳴られた。

 アリアは勝手に池に飛び込んだのだが、話が変わり、ミランダが気に入らないアリアを池に無理やり突き落としたことになっていた。
 ミランダの額の傷は、無理やり突き落とそうとして、抵抗した時にできたものだとなっていた。

 ミランダは泣きながら違うと言って否定したが、使用人が一部始終を見ていたと言われてしまった。
 名前を聞いても使用人の名は明かされなかったが、父が信頼している相手だということは間違いなかった。

 それから三日後、父と継母、アリアは避暑地へ夏の旅行に出かけた。
 本当はミランダも行くはずだったのだが、罰として邸に残されることになった。

 こうして邸には今、ミランダの侍女であるエラと、コック、そして通いの使用人が数名残っているだけ。
 むしろ、この時に戻って来られたことは、ミランダにとって大きな幸運だった。

 ミランダは廊下の奥を歩いていくエラの姿を見ながら強く手を握った。

 エラは子供の頃からローズベルト家に仕えていて、一族は祖母の代からローズベルト家の使用人として働いている。
 休暇中、家中の鍵をエラに持たせるほど、信頼をおいている使用人だ。
 おそらく、嘘の報告をしたのはエラに違いない。
 後にわかることだが、エラはコックに金を注ぎ込んでいて借金があり、買収されていた。

 つまり、この邸にミランダの味方はもう一人もいないということだ。

 窓に手をついたミランダの脳裏に、寂しそうに窓を見上げる少年の姿が浮かんだ。

「……大丈夫、今度こそは間違わない」

 まだ間に合うと、ミランダは頭の中で繰り返した。



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