死に戻り令嬢は橙色の愛に染まる

朝顔

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7、何事も、計画通りに

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 パタンと音を立ててドアを閉めたミランダは、目を閉じて息を吸った。
 過去と同じやり取りだが、考えていた通りに上手くできたはずだと、胸に残った緊張を吐き出した。

 父は反論されたり、自分の話を遮られたりするのが嫌いだ。
 逆に言えば、言いたいことだけを話し終えたら、落ち着くのだ。
 単純な人なので、取り扱いさえ間違わなければ、うまくやり過ごすことができる。
 過去の自分は怯えていたことも、今になってみるとそれほど恐ろしいことに思えなかった。

「お嬢様、大丈夫ですか? すみません、お声が廊下まで響いておりまして……」

 窓の外はすっかり夜になり、廊下にはランプが灯されていたが、暗がりからそっと出てきたのは侍女のエラだった。
 偶然を装っているが、継母に命じられて話を聞いていたに違いない。

「私が悪いの……。余計なことをして、お父様を怒らせてしまったから……」

「では、またお部屋に……」

「ええ、商工会の方達がいらっしゃるこの一週間は、外出は禁止になったわ」

「そうですか……お可哀想に」

 ゆっくり近づいてきたエラに優しく背中を撫でられた。
 過去と同じだなと思いながら、ミランダは涙を拭うような仕草をした。
 薄暗いので泣いているように見えてちょうどいいと、心の中では微笑んでいた。

「申し訳ございませんが、人手が足りなくて、私は明日から奥様とアリアお嬢様と一緒に……」

「サマーパーティーよね。私は部屋で大人しくしているわ」

「私の代わりに、新人のメイドがお世話をさせていただきますので、何でもお申し付けください」

 会合二日目、王太子主催のサマーパーティーのため、継母とアリアは邸を離れる。
 王宮で開かれるパーティーは週末の予定だが、歳の近い友人達と集まってお泊まり会をするらしい。
 使用人達は邸で行われている会合で大忙しなので、エラが連れて行かれることになった。

「新しいメイドなのね。仲良くなれるかしら」

「ええ、よく言っておきます」

 臨時で雇われた新人メイドのアンは、継母の親戚の娘だった。
 貴族の家で働いたこともなく、何をするにも適当で、ミランダの世話など面倒くさがって、ほとんどしなかった。
 顔を合わせたのは最初の挨拶くらいで、支度は適当にやってくださいと言って放置された。
 昼はどこかで寝ていたのか姿を現さず、朝食と夕食は持ってきたが、ノックもなしに部屋を開けて、入り口にワゴンを置き、ミランダに声をかけることもなくサッサと出ていくという最低のメイドだった。

「ふふっ、楽しみだわ」

 ミランダが笑うと、エラも笑ったが、可哀想にという目をしていた。
 継母に買収されているが、ずっと世話をしていたからか、少しは同情する気持ちがあるらしい。

 まぁ、もうそんなのはどうでもいい。
 今回はこのことを利用して、自由に時間を過ごさせてもらう。

「この前たくさん布切れをもらったでしょう。あれで、お裁縫の練習をしようと思うの」

「ああ、それであんなにたくさん頼まれたのですね。頑張ってください」

 ウェインの来訪を知ってから、ミランダは準備を始めた、
 一日目、ウェインと遊んだ後に父親に呼び出されて、二度と遊ばないように言われる。
 前回はそれで言う通りにしたわけだが、今回はそのつもりはない。

 ウェインとは遊ぶ約束をしていて、本宅のミランダ部屋の近くで待っていてもらうように言ってある。
 ミランダの部屋は二階にあって、過去のミランダは、窓からウェインが待ち続ける様子を、ただ眺めることしかできなかった。

 エラと一緒に廊下を歩きながら、ミランダは楽しかった一日のことを思い出した。
 ウェインとは姉と弟だったのではないかと思うくらい気が合った。
 隠れ家で遊んだ後も、庭を走り回って遊んだが、気持ちも全部、あの頃に戻ったように楽しくてたまらなかった。
 初めての友達だからと、長年記憶に残っていたのだと思っていたが、こんなに楽しい時間を過ごしたのは、後にも先にもなかったからだと分かった。
 時が過ぎれば、ミランダも女学校に通い、そこで友人ができる。
 しかし、彼女達といても心の底から笑ったことなどなかった。
 同じ学校にいるアリアの影に怯えていたし、実際彼女達は、アリアの美しさに心酔していた信者だった。アリアが思いを寄せるフランシスの婚約者ということで、ミランダを忌々しく思っていた。

 だから、本当の友人ということで考えたら、一日だけの出会いにも関わらず、ウェインのことが忘れられなかったのだろうと思った。

 いつかウェインに、今の自分はやり直しだと、本当のことを話す時が来るのだろうか。
 抱えきれなくなったら、怖い夢を見たと言って語ることもあるかもしれない。
 いずれにしても、そこまで話せる友人として、関係を築いていきたいとミランダは考えていた。





 翌朝、挨拶に来たアンは、小遣いをもらう感覚で来ましたという感じの派手な若い女だった。
 容姿なんてすっかり忘れていたが、子爵家に似合わない粗雑な動きで挨拶をした後、食事はここに置くので適当に食べてくださいと言って扉を閉めて行ってしまった。

 こんな扱いを受けて、なぜ過去のミランダは父親に言わなかったのか。
 それはもうこの頃には、父に嫌われたくないという思いが頭を埋め尽くしていたからだ。
 そしてそれをいいように継母に利用された。

 アンが挨拶をする前に、ミランダの部屋を訪ねていたのは継母だった。
 アンは自分の親戚の子で、父も可愛がっている子だと言ってきた。
 そして外へ出してもらえないのは、ミランダのことを父が嫌っているからだと。
 これ以上問題を起こしたら、娘はアリアがいるので、もうお前はいらない子になる。
 アンのことで気に入らないなどと、わがままでも言えば、たちまち手放すつもりだろうと釘を刺してきた。

 日頃から父の愛情を欲しがって指を咥えている子を、愛情を使って揺さぶることなど簡単だっただろう。
 ミランダは継母に言われるままに、何も言ってはいけないんだと自分の口を塞いだ。


 パタンとドアが閉まったら、ガチャリと鍵が掛けられる音がした。
 寝巻き姿でベッドに座っていたミランダは、やっといなくなったと背伸びをして大きな口を開けてあくびをした。
 今はもう、自分の支度ができないお嬢様ではない。
 さっと朝食を食べてから、身支度を済ませた。

 ミランダはベッドの下に潜り込んで、箱を取り出した。
 そこには事前に用意していた秘密のものが入っていた。


 ミランダは、エラに頼んで家中の布切れを集めてもらった。
 カーテンに使用する布の切れ端がたくさんあったので、それを編み込んでロープのようにして結んでいった。
 前世で庭師から一度結ぶと外れない特殊な結び方を教わったので、ミランダはその方法で結びながら、布梯子を作ったのだ。
 窓から覗くと、近くの木の陰にウェインの姿があった。
 まだ来たばかりなのだろう。
 走ってきたのか、汗を拭っている様子だった。
 そこで、窓を開けるとウェインが顔を上げたので、ミランダと目が合った。
 手を上げて優しそうに微笑んだウェインを見て、ミランダも笑って手を振りかえした。
 そして口元に手を当てて、静かにしてほしいという合図をした。
 ウェインは不思議そうな顔をしていた。

 ミランダは窓から身を乗り出して、鉄柵に梯子をくくりつけた。
 ミランダの部屋の下は、本宅の裏になっていて、人通りはほとんどない。
 しかもこんな忙しい時に、裏まで来る人間はいないだろう。

 事前に長さも調節していたので梯子を外に垂らすと、地面より少し上の位置で止まった。
 もちろん、何度も上り下りしているので、強度も確認済みだ。
 ミランダがそのまま窓から梯子を使って降りていくところを、ウェインはポカンと口を開けて見ていた。


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