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第二章

⑪白百合の妖しい香り

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 サファイア王国の王子と言えば一人しか存在しない。
 学園の卒業生であり、卒業後は様々な改革を打ち出して、サファイア国発展に貢献し、すでにその名前は優れた指導者として各国に知れ渡っている。
 その美麗でいて男らしい容姿は、男も女も見る者の心を奪い引き付けて離さない。

 その名はアルフレッド、完璧な彼の唯一の欠点といえば、いまだ独身であるということだけであろう。


「噂では好きになった令嬢にこっ酷く裏切られてから女性不審になったとか…」

「でも色々な令嬢との噂も聞くし、単純にモテすぎるから選べないとか、贅沢な悩みなんじゃない?」

「確かにすごくカッコ良かったね。出てきた瞬間キラキラして見えた」

 アンドレアが呑気に言った台詞に、調子良く喋っていた双子のレイメルとランレイの顔色は一気に青くなった。

「アル!お願いだからその言葉、ローレンス様の前で言わないでね」

「本当、サファイアとの国交問題になりかねないから!」

 他国の王子を褒めただけで国の問題にまで発展するとはおかしな冗談を言わないでくれとアンドレアは首を傾げた。

 剣闘大会はすでに終わり、祭りの後、寮の食堂でアンドレアと双子とルイスの何もしていないメンバーで打ち上げをしていた。
 本当ならもっと人を集めて大々的にやるつもりが、例の王子様の登場でその他大勢は大人しく退場することになったのだ。

 アルフレッドの歓迎のために、王族メンバーの方々は、来賓用の館に集められたらしくそちらで盛り上がっているだろう。

「それにしても生徒会の行方、どうなると思う?ローレンス様は絶対やらないって言っていたし、コンラッド様は負けたしプライドもあるだろうからやっぱりなくなるのかな?ちょっと残念だなって…」

 ルイスがパンとスープを口に詰めながら、呑気なことを言い出したので、アンドレアはやめてくれとため息をついた。

「面倒事はもう勘弁して欲しい。俺はまだアルバートなんだから、変に目立ちたくないよ」

 それを聞いたルイスはおかしそうな顔になって、ぷぷっと噴き出した。

「何言ってんだよアンドレア、君はもう学園中にローレンス様の男の恋人だって知れ渡ってるんだぜ」

「くっ……それを……言わないでくれ」

 あの時は夢中でローレンスしか見えていなかったが、祭りの興奮が冷めてよく考えたらとんでもない事をしてしまったとアンドレアは真っ赤になって机に突っ伏した。

「まぁ、そういうカップルがいないわけでもないしさ、みんな気にしないって!」

 ルイスがヘラヘラ笑いながら肩を叩いてきたので、頭突きでもくらわせてやろうかとアンドレアは睨みつけた。

 ただの貴族の自分がどう言われようと構わないが、ローレンスはフィランダー国の王子だ。揶揄われたり馬鹿にされたくはなかった。

「そんな顔しないでアルちゃん。君をみんなの前で抱きしめてキスしたのはローレンス様なんだから、向こうに責任取らせればいいんだよ」

「…ラ…ランレイ」

 いつも冷静なランレイらしい鋭い意見だが、自国の王子にそこまで辛辣なのも大丈夫かと心配になってきた。

 ここで食堂のドアが空いて、すっかり正装で王子様スタイルになったローレンスとライオネルが入ってきた。
 宴はどうやら早めに解散したらしい。

「みんな揃ってますね。はぁ…色々と決まりまして、お伝えしておくことがあります」

 頭に手を当てたローレンスはかなり疲れているように見えた。ライオネルはどちらかと言うと何もしてないメンバーなので、疲れというより困った顔をしていた。

「結論から言うと生徒会は復活します」

 ローレンスの一言に食堂がしんと静まり返った。そして、その続きを息を呑んで待った。

「生徒会長は私とコンラッドの二人です。以下のメンバーはすでに発表された通りです」

「え…それは…どういう……!?」

 思わず聞き返してしまったアンドレアの顔を見て、ローレンスは目を細めて微笑んだ。

「会長業務の負担軽減策です。後はお互いの監視も含めてそれがいいだろうと、アルフレッド王子の一声ですね」

 ローレンスの説明で皆どんな話し合いが行われたのか、想像できてしまった。
 サファイア王国は大陸一の大きさを誇る大国だ。そしてここはサファイア王国の学園である。つまり、アルフレッドの言葉に反対できる者などいないということだ。
 つまり、自分はやはり副会長決定なのかとアンドレアはのしかかる現実に頭がくらりと揺れた。

「そして、すでに生徒会が主催する最初のイベントが決まりました。来月、サファイアのホワイトリリーと呼ばれる女学院との合同ダンスパーティーを開くことになりました」

 誰もがその勢いに圧倒されて言葉を失う中、ルイスが小声でやったぁと言ったのを、アンドレアだけはしっかり聞き逃さなかった。



 □□


 剣闘大会の熱冷めやらず、至る所で生徒達が盛り上がっている中、ローレンスとライオネルは部屋に戻るために階段を上っていた。
 食堂で報告を終えた後、疲れたからとすぐに解散になった。

 本当ならアンドレアに声をかけたかったが、明日に影響するからとライオネルに襟首を掴まれて部屋に戻るように促されたのだ。

「あのこと。いいのかよ。ちゃんと、言わなくて……」

「アン…アルバートを巻き込みたくないのです。今回のことはかなり危険を伴いますので、できるなら私達で解決させたいのですよ」

 ローレンスの強い口調に決意が表れていて、ライオネルはその先を言えずに口籠もってしまった。

 歓迎の宴と称されて、来賓用の館に集められたのは、ローレンスとライオネルとコンラッド、そこではアルフレッド王子から驚くべき話をされることになった。

「まず初めに言っておくが、コンラッドは俺の指示で学園に潜入した。可能なら生徒会を復活させるように頼んだんだ。…ここまで、大事にされるとは思ってなかったが」

「……どういうことですか?」

 アルフレッドが今回の騒動に一枚噛んでいるなんて想像もしていなかったローレンスは何とか事態の把握をしようとした。

「レンシアの花、この名前は聞いたことがあるだろう」

 その名前を聞いて、ローレンスもライオネルもぴたりと動きを止めた。

「レンシアは禁断の花と呼ばれ、その根から抽出された毒は強い常習性で幻覚作用を引き起こす禁薬として知られてる。この禁薬を使って何者かが一国を混乱に陥れた」

 そこでコンラッドが、私からと言って前に進み出た。

「それが我がクラフト王国だよ。第二王子だった兄が薬を多用して中毒に陥り、弟達…、そして自分の母も殺したあと、自ら命を絶った」

 第二王子の母と聞いて、ローレンスは体が固まったように動かなくなった。
 第二王子カヒルと、第六王子コンラッドの母はタシア妃、つまりローレンスの叔母にあたる人だった。
 彼女が実は殺されたのではないかと情報は掴んでいたが、公式に詳しい事は伝えられなかったのだ。それがフィランダーとの火種になり関係は悪化したのだ。

「……兄弟の中でもカヒルは優しい兄だった。だから、甘い言葉に騙されて薬に手を出した。クラフト王国内部からの崩壊を狙われたんだ。だが長男のジェイドはどこかに消えていて惨劇を免れ、俺も斬られたが致命傷にはならずに生き残った。もともと続いていた内戦に影響は出たが持ち堪えた。しかし、カヒルを唆したヤツは逃亡してしまった」

「それで?事情は分かったが、なぜコンラッドはこの学園に…?」

 黙っていたライオネルも口を開いた。レンシアの花と聞いて黙っていられなかったのだろう。

「カヒル王子の側近に怪しい男がいたらしい。その者がサファイア王国へ入ったことは掴めた。だが他の資料は焼失、事態を知る者は殺されたが、唯一手掛かりとして焼け残った手紙が発見された。そこには次の狙いはサファイア王国と書かれていて、サファイア王立学園の紋章が入っていた。俺は兄達を殺し、一族に混乱をもたらした者を探し出すためにアルフレッド王子に接触したんだ」

 ここからは俺がと言ってアルフレッドが小さな袋を取り出した。

「これが最近国内で出回っている薬だ。主に痩せ薬として令嬢の間に広まっている。成分を調べたらレンシアの薬だと判明した。しかも最近の研究でレンシアの薬は女性が大量に服用すると不妊の原因になると言われている。つまり、クラフト王国を狙った者が今度はサファイア王国内部を崩壊させようとしている。俺は秘密裏に動いていたが、コンラッドから話を聞いてこれには繋がりがあると確信した。手がかりはサファイア王立学園、不審な動きをする者がいないか探ってもらうことにしたんだ」

 ローレンスは学園教師陣の不正が発覚した件を思い出した。それもまた、何か繋がりがあるかもしれない。

「調査で学園からある場所に金が流れていることを発見した。それが、サファイア唯一の貴族女子のための学校、ホワイトリリー女学院だ。近頃、怪しげな薬が生徒の間で流行り始めているらしい。上手くすれば、誰が手綱を引いているのか、そしてカヒル王子の側近だった男も見つけ出せるかもしれない」

 ここでまた室内が沈黙に包まれた。ここまで綿密に計画が進んでいたというのはローレンスも驚きだった。
 しかし、わざわざ剣闘大会で会長を決めるなどと言うのは騒ぎすぎだろうと思ったが、思った通りそれはコンラッドが単独で行ったと聞いて呆れてしまった。

「ここまで聞いた通りですと、統率が取れていると思えませんね。特にコンラッド、行動が突飛過ぎます。そんな事では向こうに警戒され過ぎて失敗しますよ」

「分かってるよ。学園生活が思ったより楽しくてね。面白いやつもいたし、ちょっと遊んじゃったんだ」

 わざわざ他国に来て自ら動いているのに、楽しくて遊び出すという相変わらず頭のおかしいコンラッドに、ローレンスはため息しか出なかった。
 アルフレッドはもちろん真剣に動いているだろう。しかし、コンラッドは家族の仇を謳っているがそこまでの真剣さや熱情が感じられない。
 クラフト王国の王子達はもともとお互い刺客を送り合うくらいの殺伐とした関係だ。タシア妃もまた、子を産んだ後は一度も会わないと言われるくらいの冷たい関係だったと聞いている。
 コンラッドの腹の中が見えなくて、ローレンスは胸にもやもやとした霧がかかっていくのを感じた。

「生徒会も復活するからこちらも動きやすくなった。一ヶ月後、ホワイトリリーで合同ダンスパーティーを開催するんだ。その日までにパイプ役を探し出して取引を持ちかける。そしてパーティー当日に薬を渡してもらう手筈にする。サファイア王立学園の誰かが薬を流しているなら、ホワイトリリーの関係者と接触するはずだ」

「パイプ役の生徒とはどう接触を?」

「それはこれから適任者を用意する。年頃の令嬢でそれなりに剣も使えて、なおかつ素人っぽさがある者が相応しいのだが、なかなかいなくてな」

 アルフレッドは顎に手を当てて、うーんと唸って悩んでいたが、ローレンスは嫌な予感がしてぶるりと震えた。

「とにかく、これからは二人にも動いてもらいたい。これはサファイア国の王子としての俺の頼みだ」

 これがコンラッドの頼みなら断ることもできたが、アルフレッドからの頼みであれば力を貸さないわけにいかない。

 ローレンスとライオネルは顔を見合わせた後、分かりましたと言って頷いたのだった。




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