サクラメント300

朝顔

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15 暴かれたい

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 丁寧に並べたお札がATMに吸い込まれていくところを、佐倉はじっと眺めていた。
 明細が印刷されて、八万五千円という表示が見えたら、安心して息を吐いた。

 今月分は残業代の分があったので、少しだけ多く振り込めた。
 本当は会いに行って、手渡しして何度でも謝りたい。
 できることならそうしたい。

 今はどんな状況なのか。
 少しでも良くなっているだろうか。
 心配を数字に込めて振り込んでいる。

 佐倉は大きな瞳が恐怖の色に染まったのを思い出して目を瞑った。
 お願いだから別れてほしい、もう会わないでくれと夕貴の両親に言われた時、佐倉は静かに頷いた。
 その時の約束を破るわけにはいかない。

 二人の名前を検索すれば、今の時代何をしているか、どうしているかは分かるかもしれない。
 でも恐かった。
 現実を知るのが恐くて、それはできなかった。
 ただ、逃げる方を選んだ。

 銀行を出たところで、さっきは気が付かなかったポスターが目に入ってしまった。

 夢を持つ若者に向けたドリームコンテスト、五年ぶりに開催決定!

 大きく書かれたその文字を見たら、すっかり仕舞い込んでいた記憶がまた溢れてきた。

 それはかつて、佐倉が最後にして最大のチャンスだと挑戦したコンテストだった。
 様々な分野でのアーティストを募集していて、その写真部門に応募したのだ。

 一般公開された時、佐倉の作品は大賞確実などと報道されていた。
 推薦してくれた出版社の人からも、間違いないよと絶賛された。

 だが、蓋を開けてみたら大賞はおろか、銀賞や入選、佳作といった賞にも、何一つ選ばれることはなく無冠で終わった。
 それを知った時は、夕貴のことで大変だったので、もうどうでもいいと思ってしまった。
 自分には写真を撮る資格などなかった。
 罪を犯した自分の手を見たら、父から貰ったカメラを持つことができなくなってしまった。

 仕事関係の情報が入っていたパソコンのデータを消去した。
 近所のコインランドリーで、たまたま話した人がパソコンが欲しいと言っていたので、カメラとともにあげてしまった。
 全部捨てて、二人で住んでいた家を出た。

 あのコンテストは佐倉にとって苦い思い出でしかない。佐倉は目を背けるようにして、下を向いて歩き出した。

 すると歩き出したところで、前にいた人とぶつかってしまった。

「すみませんっ」

「いや、こちらこそ。下を向いて歩いていたから………って、未春?」

 やけに背が高くてガッシリした男だなと思ったら、そこにいたのは梶だった。

「こんなところで会うなんて。なんだ? 用事があるって言っていたよな」

「ああ、そこの銀行でちょっと……」

 梶から次の休みの予定を聞かれた佐倉は、用事があって忙しいと答えていた。
 午前中は住宅展示場の看板持ちのアルバイトをして、午後になって銀行に寄ったところだった。

「ああ、その用事か……、それで? 終わったのか?」

「え? 終わったけど……」

「よしっ、じゃあ次は俺に付き合え」

「ええ!?」

「煙がもくもくする居酒屋で奢ってくれるんだろう?」

 普段食事ではお世話になっているし、洋服や髪のこともあったのを佐倉は思い出した。
 確かに給与は出たばかりなのでタイミング的には今が一番いい。

「分かった、行くか」

 佐倉が頷くと、梶は嬉しそうに歯を見せて大きな口で笑った。
 お互い飲むし食べるので、行くならチェーン店の居酒屋だなと佐倉は頭の中で思い浮かべながら、梶を連れて行くことにした。







 目の前でじゅうじゅうと音を立てて鳥が焼けていくところを、梶は目を大きく開けてまるで少年のような顔で見ていた、

 大将が客が入る度にいらっしゃいと大きな声を上げるのも衝撃らしい。
 目を輝かせて、見たか? という顔で佐倉を見てくるので、はいはいと言いながら肩を叩いてやった。

「智紀なら、目の前で料理とか慣れてるだろう? ナントカ牛の鉄板焼きとか」

「全然違う。こっちの方が距離が近いし、匂いや料理人の息遣いまで伝わってくる。これで、全品三百円なのか?」

「……そうだよ。ほら、もういいだろう。そんなに顔を近づけていたら、タレがはねて火傷するぞ」

 あまりに梶が間近で見てくるので、大将が困った顔をしていた。
 どうやらお坊ちゃんには刺激が強すぎたらしい。
 佐倉も苦笑しながら、梶を引っ張って椅子の上に戻した。

 間もなくして運ばれてきた焼き鳥に二人でかぶりついて、あまりの美味さにしばらく無言でもぐもぐと食べてしまった。

「そういえば、智紀はあんなところで何をしていたんだ? 自宅は海沿いのタワマンだっけ?」

「ああそうだが、近くでイベント用のトレーニングジムが報道陣向けに先行オープンしていて、調査も兼ねて行ってきたんだ。いちおう俺が話を進めた件だったからな」

「休みの日も仕事……、熱心だな」

「そういう未春だって、バイトしてきただろう。しかも住宅展示場だな」

「え? なっ、なんで!?」

「手の甲に書いてあるだろう。住宅展示場前、八時集合って。お前、忘れないように手に書くのがクセだよな」

 佐倉はすぐにやらないといけないことなど、忘れないように手に書くのがクセだった。
 そんなところも見られていたのかと、指摘されたら恥ずかしくなった。

「わ……悪いかよ」

「いや、可愛い」

「はぁ!?」

 変なことを言われたので、大きな声を上げてしまった。
 周りの客の注目を浴びてしまい、佐倉は小さくなってちびちびとビールを飲んだ。

「変なこと言うなよ」

「そう思うんだから仕方がない。じゃないと、アンナところを口になんて……」

「わっわっ、ばか! やめろって!」

 佐倉が真っ赤になって狼狽えながら、手を伸ばして梶の口を塞いだら、梶はくつくつと肩を揺らして笑い出した。
 なんて男だと、呆れてしまった。

「そっちは? ちゃんと振り込みできたのか?」

「……大丈夫だ。毎月やってるんだから、問題ない」

 何か言いたげな目で見られたが、佐倉は視線から逃れるようにグラスを持って顔を隠した。

「そうか……、じゃあ、そのグラスを空けたら帰るか」

「ああ、そうだな」

 もっと突っ込んで聞かれるかと思っていた佐倉は身構えたが、梶は後追いして来なかった。
 そうされたら困るし、それで助かるのだが、わずかに胸が痛んで、よく分からない気持ちになった。



 今日の会計は佐倉なので、梶がトイレに立った隙に済ませておいた。
 佐倉の気遣いを知った梶に、ありがとうと言われて、ぽんぽんと頭を撫でられてしまった。
 まるで父親に褒めてもらったような錯覚を覚えてしまい、佐倉は照れながらやめろよと小さく呟くしかなかった。

「送って行く」

「え!? いいって、そんなに酔っているわけじゃ……」

「方向は同じなんだから、乗っていけ」

 すっかり暗くなった夜道、ぼんやり考えながら帰るのも悪くないと思っていたら、梶がつかまえたタクシーに乗せられてしまった。

 佐倉の家に着くと、そこで別れるかと思っていたのに、梶も一緒に降りてしまった。

「ジムで運動したから疲れているんだ。ちょっと休ませてくれ」

 そう言って先に歩き出してしまったので、佐倉は断ることもできずに、仕方なく家にあげることにした。

 佐倉がここだからと言ったアパートを見上げた梶は、これは何だという顔をしていた。
 お坊ちゃんには人が住むというより、倉庫にしか見えないのかもしれない。

 建て付けが悪くなったドアは、一度叩いてからでないと鍵が刺さらない。梶は何をしているのかという目で見てきたが、佐倉は説明するのが面倒なので無言で鍵を開けた。

 振り返ると、ドアが閉まるのも待てない勢いで、梶は佐倉を玄関の壁に押し付けてキスをしてきた。

「……っっ、んっ……ふっ……ら、……とも……」

 電気も点けていない薄暗くて狭い玄関で、大きな男二人がぶつかり合うようにキスをしている。
 始めは軽く抵抗した佐倉も、梶の舌が絡みついてくるのに煽られて、いつしか夢中になって舐めて吸い付いてしまった。

「おまっ……疲れたんじゃなかったのかよ」

「未春が欲しいんだ。今すぐ」

 また懇願するようにフェロモンを放たれて、佐倉は酒よりももっと分かりやすく酔ってしまった。
 鼻をクンクンと鳴らしながら、梶の頸に顔を付けて、少しも逃さないという勢いでフェロモンを吸い込んだ。

「そんなに好きか? この匂いが」

「………好きだ」

 梶のフェロモンを嗅いだら、すっかり熱に酔ってしまう体になった。
 わずかなオメガ性が奥底から湧き出てきて、中心で疼き始めた。

「抱いてくれ……もう触られるだけじゃ嫌だ」

 佐倉は梶の耳元で囁いた。
 事故のように交わってから、いつも焦らされて自分だけ高められていたが、それでは満足できなくなっていた。

 アルファが……梶が欲しい、欲しくてたまらない。

「分かった」

 梶の答えを聞いて、佐倉の全身は火がついたように熱くなった。
 奥底まで、強いフェロモンで縛り付けて、自分の中の全てを蹂躙して欲しい。

 一度離れた唇はすぐに重なった。
 さっきよりもっと深く深く、お互いの服を脱がしながら、壁にぶつかったけれどそんなこと、もうどうでもよかった。





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