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8 複雑な二人
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梶から休日に呼び出された佐倉は、付いてきてくれと言われて、服屋と美容室に連れて行かれた。
てっきり買い物の付き添いみたいに思っていたら、全身整えられて、全てプレゼントされてしまった。
自分の身なりに無頓着だったことは認めるが、そこまで心とお金の余裕がなかった。
何度も財布を出したが、いつも世話になっているお礼だと押し切られて、鞄の中に戻された。
会社では遥か上の人であるが、自分より年下の男だ。
いくらお金に余裕のある相手でも、何もかも面倒を見てもらうわけにいかない。
佐倉が次は出させて欲しいと言うと、連れていかれたのは看板の出ていないお店だった。
外観は真っ黒で大きな箱にしか見えなかったが、中は壁から床まで真っ赤に塗られていた。
飲み屋だと言われたが、どう考えても佐倉の知っている居酒屋ではなかった。
「こ……ここは……本当に飲み屋だよな?」
「ああ、会員制だから静かでいいだろう。廊下は派手だが、個室の中は普通の和室になっている」
店員の姿が見えないのに、慣れた様子で真っ赤な廊下を歩いていった梶は、一番奥のドアの前に立った。
予約か指定なのか分からないが、上にある番号を確認した梶はドアに手をかけた。
これまた音もなく、スッとドアが開いた。
部屋の中は派手な廊下とは違って、畳敷きで椅子と机が上品に置かれている和室になっていた。
机の上に梶様と書かれた札が置いてあったので、この部屋で間違いなさそうだ。
普通の和室とは言われたが、どこを見てもピカピカに磨かれていて、床間に置かれた調度品の類は、花瓶一つにしても洗練された高級そうな物が置かれていた。
こんなおしゃれな個室なんて、一時間いたら月の給与が全部飛んでしまいそうだ。
「上着と荷物はそこに、その奥はトイレになっているから使ってくれ」
「ど……どうも」
佐倉はビクビクしながら帽子をとって、上着と一緒にハンガーにかけた。
梶の対面の席に座ったが、どう座ればいいのかを忘れてしまって、ふわふわの座布団からお尻が落ちて、慌てて座り直した。
やっとここでノックの音がして、着物姿の店員さんが現れた。
次々と料理が運ばれてきて、テーブルの上は一気に賑やかになった。
店員さんに小皿の中を色々と説明されたが、佐倉は財布の中の現金で足りるかどうか必死に計算していて、それしか頭になかった。
「飲み屋って言ったから、カウンターだけの狭い店で煙がもくもくしているところかと思っていたよ」
「そういう所がよかったのか。じゃあ次はそこにしよう」
「次って……」
梶はまだ大学を出たばかりで、社会人になりたての若者だとはとても思えない。
大学時代から父親の仕事を手伝っていたと聞いているが、すでに貫禄があり過ぎて、上司と飲みに来ている気分になってしまう。
自分のような人間の何が楽しくて、次も誘うつもりなのかと佐倉には理解できなかった。
店員さんが出て行ったところで、早めに聞いておかなければいけないと、佐倉は机に身を乗り出して小声で梶に話しかけた。
「ここ、普通のカード使えるかな……? ブラックじゃないとダメですなんて言われないかな……」
「ああ、気にするな。ここは会食で使うところなんだ。先に月額で支払いをしているから、支払いは必要ない」
「えーーっ、だって次は俺が払うって……」
「だから、次だよ。煙ったいカウンターに座って、焼き鳥でも奢ってくれ」
ニヤリと笑う梶を見て、上手いこと流されてしまったと思ったが、佐倉としてもその方が助かるので、素直に分かったと言って引き下がった。
二人だけの飲み会は、乾杯して始まり、美味い料理をつまみながら、どんどんお酒も進んだ。
卑しいことはこの上ないのだが、金を気にしないで飲む酒というのは、こうも美味いのかとちょっと泣きそうになってしまった。
「それで、聞きたかったことがあるんだ。借金だが、いくら残っているんだ?」
グラスに注いだビールを空にしたところで、今まで陽気に飲んでいたのに、梶は真剣な顔になって話を切り出してきた。
「まだ付き合いは浅いが、お前はどうも、お人よしというか、危なっかしいところがある。世話になった叔父さんに頼まれて、保証人にでもなったんじゃないか?」
梶にそんな風に思われていたなんて、佐倉は驚いてしまった。
どう説明すればいいのか考えた。
嘘をついて逃れるべきか、それとも……
佐倉はしばらく悩んで口を開いた。
「違うよ。叔父さんはそんな人じゃない。悪いのは俺なんだ……それに借金したわけじゃない」
「どういうことだ?」
「毎月お金を振り込んでいるんだ。決まった額があるわけじゃなくて、今できる精一杯の額を……、悪いのは俺だから……」
最初は適当にごまかしてしまえばいいと思った。
でもここ最近、誰よりも一緒にいるのが梶だったので、嘘をつくのはどうしても気が引けた。
自分の保身のために嘘をついたら、もっと最低な人間になりそうな気がした。
「なるほど、事情があって送金してるってことか。変なもん買わされてとか、脅されてとかじゃないんだな?」
佐倉は口をぎゅっと閉じて頷いた。
いくら頼れる相手でも、話せないこともある。
梶はその辺りの線を見極めて、そこで引いてくれた。
「闇金から借りて、利子とかで首が回らないようになったら大変だと思ったんだ。もしトラブルとか、相談したいことがあればすぐに言ってくれ。力になるから」
「……ありがとう」
目の前のグラスについた水滴が、ぽろっと落ちて底に溜まった。
佐倉には、まるで自分の代わりに泣いてくれたように見えた。
どうしてこんな自分に優しくしてくれて、色々と世話を焼いてくれるのか。
梶の優しさが痛い。
優しくしてくれればくれるほど、溺れてはダメだと自分に言い聞かせなければいけない。
本当はこんな風に誰かと飲んで、笑い合うことも許されないのかもしれない。
今夜だけ。
次の約束なんてしたらダメだ。
お前は何をしたのか忘れたのか。
記憶の中に残る声が、佐倉に問いかけてきた。
「それにしても、こんなにスマートに遊べるなんて、智紀はモテるだろうな。アルファとしても優秀だし、オメガが放っておかないだろう。特定の恋人は作らない主義か?」
「そういうわけじゃない。飽きっぽいし、付いて来られなくて、みんな逃げていくだけだ」
「なんだそれ、みんな逃げるって、どういうことだ? 変な趣味でもあるのか?」
冗談でも言っているのかと思って、佐倉はグラスを傾けながらケラケラと笑った。
ちょうど酔いが回ってきて、何だか余計に面白おかしく聞こえてしまった。
さっきまで頭の中で暗くなっていたものが、酔いに紛れて消えていく。
今日は、今日だけはと佐倉は酔いに気持ちを傾けた。
梶の方は困ったように笑うだけで、細めた目は少し寂しそうに見えた。
「そうだな。相手に困っているワケじゃないが、色々と面倒でな。研修で渡米して、こっちに戻ってきてからその辺はサッパリだ」
「ええっ、面倒だなんて、まだ若いのに……」
「それを言ったら、未春だってそうだろう。ずいぶんと年上の顔をしているけど、八歳しか違わないじゃないか」
「八歳も、だよ。もったいないぞ、その年で枯れているなんて……」
「別に……枯れているわけじゃない」
ちょっと言い過ぎてしまったら、梶は口を尖らせてムッとした顔をしていた。
照れたように拗ねた顔が今までと違って妙に子供っぽく見えた。
ずっと年上のように見えていたが、こうして見ると年相応の幼さもあって、やっぱり年下なんだなと少し嬉しくなった。
「そういう未春はどうなんだ。恋人はいないんだろう? 適当に発散して遊んでるようには見えないし、作る気はないのか?」
「俺はいいんだ……。もうそういうのは無理だし」
「なんだそれ、人に枯れてるとか言ったくせに。未春の方が枯れてるんじゃないのか?」
梶を揶揄っていたつもりだったが、ブーメランになって返ってきてしまった。
それが胸にぐさっと刺さったら、酔った勢いが背中を押した。
今日だけ。
今日だけなら、心の内を開いてもいいかもしれない。
ずっと溜め込んでいたけれど、本当は誰かに聞いてもらいたかった。
世話になっている泰成には言えないことも、細い糸でしか繋がっていないこの男には……
「俺さ、混合型って言って、ほとんどアルファなんだけど、少しだけオメガも混じってて、出来損ないのバース性なんだよ」
「混合型? 初めて聞いたな」
「近年発見されたばかりの型で、まだほとんど知られていない。珍しいおかげで、研究には役立つらしくて、政府のプログラムに参加してお金をもらってる」
「なるほど……、オメガでもあるってことか?」
真剣な顔になって問いかけてきた梶に向かって、佐倉は頭を振って答えた。
「いや、そっちは全体の二割ほどで、子宮もないし、発情期もないから機能していない。アルファ性の方が強くて、フェロモンも出る。過去の混合型の人は、オメガを番にできたらしい。逆にアルファから噛まれても番にはならなかった。ほとんどアルファだって先生には言われたよ。まあ、オメガのフェロモンでヒートになったことはないから、自分でもよく分からないけど」
複雑なんだと言いながら頭をかくと、梶はまだ真剣な顔をしていて、ばっちり目が合ってしまった。
その視線の強さに、心臓がトクンと揺れた。
「……ということは、過去に未春にフェロモンをあてたオメガがいるってことだな」
そこをなんで気にするんだと思ったら、梶の体を纏っていたアルファのフェロモンが急に濃くなったのを感じた。
「えっ……それは、まぁ、そうだけど……」
「そいつとは? まだ関係があるのか?」
その言葉にビクッと肩が揺れてしまった。
考えないようにしていたのに、自分の名を呼ぶ甘い声が聞こえてきた気がして、額にじんわりと汗が滲んだ。
膝がガクガクと震え出したが、必死に何でもない顔を作った。頭を振って答えるのが精一杯だった。
「それで? 無理ってのはどうしてなんだ?」
「え?」
「言ってただろう、さっき。作る気はない、もうそういうのは無理ってやつだ?」
「それは………」
ついポロリと出てしまった言葉を、掘り返して突っ込まれてしまった。
過去のことを話すつもりはないが、現状の問題を話しておけば引き下がってくれるだろうと佐倉は考えた。
「あ……アルファのくせに、情けないんだけど………ないんだよ」
「ん? なんだって?」
「だっ、だからさ、勃たない……使いものにならないんだ、ここが。それじゃ、オメガの子とは付き合えないだろう」
そもそも誰とも付き合うつもりはないのだが、体の面で問題があるのは確かだった。
そういう欲が消えてから、もうずいぶん長い時間が経ってしまった。
繰り返される単調な日々の中で、いつしかそんなことも忘れていたと、今更ながらに気がついたくらいだった。
梶の言う通り、枯れていたのは自分自身だと、佐倉は頭の中で笑ってしまった。
こんな話を聞いたら、梶は冗談だろと言って笑うか心配するかのどちらかだと思った。
恐る恐る顔を上げると、梶は今まで見たことがない、鋭い目をしていて、全身から濃厚なフェロモンが出ていた。
「なっ……どうしたんだ? 智紀?」
強い視線は佐倉の体を縛り付けて、電気が走ったみたいに痺れてしまった。
梶の目はギラギラと光っていた。
そう、まるでヒートになって、興奮しているように見えた。
□□□
てっきり買い物の付き添いみたいに思っていたら、全身整えられて、全てプレゼントされてしまった。
自分の身なりに無頓着だったことは認めるが、そこまで心とお金の余裕がなかった。
何度も財布を出したが、いつも世話になっているお礼だと押し切られて、鞄の中に戻された。
会社では遥か上の人であるが、自分より年下の男だ。
いくらお金に余裕のある相手でも、何もかも面倒を見てもらうわけにいかない。
佐倉が次は出させて欲しいと言うと、連れていかれたのは看板の出ていないお店だった。
外観は真っ黒で大きな箱にしか見えなかったが、中は壁から床まで真っ赤に塗られていた。
飲み屋だと言われたが、どう考えても佐倉の知っている居酒屋ではなかった。
「こ……ここは……本当に飲み屋だよな?」
「ああ、会員制だから静かでいいだろう。廊下は派手だが、個室の中は普通の和室になっている」
店員の姿が見えないのに、慣れた様子で真っ赤な廊下を歩いていった梶は、一番奥のドアの前に立った。
予約か指定なのか分からないが、上にある番号を確認した梶はドアに手をかけた。
これまた音もなく、スッとドアが開いた。
部屋の中は派手な廊下とは違って、畳敷きで椅子と机が上品に置かれている和室になっていた。
机の上に梶様と書かれた札が置いてあったので、この部屋で間違いなさそうだ。
普通の和室とは言われたが、どこを見てもピカピカに磨かれていて、床間に置かれた調度品の類は、花瓶一つにしても洗練された高級そうな物が置かれていた。
こんなおしゃれな個室なんて、一時間いたら月の給与が全部飛んでしまいそうだ。
「上着と荷物はそこに、その奥はトイレになっているから使ってくれ」
「ど……どうも」
佐倉はビクビクしながら帽子をとって、上着と一緒にハンガーにかけた。
梶の対面の席に座ったが、どう座ればいいのかを忘れてしまって、ふわふわの座布団からお尻が落ちて、慌てて座り直した。
やっとここでノックの音がして、着物姿の店員さんが現れた。
次々と料理が運ばれてきて、テーブルの上は一気に賑やかになった。
店員さんに小皿の中を色々と説明されたが、佐倉は財布の中の現金で足りるかどうか必死に計算していて、それしか頭になかった。
「飲み屋って言ったから、カウンターだけの狭い店で煙がもくもくしているところかと思っていたよ」
「そういう所がよかったのか。じゃあ次はそこにしよう」
「次って……」
梶はまだ大学を出たばかりで、社会人になりたての若者だとはとても思えない。
大学時代から父親の仕事を手伝っていたと聞いているが、すでに貫禄があり過ぎて、上司と飲みに来ている気分になってしまう。
自分のような人間の何が楽しくて、次も誘うつもりなのかと佐倉には理解できなかった。
店員さんが出て行ったところで、早めに聞いておかなければいけないと、佐倉は机に身を乗り出して小声で梶に話しかけた。
「ここ、普通のカード使えるかな……? ブラックじゃないとダメですなんて言われないかな……」
「ああ、気にするな。ここは会食で使うところなんだ。先に月額で支払いをしているから、支払いは必要ない」
「えーーっ、だって次は俺が払うって……」
「だから、次だよ。煙ったいカウンターに座って、焼き鳥でも奢ってくれ」
ニヤリと笑う梶を見て、上手いこと流されてしまったと思ったが、佐倉としてもその方が助かるので、素直に分かったと言って引き下がった。
二人だけの飲み会は、乾杯して始まり、美味い料理をつまみながら、どんどんお酒も進んだ。
卑しいことはこの上ないのだが、金を気にしないで飲む酒というのは、こうも美味いのかとちょっと泣きそうになってしまった。
「それで、聞きたかったことがあるんだ。借金だが、いくら残っているんだ?」
グラスに注いだビールを空にしたところで、今まで陽気に飲んでいたのに、梶は真剣な顔になって話を切り出してきた。
「まだ付き合いは浅いが、お前はどうも、お人よしというか、危なっかしいところがある。世話になった叔父さんに頼まれて、保証人にでもなったんじゃないか?」
梶にそんな風に思われていたなんて、佐倉は驚いてしまった。
どう説明すればいいのか考えた。
嘘をついて逃れるべきか、それとも……
佐倉はしばらく悩んで口を開いた。
「違うよ。叔父さんはそんな人じゃない。悪いのは俺なんだ……それに借金したわけじゃない」
「どういうことだ?」
「毎月お金を振り込んでいるんだ。決まった額があるわけじゃなくて、今できる精一杯の額を……、悪いのは俺だから……」
最初は適当にごまかしてしまえばいいと思った。
でもここ最近、誰よりも一緒にいるのが梶だったので、嘘をつくのはどうしても気が引けた。
自分の保身のために嘘をついたら、もっと最低な人間になりそうな気がした。
「なるほど、事情があって送金してるってことか。変なもん買わされてとか、脅されてとかじゃないんだな?」
佐倉は口をぎゅっと閉じて頷いた。
いくら頼れる相手でも、話せないこともある。
梶はその辺りの線を見極めて、そこで引いてくれた。
「闇金から借りて、利子とかで首が回らないようになったら大変だと思ったんだ。もしトラブルとか、相談したいことがあればすぐに言ってくれ。力になるから」
「……ありがとう」
目の前のグラスについた水滴が、ぽろっと落ちて底に溜まった。
佐倉には、まるで自分の代わりに泣いてくれたように見えた。
どうしてこんな自分に優しくしてくれて、色々と世話を焼いてくれるのか。
梶の優しさが痛い。
優しくしてくれればくれるほど、溺れてはダメだと自分に言い聞かせなければいけない。
本当はこんな風に誰かと飲んで、笑い合うことも許されないのかもしれない。
今夜だけ。
次の約束なんてしたらダメだ。
お前は何をしたのか忘れたのか。
記憶の中に残る声が、佐倉に問いかけてきた。
「それにしても、こんなにスマートに遊べるなんて、智紀はモテるだろうな。アルファとしても優秀だし、オメガが放っておかないだろう。特定の恋人は作らない主義か?」
「そういうわけじゃない。飽きっぽいし、付いて来られなくて、みんな逃げていくだけだ」
「なんだそれ、みんな逃げるって、どういうことだ? 変な趣味でもあるのか?」
冗談でも言っているのかと思って、佐倉はグラスを傾けながらケラケラと笑った。
ちょうど酔いが回ってきて、何だか余計に面白おかしく聞こえてしまった。
さっきまで頭の中で暗くなっていたものが、酔いに紛れて消えていく。
今日は、今日だけはと佐倉は酔いに気持ちを傾けた。
梶の方は困ったように笑うだけで、細めた目は少し寂しそうに見えた。
「そうだな。相手に困っているワケじゃないが、色々と面倒でな。研修で渡米して、こっちに戻ってきてからその辺はサッパリだ」
「ええっ、面倒だなんて、まだ若いのに……」
「それを言ったら、未春だってそうだろう。ずいぶんと年上の顔をしているけど、八歳しか違わないじゃないか」
「八歳も、だよ。もったいないぞ、その年で枯れているなんて……」
「別に……枯れているわけじゃない」
ちょっと言い過ぎてしまったら、梶は口を尖らせてムッとした顔をしていた。
照れたように拗ねた顔が今までと違って妙に子供っぽく見えた。
ずっと年上のように見えていたが、こうして見ると年相応の幼さもあって、やっぱり年下なんだなと少し嬉しくなった。
「そういう未春はどうなんだ。恋人はいないんだろう? 適当に発散して遊んでるようには見えないし、作る気はないのか?」
「俺はいいんだ……。もうそういうのは無理だし」
「なんだそれ、人に枯れてるとか言ったくせに。未春の方が枯れてるんじゃないのか?」
梶を揶揄っていたつもりだったが、ブーメランになって返ってきてしまった。
それが胸にぐさっと刺さったら、酔った勢いが背中を押した。
今日だけ。
今日だけなら、心の内を開いてもいいかもしれない。
ずっと溜め込んでいたけれど、本当は誰かに聞いてもらいたかった。
世話になっている泰成には言えないことも、細い糸でしか繋がっていないこの男には……
「俺さ、混合型って言って、ほとんどアルファなんだけど、少しだけオメガも混じってて、出来損ないのバース性なんだよ」
「混合型? 初めて聞いたな」
「近年発見されたばかりの型で、まだほとんど知られていない。珍しいおかげで、研究には役立つらしくて、政府のプログラムに参加してお金をもらってる」
「なるほど……、オメガでもあるってことか?」
真剣な顔になって問いかけてきた梶に向かって、佐倉は頭を振って答えた。
「いや、そっちは全体の二割ほどで、子宮もないし、発情期もないから機能していない。アルファ性の方が強くて、フェロモンも出る。過去の混合型の人は、オメガを番にできたらしい。逆にアルファから噛まれても番にはならなかった。ほとんどアルファだって先生には言われたよ。まあ、オメガのフェロモンでヒートになったことはないから、自分でもよく分からないけど」
複雑なんだと言いながら頭をかくと、梶はまだ真剣な顔をしていて、ばっちり目が合ってしまった。
その視線の強さに、心臓がトクンと揺れた。
「……ということは、過去に未春にフェロモンをあてたオメガがいるってことだな」
そこをなんで気にするんだと思ったら、梶の体を纏っていたアルファのフェロモンが急に濃くなったのを感じた。
「えっ……それは、まぁ、そうだけど……」
「そいつとは? まだ関係があるのか?」
その言葉にビクッと肩が揺れてしまった。
考えないようにしていたのに、自分の名を呼ぶ甘い声が聞こえてきた気がして、額にじんわりと汗が滲んだ。
膝がガクガクと震え出したが、必死に何でもない顔を作った。頭を振って答えるのが精一杯だった。
「それで? 無理ってのはどうしてなんだ?」
「え?」
「言ってただろう、さっき。作る気はない、もうそういうのは無理ってやつだ?」
「それは………」
ついポロリと出てしまった言葉を、掘り返して突っ込まれてしまった。
過去のことを話すつもりはないが、現状の問題を話しておけば引き下がってくれるだろうと佐倉は考えた。
「あ……アルファのくせに、情けないんだけど………ないんだよ」
「ん? なんだって?」
「だっ、だからさ、勃たない……使いものにならないんだ、ここが。それじゃ、オメガの子とは付き合えないだろう」
そもそも誰とも付き合うつもりはないのだが、体の面で問題があるのは確かだった。
そういう欲が消えてから、もうずいぶん長い時間が経ってしまった。
繰り返される単調な日々の中で、いつしかそんなことも忘れていたと、今更ながらに気がついたくらいだった。
梶の言う通り、枯れていたのは自分自身だと、佐倉は頭の中で笑ってしまった。
こんな話を聞いたら、梶は冗談だろと言って笑うか心配するかのどちらかだと思った。
恐る恐る顔を上げると、梶は今まで見たことがない、鋭い目をしていて、全身から濃厚なフェロモンが出ていた。
「なっ……どうしたんだ? 智紀?」
強い視線は佐倉の体を縛り付けて、電気が走ったみたいに痺れてしまった。
梶の目はギラギラと光っていた。
そう、まるでヒートになって、興奮しているように見えた。
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